第七十六話「新入生大会告知」
昼前。
総合科三組の教室に入ってきたエドガー先生は、いつもの教本ではなく、両手一杯に紙の束を持っていた。
それだけで、教室の何人かが反応した。
一番上には学院の紋章が印刷されている。
「どうやら、説明する前から分かっている人もいるようですね」
エドガー先生が教卓に紙束を置いた。
前の方から、「掲示板に出てました」と声が返る。
「そうですか。では、前置きは必要ありませんね」
先生は一枚目を持ち上げた。
「本日、教務評議会と競技運営委員会から、《新入生競技大会》の最終要項が出ました」
教室が静かになる。
入学式の日。
学院長から告げられていた、一年生前期の総合評価。
《新入生競技大会》。
最近は皆、単に新入生大会と呼んでいる。
開催されること自体は、学院に入った日から知っていた。
けれど。
何人で組むのか。
何を競うのか。
どんな形で勝敗が決まるのか。
そういうことは、今日まで知らされていなかった。
廊下や食堂で何度か予想を聞いたことはある。
単純な模擬戦だとか。
何かを奪い合うらしいとか。
専科も関係するらしいとか。
だが結局、どれも噂にすぎなかった。
「これから配ります。後ろに回してください」
前の席から順番に紙が渡されてくる。
一人分でも何枚かある。
俺も自分のところに来た束から一部を取り、残りを後ろに回した。
最初のページ。
『《新入生競技大会》実施要項』
その下に、発行元として教務評議会と競技運営委員会の名が並んでいる。
ページをめくる。
大会構成。
班編成。
安全規定。
予選。
準決勝。
決勝。
(結構ある)
「先に言っておきます」
エドガー先生の声で顔を上げた。
「今日は、この要項を一行目から最後まで私が読み上げる授業ではありません」
先生が自分の分を軽く持ち上げる。
「もちろん希望があればできますが、その場合、皆さんが今日身につけるのは大会への理解より、私の朗読を聞き続ける忍耐力になるでしょう」
教室に笑いが広がった。
「ですので、今日は大会全体の構造と、規則を読むうえで必要になる部分だけ説明します。細かな条件については、後で各自で確認してください」
エドガー先生が黒板に向かう。
白い文字が三つ並んだ。
《予選》
《準決勝》
《決勝》
「新入生大会は、この三段階で行います」
その下に、それぞれ競技名が書き加えられる。
予選。
《広域課題戦》
準決勝。
《継承核争奪戦》
決勝。
《六核制圧戦》
三つとも名前からして違う。
「競技形式は、段階ごとに変更されます。予選で有効だった戦い方が準決勝でも有効とは限りません。準決勝で強かった班が、そのまま同じ方法で決勝を勝てるとも限らない」
エドガー先生が教室を見る。
「そして、ここからが重要です」
何人かが紙から顔を上げた。
「私は今日、規則が何を意味しているかまでは説明します。ただし、その規則をどう使うべきかについては、原則として答えません」
どう使うべきか。
「新入生大会は、競技当日に魔法を使って終わる試験ではありません。要項を読み、班を組み、役割を決め、必要な準備をする。そこから既に評価は始まっています」
黒板に並んだ三つの競技名を見る。
まだ大会当日までは時間がある。
でも、大会自体は今日からもう始まっているということか。
「同じ理由で、上級生から新入生大会について具体的な助言を受けることも、原則として認められていません」
小さくざわめいた。
「過去の大会で使われた作戦、規則の利用法、準備の仕方、後に説明する専科助っ人の選定。そうした内容についての助言ですね。公平性のため、上級生側にも一年生に助言を与えないよう通達されています」
なるほど。
去年出た人に聞けば早い、とはならないのか。
「規則そのものについて分からないことがあれば、教師か競技運営委員会に確認してください。ただし、答えられるのは規則の内容までです。その規則を見て、どう動くかは皆さん自身で考えてください」
