第六十一話「初めての実技」
「……広い」
訓練場に足を踏み入れて、最初に出た感想がそれだった。
昨日も外から見てはいた。
けれど、中に入ってみると印象がまるで違う。
三十四人いる三組の学生がまとまっているのに、それでも訓練場の一角しか使っていない。
少し離れた場所では、襟元に二本の銀線を持つ学生たちが二人一組で魔法を撃ち合っていた。
さらに向こうには、杖を揃えて立つ別の集団。
一本線だから一年生だろう。
軍事魔法科だろうか。
教師の号令に合わせて、何十人もの魔法が一斉に的に向かって飛んでいく。
「おお……」
赤や青の光が次々に弾ける。
思わず足が止まりそうになった。
「レイン」
「分かってる」
ルシアンに言われる前に歩き出す。
「まだ何も言ってないけど」
「多分、止まるなって言おうとしたでしょ」
「よく分かったね」
「昨日から何回も言われたから」
さすがに学習した。
三組が案内された場所にも、いくつもの設備が並んでいた。
人の背丈より大きな円形の的。
地面に距離を示す白線。
魔法を受け止めるためなのか、厚い黒色の板が何枚も立っている。
その手前には腰ほどの高さの測定器があり、透明な魔晶石の周囲を細かな目盛りが囲んでいた。
さらに、一定の間隔を空けて同じ設備がいくつも並んでいる。
(これを授業だけで使えるのか)
領地の訓練場にも的や防壁はあった。
魔法の訓練もしてきた。
でも。
ここでは、その規模の設備が最初からいくつも用意されている。
周囲を見れば、別の場所でも違う授業が進んでいる。
改めて。
学院には四千人近い学生がいるのだと実感した。
「皆さん、こちらに」
声が飛ぶ。
教室を出てから、三組をここまで案内してきた女性教師だった。
三十代くらいだろうか。
髪を後ろで一つにまとめ、動きやすそうな濃灰色の実技服を着ている。
俺たちが集まったのを確認すると、手元の名簿を開いた。
「今日は初回ですので、皆さんの現在の状態を確認します。成績を決める試験ではありません。必要以上に力を入れず、普段通りに行ってください」
何人かが頷く。
「確認するのは、出力、命中精度、制御、発動速度です。細かな得意不得意については、今後の授業で見ていきます」
教師が測定器を示す。
「出力は、この測定器の数値を基準にします。魔法の種類や属性によって多少差は出ますので、数字そのものだけで優劣を判断するものではありません」
(なるほど)
やっぱり。
実際に魔法を使うらしい。
少し楽しみになってきた。
「ただし、その前に」
教師が名簿に眼を落とす。
「事前記録で高出力と判断されている学生には、先に制限を伝えます」
顔を上げる。
「アストリア君」
「はい」
やっぱり呼ばれた。
「メルヴィン君」
「はい」
隣で声が聞こえた。
ルシアンもなのか。
魔法は好きってほどでもないと言っていたが。
そのほかにも、男子生徒が二人。
女子生徒が一人。
合計五人が呼ばれた。
(俺だけじゃない)
少しだけ安心する。
さっき教室でエドガー先生に名指しされた時は、俺だけ特別に扱われるのかと思っていた。
「この五名は、今日は出力百を上限にしてください」
「百?」
思わず聞き返した。
教師がこちらを見る。
「はい」
測定器の目盛りを見る。
(百か)
かなり少ない。
普段なら、意識して絞らなければ簡単に通り過ぎる。
横を見る。
ルシアンは普通に頷いている。
ほかの三人も特に驚いた様子はない。
むしろ、一人の男子生徒は小さく息を吐いていた。
「百なら十分だな」
「そうね」
女子生徒も頷く。
「……」
どうやら。
少ないと思ったのは俺だけらしい。
「アストリア君」
「はい」
「不満そうですね」
「いえ」
反射的に答える。
少し考えて。
「……ちょっと少ないとは思いました」
教師が一瞬黙った。
近くで誰かが吹き出す。
「正直で結構です」
教師も少し笑った。
「ただし、今日は最大出力を競う授業ではありません。既定の範囲で、どこまで正確に扱えるかを見ます」
「分かりました」
「特にあなたは、百を一でも超えた場合、その時点で測定を止めます」
「はい」
今度はきちんと頷いた。
それなら。
ちょうど百を出せばいい。
「では、始めましょう」
***
三組は数人ずつに分かれ、測定設備の前に移動した。
俺とルシアン。
ガレス。
リネット。
エミール。
それにほかの学生が数人。
偶然なのか、ついさっき教室で話した人間がほとんど同じ場所に集まった。
「最初はハイゼン君」
「はい!」
ガレスが前に出る。
俺も少し身体を傾けた。
(やっと見られる)
教室で聞きかけた。
土魔法。
身体強化。
同時に使うこともあると言っていた。
「普段使い慣れている魔法で構いません。まず的に一度。その後、私の指示に合わせて発動と停止を繰り返してください」
