第七十九話「見なくていいもの」
研究室の扉を開ける。
「失礼します」
すぐに、紙をめくる音の向こうから声が返ってきた。
「こんにちは、レイン君。今日は早いですね」
マルティナ教授が顔を上げた。
「授業が午前で終わったので」
「そうですか」
マルティナ教授はそれだけ言うと、手元の書類に視線を戻した。
あの日から、時間が空けばこの研究室に来ている。
今ここで詰めているのは、実験器具や測定器を借りるために必要な研究計画だ。
何を確かめるのか。そのために何を観測して、どんな条件で、どう実験するのか。
そこを決めなければ、実験そのものを始められない。
最初の頃は、扉を開けるたびに少し緊張していた。
帝国魔導師で、この術式構造学研究室の主任で、俺の特別選抜を評価した人。
そのマルティナ教授の研究室に一年生の俺が一人で入っていくのだから、仕方ないと思う。
でも、何度か通ううちに、その緊張もだいぶ薄れてきた。
今ではマルティナ教授も、俺が来るたびに理由を確認したりはしない。
挨拶をして、俺が机に向かう。
それだけだ。
研究室の奥では、上級生が三人、黒板の前に集まっていた。
黒板の半分ほどを使って、大きな術式が描かれている。
「だから、ここを先に分岐させると後段の負荷が——」
「でも、それだと第三節と干渉するだろ」
「そこをずらせばいいんじゃない?」
「ずらしたら接続先が変わるって」
三人とも黒板から目を離さない。
一人が式を書き足し、別の一人がその横に新しい線を引く。
少しして、マルティナ教授の声が飛んだ。
「その接続、本当に成り立つのでしょうか?」
三人の手が止まる。
「……やっぱり、そこですか」
「今の説明だと、第二節で分けた魔力が第三節に入る前に一度重なっていますよね」
三人が黒板を見直す。
「あ」
一人が短く声を出した。
「……重なってる」
「なら、そこから確認してください」
「はい」
再び議論が始まる。
俺は自分の机に鞄を置いた。
初めてこれを見た時は驚いた。
マルティナ教授は自分の書類を読んでいたし、黒板には一度も顔を向けていなかった。それなのに、学生たちの議論が少しおかしくなると、普通に口を挟んだ。
今ではもう慣れた。
この研究室では、マルティナ教授が別の仕事をしているからといって、聞いていないとは限らない。
俺は椅子を引いて座る。
ここも、最初とは随分変わった。
二年前の約束で用意してもらった机。
最初に座った時は、それだけで嬉しくて、妙に背筋を伸ばしていた。
紙を一枚置くにも位置を整え、開いた本の向きまで机の縁に揃えていた。
今は。
「……」
気づけば、机の上には紙が何枚も重なっていた。
本は二冊開いたまま。
その間に筆記具が転がり、俺は気づけば机に顔を近づけるようにして紙を見ている。
背中も丸まっていた。
姿勢を直す。
しばらく考える。
また紙に顔が近づく。
多分、今日もその繰り返しになる。
目の前の紙には、大きく八つの項目を書いていた。
魔力量。
範囲。
密度。
位置。
発動速度。
術式の揺れ。
持続時間。
魔力の漏れ。
その横には、何度も書き直した線と矢印。
さらに別の紙には、実験の手順。
ここ数日、ずっと考えているものだった。
そもそもの課題は単純だ。
俺が魔力視によって魔力量を見ていることを、俺自身の感覚ではなく、客観的な観測結果から確かめる。
最初にマルティナ教授に相談した時、俺が考えていた方法は簡単だった。
同じ術者に、同じ魔法を使ってもらう。
使う魔力量だけを変える。
俺には実際の数値を知らせず、魔力視だけでどれが多いかを判断する。
その結果と測定器の値が繰り返し一致するなら、少なくとも俺が見ているものと魔力量には関係がある。
そこまではよかった。
問題は、その先だ。
俺は紙の端に書いた文章をもう一度読む。
『魔法を使用する際の魔力量——魔法を発動するために魔力を体外に放出し始めてから、魔法が完全に成立し、術者の手元を離れるまでに使用された魔力量』
今のところ、実験ではそう定義するつもりだった。
例えば火球の場合。
まず、体内の魔力を掌に集める。
