第七十七話「三つ取れば」
「ここでは何だから、場所を変えようか」
ルシアンが言った。
「場所?」
ガレスが聞き返す。
「うん。みんなもう食べ終わるでしょ?」
卓を見ると、残っている料理はほとんどなかった。
ルシアンはそれ以上説明せず、自分の皿に残っていた最後の一口を食べた。
話す場所を変える。
理由は何となく分かった。
今いる食堂には、俺たち以外にもかなりの一年生がいる。
さっきだって、専科助っ人について話していた声がいくつもの卓から聞こえていた。
もし具体的に大会の作戦を考えるなら、わざわざ周りに聞こえる場所でする必要はない。
(でも)
それなら、さっきルシアンが、「助っ人は取るべきだ」と言ったのは何だったんだ?
しかも一人ではなく、二人とも取るとまで明言した。
すぐ近くの卓にも聞こえていたと思う。
この前の特別選抜の件を思い出すと、ルシアンは、嘘をついたわけでも、人を無理やり動かしたわけでもなかった。
誰が何を考えているのかを見て、動きやすい場所を作った。
そうすると、後は本人たちが勝手に動いていった。
あれを知ったばかりだからなのか。
今の一言も、ただ口にしただけとは思えなかった。
(また何か考えてる?)
でも、何をしたいのかまでは分からない。
「レイン?」
「あ、うん」
「行こうぜ」
ガレスに言われ、俺も残りを食べた。
食器を返し、五人で食堂を出る。
向かったのは中庭だった。
中央の方には昼休みを過ごしている学生が多かったので、そのまま端まで歩く。
講義棟の壁際。
植え込みの近くに置かれた長椅子まで来ると、周囲の声はだいぶ遠くなった。
「ここならいいかな」
ルシアンが言う。
俺たちは長椅子の周りに集まった。
俺は鞄から、さっきまで読んでいた大会要項を取り出す。
「で」
ガレスが早速聞いた。
「何で二人なんだ?」
「助っ人?」
「それ以外ないだろ。二点減るんだぞ」
「そうだね」
「さっき俺たちも言ってただろ。予選の課題一個が二点。それを最初から捨てるんだぞ?」
「うん。それも合ってるよ」
ルシアンは否定しなかった。
「むしろ、予選だけ見るなら、助っ人を取らないって判断はかなり合理的だと思う」
「……じゃあ何で取るんだ?」
ガレスが困った顔になる。
俺も同じ疑問だった。
ルシアンは要項を開いた。
「まず、助っ人の価値は予選とその後で全然違う」
予選のページを示す。
「《広域課題戦》は二十班が一つの競技場に同時に入る。課題も全部で二十件ある」
次に、専科助っ人の項目。
「助っ人二人なら、最終得点から二点引かれる」
「だから課題一個分でしょ」
リネットが言う。
「そう」
ルシアンが頷く。
「総合科は一学年で百人。五人ずつ分かれて二十班。課題も二十件だから、単純に均等に分かれたら一班一件だね」
一班につき、一課題。
それで二点。
「なのに、こっちは始まる前から二点減る」
エミールが言った。
「そういうこと」
ルシアンが返す。
「だから見た目としては重いんだ。一班が平均で取れる一課題分を、最初から失うことになる」
予選の課題は、破砕、制御、解析、救護、踏査。
領域は分かっているが、具体的な内容は当日まで分からない。
「例えば治癒魔法科の学生を一人入れたとして、その人が救護区で強いのは期待できる。でも、その人がいれば救護区の四課題を必ず取れる、とは限らない」
「課題の内容が分からないから?」
「それもある。それに、スタート位置が救護区から離れているかもしれないし、先に別の班に取られる可能性だってある。着いた時には終わってるかもしれないし、もし挑戦できても妨害されるかもしれない」
二十班が同じ場所に入る。
どこに何班来るかも分からない。
全員で動く班もいれば、分かれる班もいるはずだ。
俺みたいに先行しようと考える学生もいるかもしれない。
「予選は、人数が多すぎるんだよ」
ルシアンが続ける。
「自分たち以外に十九班いる。しかも、全員が同じ課題を狙うわけじゃない。誰がどこに向かうかで、状況が大きく変わる」
「つまり、運要素もある?」
俺が聞く。
「あるね。もちろん準備で減らせるけど、完全には消せない」
ルシアンは次のページを開いた。
「それに比べて準決勝は三班しかいない」
《継承核争奪戦》。
一つの継承核。
三班。
「勝つには、核を取って、自分たちの認証装置まで運んで、総合科の学生が十秒認証する」
「助っ人は認証できないよね」
リネットが言う。
