↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/95

第六十九話「最後の一手」

 先に動いたのはアルドリックだった。


 脚に魔力。


 踏み込み。


 速い。


 俺も下がらない。


 長剣が右上から落ちてくる。


 短剣を斜めに合わせた。


 ガッ!


 肺の奥まで衝撃が抜ける。


「っ」


 重い。


 まともには受けない。


 短剣を傾け、長剣の刃を滑らせる。


 剣先が俺の左脇へ流れた。


 同時に。


 右手の杖をアルドリックの脇腹に向ける。


 圧縮した風を弾く。


 空気が炸裂した。


 アルドリックの制服が鳴り、上体が横に流れる。


 でも。


 足は残っている。


 すぐに踏み直す。


 長剣が下から返ってきた。


 短剣で払う。


 キィン!


 刃が擦れる。


 その途中。


 アルドリックの左手に茜色の魔力が集まった。


 炎弾。


 近い。


 俺も杖先に小さな火球を作る。


 速さだけを優先して。


 放つ。


 正面からぶつかった。


 炎が弾ける。


 その向こうから。


 剣先。


 顔に来る。


 首を倒す。


 紙一重で避けた。


 僅かに髪が散る。


 俺も左手の短剣を返す。


 アルドリックの長剣が戻ってきた。


 止められる。


 そのまま押し込まれた。


 脚に魔力を回す。


 踏ん張る。


 押し返す。


 アルドリックの赤い眼が僅かに細くなった。


 右手の杖。


 細い水流を、長剣を握る手に飛ばす。


 アルドリックが手首を返して避けた。


 その分だけ。


 剣から掛かっていた圧が弱まる。


 短剣を外す。


 一歩。


 懐に入った。


 アルドリックの膝が上がる。


 腹への蹴り。


 横にずれる。


 膝が制服を掠めた。


 その足元に風。


 下から吹き上げる。


 軸足が僅かに浮いた。


 今。


 短剣を突く。


 長剣が間に入る。


 ギンッ!


 近い。


 息遣いまで聞こえる。


 一手遅れれば。


 そのまま剣が届く距離。


 アルドリックの方が剣は上手い。


 身体の反応も速い。


 短剣だけで付き合えば。


 長くは持たない。


 長剣に押される。


 一歩。


 俺の足が下がった。


 その瞬間。


 アルドリックの左腕。


 青紫。


 雷。


 考えるより先に、杖先に小さな火球を作った。


 顔に飛ばす。


 アルドリックが首を振って避ける。


 そのせいで左手の狙いがずれた。


 雷撃が俺の肩の横を抜ける。


 その隙に。


 短剣を下から振る。


 長剣で止められた。


 でも。


 間に合った。


 この距離なら。


 俺が魔法を作ってから届くまでの時間は、ほとんどない。


 アルドリックが心内詠唱を終えるより。


 俺が先に小さな魔法を差し込める場面もある。


 だが、僅かな差。


 それだけで剣技の差が消えるわけじゃない。


 短剣を加えて。


 ようやく。


 少し不利なくらいまで持ってこれた。


 アルドリックが俺の左側へ回ろうとする。


 俺も向きを合わせる。


 長剣。


 横薙ぎ。


 短剣を立てて受ける。


 刃同士がぶつかった。


 すぐ離す。


 アルドリックは剣を振り抜いた勢いのまま身体を回し、左手から炎を放った。


 俺は正面から風をぶつける。


 炎が上に膨らむ。


 その下。


 空いた場所から水弾を通す。


 アルドリックが剣の柄で弾いた。


 水が地面に散る。


 次。


 剣。


 受ける。


 離す。


 火球。


 避けられる。


 短剣。


 剣の腹で逸らされる。


 アルドリックの左腕に青紫。


 雷。


 俺は発動される前に、手首へ風を飛ばした。


 左手が僅かに外を向く。


 その瞬間に雷撃。


 紫電が俺ではなく地面を焼いた。


 でも。


 もう長剣が来る。


 短剣で受ける。


 重い。


 腕が痺れる。


 次。


 また次。


 近距離になってから。


 考える時間がほとんどない。


 魔力は見えている。


 脚。


 腕。


 剣。


 炎。


 雷。


 全部。


 見える。


 それでも。


 見えた次には、もう刃が来ている。


 アルドリックが踏み込む。


 長剣の切っ先。


 胸。


 短剣で横に外す。


 そのままアルドリックの肩がぶつかってきた。


 ドンッ!