そこから魔力を体外に放出する。
放出した魔力を手の前に集めて圧縮し、火属性に変質させる。
次に、術式を通して、その火属性の魔力を一つの火球として成立させる。
材料を集めただけでは料理にならないように、火属性に変えただけでもまだ火球ではない。
形。
大きさ。
内部の密度。
維持の仕方。
飛ばすための構造。
それらが術式によって整えられ、ようやく一つの魔法になる。
そして最後に、火球が術者の手元を離れる。
この一連の流れのうち、体内から掌に魔力を集めるところまでは含めず、体外に放出し始めてから火球が完全に術者の手を離れるまで。
そこに使われた魔力量を、今回の実験では「魔法を使用する際の魔力量」とする。
定義した時は、これでかなり整理できたと思った。
あとはこの量だけを変えて、他を同じにすればいい。
そう思っていた。
マルティナ教授に言われた通り、魔力量と一緒に変わりそうなものを書き出した。
範囲。
密度。
位置。
発動速度。
術式の揺れ。
持続時間。
魔力の漏れ。
魔力量を入れて八項目。
あとは魔力量以外の七項目を固定する。
最初は本当に、それで終わると思っていた。
でも。
「……無理なんだよな」
小さく呟く。
魔力量を増やす。
それだけなら簡単だ。
けれど、同じ《火球》でも多くの魔力を入れれば、普通は火球そのものが大きくなる。
では、範囲を変えないようにする。
しかし、大きさを同じにしたまま魔力量だけを増やせば、今度は内部の密度が高くなる。
なら密度も同じにする。
そうすると、同じ大きさ、同じ密度の火球に、増やした魔力を入れておく場所がない。
持続時間を長くして、その分だけ魔力を使う方法なら成立するかもしれない。
でも、それでは持続時間が変わる。
持続時間まで同じにしたい。
その他の魔力以外の項目も全て揃えたい。
だがそうすると、増やした魔力はどこに行く?
同じ容積の箱に入れる粘土の量だけを増やしながら、押しつぶしたりして密度を変えるなと言っているようなものだった。
魔力量だけを変える。
他は全部同じ。
言葉にすれば簡単なのに、実際の魔法では成立しない。
発動速度だってそうだ。
短い時間で大量の魔力を処理しようとすれば、魔力の流れも変わる。
処理を急げば術式の揺れが大きくなるかもしれない。
制御しきれなければ漏れも増える。
最初は、八つの項目をそれぞれ別の条件として扱えると思っていた。
実際には違う。
今回挙げた八項目は独立した変数ではなく、一つを変えれば別の項目も変化する。
互いに従属している。
ここまで気づいたあと、俺は別の方法を考えた。
全部を固定できないなら、全部の組み合わせを調べればいい。
魔力量、範囲、密度、位置、発動速度、術式の揺れ、持続時間、漏れ。
それぞれを大雑把に、小・中・大の三段階に分ける。
三段階が八項目。
全ての組み合わせを試すなら。
俺は紙の隅にもう一度式を書く。
三の八乗。
六千五百六十一通り。
「……」
数字だけでも嫌になってくる。
しかも、一回ずつ試して終わりでは意味がない。
たまたま一致した可能性を減らすなら、同じ条件で何度か繰り返す必要がある。
仮に五回ずつ。
六千五百六十一に五を掛ける。
三万二千八百五通り。
「流石にきついって……」
魔力視で魔力量が本当に見えているか。
調べたいのは、それだけなのに。
三万回以上魔法を使って確かめる。
さすがに何かがおかしい。
そう考えたところで、気がついた。
いや。
違う。
そもそも、この計算自体がおかしい。
八つの項目は独立していない。
だったら、小・中・大を自由に組み合わせられるわけがない。
例えば、魔力量が小さいのに、範囲も密度も大きい。
そんな組み合わせは、少なくとも同じ術式では成立しない。
なら、成立しない組み合わせを消せばいい。
六千五百六十一通り全部を試す必要はなくなる。
そこまで考えた時は、少しだけ希望が見えた。
けれど、すぐに別の問題が出てきた。
どの項目とどの項目は関係があって、どの項目とどの項目は関係がないのか。
魔力量と範囲は、どこまで別々に変えられる?
