第九十一話「最初の一手」
二回目の訓練では、途中で正面の通路が使えなくなった。
一回目と同じようにカイルが地図を持ったが、今度は道を決める前に、
「レイン、地形に使える魔法って、さっきの風以外に何がある?」
と聞いてきた。
「土なら段差を埋められるよ。あとは、水も場所によっては使えると思う」
「どのくらいの段差まで?」
「この訓練場にあるくらいなら問題ない」
「分かった」
それだけ確認してから、カイルは地図と実際の障害物を見比べた。
途中でルシアンが一つの通路を使えないことにすると、カイルは別の道を示した。今度は歩き出す前に、その道を選んだ理由も後ろまで聞こえる声で伝えている。
三回目は開始地点が変わった。
さらに条件を一つ変えて、もう一度。
繰り返すほど、最初よりは誰に聞けばいいのか分かってきた。
それでも、五人の時と同じようにはいかない。
前で決まったことが後ろまで伝わっていなかったり、同じことを二人が別々に確認したりする。カイルは経路についてはすぐ判断するのに、それ以外のことは俺たちが知っている前提で動きかけることがある。
ミラは反対だった。
負傷者が出ない限り、自分から前には出ない。意見を聞かれても、自分の専門ではないと判断すると、まず他の誰かに譲ろうとする。
一回一緒に動いたくらいで、急に七人の班が出来上がるわけではないらしい。
何度目かに出発地点まで戻った時には、訓練場に差し込む光がもう茜色になっていた。
「今日はここまでにしよう」
ルシアンが地図を畳む。
「腹減った」
ガレスが真っ先に言った。
「それは私も」
リネットが返す。
時計を見ると、夕食にはちょうどいい時間だった。
「せっかくだし、みんなで食べて帰る?」
ルシアンが聞く。
断る理由もなく、そのまま七人で食堂に向かった。
* * *
休日の夕食時とはいえ、食堂にはそれなりに学生がいた。
空いている長机を見つけ、七人で固まって座る。
俺の前にはルシアン。その隣にカイル。
ミラはリネットの横だった。
訓練場にいた時よりは緊張が抜けたのか、席に着くまでに何度も周囲を確認するようなことはなかった。それでも、料理を取る時にはまだ、俺たちが先に動くのを一度待っている。
「カイル」
食事を始めて少しして、ガレスが口を開いた。
「何?」
「二回目の時、道塞がれてもすぐ変えたよな」
「ああ。ああいうのは昔から見慣れてるんだ」
「見慣れてる?」
「うちの親、《アビサル・クラウン》の測量をやってるんだ。俺も子供の頃から、地形が変わるところはよく見てた」
カイルはパンをちぎる。
「俺、ネヴァリス生まれだからな」
そう言われて、カイルの褐色の肌に改めて目がいった。
ネヴァリス。
前に地理の授業で習った、帝国の南東に位置する迷宮領だ。国土の地下には超巨大迷宮が広がり、いくつもの迷宮都市がその入口の周りに築かれている。
「七歳で帝国に来たけど、それまでは迷宮都市に住んでた。第一層には何度も入ったし、二層より下も親の仕事について、安全が確認されてるところまでなら行ったことある」
ガレスが手を止めた。
「子供で二層まで?」
「勝手に入ったわけじゃないぞ。一層とは全然違うし」
カイルがスープを一口飲む。
「一層も全部が安全ってわけじゃないけど、入口の近くとか、昔から人が使ってる範囲なら普通に道がある。地上からそのまま続いてるみたいな場所もあるし、生えてる草とか生き物もそんなに変わらない」
俺が思っていた迷宮とは、だいぶ違う。
その顔に出ていたのか、カイルが付け足した。
「地元だと、その辺は山とか森に行くのとそんなに変わらない。子供だけで入る場所もある」
「遊びに行くの?」
今度はエミールが聞いた。
「行く。採れるもの取りに行ったりもするしな」
ガレスが感心したように頷く。
「俺らが聞いてる迷宮と全然違うな」
「外から見れば迷宮だろうけど、近くに住んでたら毎回そんな大げさに考えないって」
カイルにとっては、本当にそのくらいの場所らしい。
「でも二層から下は別だぞ」
続けて、カイルが言った。
「別?」
「一層と同じ感覚で入ったら危ない」
今度はエミールが顔を上げる。
「何が変わるの?」