「── っ!」


 体格差。


 身体強化。


 押される。


 俺も脚と体幹を強化する。


 耐える。


 右手の杖を、俺たちの間から下へ差し込む。


 土。


 アルドリックの足元から、拳大の土塊を跳ね上げた。


 腰を捻って避けられる。


 土塊が制服の脇を抜けた。


 そして。


 その捻りを利用するように長剣が落ちてくる。


 短剣。


 受ける。


 ギンッ!


 手首が痛い。


(このままは駄目だ)


 少しずつ。


 押されている。


 近距離に入った直後は。


 アルドリックも俺の短剣を警戒していた。


 どれくらい使えるか分からなかったから。


 でも。


 もう何度も刃を合わせた。


 俺がレオンから習ってきたことも。


 アルドリックの方が剣では上だということも。


 そろそろ分かっている。


 このまま続ければ。


 向こうの方が有利になる。


 長剣が突き出される。


 短剣で横に外す。


 その瞬間。


 アルドリックの左手。


 炎。


 俺は水弾をぶつける。


 火と水が弾けた。


 白い飛沫の向こうから。


 アルドリックが来る。


 速い。


 身体を捻る。


 長剣が俺の脇を抜けた。


 俺も短剣を腹に負ける。


 アルドリックの左腕。


 腕当てで止められた。


 刃が擦れる。


 次。


 右足。


 蹴り。


 腹に来る。


 足首に風をぶつける。


 蹴りの軌道が外れた。


 その隙に横へ抜ける。


 振り返る。


 アルドリックも同時に振り返った。


 目が合う。


 まだ。


 俺は余力は残している。


 結界を張れるように。


 急な攻撃に対応できるように。


 ずっと上限まで使わずに戦ってきた。


 その分だけ。


 身体強化も。


 短剣に回す力も。


 抑えている。


 けど。


 それを続けて。


 負けるなら。


 意味がない。


(ここで決める)


 次を逃したら。


 アルドリックは完全に短剣に慣れる。


 もう一度同じ状況を作れる保証はない。


 残していた魔力を動かす。


 脚。


 体幹。


 肩。


 左腕。


 特に。


 短剣を握る腕に。


 余白を埋める。


 これまでなら。


 ここで止める。


 何か起きた時のために。


 余力を残す。


 でも。


 止めない。


(全部使え)


 上限。


 二百。


 今。


 使う。


 アルドリックが来た。


 長剣。


 振り下ろす。


 だが。


 今度は。


 流さない。


 短剣を正面から合わせる。


 ガンッ!