範囲と密度は?
発動速度と漏れは?
術式の揺れと密度は、本当に別の条件として扱っていい?
位置は他の七つから独立している?
それとも、術者から離せば制御の精度が落ち、揺れや漏れに大きく影響する?
成立しない組み合わせを消すためには、先に八つの項目がどこまで互いに従属しているのかを知らなければならない。
でも、それが分かっているなら、そもそもこんな表を作る必要があるのか。
紙の上に書いた線が増えていく。
魔力量から範囲。
魔力量から密度。
発動速度から漏れ。
位置から術式の揺れ。
昨日の最後には、何を整理するための図だったのか、自分でも一度分からなくなった。
組み合わせが多すぎる。
そこから始まった問題が今は、
『そもそも独立した条件表を作れるのか』
という問題に変わっている。
そして、ここで止まった。
もう数日になる。
俺は椅子の背にもたれた。
視線の先では、マルティナ教授がまだ書類を書いている。
聞けば、多分教えてくれる。
少なくとも、どこから考え直せばいいかくらいは。
ただ、もう少し自分で考えたい。
セレナと研究していた頃も、分からないことがあれば何でもすぐ答えを聞いていたわけじゃない。
まず自分で考える。
測る。
失敗する。
それでも分からなければ、先生に持っていく。
別に、聞くのが恥ずかしいわけではない。
それでも、セレナの弟子だった人間として、最初から答えを貰いに行くのは何となく悔しかった。
今日はリアも来ることになっている。
この問題にぶつかってからは、まだリアに相談していない。
二人で考えて、それでも駄目ならマルティナ教授に聞こう。
そう決めて、もう一度紙を引き寄せた。
しばらくして、
「こんにちは」
聞き慣れた声に顔を上げた。
「リア」
入口に、金色の髪をした少女が立っていた。
「もう来てたのね」
「うん。今日は授業が午前で終わったから」
「こんにちは、リアさん」
「こんにちは、マルティナ教授」
リアは教授に挨拶してからこちらに来る。
机の上を見て、足が止まった。
「……増えたわね」
「増えた」
「何枚あるの?」
「分からない」
「数えてないの?」
「途中からは」
リアは一番上の紙を手に取った。
そこには八項目と、その間を結ぶ大量の線がある。
「何これ」
「今困ってるやつ」
「なるほど」
リアは近くから椅子を引いてきて、机の向かいに座った。
「聞く」
「うん」
俺は最初から説明した。
今回の実験で何を確かめたいのか。
魔法を使う際の魔力量を、どう定義したのか。
魔力量以外に変わりそうな七つの条件を書き出したこと。
最初は、魔力量だけを変えて他を固定すればいいと思ったこと。
「でも、それができない」
紙に簡単な火球の図を描く。
「魔力量を増やすと、普通は範囲が変わる。範囲を固定すると密度が変わる。密度まで固定すると、増やした魔力を入れるところがなくなる」
「うん」
「だから、全部の組み合わせを試そうかと思ったんだけど、それも無理だった」
六千五百六十一と書いた紙を見せる。
「多いわね」
「しかも、この組み合わせ自体が成立しない」
俺は八項目の紙を指で叩いた。
「八つが独立してない。互いに従属してるから、成立しない組み合わせを消そうとすると、今度は何と何をどこまで別々に変えられるのかを先に調べないといけなくなった。今はそこで止まってる」
説明を終える。
リアはすぐには答えなかった。
八項目を書いた紙に目を落としたあと、顎に指を当てる。
そのまま顔を上げ、天井の方を眺めた。
「魔力量を変える……範囲、密度……でも、確かめたいのは……」
小さな声で何かを呟いている。
俺は待った。
ほんのしばらくして、リアの視線が戻ってきた。
「そもそもなんだけど、レインに魔力量が見分けられることを、実験で客観的に示せばいいのよね?」
「うん」
「なら、レインが『魔法に込められた魔力量』を見抜けるかどうかを調べなくてもいいんじゃない?」
「……え?」
「必要なのは、レインが『魔力量の差』を本当に視覚的に捉えられているかどうかでしょう?」
俺は意味が分からなかった。
「魔法を見ないでも、いいんじゃないかしら」
(魔法を見ない?)