「場所によるけど、地上で見ない植物とか生き物が増える。魔獣も多くなるし、道も変わりやすい。そういう変化を追うのが俺の親の仕事だ。通路の幅とか、崩れた場所とか、水の流れとか。同じところを何度も測って、前の記録と比べる」
「そんなに変わるのか」
ガレスが言う。
「場所によってはな。だから地図も、作ったら終わりじゃない。変わったところを直し続ける。魔力の濃さとか流れも見るらしいけど、そこから先は俺も詳しくない」
聞きたかったことを先に止められた。
地下の魔力をどう測るのか。何年も同じ場所を測れば、地脈の変化までどこまで追えるのか。
気にはなったが、今カイルに聞いても分からないらしい。
「二層から下だと、昨日の記録が今日もそのまま使えるって決めつけない方がいい。親について行った時も、先に確認された道から外れるなってずっと言われてた」
今日、条件が変わるたびに経路を選び直していたカイルの姿が浮かぶ。
「俺が七歳の頃、帝国の南東でも地下の魔力の流れとか空洞に、それまでと違う変化が出始めたらしいんだ」
俺は箸を止めた。
「その時はまだ、新しい迷宮口ができるとか、そこまで分かってたわけじゃない。ただ、《アビサル・クラウン》と関係してるかもしれないってことで、帝国とネヴァリスで長く測ることになった」
《アビサル・クラウン》の変動測量をしていたカイルの両親も、その共同観測に加わった。
「それで家族ごと帝国に来た。最初はずっと住むつもりだったかまでは知らないけど、調査が終わらなかったから、そのまま」
七年前。
その頃から続いていた観測が、今では「帝国側に新しい迷宮口が形成されつつあるかもしれない」と言われるところまで来ている。
授業で教師が指した、国境近くの一点を思い出した。
俺にとっては最近初めて知った話でも、その下には何年分もの測量が積み重なっている。
「じゃあ、親と同じ仕事をするのか?」
ガレスが聞いた。
「それはまだ分からない」
カイルが首を振る。
「同じ仕事するかは決めてない。ただ、知らない場所に行った時に、次に何を見ればいいか判断できるようにはなりたい」
「次に何を見るか?」
「最初から全部分かることなんてないだろ」
それだけ言って、カイルは残っていたパンを取った。
訓練場で、条件が変わるたびに道を見直していた姿が浮かんだ。
俺はもう一度、《アビサル・クラウン》のことを考える。
授業で聞いた時は、世界の果てみたいな場所に思えた。
けれど、その第一層で遊んで育った同い年が今、目の前で夕食を食べている。
学院に来てから、地図の上にしかなかった場所が少しずつ人のいる場所になっていく。
「レイン」
「何?」
「食べないなら、そのパンもらうぞ」
ガレスが俺の皿を見る。
「食べるよ」
「じゃあ止まるなよ」
「考えごとしてた」
俺は冷めかけていた料理を口に入れた。
* * *
夕食を終え、食堂を出たところで七人は別れた。
ミラは治癒科の寮に戻り、カイルも探索科の学生寮に向かう。
ガレスたちとも途中で別れ、最後に残ったのは俺とルシアンだった。
部屋に戻ると、ルシアンは今日使った地図を机に置いた。
その横には、まだ片付けきっていなかった冊子がある。
俺は自分の椅子に座る。
「ねえ、ルシアン」
「何?」
「結局、どうしてミラとカイルだったの?」
ルシアンは自分の椅子に腰を下ろした。
「理由はいくつかあるけど、まず、二人の名前は冊子を配る前から候補に入ってた」
「前から?」
「うん。専科を回ってた時、入試順位とか有名な人の名前だけ聞いてたわけじゃないんだ。実習で迷った時に誰に聞くか、一緒に課題をやるなら誰がいいか。そういう話も聞いてた」
そこでルシアンが、机の端に置いてあった聞き取りの記録を手に取る。
何度も見た紙だ。
回答を読み比べていた三日間も、ルシアンは冊子とこの記録を何度も行き来していた。
「別々の相手から同じ名前が何度も出るなら、普段から頼られてる可能性は高いでしょ。ミラとカイルは、その段階で何度か名前が出てた」
なるほど。
だから、冊子を読む前から二人は候補には入っていた。
ただ、ルシアンはその記録を机に戻した。
「でも、それだけで決めるつもりはなかったよ。周りから頼られてることと、大会で必要な判断ができることは同じじゃないから。そこで、本人がどう考えるのかも見たかった」
