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第六十話「総合科三組」

「あれが、特別選抜のアストリア?」


「多分。昨日、入学式で見た」


 小さな声が聞こえた。


 そちらを見る。


「……っ」


 眼が合った。


 話していた二人が、少し気まずそうに視線を逸らす。


 別のところからも。


 何となく見られている。


(やっぱり、知られてるんだな)


 昨日の入学式でも、名前を囁かれていた。


 特別選抜。


 二年前に入学資格を得ていながら、十四歳まで入学を延期した学生。


 事情まですべて知られているわけではないだろう。


 それでも、名前だけなら俺が相手を知るより先に、向こうが俺を知っていることの方が多そうだった。


「レイン」


 声の方を見る。


 ルシアンが、空いている席の横で手を上げている。


「こっち」


「ああ」


 そちらへ向かう。


 少しだけ安心した。


 自分から知らない学生へ声を掛けなくて済んだからだ。


 机は二人ずつ並んでいる。


 ルシアンが窓側。


 その隣が空いていた。


「ここ座って良いのかな?」


「うん。まだ席は決まってないみたい」


 ルシアンが黒板を見る。


 端に小さく、


《空いている席へ着席してください》


 と書かれていた。


「本当だ」


「気づいてなかった?」


 やっぱり少し緊張している。


「注目されるのにはあまり慣れてない?」


「……そうだね」


 鞄を机の横へ置く。


 椅子へ座る。


 まだ説明の開始までは少し時間がある。


 ふう。


 一息ついて、改めて教室を見回す。


 同じ制服。


 同じ一本の銀線。


 でも。


 当然、全員違う。


 楽しそうに何人かで話している学生。


 一人で教本を読んでいる学生。


 机へ突っ伏している学生。


 鞄から何度も物を出し入れしている学生。


 昨日までは掲示板の名前だった人たちが、普通に目の前にいる。


(この人たちと、これから一緒に授業を受けるのか)


 どんな魔法を使うのだろう。


 何が得意なのだろう。


 入学試験では、どんな問題が出たのだろう。


 少し聞いてみたい。


 でも。


(何から話せばいいんだ?)