「分かりました」
ガレスが白線の前に立つ。
さっきまで笑っていた顔が、少し変わった。
足を開く。
腰を落とす。
息を吐く。
(身体強化)
身体の内側を巡る魔力が増えた。
脚。
腰。
肩。
全身に広がっていく。
そのまま。
「『大地よ、我が手に集いて——』」
詠唱が始まる。
魔力の一部が別の流れに分かれた。
(あ)
教室で聞きたかったこと。
身体強化を維持したまま土魔法を使う時、魔力をどう分けているのか。
見えた。
最初から完全に二つに分けているわけではない。
途中までは同じ流れ。
胸のあたりで一度細く絞ってから、土魔法に回す分だけが外に抜けていく。
地面が僅かに震えた。
土が持ち上がる。
拳より少し大きな塊。
「——穿て!」
飛ぶ。
どんっ。
黒い測定板に土弾がぶつかった。
重い音が響く。
「出力四十四。命中、中央から少し右」
教師が数値を書き込む。
「いいですね。もう一度。今度は三秒維持してから停止してください」
「はい」
ガレスが同じ術式を組む。
発動。
維持。
「停止」
魔力が途切れる。
「再発動」
すぐに流れが戻った。
(安定してる)
派手ではない。
でも。
身体強化を切らずに、土魔法だけを止めている。
しかも分岐点がほとんど揺れない。
「ガレス」
「ん?」
測定を終えて戻ってきたところで声を掛ける。
「身体強化と土魔法、途中まで同じ魔力を使ってるんだね」
「……何の話だ?」
「胸のあたりで分けてるでしょ。身体強化に流す方を残して、土魔法に回す方だけ外に出してる」
「……」
ガレスが自分の胸を見る。
「俺、そんなことしてるのか?」
「してたよ」
「意識したことないぞ」
「そうなの?」
「身体強化したまま土魔法使おうとしたら、普通にこうなるだろ?」
「普通かどうかは分からないけど」
言いながら。
俺はさっきの流れを頭の中で思い返す。
「ただ、分ける直前に一度細くなってた。あれ、多分二つの魔法が干渉しないように——」
「ちょっと待って」
リネットが口を挟んだ。
「レイン」
「何?」
「今の、見えてたの?」
「うん」
「ガレスの魔力が?」
「流れなら」
リネットが俺を見る。
次にガレスを見る。
もう一度俺に視線を戻す。
「……本当に魔力が見えるのね」
「噂じゃなかったんだな」
ガレスまで妙に感心した顔をしている。
「言っただろ?」
「聞いてはいたけど。実際に目の前で言われると、信じられないわね」
リネットが言う。
エミールも少しこちらを見た。
「どこまで見えるの?」
「見えてる範囲なら。遮られてるものの向こうまで見えるわけじゃないよ」
「なるほど」
「そこまでです」
教師の声が飛んできた。
「続きは授業後にしてください。次、オルセンさん」
「あ、はい」
リネットが前に出る。
話はそこで終わった。
***
「魔法は水で?」
「はい」
リネットが杖を構える。
ついさっきまで俺たちに遠慮なく話していたのに、教師の前ではきちんとしている。
「では、始めてください」
「はい」
詠唱。
水が集まる。
一つ。
ではなかった。
最初にできた水球が、途中で三つに分かれた。
(分けた)
三つとも小さい。
出力だけなら、一つにまとめた方が大きい。
でも。
流れている魔力は完全に別々だった。
三つの水弾が続けて飛ぶ。
一発目。
的の中央近く。
二発目。
少し左に逸れる。
その瞬間。
(風)
ごく小さな白銀の魔力が横から入った。
水弾の軌道が僅かに変わる。
的に当たった。
三発目も。
今度は最初から少しだけ風を添えている。
ぱん、ぱん、ぱん。
三つの音が続いた。
「三発とも命中。出力差も小さいですね」
「ありがとうございます」
「ただし二発目。途中で補正しましたね?」
「はい。少し外れたので」
「判断は良いです。ただ、補正込みで最初から組み過ぎると制御負荷が上がります。そこは今後見ていきましょう」
「分かりました」
リネットが戻ってくる。
「二発目」
「何?」
「風、かなり弱くしてたね」
「……そこまで分かったの?」
「水弾に直接当てると崩れるから、少し前の空気だけ押して軌道を変えた?」
リネットが止まる。
「そうだけど」
「面白い。あれなら水弾自体の術式を組み直さなくていいし、もっと細かく——」
「レイン」
「あ」
まただ。
「……ごめん」
「謝らなくていいけど」
リネットは呆れたように笑った。
「本当に魔法の時だけ急に喋るわね」
「そうみたい」
もう。
否定できなくなってきた。
「次、フェイン君」
エミールが立ち上がる。
手には細身の杖。
「先生」
「はい」
「遠い方の的を使ってもいいですか?」
「構いません。ただし、測定範囲からは出ないように」
「分かりました」
(遠い方?)