今度は冊子に手を伸ばす。
聞き取りで候補を拾って、冊子で本人を見る。
ようやく、二つを何度も見比べていた理由が繋がった。
「ただ、これは持ち帰って考えてもらうものだから、教本を見ることもできるし、誰かに相談したかまで僕には分からない。回答が正しいから、そのまま本人の実力だとは考えてないよ」
ルシアンが冊子を開く。
「その代わり、提出が終わるまでは他の人の回答を見せなかった。名前は残すし、あとで全部公開する。実際にその回答を見て、助っ人に誘う班が出ることも最初から伝えてある」
言われてみれば、好きに調べられるからといって、適当に書いていい冊子ではない。
書いたものは、自分の名前と一緒に残る。
実力以上に見せるために誰かの答えを借りても、その回答を見て声を掛けられれば、最後に困るのは自分だ。
「だから、冊子だけで二人を決める気はなかった。でも、本人が何を確認して、どう答えを出すのかを見る材料にはなると思ってた」
ルシアンがページをめくる。
「それで、ミラとカイルの回答に、条件が足りないって書いてあったところ、覚えてる?」
「うん」
「あれは、僕がわざと抜いた」
一瞬、言葉の意味を考えた。
ミラの回答。
ほとんどの学生と同じ処置を選びながら、その前に確認すべき条件が足りないと書いていた。
カイルも同じだった。選んだ経路そのものは珍しくなかったのに、帰路については条件が足りず、まだ確定できないとしていた。
あの回答を読んだ時、少しだけ引っかかっていた。
三つの専科を何日も回って、教本まで確認しながら冊子を作ったルシアンが、こんな穴をそのまま残すだろうか、と。
「……最初から、気づくか見るために?」
「うん。治癒科も探索科も、理論科も。一問ずつ、一見するとそのまま答えを出せるけど、厳密には条件が一つ足りない問題を混ぜてた」
三冊全部。
やっぱり、見落としたわけじゃなかった。
「前に見てた理論科の回答、覚えてる?」
「あの、すごく綺麗だったやつ?」
「そう。あの回答は、本当に上手かったよ。書かれている条件を整理して答えを出すことだけなら、ミラやカイルより綺麗だったところもある」
ルシアンはそこで評価を落とさなかった。
「でも、その条件だけで本当に答えを一つに決めていいのか、というところには触れてなかった」
能力が低かったわけではない。
むしろ逆だ。
与えられた問題を解くことでは、あの回答が一番目立っていた。
ルシアンは冊子を閉じず、そのページに指を挟んだまま続けた。
「現場では、最初から必要な情報が全部揃ってるとは限らないでしょ。与えられた条件から正しい答えを出せることと、その条件だけで答えを出していいのか確認できることは、別だと思ったんだ」
今日のミラが頭に浮かぶ。
エミールの足首を見て、すぐ固定を始めたわけではなかった。
何が起きたのか。
どこが痛むのか。
指は動くか。
感覚はあるか。
一つずつ確認してから動いた。
カイルも同じだった。
新しい条件が出れば、前の判断を守るより先に道を見直した。
「つまり……」
一度、頭の中で順番を並べる。
「答えが合ってるかだけじゃない。そもそも答えを決められるところまで情報が揃ってるかを見る。足りなかったら勝手に埋めずに、何を確認すればいいか考える。ミラとカイルは、そこまで書いてた」
「うん」
「それで、先に聞いて回った時にも名前が出てた。冊子全体の出来も悪くない」
そこまで言うと、ルシアンが頷いた。
「そう。でも、それでもまだ決めてないよ」
ルシアンは机に広げてあった今日の地図を見る。
「二人を入れて一点ずつ払うなら、今の五人にいないものを持ってる方がいい。ミラに欲しかったのは、治癒魔法が使えることより、救護を任せられること。カイルも、地図が読めることより、条件が変わった時に経路を任せられること」
前にミラが言っていた。
治癒魔法だけなら、自分より上手い人がいる。
それでもルシアンはミラに声を掛けた。
「だから、回答が一番綺麗な二人じゃなくて、今の五人に加えた時に欲しい二人だったのか」
「そういうこと。ただ、それも人から聞いた話と紙の上で見たものだからね。実際に一緒に動けるかは別だし、二人の方にも僕らを選んでもらわないといけない」