「できない。でも核は運べるし、戦える。守ることも、相手を止めることもできる。それに、準決勝には助っ人を入れたことによる減点がない」
確かに、準決勝には得点そのものがない。
継承核を自分たちの認証装置まで持ち帰るか、他の二班を全員致命判定にすれば勝ちだ。
「だから、少なくとも規則の上では、準決勝で助っ人を入れることに直接の不利益はない。最終認証だけは総合科がやらないといけないけど、それ以外では二人増えた分だけできることが増える」
五人と七人。
数字で見れば二人の差。
準決勝は予選より競技場が狭く、相手も二班しかいない。
「核を持つ人。その人を守る人。相手の追撃を止める人。別方向から来る班を見る人。人数が増えれば、その分だけ同時にできることが増える」
ルシアンは要項のページをめくる。
「最後に、決勝」
《六核制圧戦》。
「こっちは減点自体はある。でも、予選と同じ二点でも重さが違う」
「どう違うんだ?」
ガレスが聞いた。
「決勝は九十分。十分ごとに、支配している核一つにつき一点入る」
三つの主陣核と、三つの中継核。
全部で六つ。
「例えば、自分たちの主陣核を最初から最後まで守り切る。それだけでも九十分で九点になる」
「それだけで九点か」
「うん。そこから助っ人二人分を引いても七点だね」
予選では、一課題取ってようやく二点。
その二点と、助っ人二人分の減点が同じだった。
決勝では違う。
「もちろん、自分の主陣核だけ守ってれば勝てるって意味じゃないよ。中継核を取ったり、他の班の主陣核を奪ったりすれば、得点はもっと増える。展開によっては十数点に届くことも十分ありえる」
「そうなると、二点くらいなら相対的には小さくなるわね」
リネットが言った。
「そう。予選だと平均一課題分を丸ごと失うように見える。でも決勝まで行けば、同じ二点でも全体に占める割合がかなり小さくなる」
一人の総合科学生が支配認証をしている間、その人は核から手を離せない。
なら、その間に守ったり、周りを監視する人間が必要になる。
別の核に向かう人間も必要だ。
「しかも、核は六つある。それを三班で取り合うなら、人数が増える価値も大きい」
「完全制圧なら減点も関係ないしな」
ガレスが言う。
「成立させられればね」
「全員倒しても勝ちだろ?」
「それも同じ。ただ、最初からそれだけを狙うかは別の話」
ルシアンはページを閉じなかった。
「だから、助っ人を取るかどうかを予選の二点だけで考えるのは違うと思う。予選では減点がかなり重い。準決勝ではその減点自体がなくなる。決勝ではまた減点があるけど、得点全体が大きくなるから相対的には軽くなる。その上で、準決勝、決勝はどちらも人数が多いこと自体に大きな価値がある」
「なるほど」
大会は三つの競技に分かれている。
なのに、俺はさっきまで予選の得点につい気を取られていた。
まず通らなければ先はない。
だが、通った後のことも当然見据えて判断するべきだ。
「でも」
リネットが言った。
「結局、予選を突破できなかったら意味ないわよね」
「もちろん」
「二人入れるなら、二点減るのは変わらない」
「うん」
「その分まで考えて三課題とか四課題取らないと危なくならない?」
ルシアンがリネットを見る。
「三つ」
「え?」
「三課題取ればいい」
言い切った。
「三つ取れば、助っ人を二人入れても予選は必ず突破できる」
「……できる?」
俺は思わず聞き返した。
「多分、じゃなくて?」
「三課題を達成できたなら、確実だよ」
確実。
その言葉で、全員の視線がルシアンに集まった。
「どういうこと?」
リネットが聞く。
ルシアンは要項の得点欄を開き、指で追った。
「三課題なら、課題点は六点」
二点。
二点。
二点。
六点。
「助っ人を二人入れるから、そこから二点引かれる」
「四点」
エミールが言う。
「そう。さらに一番悪い条件で考える。総合科の五人が全員、競技終了までに致命判定を受けたとする」
「縁起悪いな」
「最悪の条件を仮定してるからね」
残存ボーナスは零。
つまり、最終得点は四点。
「四点って、そんなに高くないだろ」
ガレスが言った。
「一課題取って五人残った班も四点だぞ」
「そう」
ルシアンがすぐ頷いた。
「一課題しか取っていない班が出せる最大点は四点」
一課題で二点。
総合科五名残存で二点。
助っ人を取っていなければ減点なし。
合計四点。
「同点じゃん」
「同点の場合は?」
ルシアンに聞かれ、ガレスが要項を見る。