リアは八項目を書いた紙を机に置いた。
「レインは、人の体内の魔力も見えるのよね」
「……見える。ただ、本人が制御している最中だと、制御から漏れた分しか見えない」
「なら、観測する時は制御を解いてもらえばいい」
リアは少し身を起こした。
「まず魔法を使う前に、術者の制御を解いてもらう。そこでレインが体内の魔力量を見る。同じ時点で測定器でも測る」
「うん」
「次に、レインには魔法を見せない状態で術者に魔法を使ってもらう」
「見せない?」
「目隠しでも、遮蔽物でもいいわ」
リアは続けた。
「火球そのものを見たら、大きさや密度も見えるでしょう。大きな火球なら、たくさん魔力を使ったはずだって自然に考える。その予想が、レイン自身が魔力視で見たものの判断にどれだけ影響するかは分からない。そうね……例えば、同じ料理を出されたとしても、一流店のものって言われたときと、素人が作ったものって言われたときでは、味の感じ方は違うでしょ?」
「……なるほど」
「魔力視だけを確かめたいのに、魔法を見たことで生まれた先入観まで混ざったら邪魔。だから発動中は見ない」
その言葉で、ようやく先が見えた。
「魔法を使い終わったら、もう一度?」
「そう。術者に制御を解いてもらって、レインと測定器で同じように測る」
使用前の魔力量。
使用後の魔力量。
俺が見るのは、その二つだけ。
「……前後の差を見るのか」
「そういうこと」
「魔法そのものに使われた量を、魔法から見なくていい」
「うん」
リアはそこで初めて新しい紙を引き寄せた。
今話した内容を、実験手順として三つにまとめて書く。
一、魔法使用前、制御を解いた術者の魔力量をレインと測定器でそれぞれ観測する。
二、レインに魔法が見えない状態にして、術者が魔法を使用する。
三、使用後に再び術者の魔力量をレインと測定器で観測し、使用前後の差を比較する。
俺は何度かこの三行を読んだ。
それから、机いっぱいに広がった自分の紙を見る。
範囲。
密度。
位置。
発動速度。
術式の揺れ。
持続時間。
漏れ。
この数日、ずっとどう固定するか考えていた条件。
「……これなら」
八項目の紙に目を戻す。
「範囲を揃えなくていい」
「揃える必要ないわね。レインは火球を観測しないから」
「密度も、位置も、術式の揺れも」
「今回の目的には関係ない」
「漏れは……」
「体内から失われた量を見るなら、漏れた分も含めて前後の差に出るでしょう」
「……そうか」
「今調べたいのは、その魔法がどれだけ効率よく作られたかじゃない。レインが魔力量の差を本当に見分けられるかどうかよ」
俺はもう一度、三行の手順を読む。
数日かけて、八つの条件をどうやって揃えるか考えた。
揃えられないと分かって、今度は組み合わせを数えた。
それも駄目で、八項目同士の関係そのものを調べようとしていた。
リアは、そのどれも紐解いていない。
そもそも、その七項目を実験から外した。
「……リア」
「何?」
「それ、いつ思いついた? もともと別の実験とかで見たことあった?」
「ないわ。今よ」
「今?」
「ええ」
リアは何でもないことのように答えた。
俺は机の紙を見た。
三万二千八百五通り。
その横に、三行。
数日間、目の前の問題をどう解くかばかり考えていた。
リアは、問題を解く前に、その問題が本当に必要なのかを見た。
悔しくないわけではない。
でも、それより先に出てきたのは別の感情だった。
「……すごいな」
リアがこちらを見る。
「急に何?」
「俺、これ数日ずっと考えてたから」
「それは見れば分かるわよ」
リアは机に広がった紙に目をやった。
「途中から意地になってたでしょ」
「……ちょっとだけ」
「やっぱり」
「でも、こんな発想の転換は……考えられなかった」
リアは少し首を傾げた。
「発想の転換っていうより、最初の目的に戻っただけよ」
その言い方まで簡単だった。
俺には、その「戻る」ができなかった。
その時。
「さすがリアさんですね」
少し離れたところから声がした。
俺とリアが同時に振り返る。
マルティナ教授は、まだ自分の机に座っていた。