エドガー先生が黒板に戻った。
「では、班編成から」
数字の五を書く。
「「基本班は、総合科第一学年の学生五名です」
要項の同じ場所を見る。
「班編成は原則として同じクラスの学生同士で行います。ただし、各クラスで五名の班を組んだあと、人数の都合で五名に満たない学生が出た場合は、学院側で他クラスの学生と合わせて調整します」
教室の中で、いくつも視線が動いた。
つまり、俺たちは基本的に三組の中から五人。
前にはガレス。
その隣にはリネット。
斜め前にエミール。
横にはルシアン。
まだ大会の班をどうするかなんて、一度も話していない。
それでも、最初に目に入ったのは、この四人だった。
「そして、五名の基本班に加えて」
五の横に、さらに二と書く。
「専科第一学年から、最大二名まで《専科助っ人》を登録できます」
教室の空気が少し変わった。
俺も要項に目を戻す。
専科助っ人。
戦闘。
救護。
探索。
分析。
防衛。
搬送。
かなり広い範囲で競技に参加できるようだ。
総合科は、複数の分野を学ぶ。
けれど、それぞれの専門では専科の学生に及ばないこともある。
その専門家を、自分たちの班に加えられるということか。
「二名登録すれば、最大出場人数は七名になります。ただし、一部の行為には制限があります。準決勝の最終認証や、決勝の支配認証を行えるのは総合科登録学生だけです」
先生の指が次の行に移る。
「また、専科助っ人一名につき、得点制競技の予選・決勝では最終得点から一点が控除されます。二名なら二点です」
(一人につきマイナス一点)
ちゃんと不利もある。
七人で戦える代わりに、最初から得点を失う。
「なお、専科の入試順位は学科ごとに算出され、本人には自身の順位が通知されています。ただし、順位一覧そのものは学生には公表されていません」
何人かが紙に書き込む。
「学院に問い合わせても、他の学生の順位は開示されません。本人に尋ねることはできますが、当然、それを答えるかどうかは本人次第です」
(なるほど)
順位そのものが存在しないわけではない。
でも、治癒魔法科の一位から順番に並んだ名簿を見て、上から勧誘する。
そんなことはできない。
誰に声をかけるか。
そこから自分たちで決めないといけないようだ。
「戦術魔導具の持ち込みと使用は禁止です。また、競技中の遠隔通信には学院指定の班内簡易通信魔法だけを使用できます。この術式は大会前に全員に教授します」
通信自体はできるらしい。
「次に、安全規定です」
黒板に《安全核》と書かれる。
「競技中、全選手は学院指定の安全核を装着します。重大な傷害につながる攻撃が成立した場合、安全核が作動して攻撃を遮断し、発光と鳴動によって《致命判定》を示します」
致命判定。
「致命判定を受けた選手は、その競技には復帰できません。ただし、判定は大会全体に持ち越されるものではありません。予選で致命判定を受けても、所属班が準決勝に進出すれば準決勝には出場できます」
一度やられたら大会全部が終わるわけではない。
「また、安全核があるからといって、無傷で競技できるわけではありません。安全核が作動しない範囲での負傷、疲労、魔力消耗は起こり得ます。競技時間も長いので、その点は忘れないようにしてください」
長時間。
魔法を使う。
走る。
戦う。
軽い傷も残る。
最初から全力で動き続ければ、最後まで同じようには動けないかもしれない。
「敵選手を致命判定にしても、それ自体による得点はありません」
エドガー先生が黒板に零を書く。
「ですが、戦闘自体は禁止されていません。課題遂行、進路確保、防衛、妨害、目的物の奪取。そのための手段として扱われます」
倒せば勝ち、という単純な戦いでもなさそうだ。
「では、予選です」
エドガー先生が《広域課題戦》の下に線を引いた。