「えっと……」
「達成課題数」
エミールが先に言った。
「そう」
三課題取った俺たちと、一課題しか取っていない他班。
総得点は同じ四点の場合、最初に比較されるのは達成課題数だ。
「だから、こっちが勝つ」
「……ああ」
ガレスが頷く。
「つまり、三課題取った時点で、一課題以下しか取れなかった班には絶対負けない」
そこまでは分かる。
でも。
「二課題取る班が多かったら?」
俺が聞いた。
「そこが次」
ルシアンが要項の余白を指で示す。
「課題は全部で何件?」
「二十」
「僕たちが三件取ったら?」
「残り十七」
「じゃあ、僕たち以外の班で、二課題以上取れる班はいくつある?」
「それは……」
残り十七課題。
一班が二課題ずつ取るとすると。
「八班か」
口に出す。
ルシアンが頷いた。
「そう。言い換えれば、もし九班以上が二課題ずつ取るには、最低でも十八課題必要になる。でも残ってるのは十七しかない」
「だから九班以上は無理」
「そう。最大八班」
俺はもう一度考える。
自分たちが三課題を取れば、残りは十七課題になる。
その十七をどう配っても、二課題以上持てる班は八班まで。
ということは。
「俺たちより上に来る可能性があるのは、最大八班?」
「正確には、二課題以上取れる他班が最大八班。三課題取った僕たちは、一課題以下の班には得点で並ばれても、達成課題数による比較で勝てる」
予選を通過するのは九班で、俺たちより上に来られる可能性がある班が、最大八班しかない。
「……だから九位以内から落ちないのか」
「そういうこと」
ルシアンが答えた。
ガレスは黙っていた。
珍しく、途中で口を挟まない。
しばらくしてから、
「……ちょっと」
と言った。
「何?」
「後でもう一回教えてくれるか?」
「いいよ」
「四点までは分かった」
「うん」
「十七あたりから怪しくなった」
「そこまでは分かったんだ」
「……お前、俺を馬鹿にしてないか?」
「してないよ」
「本当か?」
「本当」
ガレスは納得していなさそうだったけれど、それ以上は言わなかった。
その横で、エミールが要項を見ている。
「なるほど」
短く言って頷いた。
「自分たちが三つ取った時点で、残りの班が取れる課題数にも上限ができるのか」
「そうだね」
リネットは予選の得点表と課題数を交互に見ていた。
「何かあるとは思ってたけど」
「何が?」
「こういう条件よ。学院が二十課題、二十班、九班通過なんて数字を並べてるなら、どこかに境目があるんじゃないかって」
そこでルシアンを見る。
「でも、まさか要項が出た日の昼休みに見つけるとは思わなかった。こういうの、本当に得意ね」
「ありがとう」
ルシアンは普通に受け取った。
俺も気になった。
「いつ気づいたの?」
「何に?」
「三課題取れば突破できるってこと」
「最初に要項に目を通した時」
「授業中?」
「うん」
「先生が説明してるとき?」
「説明を聞きながら、予選のページを読んだ時には」
そんなに早かったのか。
「規則を読むのは得意だからね」
そう言って、ルシアンは要項を閉じた。
この前読んでいた学院の詳細規定。
学生意見書。
署名の条件。
あの時も、誰も覚えていなかった規則をルシアンだけは覚えていた。
今回は、その規則を知っているだけじゃない。
数字の組み合わせから、どこまで取れば絶対に落ちなくなるのかまで見つけている。
「リアも気づくと思う?」
俺が聞く。
「多分ね」
「アルドリックは?」
「気づくと思うよ。二人とも、見る観点は違うかもしれないけど」
まだ要項が配られてから、半日も経っていない。
それなのに、もう同じ規則の中で、それぞれが別のものを見始めている。
「でも」
リネットが要項を見る。
「一番大事なところ、残ってない?」
「うん」
ルシアンが言った。
「三課題取れれば、でしょ」
「そういうこと」
確実に突破できる条件が分かった。
でも、二十班が同時に入る競技で、その三課題を取るところまでは保証されていない。
むしろ、そこが一番難しい気がする。
「だから、僕たちが考えるべきなのは、助っ人二人分のマイナスをどう取り返すかじゃない」
ルシアンは閉じた要項の上に手を置いた。
「三課題取れる盤面を、どれだけ高い確率で用意できるかだよ」
「盤面を用意する?」
ガレスが聞く。
「当日に頑張って三つ取る、じゃなくて?」
「それだけだと不安定すぎる。十九班も相手がいるんだから」
「じゃあ」
