ロンの事故②
倒れているロンの傍には、ロンの自慢の長い尻尾がまるで靴下を脱いだように道路に置かれていた。
そしてロンのお尻からは血が出ていて、尻尾の代わりに白い軟骨が揺れていた。
それを揺らす度に痛むのだろうキャンキャンと悲鳴を上げている。私は道端のロンの尻尾を手に取り、横たわるロンを抱き上げて走った。
歩道橋を確かに渡った。
家まで確かに走った。
それなのに一切バテず、途中で疲れて歩くこともなく家まで走り続けた。
家に帰るとお母さんが慌てて車に乗せてくれ動物病院まで連れて行ってくれて、直ぐに手術になった。
私はロンと一緒に手術室に入った。
お母さんはお父さんと兄に連絡を取り、お金も取りに帰った。
麻酔が掛けられロンの目が次第に細くなる。
荒い呼吸も穏やかになって行く。
私は、それがそのまま死んでしまうのではないかと思えて余計堪らなくて悲しい涙が零れる。
そしてロンの顔に何粒も雨の様に涙を零しながら、その精悍な顔を撫でる事しかできなかった。
ロンの目が閉じられる直前、その目が私を捕らえた。
私は泣き崩れその頬を両手で支えロンの顔の前に自分の顔を近づけた。
いつもなら飛び掛かるように舐めて来るロンの目が静かに閉じる。
病院の先生がどんな治療をしてくれているかなんて、ちっとも目に入らなくて、手術の間中優しくロンの名前を呼びながら頭を撫で続けた。
私はロンの心の中に入り込んでロンを励まそうと必死だったので、先生に手術が終わった事を告げられて漸く私の魂は自分の体に戻ってきた。
手術がどのくらい時間が掛かったのか全然分からなかったけれど、その時間には既に兄が帰っていて待合室に座っていた。
結局尻尾はダメージが大きかったので繋がずに切られた。
肛門にも怪我があったけど手術は問題なく命の心配も後遺症の心配もないそうで少しだけ安心した。
様態が急変したら大変なので、その日は先生があずかってくれる。一時もロンの傍を離れたくない気持ちでいっぱいの私は、ロンに付き添うと駄々をこねて兄に叱られて泣きながら帰った。
次の日、学校から帰ると直ぐに兄と二人で病院に行った。エリザベスカラーというラッパのような物を首に付けたロンが嬉しそうに迎えてくれた。
退院したロンを抱いて家に帰ると、玄関にはお父さんも帰っていて優しく「お帰り」と言ってもらった。抱き上げていたロンは私の頬に舌を伸ばしてペロッと舐めた。兄とお母さんは二人で部屋の中にロンの寝床を用意した。外で寝かすと傷口が化膿する恐れがあるからだ。
家族みんながロンのために動き、そしてロンに助かってよかったと言い、だれも私を責めなかった。
昨日からの緊張の糸がプッツリ切れて、私は耐えられなくなり泣き崩れて皆に謝った。
誰かに怒って欲しかった。
みんなが、どう接したらいいか困っているなかで兄が口を開いた。
「これでロンが千春を恨むのなら、俺たちも千春を恨むよ。だってそれは家族に亀裂をもたらしたのだから。でもこれまで通りロンが千春を好きでいて長生きしてくれたら誰も千春を責める権利なんてないだろ」
私は嗚咽を堪えながらコクリと頷いた。