「二十班すべてが、同じ広域演習場に同時に入ります。競技時間は九十分。有効競技範囲は概ね六百メートル四方です」
二十班が一度に入る。
総合科は一学年で百人いる。
助っ人が加われば、もっと増えるかもしれない。
「競技場には、五つの《課題区》が設けられます」
黒板に大きな四角。
その中に、離して五つの丸を書く。
「各課題区は概ね百から百五十メートル四方。その中に四件ずつ、合計二十件の独立課題があります」
一拍。
「課題区は競技場全体を五つに分割したものではありません。課題区と課題区の間には、森林、草地、水路、起伏などがあります」
六百メートル四方。
その中に五つの場所。
そこを移動する。
森を抜けるかもしれない。
水路を越えるかもしれない。
当然、別の班とも会う可能性だってある。
「課題の主な領域は事前に公開されています。破砕、制御、解析、救護、踏査です。ただし、各課題の具体的な内容は、現地の課題装置に到着して初めて分かります」
破砕。
制御。
解析。
救護。
踏査。
同じ魔法の大会でも、全部が戦闘ではない。
(面白そうだ)
「独立課題は一件につき二点。最初に達成した一班だけが得点します。また、競技終了時には総合科登録学生の残存人数に応じた追加点があります」
五人残っていれば二点。
四人なら一点。
三人以下なら零点。
専科助っ人はこの残存ボーナスの対象外。
そして、専科助っ人を入れていれば、最後に一人につき一点が引かれる。
「競技終了時の総得点上位九班が準決勝に進出します」
二十班から九班。
半分以上もここで落ちる。
「課題への挑戦方法には、一つ特徴があります」
エドガー先生が該当箇所を指した。
「最初に課題装置に個人登録を完了した選手。その選手の所属班が、その課題の挑戦権を得ます」
個人登録。
「先生」
一人の学生が手を上げた。
「はい」
「個人登録ってことは、班全員がそこにいる必要はないんですか?」
「ありません」
答えは短かった。
「一人だけでも?」
「構いません。総合科学生でも、専科助っ人でも登録できます」
一人でいい。
ということは。
「じゃあ」
別の学生が声を上げた。
「全員で一緒に動くより、一人ずつ別の課題を取りに行った方がよくないですか? 五人なら、一度に五件狙えますよね」
俺も同じことを考えた。
一つの課題に五人。
それなら一度に狙えるのは一つ。
でも、全員が分かれれば五つ。
移動時間まで考えたら、かなり大きな差になる。
エドガー先生は質問した学生を見る。
「そこから先は、皆さん自身で解釈してください」
教室が少し静かになる。
「規則上、班全員で行動する義務はありません」
「じゃあ、分かれていいんですよね?」
「禁止されていません」
「その方が有利ですか?」
「それは作戦に関する質問ですね」
エドガー先生は、それ以上答えなかった。
俺は要項に目を戻した。
各課題には《課題範囲》がある。
課題装置を中心とした、半径十五メートル以内。
挑戦中、他班は課題装置そのものを操作できない。
でも、戦闘や妨害はできる。
そして、登録した本人が致命判定を受けるか、あるいは、課題範囲から十秒間離れた場合。
挑戦権は失われ、課題が再開放される。
(……そういうことか)
確かに、一人で行けば早いかもしれない。
でも。
課題を解いている時に、別の班が三人で来たら?
五人で来たら?
個人登録した本人が追い出されれば、十秒で挑戦権そのものが消える。
そう考えると、班で行動するのが現実的かもしれない。
でも。
(俺なら?)
一人で先に行ったとして、相手が何人か来たとする。
それだけで課題の達成が無理になるか?
倒せなかったとしても、近づかせない方法だってあるかもしれない。
(アルドリックも)
あいつなら、一人で普通の学生を相手にできるだろう。
じゃあ。
一人だけ別行動にする?
二人と三人に分ける?
課題区によって変える?