リネットが聞いた。
「どうするつもりなの?」
ルシアンが俺たち四人を見る。
「具体的には——」
* * *
話が一段落した頃には、昼休みも残り少なくなっていた。
ガレスは途中から何度か質問し、リネットは要項の余白に書き込みを増やしていた。
エミールは必要なところだけ確認し、最後には紙を畳んで鞄に戻した。
俺も要項を閉じる。
授業で配られた時には、ただ規則が並んでいる紙だった。
今は、数字の一つ一つに意味があるように見える。
「あと」
ルシアンが言った。
「助っ人選びは、僕に任せてほしい」
ガレスがすぐに答えた。
「俺はいいぞ」
「早いわね」
「だって俺、専科にそんな知り合いいないし」
「それは私も同じだけど」
リネットはルシアンを見る。
「でも、あなたがやるのが一番早そうね」
それには俺も同意だった。
ルシアンは入学してから、俺の知らないところでも色々な学生と話している。
リアやアルドリックとは学院に入る前から面識があるし、専科にも知り合いがいる。
何より。
誰が何を知っているのか。
誰に聞けば何が分かるのか。
そういうことを覚えている。
「俺も任せていいと思う」
俺が言う。
「エミールは?」
「異論ない」
「決まりね」
リネットが言った。
「ただ、誰を誘うか決めたら教えて」
「もちろん」
ルシアンが頷く。
「それならいい」
「どんな人を探すんだ?」
ガレスが聞く。
ルシアンは少し考える。
「それも考えながら探す」
「決まってないのか?」
「まだ完全にはね。治癒ができるから取る、探索が得意だから取る、みたいな単純な理由だけで決めるつもりはないよ。実際に話してみないと分からないこともあるし」
「順位は?」
「聞けるなら聞く。でも、それだけで決めない」
「じゃあ何で決めるんだ?」
「だから、それを考えるんだよ」
ガレスは納得していなさそうだった。
でも、俺には少し分かる気がした。
誰を取るべきかはまだ分からない。
なら、まず情報を集める。
「練習はどうする?」
エミールが聞いた。
「大会当日に初めて班で動くのは困る」
「ああ、それは必要だな」
ガレスがすぐに乗る。
「放課後?」
「毎日は無理でしょ」
リネットが言う。
「授業もあるし、課題もある。レインなんて研究室にも行くんでしょ?」
「行く」
「即答ね」
「だってそっちも大事だし」
「それは分かった」
ルシアンが予定を考える。
「休日にしようか」
「一日?」
「直前になるまでは、そこまでやらなくてもいいと思う。午前か午後、どちらか半日」
「毎回どっちか決める?」
「うん。授業や課題の予定もあるし、その都度合わせよう」
「それならいい」
俺も頷いた。
休みの日を全部使うわけではない。
それなら研究室にも行ける。
帝都にも。
そう考えたところで、ふとリリィと交わした約束が頭に浮かんだ。
一緒に行こうと話していた、魔導具の店。
まだいつ行くかは決めていない。
(ちゃんと時間、残しておかないとな)
「じゃあ決まり」
ルシアンが立ち上がった。
「基本班は僕たち五人。助っ人は二人取る。候補探しは僕がやる。休日は半日、五人で練習」
「こうして並べると、急に大会っぽくなってきたな」
ガレスが言う。
「今日要項出たばっかりだけどね」
「だからだろ」
ガレスは楽しそうだった。
俺も似たようなものだと思う。
まだ競技場にすら入っていない。
課題の中身も分からない。
助っ人が誰になるのかも分からない。
それでも、さっきまでは紙の上にしかなかった大会が、少しずつ自分たちのものになってきている。
五人で講義棟に戻る。
中庭の中央には、まだ昼休みを過ごしている学生が残っていた。
その横を通り過ぎた時。
「三組のメルヴィン、助っ人二人取るらしいよ」
そんな声が聞こえた。
足を止めるほどではない。
別の学生が答える。
「二人? アストリアもいるのに?」
「さっき食堂で言ってたって」
「じゃあ、何か理由あるのかな」
声はすぐ後ろに流れていった。
俺は隣を見る。
ルシアンは前を向いたまま歩いている。
聞こえていないはずはない。
「ルシアン」
「何?」
「……いや」
聞こうとして、やめた。
答えを聞くより先に、何が起こるのか見てみたい。
「何でもない」
「そう?」
「うん」
午後の授業が始まる。
俺たちはそのまま講義棟に戻った。
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