見る。
通常の的より、かなり奥。
同じ円形の的が、ずっと小さく見える。
「……あれ?」
「そう」
エミールはそれだけ言った。
白線に立つ。
詠唱は短かった。
杖の先に魔力が集まる。
小さい。
ガレスの土弾より、リネットの水弾より、ずっと小さい。
その代わり。
(細い)
余計な広がりがほとんどない。
一本の線みたいに、魔力が杖先に集まっている。
発動。
風を纏った小さな魔力弾が飛ぶ。
一瞬。
遠くの的が揺れた。
「命中。中央」
教師が言う。
「もう一発」
二発目。
同じ場所。
三発目。
また。
「……すご」
近くの学生が小さく言った。
俺も同じことを思った。
出力そのものは高くない。
でも。
三発ともほとんど同じところに当たっている。
「出力二十九。三発の差はほぼなし。命中精度は非常に良好です」
「ありがとうございます」
エミールが戻ってくる。
「どうだった?」
聞いてしまう。
「何が?」
「いや、あの距離なら風の影響もあるよね? 最初から補正してるの? それとも途中で——」
「後で」
「……」
「授業中だから」
「ごめん」
ついさっき教室でも、似たように止められた。
でも。
今度は実際に見てしまった。
余計に聞きたい。
「顔」
ルシアンが横から言う。
「何?」
「聞きたそう」
「かなり」
エミールが少しだけ笑った。
***
何人かの測定が続いた。
同じ三組でも。
やっぱり全然違う。
炎を大きくするのが得意な学生。
小さい魔法を正確に止める学生。
発動は少し遅いが、出力が高い学生。
逆に出力は低くても、ほとんど狙いを外さない学生。
同じ測定をしているのに。
見ていて飽きない。
「次、メルヴィン君」
「はい」
ルシアンが前に出た。
(ルシアンの魔法)
そういえば、まだ一度も見ていない。
昨日からずっと一緒にいるのに、話していたのは政治や人のことばかりだった。
「出力制限は覚えていますね?」
「百まで」
「はい。では始めてください」
ルシアンが杖を構える。
姿勢に無駄がない。
詠唱が始まる。
短い。
魔力が杖に集まっていく。
(綺麗だな)
流れが整っている。
途中で詰まらない。
大きく乱れもしない。
何か特別なことをしているわけではない。
でも。
一つ一つがきちんとしている。
風の塊が飛んだ。
的の中央近くにぶつかる。
測定器の魔晶石が光った。
「八十七」
近くで声が漏れる。
「高っ」
教師は数値を確認して、そのまま次に進む。
「では制御。この場で六十まで落としてください」
ルシアンの魔力が細くなる。
「三十」
さらに落ちる。
「停止」
消える。
「再発動。五十」
また魔力が集まる。
大きな揺れはない。
「よろしいです」
最後にもう一度的に放つ。
ほぼ真ん中だ。
「出力、制御、命中とも良好。発動も速いですね」
「ありがとうございます」
教師が記録する。
周囲から声が上がった。
「さすがメルヴィン家だな……」
「政治だけじゃないんだ」
「総合科だぞ。そりゃそうだろ」
ルシアンは特に反応しなかった。
軽く一礼して戻ってくる。
「すごいな」
俺は言った。
「そう?」
「全部安定してた」
「レインに言われてもなあ」
「まだ俺はやってないよ」
「噂は伯父上から聞いてるから」
「それとは別だよ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
言いながら、さっきの魔力を思い返す。
俺から見れば、発動までには少し時間がかかっていた。
出力を変える時にも、僅かに調整する間がある。
でも。
周りの学生と比べれば、明らかに速い。
精度も高い。
(何でもできるんだな)
政治が得意。
人と話すのも得意。
それで魔法もこれだけ使える。
総合科にいるのだから当たり前なのかもしれない。
でも。