考え方はいくらでも出てくる。
「続けます」
エドガー先生の声で顔を上げた。
「準決勝。《継承核争奪戦》です」
予選を通過した九班。
三班ずつ三組に分かれる。
各組から一班だけが決勝に進む。
「競技場は概ね三百メートル四方。競技時間は六十分です」
予選より狭い。
そして三班。
「競技場中央に、一つの《継承核》を配置します」
黒板の中央に丸を書く。
「継承核は、片手で携帯できる小型の魔導具です。選手が直接保持して移動できます」
中央から三方向に離れた端に印をつける。
「各班のスタート位置には《認証装置》があります。継承核を自班の認証装置まで運び、総合科登録学生本人が認証装置に手を触れ、十秒間直接魔力を流せば最終認証成立。その班の即時勝利です」
一つの核。
三班。
予選とは全然違う。
「継承核は専科助っ人でも運べます。ただし、最終認証は総合科登録学生にしかできません」
要項の次の行を見る。
飛行と投擲などは禁止と書かれている。
「継承核の搬送は、徒歩または身体強化を伴う直接携行が基本です。核を持って飛ぶ、投げるといった方法は認められません」
(飛べないのか)
「また、認証中に認証装置から手が離れれば、認証時間は零秒に戻ります」
十秒。
核を自班の《認証装置》まで運んでも最後に十秒間守らないといけない。
「六十分以内に認証が成立しなかった場合は、競技終了時で、継承核と三班それぞれの認証装置までの距離を比較します。最も近い班が勝者です。それもほぼ同じなら、核の累積保有時間などで決定します」
最後まで核を持ち帰れなくても、どこまで運べたかで勝敗が決まる。
「次に決勝。《六核制圧戦》」
黒板に大きな丸と、その中に六つの小さな四角が描かれた。
「準決勝各組を勝ち抜いた三班で行います。競技時間は九十分。競技場は概ね四百メートル四方です」
「各班の開始地点に一基ずつ《主陣核》。さらに競技場内に三基の《中継核》を配置します」
全部で六つの核。
「この六基をまとめて《六核》と呼びます。主陣核、中継核はいずれも高さ約一メートルの柱状魔導具で、競技場の所定位置に固定されています。動かすことはできません」
準決勝とは違う。
今度は核そのものを運ばない。
人が固定された核の間を動く。
「競技開始時、各班は自分の主陣核一基を《支配》しています。対して、三基の中継核は初めは《中立》です」
要項を見る。
核の状態には、《〇〇班支配中》、《争奪中》、《中立》の三種類があるようだ。
「核を奪う方法は、主陣核でも中継核でも同じです」
エドガー先生が一つの四角を指す。
「総合科登録学生本人が核の《認証部》に手を触れ、そのまま十秒間、直接魔力を流します」
十秒。
「認証を始めた時点で、その核は《争奪中》になります。十秒完了すれば、認証した学生の班の支配に変わります」
途中で手が離れた場合、認証は失敗となる。
それまで中立だった核なら中立に戻る。
別の班が支配していた核なら、その班の支配に戻る。
「例えば、中立の中継核でA班が認証を始めたとします。認証中は争奪中。十秒経って認証が完了すればA班の支配です」
「反対に、A班が支配している核をB班が奪おうとして、B班の学生が認証部に触れたとします。この段階で、核は《A班支配中》から《争奪中》になります。その後、A班の妨害によって五秒で手を離させられたとしましょう。このときは、認証は失敗し、その核はA班の支配に戻ります」
取るなら十秒連続で触れる必要がある。
途中まででは認証できない。
「支配認証を行えるのは総合科登録学生だけです。専科助っ人は、その間の防衛や妨害、援護はできます」
助っ人合わせて七人いたとしても、最後に核に触れる役目は、総合科の班員五人の誰か。
「得点は十分ごとに記録されます」
エドガー先生が数字を書く。
「十分ごとの判定時点で支配している核一基につき一点。中立の核と争奪中の核には点が入りません。九十分終了時の判定も含まれます」
十分ごとに記録される、六つの核の支配権を三班で奪い合う。
核を一つ支配しているごとに一点が加算される。
誰かが認証を始めれば、その瞬間から争奪中に変わる。
(……考えることが多いな)
取る。
守る。
奪われそうになったら止める。
基本的にはこんな感じか。
「そして」