 重い音。


 刃と刃が噛み合った。


 でも。


 押されない。


 アルドリックの赤い眼が動く。


 俺の左腕。


 短剣。


 もう一度。


 俺の顔。


 さっきまでなら。


 ここから俺が押された。


 今度は違う。


 長剣が。


 止まっている。


 俺の短剣に。


 左腕に力を込める。


 押す。


 アルドリックの右肘が僅かに曲がった。


「っ」


 初めて。


 向こうから声が漏れた。


 俺の魔力は。


 アルドリックには見えない。


 さっきまで。


 俺が身体強化を抑えていたことも。


 今。


 どれだけ左腕へ回したのかも。


 分からない。


 だから。


 この変化には、すぐ対応できない。


 さらに押す。


 アルドリックが右足を引いた。


 一歩。


 靴底が地面を擦る。


 逃がさない。


 俺も一歩踏み込む。


 短剣と長剣を噛み合わせたまま。


 力を掛け続ける。


 アルドリックの魔力が動いた。


 体幹。


 右肩。


 右腕。


 剣を押し返すために集まってくる。


 長剣から返ってくる力が増した。


 刃が震える。


 また。


 拮抗する。


 右手の杖を。


 僅かに下げた。


 左腕に回していた魔力を。


 ほんの一部だけ外す。


 その分。


 押す力がほんの僅かに落ちる。


 でも。


 押し込まれない。


 今。


 アルドリックは剣を押し返すことに集中している。


 外した魔力を細く伸ばす。


 地面すれすれ。


 アルドリックの横を抜け。


 その背後まで。


 そこで。


 青紫。


 バチッ。


 短い音。


 アルドリックの赤い眼が背後へ動いた。


 紫電。


 これまで。


 俺がこの試合で撃った雷は。


 一度も威力を落としていない。


 全部。


 まともに当たれば安全核が作動するだけの出力を入れていた。


 アルドリックも。


 それを知っている。


 今。


 右手は長剣を握っている。


 しかも。


 俺の短剣に押されている。


 背後の雷へ剣を回す余裕はない。


 だから。


 アルドリックの左手が背後に回った。


 魔力が集まる。


 透明な光。


 局所結界。


 背後に。


 紫電だけを受け止める小さな面が開いた。


 青紫が迫る。


 結界に触れる。


 その直前。


 俺は雷を切った。


 紫電が。


 消える。


「── 」


 アルドリックの赤い眼が、僅かに見開かれた。


 フェイク。


 最初から。


 雷には大した出力を入れていない。


 防がせれば。


 それでよかった。


 消した瞬間。


 雷に回していた魔力を左腕へ戻す。


 それだけじゃない。


 アルドリックは今。


 左手と魔力の一部を。


 背後の局所結界に使っている。


 その分。


 俺の短剣を押し返す力が落ちた。


 今。


 押す。


「── っ!」


 長剣が傾いた。


 アルドリックの右肘が曲がる。


 短剣が。


 じわりと。


 長剣を押し込んでいく。


 俺が一歩前に出る。


 アルドリックが一歩下がった。


 刃は離れない。


 左腕が熱い。


 魔力回路に負荷が掛かる。


 でも。


 押せる。


 このまま。


 いける。


 アルドリックの左手は、まだ結界に取られている。


 長剣は右手一本。


 俺は。


 上限まで身体強化。


 さらに押す。


 アルドリックの上体が後ろへ崩れた。


 剣先が下がる。


(勝った)


 そう思った。


 ほんの。


 一瞬。


 アルドリックの右手が。


 開いた。


 長剣が。


 落ちる。


 カラン。


 金属が地面を叩く音が。


 妙にはっきり聞こえた。


「── え」


 短剣に掛かっていた抵抗が。


 突然消えた。


 全力で前へ押していた左腕が。


 止まらない。


 前に抜ける。


 肩が落ちる。


 上体まで前へ崩れた。


(剣を)


 アルドリックが。


 手放した。


 アルドリックが低く沈む。


 前へ崩れた俺の左腕の下。


 そこへ身体を滑り込ませる。


 近い。


 顔がぶつかりそうな距離。


 赤い眼が。


 下から俺を見る。


 そして。


 長剣を捨てた右手に。


 茜色。


 魔力が集まっていく。


 圧縮。


 変質。


 速い。


 拳ほどの火球が。


 もう掌にある。


 小さい。


 でも。


 密度が高い。


(まずい)


 俺は右手の杖を引く。


 火球で相殺する。


 そのために魔力を動かそうとする。


 でも。


 余力がない。


 今の俺は。


 ほとんど全部を身体強化に回している。


 左腕から抜く。


 脚から抜く。


 杖へ。


 早く。


 茜色。


 ようやく杖先に火種が灯る。 


(これなら)


 その時。


 アルドリックの左手が伸びた。


「── っ」


 背後に張っていた結界を捨て。


 空いた左手で。


 俺の杖先を掴む。


 指が閉じた。


 バシュッ。


 まだ火球になる前。


 生まれかけていた火が潰された。


 指の隙間から。


 茜色の光だけが散る。


 目の前。


 アルドリック。


 右手には。


 もう完成した高密度の火球。


 俺の胸元まで。


 ほとんど距離がない。


 杖は左手に押さえられている。


 短剣を戻す。


 間に合わない。


 身体を引こうとする。


 それも。


 遅い。


 アルドリックの方が。


 もう。


 先にいる。


「終わりだ」


 火球が。


 胸元に触れた。


 甲高い音が。


 安全核から鳴った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想や評価をいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。


次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。