 いきなり、


『何の魔法が得意?』


 でいいのだろうか。


 多分。


 良くない気がする。


 昨日ルシアンに聞いた。


 出身。


 学科。


 授業。


 そういう話から入るらしい。


 考えていると。


「よう、ルシアン」


 前から声がした。


「あ、おはよう。ガレス」


 ルシアンが普通に返す。


 また知り合いだ。


 こちらへ歩いてきた男子生徒は、同年代の中ではかなり大きかった。


 背が高いというより、身体つきがいい。


 制服越しでも肩幅が広いのが分かる。


 運動をしている人間特有の、しっかりした体格。


「昨日言ってた同室って——」


 そこで。


 男子生徒が俺を見る。


「もしかして?」


「……うん」


「やっぱり」


 ガレスは何故か嬉しそうに笑った。


「俺、ガレス・ハイゼン。よろしく」


「ああ。レイン・アストリア。よろしく」


 差し出された手を握る。


 力が強い。


 いや。


 握り潰そうとしているわけではない。


 単純に身体が強いのだろう。


「昨日から気になってたんだよ」


「俺を?」


「特別選抜って聞いたから」


「ガレス」


 ルシアンが横から言う。


「初対面なんだから、もう少し遠慮したら?」


「してるぞ?」


「どこが?」


「ちゃんと自己紹介した」


 そういう話なのだろうか。


「レインもそう思うだろ?」


 突然こっちへ来た。


「え?」


「俺、ちゃんと自己紹介したよな?」


「……したね」


「ほら」


「味方を増やさないでよ」


 ルシアンが笑う。


 ガレスも笑った。


 俺も。


 少し遅れて笑う。


 距離が近い。


 初対面なのに。


 でも、不思議と嫌ではなかった。


「それで」


 ガレスが俺を見る。


「どんな奴かと思ってたんだけど」


「……どんな?」


「もっと偉そうなのを想像してた」


「それ、本人に言う?」


 別の声がした。


 振り返る。


 女子生徒が一人、こちらへ歩いてくる。


 赤い髪。


 少しつり上がった眼。


 黙っていれば気の強そうな印象を受ける。


 そして実際。


「特別選抜だから偉そうって、どういう偏見よ」


 声にも遠慮がなかった。


「だって伯爵家の嫡男だぞ」


「だから?」


「特別選抜だぞ」


「だから?」


「……」


 ガレスが止まった。


「ほら、説明できないじゃない」


「でも、何となく分かるだろ」


「分からない」


 即答だった。


 女子生徒がこちらを見る。


「ごめんなさい。こいつ、昨日からこんな感じだから」


「そうなんだ」


「昨日会ったばっかりだけどね」


「……そうなの?」


「うん」


 学院に来て二日。


 なのに。


 もうずっと前から知っていたみたいに話している。


「リネット・オルセン」


 女子生徒が名乗る。


「よろしく、アストリア」


「よろしく」


 一瞬だけ迷う。


「……レインでいい」


「いいの?」


「学院では同級生だし」


 昨日。


 ルシアンに言われた言葉だった。


 まだ完全には慣れない。


 でも。


 この教室でずっと家名や立場を気にしていたら、確かに疲れそうだ。


「じゃあ、レイン」


 リネットはあっさり呼び方を変えた。


「私もリネットでいいわ」


「分かった」


「俺もガレスでいいぞ」


「……うん」


「何で俺の時だけ間があるんだ?」


「気のせいじゃない?」


 ルシアンが言った。


「そうか?」


「多分」


 ガレスは本当に納得したらしい。


「ならいいか」


 いいのか。


 口には出さなかった。


「それにしても」


 リネットが俺を見る。


 真正面から。


 あまり遠慮がない。


「何?」


「思ってたより普通ね」


「……リネットも?」


「私は『偉そう』とは言ってないわよ」


「じゃあ、どう思ってたの?」


「もっと近寄りがたいのかと」


「何で?」


「特別選抜だし。伯爵家だし。セレナ教授の弟子なんでしょ?」


「まあ……」


 並べられると。


 少しだけ分かる。


「でも」


 リネットは俺の顔をしばらく見たあと。


「普通に喋れそうで良かった」


 そう言って笑った。


「そっか」


「何、その返事」


「いや……どう返せばいいのか分からなくて」


「そのままでいいんじゃない?」


 リネットが笑う。


 何となく。


 この人には下手に取り繕わない方がいい気がした。


「おい、エミール」


 ガレスが突然、少し離れた席へ声を掛けた。


「お前も来いよ」


「何で?」


 男子生徒が本から顔を上げる。


 黒い髪。


 前髪が長く、片方の眼がほとんど隠れている。


 さっき教室へ入った時も、一人で本を読んでいた学生だ。


「レインに紹介するから」


「今?」


「今」


 少しだけ。


 黒髪の男子生徒が面倒そうな顔をした。


 それでも本を閉じて立ち上がる。


 こちらまで来ると。


 俺を見る。


 視線が一瞬、顔。


 制服。


 机の横の鞄。


 ルシアン。


 ガレス。


 リネット。


 そしてまた俺へ戻った。


(見られてる)