エドガー先生が六つの四角を全て囲んだ。
「一つの班が六核すべてを同時に支配し、かつ一基も争奪中ではない状態を十秒間維持した場合、《完全制圧》が成立し、得点に関係なく即時勝利となります」
核を一つ取るだけでも十秒。
しかも、盤面には三班もいる。
一つを奪っている間に、別の場所を奪われることもある。
六つ全部を同時に支配下に置き、さらに十秒守る。
簡単にはできそうにない。
でももしできれば、それまでの得点の積み重ねに関係なく、その瞬間に勝ちになる。
「また、準決勝と決勝では、自班以外の参加班すべての選手が致命判定を受けた場合も即時勝利です」
戦って全員を倒しても勝てる。
核を取っても勝てる。
最後まで戦って得点でも勝てる。
同じ競技なのに、勝ち方が一つではない。
(それに)
競技の要項には、出力の制限が書かれていない。
ということは。
(やっと、全力を出せるときが来たかもしれない)
「大会全体の概要は以上です」
《広域課題戦》。
《継承核争奪戦》。
《六核制圧戦》。
全部違う種類の戦いだ。
敵を倒すだけでも駄目。
魔法が強いだけでも足りないだろう。
誰と組むか。
どこに行くか。
誰を残すか。
誰に任せるか。
考え始めると、いくらでも先が出てくる。
「細則はかなりあります。今から全部説明すると、先ほどの朗読授業になってしまうのでやめておきましょう」
エドガー先生が時計を見る。
「質問は?」
何人かの手が上がった。
使用できる通信魔法について。
課題装置そのものを攻撃できるか。
地形を魔法で変えてもいいのか。
規則の確認には、先生は普通に答えた。
ただ、
「その使い方の方が有利ですか?」
「どっちを優先した方がいいですか?」
そこまで踏み込むと、
「皆さん自身で考えてください」
と答える。
やがて手も上がらなくなった。
エドガー先生がもう一度時計を見た。
「予定より十分ほど早いですね」
エドガー先生が教室を見回す。
「説明することがないのに、時計だけを満足させるための授業は私も好きではありません」
手元の紙を揃える。
「今日はここまでにしましょう。残った時間は自由に使ってください」
「要項は各自で保管してください。規約の解釈に疑問が出た場合は、班編成後であれば代表者から競技運営委員会に書面で照会できます」
「はい」
返事が重なる。
授業が終わった。
* * *
「終わるの早かったな」
講義棟を出たところで、ガレスが言った。
「まだ食堂、混んでないんじゃないか?」
「一組と二組も終わったみたい」
リネットが廊下の先を見る。
総合科一年生らしい制服があちこちに見える。
手に持っているものも同じだった。
新入生大会の要項。
どうやら、他のクラスも説明が終わったところらしい。
「行く?」
ルシアンが聞く。
「行こう」
俺たちはそのまま食堂に向かった。
昼休みには少し早い。
普段なら混んでいる食堂も、この時間ならまだかなり空いている。
空席もちらほら見受けられた。
だが、総合科一年生だけは、あちこちに固まっている。
どの卓にも、同じ要項が広げられていた。
「みんな考えること同じだな」
ガレスが周囲を見た。
「早く終わったら食堂に来るって?」
「いや、大会の話になること」
注文を済ませる。
俺たち五人は、窓から少し離れた六人掛けの卓を取った。
料理を置く。
席につく。
ガレスが要項を卓の真ん中に広げた。
「これ、かなり戦うことになるよな」
「最初にそこ?」
リネットが匙を取った。
「大事だろ」
「戦闘自体は零点よ」
「でもよ」
ガレスが予選のページを指す。
「倒しても点は入らない。でも、例えば予選だったら、課題やってる奴を追い出せば、その課題は取りやすくなる。だったら、課題をやる奴と守る奴を分けた方がいいだろ」
「登録した人が十五メートルの課題範囲から十秒出たら、挑戦権が消える」
エミールが言った。
「なら、登録した人を動かさないのが重要かも」
「じゃあ俺が守る」
「まだ班決まってないけど」
「……そうだった」
ガレスが止まる。
そのまま俺たちを見た。
「でも、この五人でよくないか?」
「話が早いわよ」
リネットが言う。
「まだ誰とも班の話をしてないでしょ」
「嫌なのか?」
「そうは言ってない」
リネットはそれ以上言わず、料理に手をつけた。