聞き取りで、周りからどう見られているかを確かめる。
冊子で、本人がどう考えるのかを見る。
それでも決め切らず、最後は実際に七人で動いてみる。
どれか一つだけで決めず、違うところから確かめていた。
説明されてみれば、知らないルシアンを見せられた感じはしなかった。学院に入ってから何度も見てきたやり方の延長だ。
(……まあ、ルシアンならやるか)
ミラとカイルを選んだ理由は、それで分かった。
それなのに、机の上の冊子を見ていると、一つだけ引っかかるものが残った。
二人を選ぶためだった。
聞き取りも、冊子も、今日の練習も、それで説明できる。
でも——何か大きすぎる気がする。
要項が出た日の食堂で、まだ候補も決まっていないうちから「助っ人は二人取る」と言った。
その後、本当に何日も専科を回った。
三つの専科に大量の冊子を回し、名前を残して回答してもらった。
そして、その回答を自分たちだけで使わず、全部公開した。
今では、ほかの班まで専科生の名前を挙げて、誰を誘うか話している。
良い助っ人を探すための行動には見える。
でも全部合わせると、俺たちが二人を選ぶためだけの仕組みには見えなかった。
「……でも、本当にそれだけ?」
ルシアンはすぐには答えなかった。
俺が机の冊子を見ているのを見てから、口を開く。
「二人を選ぶだけにしては、やったことが多いと思う?」
図星だった。
「うん」
ルシアンは冊子を閉じず、その横に置かれていた大会要項に手を伸ばした。
「僕が助っ人を二人取るって言ったの、いつだったか覚えてる?」
「……要項が出た日。まだ誰を取るか調べる前」
「そう。あの時点では、ミラもカイルも知らなかったし、三つの専科を比べてもいなかった。それでも僕は二人取るって公言した」
言われてみれば、最初の時点から妙だった。
普通なら、誰がいるのかを見て、一点払う価値があるか考えて、それから何人取るかを決める。
ルシアンは、その順番を逆にしている。
「もちろん、本当に二人入れるつもりではあったよ。でも——」
ルシアンは要項の減点規則を指でなぞった。
「予選は二十班で九班が通る。助っ人一人なら一点、二人なら二点引かれる。僕らが二人取るのが得かどうかは、僕らの七人だけを見ても決まらないんだ」
俺たちが二点減る。
相手が五人なら、そのまま二点差。
六人なら一点。
七人なら、減点だけなら同じになる。
「他の班が何人取るかでも変わるってこと?」
「うん。極端に言えば、僕らだけ七人で、残り十九班が全部五人ならかなり不利になる。逆に、一人か二人入れる班が増えれば、僕らの二点そのものは消えなくても、ほかの班との差は小さくなる」
そこまで聞いて、一つ先が見えた。
「……だから、最初に二人取るって言った?」
ルシアンが頷く。
「少し商人みたいな言い方をするなら、あの時はまだ助っ人の『相場』が定まってなかったから」
「相場?」
「誰なら一点を払う価値があるのか。一人と二人のどっちが得なのか。そもそも五人のまま行く方がいいのか。要項が出た直後は、みんな判断する材料がほとんどなかったでしょ」
確かに、あの時の食堂では意見がばらばらだった。
一点減るならいらないという声もあった。
強い専科生なら欲しいという声もあった。
でも、具体的に誰を取ればいいのかまで話している班はほとんどなかった。
「そこで、レインがいる僕らの班が『二人取る』って言う。別に、それだけでほかの班が同じことをするとは思ってないよ。でも、『あの班が二点払うなら、助っ人にはそれだけの価値があるのかもしれない』って考える人は出る」
昼食の時に聞こえた声が蘇る。
『二人? アストリアもいるのに?』
ただの驚きだと思っていた。
「でも、言っただけなら噂で終わる。だから次に、本当に専科を回った」
治癒科。
魔法理論科。
探索科。
何日も歩いて、学生や教員から話を聞く。
「周りから見れば、僕らが本気で二人探してるのが分かる。そうなると、良さそうな人を先に取られるかもしれないって考える班も出る。実際、冊子を公開する前から専科に声を掛け始めた班があったよね」
「うん」
そこまでは、実際に見ていた。
ルシアンが何日も専科棟を歩き始めてから、「本当に二人取るらしい」という話が増えた。