 さっきの視線とは少し違う。


 珍しいものを見るというより。


 何かを確認しているような。


「エミール・フェイン」


 短く名乗る。


「よろしく」


「レイン・アストリア。よろしく」


「知ってる」


「……そうか」


「昨日、掲示板で見た」


 それだけ言う。


 沈黙。


 俺も待つ。


 エミールも待つ。


「……」


「……」


「何してるの?」


 リネットが聞いた。


「いや」


 俺は答える。


「まだ続くのかなって」


「終わりだよ」


 エミールが言った。


「そうなんだ」


「自己紹介は終わったから」


「そっか」


 納得する。


 リネットが吹き出した。


「何?」


「いや。二人とも変なところで真面目ね」


「俺は普通」


 エミールが言う。


「その返しまで含めてよ」


 リネット。


「何で俺まで」


 俺。


「レインは初対面で何話せばいいか分からないって、悩んでたから」


 ルシアン。


「言わなくていいって」


「そうなのか?」


 ガレスがこちらを見る。


「別に難しく考えなくていいだろ」


「そうなのかな」


「俺は何も考えてないぞ」


「それは見れば分かる」


 エミールが言った。


「何だと?」


「褒めてないよ」


「それは分かってる」


 ガレスの声が少し大きくなる。


 近くの何人かがこっちを見る。


「声」


 リネットが言う。


「悪い」


 すぐに小さくなった。


 意外と素直だ。


 俺は少し笑った。


 ガレス。


 リネット。


 エミール。


 三人。


 朝。


 まずは名前から。


 そう思っていた。


 もう三人増えた。


 しかも。


 思っていたよりずっと簡単に。


「なあ、レイン」


 ガレスが声を落として聞く。


「何?」


「結局、何が得意なんだ?」


「得意って?」


「魔法だよ」


 その言葉で、少しだけ身体が前へ出た。


「何か、得意な属性とかあるのか?」


 属性か。


 得意とかはあまり意識したことがなかった。


 正直、どれも同じように感じる。


「基本五属性は全部使うよ」


「……全部?」


「うん」


 ガレスが止まる。


 リネットも俺を見る。


 エミールは。


 さっきより少しだけ眼がこちらへ向いた気がする。


「炎、水、風、土、雷?」


「そう」


「全部使えるの?」


「使える」


「……」


「何?」


「いや」


 ガレスが首を傾げる。


「普通に言うんだなと思って」


「聞かれたから」


「まあ、そうなんだけど」


 何かおかしかっただろうか。


「レイン」


 リネットが口を挟む。


「......それ、相手によっては自慢に聞こえるかも」


「……そうなの?」


「今の言い方なら、そういうつもりじゃないのは分かるけど」


「じゃあ、どう答えればいいかな?」


「一番得意な属性を答えるとか」


「一番……」


 考える。


 一番。


 難しい。


 強いて言うなら、よく使うのは。


「風かな」


「風?」


 ガレスが食いついた。


「飛行で一番使うから」


「飛行?」


「うん」


「飛べるのか?」


「飛べるよ」


「すげえな」


 ガレスの反応に。


 今度は俺が少し考える。


「飛行魔法って、そんなに珍しい?」


「珍しいだろ」


「でも、術式自体は——」


 そこまで言って。


 頭の中に、いつもの術式が浮かんだ。


「いや、でも単純に身体を上へ押し上げるだけだと制御しづらいから、実際には浮上と推進を分けた方がいい。身体の周りを流す風も全部同じ方向じゃなくて、姿勢制御用を別にしておけば急に風向きが変わっても——」