魔法までこんなにできるのは、少し意外だった。
「次」
教師が名簿を見る。
俺の名前を探している気がした。
そして。
「アストリア君」
「はい」
来た。
立ち上がる。
さっきまで。
他人の魔法を見るのが楽しくて、自分の番を少し忘れていた。
前に出る。
白線の手前で止まる。
後ろから、視線を感じる。
かなり多い。
(……見られてるな)
教室よりも分かりやすい。
他の測定を見ていた学生まで、今はこっちを向いている。
ガレス。
リネット。
エミール。
教室で知り合ったばかりの三人も、今は俺を見ていた。
さっき教室で感じた、値踏みするような視線を思い出す。
少しだけ肩に力が入る。
「アストリア君」
「はい」
「出力上限は?」
「百です」
「よろしい」
教師が測定器を確認する。
そして。
「一つ確認します」
「何ですか?」
「詠唱はしますか?」
少しだけ迷った。
「しなくてもいいんですか?」
「構いません。これは詠唱能力を見る測定ではありません。普段の方法で発動してください」
「分かりました」
それなら。
いつも通りでいい。
杖を上げる。
的を見る。
「最初は出力です。属性は問いません。百を超えないように」
「はい」
「準備は?」
「大丈夫です」
教師が測定器に手を置く。
「では——よし」
魔力を動かす。
必要な流れを作る。
組む。
圧縮。
変質。
放つ。
風が弾けた。
直後。
どんっ!
的の中央で強い音が響く。
「え?」
後ろから声。
測定器の魔晶石が光る。
針が跳ね上がり。
止まった。
百。
ちょうど。
教師が測定器を見る。
俺も見る。
(よし)
超えていない。
「出力百」
教師が言った。
「上限ぴったりですね」
「はい」
「狙いましたか?」
「百までって言われたので」
教師が少しだけ眼を細める。
「そうですか」
後ろで。
「いやいや」
ガレスの声。
「何?」
振り返る。
「何でぴったり止められるんだよ」
「百に合わせただけだけど」
「その『合わせただけ』がおかしいんじゃない?」
リネットも言う。
「そうなの?」
「多分ね」
少し笑いが起きた。
さっきまでの、静かに見られている感じとは違う。
「まだ測定中です」
教師に言われる。
「あ、すみません」
前を向く。
「次は命中精度を見ます。三つの的に順番に当ててください。出力は二十以下」
「分かりました」
三つ。
距離が少しずつ違う。
中心に黒い円。
(あそこ)
杖を上げる。
「始めてください」
一発。
二発。
三発。
水弾が続けて飛ぶ。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
的が揺れた。
三つとも中央。
「……」
教師が測定器を見る。
「全弾命中。誤差はほぼありません」
「よし」
小さく息を吐く。
今のは、心地良い感触だった。
「次、制御」
「はい」
「出力六十」
魔力を流す。
「三十」
落とす。
「八十」
上げる。
「十」
落とす。
「停止」
切る。
「五十」
再び組む。
測定器の針が動く。
指示された位置で止まる。
「……」
教師が数値を書き込む。
「出力変化も問題ありません」
そのまま紙に何か書き足した。
「最後に発動速度を測ります」
「はい」
「これは合図が出るまで魔力を動かさないでください。術式を途中まで準備するのも禁止です」
「分かりました」
杖を下げる。
一度。
身体の力を抜く。
魔力も普段の状態に戻す。
「使う魔法は?」
「風弾で」
「出力二十。命中は問いません」
「はい」
「それでは」
教師が測定器の側面に触れる。
魔晶石の光が消えた。
記録が初期化される。
静かになる。
後ろにいる学生の気配まで分かった。
でも。
今は的だけを見る。
まだ。
魔力は動かさない。
「よし」
構築。
発動。
ぱんっ!
