第六十九話「最後の一手」
先に動いたのはアルドリックだった。
脚に魔力。
踏み込み。
速い。
俺も下がらない。
長剣が右上から落ちてくる。
短剣を斜めに合わせた。
ガッ!
肺の奥まで衝撃が抜ける。
「っ」
重い。
まともには受けない。
短剣を傾け、長剣の刃を滑らせる。
剣先が俺の左脇へ流れた。
同時に。
右手の杖をアルドリックの脇腹に向ける。
圧縮した風を弾く。
空気が炸裂した。
アルドリックの制服が鳴り、上体が横に流れる。
でも。
足は残っている。
すぐに踏み直す。
長剣が下から返ってきた。
短剣で払う。
キィン!
刃が擦れる。
その途中。
アルドリックの左手に茜色の魔力が集まった。
炎弾。
近い。
俺も杖先に小さな火球を作る。
速さだけを優先して。
放つ。
正面からぶつかった。
炎が弾ける。
その向こうから。
剣先。
顔に来る。
首を倒す。
紙一重で避けた。
僅かに髪が散る。
俺も左手の短剣を返す。
アルドリックの長剣が戻ってきた。
止められる。
そのまま押し込まれた。
脚に魔力を回す。
踏ん張る。
押し返す。
アルドリックの赤い眼が僅かに細くなった。
右手の杖。
細い水流を、長剣を握る手に飛ばす。
アルドリックが手首を返して避けた。
その分だけ。
剣から掛かっていた圧が弱まる。
短剣を外す。
一歩。
懐に入った。
アルドリックの膝が上がる。
腹への蹴り。
横にずれる。
膝が制服を掠めた。
その足元に風。
下から吹き上げる。
軸足が僅かに浮いた。
今。
短剣を突く。
長剣が間に入る。
ギンッ!
近い。
息遣いまで聞こえる。
一手遅れれば。
そのまま剣が届く距離。
アルドリックの方が剣は上手い。
身体の反応も速い。
短剣だけで付き合えば。
長くは持たない。
長剣に押される。
一歩。
俺の足が下がった。
その瞬間。
アルドリックの左腕。
青紫。
雷。
考えるより先に、杖先に小さな火球を作った。
顔に飛ばす。
アルドリックが首を振って避ける。
そのせいで左手の狙いがずれた。
雷撃が俺の肩の横を抜ける。
その隙に。
短剣を下から振る。
長剣で止められた。
でも。
間に合った。
この距離なら。
俺が魔法を作ってから届くまでの時間は、ほとんどない。
アルドリックが心内詠唱を終えるより。
俺が先に小さな魔法を差し込める場面もある。
だが、僅かな差。
それだけで剣技の差が消えるわけじゃない。
短剣を加えて。
ようやく。
少し不利なくらいまで持ってこれた。
アルドリックが俺の左側へ回ろうとする。
俺も向きを合わせる。
長剣。
横薙ぎ。
短剣を立てて受ける。
刃同士がぶつかった。
すぐ離す。
アルドリックは剣を振り抜いた勢いのまま身体を回し、左手から炎を放った。
俺は正面から風をぶつける。
炎が上に膨らむ。
その下。
空いた場所から水弾を通す。
アルドリックが剣の柄で弾いた。
水が地面に散る。
次。
剣。
受ける。
離す。
火球。
避けられる。
短剣。
剣の腹で逸らされる。
アルドリックの左腕に青紫。
雷。
俺は発動される前に、手首へ風を飛ばした。
左手が僅かに外を向く。
その瞬間に雷撃。
紫電が俺ではなく地面を焼いた。
でも。
もう長剣が来る。
短剣で受ける。
重い。
腕が痺れる。
次。
また次。
近距離になってから。
考える時間がほとんどない。
魔力は見えている。
脚。
腕。
剣。
炎。
雷。
全部。
見える。
それでも。
見えた次には、もう刃が来ている。
アルドリックが踏み込む。
長剣の切っ先。
胸。
短剣で横に外す。
そのままアルドリックの肩がぶつかってきた。
ドンッ!
「── っ!」
体格差。
身体強化。
押される。
俺も脚と体幹を強化する。
耐える。
右手の杖を、俺たちの間から下へ差し込む。
土。
アルドリックの足元から、拳大の土塊を跳ね上げた。
腰を捻って避けられる。
土塊が制服の脇を抜けた。
そして。
その捻りを利用するように長剣が落ちてくる。
短剣。
受ける。
ギンッ!
手首が痛い。
(このままは駄目だ)
少しずつ。
押されている。
近距離に入った直後は。
アルドリックも俺の短剣を警戒していた。
どれくらい使えるか分からなかったから。
でも。
もう何度も刃を合わせた。
俺がレオンから習ってきたことも。
アルドリックの方が剣では上だということも。
そろそろ分かっている。
このまま続ければ。
向こうの方が有利になる。
長剣が突き出される。
短剣で横に外す。
その瞬間。
アルドリックの左手。
炎。
俺は水弾をぶつける。
火と水が弾けた。
白い飛沫の向こうから。
アルドリックが来る。
速い。
身体を捻る。
長剣が俺の脇を抜けた。
俺も短剣を腹に負ける。
アルドリックの左腕。
腕当てで止められた。
刃が擦れる。
次。
右足。
蹴り。
腹に来る。
足首に風をぶつける。
蹴りの軌道が外れた。
その隙に横へ抜ける。
振り返る。
アルドリックも同時に振り返った。
目が合う。
まだ。
俺は余力は残している。
結界を張れるように。
急な攻撃に対応できるように。
ずっと上限まで使わずに戦ってきた。
その分だけ。
身体強化も。
短剣に回す力も。
抑えている。
けど。
それを続けて。
負けるなら。
意味がない。
(ここで決める)
次を逃したら。
アルドリックは完全に短剣に慣れる。
もう一度同じ状況を作れる保証はない。
残していた魔力を動かす。
脚。
体幹。
肩。
左腕。
特に。
短剣を握る腕に。
余白を埋める。
これまでなら。
ここで止める。
何か起きた時のために。
余力を残す。
でも。
止めない。
(全部使え)
上限。
二百。
今。
使う。
アルドリックが来た。
長剣。
振り下ろす。
だが。
今度は。
流さない。
短剣を正面から合わせる。
ガンッ!