 ガレスの顔を見る。


 リネットが俺を見ている。


 エミールも。


 ルシアンは。


 笑っている。


「……何?」


「急に喋るね」


 ルシアンが言った。


「あ」


 そういえば。


 昨日も言われた。


「ごめん。喋りすぎちゃった」


「いや」


 ガレスは笑った。


「面白いからいいけど」


「そう?」


「ただ、半分くらい分からなかった」


「どこから?」


「浮上と推進を分けるあたり」


「そこから?」


「そこから」


「じゃあ——」


 説明し直そうとして。


「待って」


 リネットに止められた。


「授業始まる前に飛行魔法の講義を始めないで」


「でも分からないって」


「ガレスは別に今理解しなくても困らないでしょ」


「俺はちょっと聞きたいぞ」


「本当に?」


「半分くらい」


「残り半分は?」


「もういい」


「ほら」


 リネットが言う。


「……そうなんだ」


 少し残念。


「分かりやすいな」


 エミールが呟いた。


「何が?」


「レイン」


「俺?」


「魔法の話だけ、さっきと全然違う」


「……そんなに?」


「かなり」


 ルシアンまで頷いている。


 どうやら。


 本当にそうらしい。


「じゃあ、エミールは?」


「何が?」


「得意な魔法」


 聞いてから少しだけ迷う。


 初対面で聞く話としてはどうなのだろう。


 でも、もう聞いてしまった。


「遠距離系」


「遠距離?」


「うん」


「属性は?」


「色々」


「射程は?」


「それも色々」


「どういう術式を——」


「ほら」


 リネットが言った。


「もう始まった」


「……」


 止める。


「ごめん」


「別に」


 エミールは気にしていない。


「次の実技で見ればいい」


 その瞬間。


 話に夢中で忘れていたが、思い出した。


 この説明の後には、実技の授業が待っているんだ。


「......実技って、何するか知ってるの?」


「知らない」


「……知らないのか」


「そこまで聞いてないから」


 後ろで。


 ルシアンが小さく笑っている。


「何?」


「昨日の図書館の時と同じ顔してる」


「仕方ないよ。気になるんだから」


 そう答えた時。


 鐘が鳴った。


 教室に散っていた学生たちが、一斉に動き始める。


「やば」


 ガレスが前の席へ向かう。


「また後でな」


「うん」


「ガレス」


 リネットが呼び止める。


「そこ、あなたの席じゃないでしょ」


「まだ自由だろ?」


「私の鞄置いてあるんだけど」


「あ」


「見れば分かるでしょ」


「悪い」


 ガレスが隣へ移る。


 リネットも席へ座る。


 エミールは何も言わず、自分がさっきまで本を読んでいた場所へ戻った。


「結局、みんな近いね」


 ルシアンが言う。


 見る。


 ガレスは一つ前。


 リネットはその隣。


 エミールは斜め前。


「そうだね」


 少しだけ嬉しかった。


 扉が開いた。


 教室の声が小さくなる。


 入ってきたのは、一人の男性教師だった。


 四十歳くらいだろうか。


 派手さのない学院教員用の長衣。


 片手に書類。


 歩き方にも、表情にも、妙な堅さはない。


 教卓へ書類を置く。


 教室を見渡した。


「おはようございます」


「おはようございます!」


 ばらばらだった返事が、重なる。


「全員……ではありませんね。あと二人」


 教師が入口を見る。


 少しして。


 廊下から走る足音。


 二人の学生が飛び込んできた。


「す、すみません!」


「教室を間違えました!」


「初日ですから、それくらいはあるでしょう」


 教師は怒らなかった。


「ただし、明日からは少し早めに確認してくださいね」


「はい!」


 二人が慌てて空いている席へ座る。


 教師がもう一度教室を見る。


「これで三十四人」


 そして。


 黒板に名前を書く。


 エドガー・ロウェル。


「改めまして。エドガー・ロウェルです。本年度、総合科一年三組のクラス指導を担当します」


(エドガー先生)


 名前を頭に入れる。


「私とは魔法工学や魔力制御関係でも顔を合わせることがあります。四年間ずっと私が皆さんを担当するとは限りませんが、少なくとも今年一年は、何か困ったことがあれば私のところへ来てください」


 一度。


 教室を見渡す。


「家のことでも、授業のことでも、寮で相手が寝言を言って困るでも構いません」


 小さく笑いが起こる。


 隣を見る。


 ルシアンと眼が合った。


「寝言言う?」


「知らない。自分じゃ分からないよ」


「俺は?」


「今のところ聞いてない」


「なら良かった」


「まだ一晩だけだけどね」


 そこまで話したところで。


「メルヴィン君、アストリア君」


「はい」


「はい」


 二人で顔を上げる。


 エドガー先生は怒っていない。


「私も皆さんに聞こえるよう話しますので、二人も私の話を聞いていただけると助かります」


「すみません」


「すみません」


 教室からまた笑いが起こる。


(やってしまった)


 初日。


 最初の説明。


 開始から数分。


 早速注意された。


 横を見る。


 ルシアンも少し気まずそうだ。


 少しだけ安心した。


「では」


 エドガー先生が黒板へ向き直る。


 大きく書く。


《総合科》


「皆さんは昨日、帝都中央魔法学院へ入学しました」


 白い文字の下へ線が引かれる。


「そして、本日から正式に総合科の授業が始まります」


 空気が少し変わった。


 俺も姿勢を正す。


「まず、最初に一つ聞きましょう」


 エドガー先生がこちらを向く。


「総合科とは、何を学ぶ課程でしょうか?」


 静かになる。


 誰もすぐには答えない。


「何でも?」


 少し前から声がした。


 ガレスだった。


「ハイゼン君」


「はい」


「大雑把ですが、間違いではありません」


 教室に小さく笑いが起こる。


「他には?」


 今度は別の学生。


「魔法」


「もちろん」


「戦術」


「それも」


「政治・法規」


「はい」


「魔法工学」


「学びます」


 答えが増えるたび。


 黒板にも文字が増えていく。


 魔法理論。


 魔法実技。


 集団戦術。


 魔法工学。


 政治・法規。


 地理・魔法史。


(多いな)


 時間割で見ている。


 教本も持ってきた。


 でも、こうして一つずつ並べられると、改めて多い。


「では」


 エドガー先生が黒板を軽く叩く。


「皆さんは、これらすべてで学院一番になることを求められているのでしょうか」


 すぐに答えは出なかった。


「……無理じゃないですか?」


 ガレス。


 まただ。


 でも、俺も同じことを思った。


「ええ」


 エドガー先生は普通に頷いた。


「まず無理でしょう」


 教室から笑いが起こる。


「少なくとも私は、皆さん全員が魔法理論で魔法理論科の首席を上回り、魔法工学で魔法工学科の首席を上回り、政治で行政・法務科の首席を上回ることを期待していません」


 それは、確かに無茶だ。


「総合科は、何でも専科より上の学生を作るための課程ではありません」


 黒板の《総合科》の下へ。


 新しい言葉が書かれる。


《複数分野》


「一つだけではなく、複数の分野を高い水準で扱えること」


 エドガー先生が言う。


「魔法に優れていても、戦況を読めなければ使う場所を誤ります。法を知っていても、現場を知らなければ制度は機能しません。逆に、現場に強くても、制度を知らなければ動かせないものがある」