音がした。
「……は?」
後ろから。
誰かの声。
風弾はもう的に当たっていた。
教師が測定器を見る。
少しだけ黙った。
「……先生?」
「確認しています」
もう一度。
記録部分に眼を近づける。
「アストリア君」
「はい」
「合図より前に、術式を準備していましたか?」
「してません」
「本当に?」
「はい」
答える。
する必要がなかった。
詠唱もしない。
頭の中で言葉を並べることもしない。
魔力をどう動かすか。
どこに流すか。
どこで変質させ、どこで放出するか。
それを組めばいい。
「先生」
ガレスが手を上げる。
「今の、本当に『よし』って言われてから術式組んだんですか?」
「ガレス」
リネットが言う。
「本人がそう言ってるでしょ」
「いや、だっておかしいだろ。『よし』と魔法が出るの、ほとんど一緒だったぞ」
「私もそう見えたけど」
「でしょ?」
教師が測定器から顔を上げる。
「記録上は」
訓練場の一角が静かになる。
「確かに、私の合図の直後にアストリア君の魔力が動き始めています」
「……マジか」
ガレスが呟く。
「つまり、事前構築はしていません」
教師が俺を見る。
「完全に合図の後からです」
ざわっ。
今度は。
明確に声が広がった。
「詠唱もしてなかったよな?」
「全然聞こえなかった」
「無詠唱?」
「速すぎない?」
「だから特別選抜なんだろ」
「やっぱりすげえな……」
声が増える。
俺は。
少し困った。
何と返せばいいのか分からない。
でも。
嫌ではなかった。
むしろ。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「セレナ教授以来の特別選抜だもんね」
誰かが言った。
「ああ。そりゃ普通じゃないか」
「次の実技も見たいな」
さっきまでの視線と。
今の視線は。
同じようで、少し違った。
教室では。
どんな奴なのか。
本当に特別選抜に相応しいのか。
そう確かめられているような気がして、落ち着かなかった。
今は。
純粋な驚き。
興味。
少しの憧れ。
そんなものが混ざっている気がする。
(……嬉しいな)
自分でも。
思っていたより素直に、そう感じた。
前世では。
こんなふうに誰かから期待される側にいた記憶は、ほとんどない。
何かを見せて。
同年代から「すごい」と言われる。
次も見たいと言われる。
それが。
思っていたよりずっと嬉しい。
(俺、結構浮かれてるな)
自覚すると少し恥ずかしい。
でも。
別にいい気もした。
学院に来たばかりなのだから。
これくらいは。
「静かに」
教師が手を叩いた。
「まだ測定は終わっていません」
声が収まる。
俺も慌てて前を向く。
「アストリア君」
「はい」
「測定終了です」
「ありがとうございました」
頭を下げる。
「ただし」
「はい?」
「次回以降も、出力制限は必ず守ってください」
「……はい」
「今、一瞬残念そうな顔をしましたね?」
「してません」
今度はすぐ答えた。
周囲から笑いが起こる。
教師まで少し笑っていた。
「では戻ってください」
「はい」
列に戻る。
すぐにガレスが寄ってきた。
「レイン」
「何?」
「今度、もうちょっと強いの見せてくれよ」
「許可が出たら」
「属性も、水と風しか見られなかった」
「そうだった」
「絶対だぞ」
「うん」
「私も気になる」
リネットまで言う。
「百で『少ない』って言ってたものね」
「あれ聞こえてた?」
「普通に」
「……そっか」
「本当はどれくらい出るの?」
「魔法によるよ」
「またそれ?」
「本当に違うんだって。圧縮の仕方とか、術式の——」
「はいはい。長くなるやつね」
「……」
止められた。
エミールが俺を見る。
「発動も毎回あれくらい?」
「使い慣れてる魔法なら」
「へえ」
短い。
でも。
片方だけ見える眼が、さっきより少し興味深そうに見えた。
その横。
ルシアンは何も言っていない。
俺を褒めるでもなく。
驚いたと言うでもなく。
いつもの穏やかな顔で立っている。
「ルシアンは何もないの?」
聞いてしまった。
「何が?」
「いや……みんな色々言うから」
「僕も言った方がいい?」
「そういうわけじゃないけど」
少し考える。
「じゃあいい」
「うん」
ルシアンが笑った。
それだけだった。
変に持ち上げられないのは、それはそれで少し楽だった。
***
残りの学生の測定も終わった。
最後に教師から簡単な注意を受け、初めての魔法実技は終了になった。
訓練場を出る頃には、教室に入った時より、明らかに話しかけられる回数が増えていた。
「アストリア、さっきのどうやったんだ?」
「本当に詠唱なし?」
「次の実技でも同じのやる?」
一つずつ答える。
ついさっきまで、何を話せばいいのか分からず悩んでいた。
でも。
魔法のことなら。
いくらでも話せた。
やがて。
昼を知らせる鐘が鳴った。
「あ」
顔を上げる。
周囲の学生たちも、食堂や次の場所に向かい始める。
少し離れたところにいたルシアンを見る。
眼が合った。
「ルシアン」
「ん?」
「昼食、行こうか」
「うん。行こう」
俺は杖を魔導帯に戻した。
初めての実技は。
思っていた以上に楽しいものだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
感想や評価をいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。
次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。