重い音。
刃と刃が噛み合った。
でも。
押されない。
アルドリックの赤い眼が動く。
俺の左腕。
短剣。
もう一度。
俺の顔。
さっきまでなら。
ここから俺が押された。
今度は違う。
長剣が。
止まっている。
俺の短剣に。
左腕に力を込める。
押す。
アルドリックの右肘が僅かに曲がった。
「っ」
初めて。
向こうから声が漏れた。
俺の魔力は。
アルドリックには見えない。
さっきまで。
俺が身体強化を抑えていたことも。
今。
どれだけ左腕へ回したのかも。
分からない。
だから。
この変化には、すぐ対応できない。
さらに押す。
アルドリックが右足を引いた。
一歩。
靴底が地面を擦る。
逃がさない。
俺も一歩踏み込む。
短剣と長剣を噛み合わせたまま。
力を掛け続ける。
アルドリックの魔力が動いた。
体幹。
右肩。
右腕。
剣を押し返すために集まってくる。
長剣から返ってくる力が増した。
刃が震える。
また。
拮抗する。
右手の杖を。
僅かに下げた。
左腕に回していた魔力を。
ほんの一部だけ外す。
その分。
押す力がほんの僅かに落ちる。
でも。
押し込まれない。
今。
アルドリックは剣を押し返すことに集中している。
外した魔力を細く伸ばす。
地面すれすれ。
アルドリックの横を抜け。
その背後まで。
そこで。
青紫。
バチッ。
短い音。
アルドリックの赤い眼が背後へ動いた。
紫電。
これまで。
俺がこの試合で撃った雷は。
一度も威力を落としていない。
全部。
まともに当たれば安全核が作動するだけの出力を入れていた。
アルドリックも。
それを知っている。
今。
右手は長剣を握っている。
しかも。
俺の短剣に押されている。
背後の雷へ剣を回す余裕はない。
だから。
アルドリックの左手が背後に回った。
魔力が集まる。
透明な光。
局所結界。
背後に。
紫電だけを受け止める小さな面が開いた。
青紫が迫る。
結界に触れる。
その直前。
俺は雷を切った。
紫電が。
消える。
「── 」
アルドリックの赤い眼が、僅かに見開かれた。
フェイク。
最初から。
雷には大した出力を入れていない。
防がせれば。
それでよかった。
消した瞬間。
雷に回していた魔力を左腕へ戻す。
それだけじゃない。
アルドリックは今。
左手と魔力の一部を。
背後の局所結界に使っている。
その分。
俺の短剣を押し返す力が落ちた。
今。
押す。
「── っ!」
長剣が傾いた。
アルドリックの右肘が曲がる。
短剣が。
じわりと。
長剣を押し込んでいく。
俺が一歩前に出る。
アルドリックが一歩下がった。
刃は離れない。
左腕が熱い。
魔力回路に負荷が掛かる。
でも。
押せる。
このまま。
いける。
アルドリックの左手は、まだ結界に取られている。
長剣は右手一本。
俺は。
上限まで身体強化。
さらに押す。
アルドリックの上体が後ろへ崩れた。
剣先が下がる。
(勝った)
そう思った。
ほんの。
一瞬。
アルドリックの右手が。
開いた。
長剣が。
落ちる。
カラン。
金属が地面を叩く音が。
妙にはっきり聞こえた。
「── え」
短剣に掛かっていた抵抗が。
突然消えた。
全力で前へ押していた左腕が。
止まらない。
前に抜ける。
肩が落ちる。
上体まで前へ崩れた。
(剣を)
アルドリックが。
手放した。
アルドリックが低く沈む。
前へ崩れた俺の左腕の下。
そこへ身体を滑り込ませる。
近い。
顔がぶつかりそうな距離。
赤い眼が。
下から俺を見る。
そして。
長剣を捨てた右手に。
茜色。
魔力が集まっていく。
圧縮。
変質。
速い。
拳ほどの火球が。
もう掌にある。
小さい。
でも。
密度が高い。
(まずい)
俺は右手の杖を引く。
火球で相殺する。
そのために魔力を動かそうとする。
でも。
余力がない。
今の俺は。
ほとんど全部を身体強化に回している。
左腕から抜く。
脚から抜く。
杖へ。
早く。
茜色。
ようやく杖先に火種が灯る。
(これなら)
その時。
アルドリックの左手が伸びた。
「── っ」
背後に張っていた結界を捨て。
空いた左手で。
俺の杖先を掴む。
指が閉じた。
バシュッ。
まだ火球になる前。
生まれかけていた火が潰された。
指の隙間から。
茜色の光だけが散る。
目の前。
アルドリック。
右手には。
もう完成した高密度の火球。
俺の胸元まで。
ほとんど距離がない。
杖は左手に押さえられている。
短剣を戻す。
間に合わない。
身体を引こうとする。
それも。
遅い。
アルドリックの方が。
もう。
先にいる。
「終わりだ」
火球が。
胸元に触れた。
甲高い音が。
安全核から鳴った。
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