俺は四人を見た。
入学してから、授業でも昼食でも、気づけば一緒にいることが増えた。
中でもルシアンとは、寮の部屋も同室で、学院に来てから一番長く一緒にいる。
三組の中から五人で組むなら。
「俺は、やっぱりこの五人で出たい」
口にすると、ガレスがすぐに頷いた。
「だよな」
「私は最初から嫌とは言ってないわよ」
リネットが言う。
エミールも頷いた。
「僕もこの五人でいい」
最後にルシアンを見る。
「ルシアンは?」
「もちろん」
ルシアンはあっさり答えた。
「じゃあ、五人は決まりだね」
さっきまでただ読んでいた要項が、少し違って見える。
この五人で、どう戦うか。
俺はもう一度、予選のページに目を落とした。
「俺は予選の規則がかなり気になる」
「レインはそうだろうね」
隣のルシアンが言った。
「なんで?」
「さっきから、そこをよく見てたから」
確かに、気づけば予選のページを開いていた。
「だって、これ」
俺はさっき考えていたところを指す。
「先生も言ってたけど、全員で動く必要ないんだよね」
「ないね」
「それに予選なら、移動そのものに飛行禁止とも書いてない」
四人が要項を見る。
ガレスがページをめくった。
「本当だ」
「準決勝は継承核を飛ばすのは禁止。でも予選では違う」
「レインだけ先に行く、とか?」
リネットが聞いた。
「できると思う」
「思う、でやったら失格にならない?」
「そこは確認するよ」
「ならいいけど」
もし認められるなら。
俺だけ先に課題区に行く。
課題装置に登録する。
後から他の四人が来る。
それなら、最初から五人で走るより早い。
あるいは、俺だけ別の課題に行くこともできるかも。
「でも、一人で登録したところに他の班が来たら?」
エミールが聞いた。
「戦う」
「三人でも?」
「相手によるけど、多分」
「五人でも?」
「……それは、やってみないと分からない」
「そこは分からないのか」
ガレスが笑った。
「勝てるとは言い切れないよ」
俺も少し笑う。
でも。
本当に面白い。
班が決まったばかりで、競技場を見たこともない。
課題の中身なんて一つも分からない。
なのに。
この場合は。
じゃあ、こっちは。
そんな風に、次々と考えが出てくる。
「予選は、早く着くだけでも駄目そうね」
リネットが言った。
「登録した人が十五メートルから出られないなら、課題の種類によっては守りながら解くことになるでしょ」
「逆に」
エミールが要項を見る。
「課題を解くのが速い人なら、守る時間自体が短い」
「ああ」
それもある。
難しい課題に時間をかけているうちに、別班が来る。
なら、どの課題を誰が解くかも大事になる。
「破砕区ならレインにやらせればいいだろ」
ガレスが言う。
「まだ内容分からないって」
「破砕って書いてあるぞ」
「保護対象を残した限定破砕とかもある」
エミールが表を指した。
「全部消したら失敗かも」
「……レイン、できる?」
「できるよ」
答えてから。
「……多分」
「何で付け足した」
「当日の課題まだ知らないから」
「賢明ね」
リネットが言った。
料理を食べながら紙を見る。
話す。
また紙に戻る。
普段の昼食と同じ五人なのに、今日だけは卓の真ん中に小さな競技場が広がっているようだった。
「決勝も結構面倒そう。勝ち進めたらだけど」
リネットがページをめくる。
「これ」
指先が止まった。
《争奪中》。
「十分ごとの判定の時、争奪中の核は得点しないのよね」
「うん」
「だったら、奪い切れなくても、判定直前に相手の核で認証を始めれば得点を止められる」
俺は文章を読み直した。
「本当だ」
「判定の直前に、一瞬でも触れてればいいのか?」
ガレスが言う。
「判定時に争奪中なら点が入らないんだから、その瞬間だけでいいはず」
ただし。
「認証してる人は直接ふれてなきゃいけない」
エミールが言った。
「そう」
「相手も当然止めに来る」
「だから簡単じゃないけど」
取る。
守る。
奪う。
取れなくても争奪中にする。
「完全制圧は?」
俺が聞いた。
「狙う?」
「今は決められないよ」
ルシアンが答えた。
「競技場が四百メートル四方ってことしか分からない。六核がどこに置かれるか、開始位置がどこか、途中の地形がどうなっているかも当日まで分からないから」