書類に何かを書き込みながら、こちらには目を向けていない。
「聞いてたんですか?」
思わず言う。
「聞いていました」
やっぱり。
「良い切り分けです」
そこでようやく、マルティナ教授が顔を上げた。
細い銀縁の眼鏡の奥から、リアを見る。
「条件をどう揃えるかではなく、その条件が本当に必要なのかを考えた。今回の目的なら、前後差を見る方がずっと素直です」
「ありがとうございます」
リアは頭を下げた。
「もちろん、それで研究計画が完成したわけではありません。先ほどリアさんが挙げていた測定器の精度や観測間隔、術者の状態の揃え方も計画に落としてください」
「はい」
「そこまで詰めたものを見せてもらえれば、必要な器具の申請に進めます」
「分かりました」
マルティナ教授はまた書類に視線を戻した。
俺も自分の紙を見る。
三万二千八百五通り。
その数字に横線を引く。
八項目を結んだ大量の線にも、大きく斜線を入れた。
「全部消すの?」
リアが言う。
「いや」
少し考える。
紙の上に『失敗案』と書き足した。
「残しておく」
「そうね」
「また似たところで詰まった時に見たい」
机の端に、失敗した紙をまとめる。
捨てる必要はない。
考えたこと自体が無駄だったわけでもない。
魔力量と範囲や密度が独立していないこと。
発動速度や漏れまで互いに影響すること。
それは別の実験をするときには必要になるかもしれない。
ただ、今回は必要なかった。
俺は、必要ないものまで全部扱おうとして、自分で問題を難しくしていた。
俺はリアがまとめた三行を自分の前に置いた。
「まず、術者を誰にするか決めましょう」
リアが言う。
「最初は同じ人に揃えた方がいいわね。人まで変えると、余計な違いが増えるから」
「うん」
「それと、レインが見た差をどう記録するか。『多い』『少ない』だけだと比較しにくい」
「段階を作る?」
「それもあり。でも最初から細かくしすぎると、今度はレイン自身の基準が曖昧になるかも」
「じゃあ最初は順番だけ?」
「何回か違う量を使ってもらって、減ったように見えた順番をつける。それなら数値を言い当てる必要もないし」
「ああ、それならできそう」
「そのあと、どこまで小さい差を見分けられるか調べてもいいわね」
「それやりたい」
「まだ最初の実験もしてないでしょ」
「でも気になる」
「先に一個終わらせる」
「はい」
俺は研究計画の用紙を引き寄せた。
術者。
測定器。
観測の順序。
発動中の遮蔽。
記録方法。
さっきまで埋まらなかった欄が、一つずつ決まっていく。
奥では、上級生たちがまだ黒板の前で議論している。
「こっちなら接続できる」
「でも出力が足りない」
「じゃあ前段を——」
「その前に、今消した線をもう一度確認してください」
マルティナ教授の声が飛ぶ。
「やっぱり、そこ戻りますか」
「戻ってください」
「はい」
三人が黒板に向き直る。
俺も研究計画に視線を戻した。
来た時には、机いっぱいに問題が広がっていた。
今はその隣で、リアが俺の書いた手順を読みながら、必要なところだけ指摘していく。
窓から差していた光が、いつの間にか少し傾いていた。
そのことに気づいた時、最初にこの机をもらった日のことを思い出した。
あの日、マルティナ教授はここで計画を立てていいと言った。
その時は、自分の研究場所ができたことばかりが嬉しかった。
でも、一人で考えるためだけの机ではなかったらしい。
「レイン、最初の実験はこれでいいと思う」
リアが研究計画をこちらに戻した。
「最初から魔力量そのものを当てようとしない方がいいわ。まずは、減った量の大小を正しい順番で見分けられるか。それができると確認してから、次を考えましょう」
「うん」
俺はその一文を計画に書き加えた。
その横には、数日分の失敗した計画。
反対側には、今日できた新しい計画。
まだ実験すら始まっていない。
結果がどうなるかも分からない。
それでも。
さっきまでより、ずっと先が見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。