専科の側から、自分を売り込みに来る学生まで現れた。
ルシアンはそこで冊子に手を戻した。
「ただ、それでも総合科の側には困ることがある。助っ人を取ろうと思っても、専科の学生が何をできるのか分からない」
ここで、ようやく冊子のもう一つの意味が見えてきた。
「だから、見えるようにした?」
「そう。名前だけじゃなくて、実際にどう考えて答えるのかまでね」
何十人分もの回答が並んだ閲覧台を思い出す。
俺たちは、その中からミラとカイルを見た。
でも同じ冊子を読めば、ほかの班は別の学生を見ることができる。
解析を補いたい班なら理論科を見る。
別の治癒科生の強みが自分たちに合うなら、その人に声を掛ける。
ルシアンは誰が一番かを決めず、全員分をそのまま並べた。
「自分たちの二人を選ぶための冊子だった。でも、それだけじゃなくて、ほかの班にも選べる材料を渡したんだ」
「うん」
今度は、その一言の意味が重かった。
要項が出た直後に二人取ると言う。
本当に専科を回る。
そして、誰が候補になるのかまで見えるようにする。
誰にも助っ人を取れとは言っていない。
それでも、取るかどうかを考えられるところまでは持っていった。
ルシアンはそこで、少し考えるように間を置いた。
「仮に『助っ人市場』って呼ぶなら、最初は買い手も売り手も、お互いのことをほとんど知らなかったんだと思う」
市場。
学院の大会には妙な言葉だったが、今の話には合っていた。
「僕らが先に二人取ると示して、実際に探し始める。それで専科側も、自分から売り込みに来るようになった。そのあと冊子で、総合科からも候補が見えるようにする。そこまで行けば、あとはそれぞれの班が自分で判断できる」
そこでようやく、最初から残っていた二点の話まで繋がった。
「……一人か二人取る班が増えれば、俺たちだけが二点減る状態じゃなくなる」
「そう」
ルシアンは短く答えた。
「僕らの二点を消すことはできない。でも、二十班全体で見た時に、二点払うのが僕らだけなのと、一点や二点払う班がいくつもいるのとでは違う」
ミラとカイルを選んだ。
それだけなら、自分たちの班の中で終わる話だった。
でもルシアンは、その選び方を学院中から見える形にした。
だから、同じ仕組みを使ってほかの班まで動き始めた。
一つの行動が、途中から別の目的に使われたわけじゃない。
最初から重なっていた。
自分たちに必要な二人を探す。
その過程で専科生の情報を集め、見えるようにする。
それをほかの班にも渡して、助っ人を取るという選択肢そのものを広げる。
その結果として、俺たちの二点の不利も相対的に小さくなる。
要項が出た日から、専科巡り、冊子、公開まで、ようやく一本の線になった。
「……最初から、全部こうなると思ってたの?」
「全部は無理だよ。誰が誰を取るかも、何班が五人のまま残るかも分からない。アルドリックやリアだって、僕が二人取るって言ったから同じことをするわけじゃないでしょ」
それはそうだ。
二人とも、自分たちの班を見て決める。
「僕ができるのは、判断する材料を増やして、選べる状態にするところまで。その先で何を選ぶかは、それぞれの班が決めるよ」
その言い方を聞いて、前の特別選抜の騒動のときにも似たものを見たことを思い出した。
誰かを無理に動かすんじゃない。
その人が自分の理由で動く場所を作る。
今回は、その範囲が一人ではなく、大会に出る二十班まで広がっていた。
ルシアンはそこで冊子を閉じた。
勝負が始まってから、最善の手を探すんじゃない。
始まる前に、ほかの班が選ぶ手まで含めて盤面を整えておく。
机の上には、今日使った地図と、何十人分もの回答が入った冊子が並んでいる。
「これで七人は決まった」
ルシアンが地図に目を移した。
「次は、前に話した予選の方を二人にも説明しないとね」
「うん」
大会はまだ始まっていない。
それでも、ルシアンの最初の一手は、要項が出たあの日にはもう打たれていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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