「でも、六つ全部取ったら終わりなんだよな」
「十秒維持できればね」
ルシアンは六核の項目を見る。
「だから、点で勝っていても安心はできない。五つ持ってる班に最後の一つを取られたら、その前の得点は関係なくなる」
逆も同じ。
得点で負けていても、六つ取れば、その場で逆転できる。
「準決勝は分かりやすいな」
ガレスが言う。
「真ん中の核を取って、自分のところに持って帰る」
「三班とも同じものを狙うから、分かりやすいだけで簡単ではないと思う」
エミールが返す。
「最初から中央で三班ぶつかるだろ?」
「三班とも最初から行けば」
「行かないの?」
「分からない」
「じゃあ何で言ったんだよ」
「行かない方法も考えられるから」
「どんな?」
「今考えてる」
ガレスが何か言い返そうとして、やめた。
その横でリネットが要項に何か書き込んでいる。
ルシアンは料理を食べながら、時々会話に入る。
俺もまた予選に戻る。
こうしたら。
こうされたら。
(やっぱり楽しい)
一人で魔法を考えている時とは違う。
自分が思いついたものに、誰かが穴を見つける。
別の誰かが、違う使い方を出す。
それを聞いて、また考える。
大会そのものは、まだ先だ。
それなのに、もう早く試してみたいことばかりだ。
ふと、近くの卓から声が聞こえた。
「助っ人、どうする?」
「取らなくていいだろ。最初から一点減るんだぞ」
「二人なら二点だしね」
「七人になるのは大きいけど……」
別の卓からも似た話が聞こえる。
「順位も一覧じゃ出てないんだろ?」
「本人に聞かなきゃ分からないらしい」
「聞いたところで、大会に向いてるかは別じゃないか?」
「五人で行った方が無難なのかしら」
みんな、やはりそこが気になるらしい。
専科助っ人の項目を見る。
一人につき一点。
二人で二点の減点。
一方、予選なら独立課題一件が二点。
つまり二人入れれば、課題一件を取ってようやく減点分が戻る。
「そういえば」
ガレスも周囲の会話を聞いていたらしい。
「俺たちはどうする?」
「何を?」
「専科助っ人」
視線が要項の同じところに集まる。
「取る?」
リネットが聞いた。
俺はすぐには答えられなかった。
人が増える。
それだけなら強い。
でも。
「二点は結構大きいかも」
口にしていた。
「予選なら課題一件分だし、慎重に考えた方が良い気がする」
「そうね」
「しかも、誰を取るか探すところからだよな」
専科の順位一覧はない。
本人に聞けば、その人が何位だったかは分かる。
でも、治癒魔法科の上位者。
探索に強い学生。
そういう学生どこにいるのかを、最初から見られるわけじゃない。
「適当に二人入れて二点減るなら、五人のままの方がいい気もする。入れるとしたら、吟味しないとね」
ガレスも要項を見る。
「治癒はいたら助かりそうだけどな」
「安全核があるとはいえ、軽傷や疲労は残るからね」
エミールが言う。
「でも治癒だけのために一点払う?」
リネットが聞く。
「それに予選の救護課題で役立つかもしれないけど、具体的な内容は当日まで分からない」
「そうなんだよなぁ」
ガレスが腕を組む。
周囲からも。
「まずは慎重に考えましょう」
「一人なら良いんじゃないか?」
「でも一点だぞ」
似た声が聞こえてくる。
みんな同じところで迷っている。
強くなる。
でも減点。
しかも、誰を選べば、その不利を上回るのかも簡単には分からない。
俺は隣を見た。
ルシアンは、さっきまで開いていた要項を閉じていた。
「ルシアンは?」
「何が?」
「助っ人」
聞く。
「取る?」
ルシアンは考え込まなかった。
要項を開き直すこともしない。
「取るべきだよ」
はっきり言った。
ガレスが顔を上げる。
「減点あるぞ?」
「知ってる」
「一人で一点」
「うん」
「二人なら二点」
「それも知ってる」
「じゃあ、一人?」
「いや」
ルシアンは水を一口飲んだ。
「取れるなら二人とも取る」
近くの卓で続いていた話し声が、一瞬だけ途切れた。
俺もルシアンを見る。
「二人とも?」
「うん」
ルシアンは迷わず頷いた。
「僕なら、そうするよ」
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