 聞きながら、俺は黒板に並べられた文字を見る。


(全部、違う)


 当たり前だ。


 でも。


 昨日のルシアンとの会話を少し思い出した。


 俺は魔法を見る。


 ルシアンは人を見る。


 同じ学院に来て、同じ総合科にいる。


 それでも、面白いと思うものから違う。


「そして」


 エドガー先生が続ける。


「自分一人で全部できる必要もありません」


 教室を見る。


「自分にできることを知る。できないことも知る。そして、必要なら他人の力を借りる」


 少しだけ間を空ける。


「総合科で学ぶ四年間では、その能力も非常に重要になります」


 誰かと協力する。


 俺は周囲を見る。


 目の前にはガレス。


 リネット。


 斜め前にエミール。


 隣にはルシアン。


 名前を知ったばかり。


 何ができるのかも、まだほとんど知らない。


「そのため」


 エドガー先生が言う。


「三組も、学院側がある程度意図的に異なる学生を集めています」


 教室の視線が少し動く。


「出身も、身分も、得意分野も、魔法適性も違います。同じような学生だけ集めた方が、授業は楽かもしれませんが」


 一拍。


「学院は、皆さんを楽に卒業させるために四年間預かっているわけではありませんので」


 笑う学生と、少し顔を引きつらせる学生がいた。


 俺は、少しだけ楽しみになった。


 違う方がいい。


 知らない方がいい。


 その方が見たいものが増える。


「先生」


 一人の女子生徒が手を上げた。


「共通科目は、ずっとこの三十四人で受けるんですか?」


「基本的には」


 エドガー先生が答える。


「一年生の共通科目はクラス単位が中心です。ただし、内容によっては他組と合同になる場合もありますし、選択科目や専門科目では別れます」


「班を組む授業もありますか?」


「あります」


 その答えで何人かが反応する。


「集団戦術や実技演習では、その都度班を組んでもらいます」


 班。


 その言葉で、昨日聞いたものが浮かんだ。


 新入生競技大会。


 まだ、詳細は公表されていない。


 俺だけではなかったらしい。


「先生」


 今度は男子生徒が手を上げた。


「新入生大会も班なんですか?」


 教室の空気が少し変わる。


 やっぱり。


 みんな気になっている。


 俺もかなり気になる。


「そこは」


 エドガー先生が少しだけ笑う。


「まだ秘密です」


「えー」


 どこかから声が出る。


「昨日発表されたばかりですよ」


「少しくらい」


「私から先に話すと、教務から怒られますので」


 教室から笑いが起こる。


 俺は少し残念だった。


(班なのか?)


 今の答えだと、否定はしていない。


 でも、肯定もしていない。


 個人戦。


 団体戦。


 実技。


 筆記。


 それとも全部。


 新入生前期の総合評価。


 昨日言われたのはそこまでだ。


(何を競うんだろう)


 魔法の火力だけなら、かなり自信がある。


 でも。


 総合評価と言うくらいだから、それだけではないはずだ。


 戦術。


 制御。


 知識。


 班なら協力も——。


「レイン」


「……ん?」


 横から今度はさっきより小さな声。


「また顔変わってる」


「何が?」


「楽しそう」


「そう?」


「うん」


「……まあ」


 否定できない。


「大会、気になるから」


「僕も気にはなるけど」


「どんな形式だと思う?」


「まだ考えるには情報が少なすぎるかな」


「でも、班を組む話の直後に聞かれて、否定しなかった」


「レイン」


「何?」


「エドガー先生、こっち見てる」


「……あ」


 前を見る。


 眼が合った。


「アストリア君」


「はい」


「気になるのはよく分かります」


 エドガー先生は笑っていた。


「ですが、詳細が発表されるまでは何を考えても仮説です。授業中に答えの出ない問題へ没頭するのは、あまり効率がよくありません」


「……はい」


 何も言い返せない。


「発表されたら、好きなだけ考えてください」


「分かりました」


 隣でルシアンが少し肩を震わせている。


 笑ってる。


 でも、今は何も言わない。


 また注意される。


 説明が続く。


 授業の受け方。


 提出物。


 施設の利用。


 教師への質問。


 研究室や訓練施設の一部は、必要な許可を取れば一年生でも使えるらしい。


「質問があります」


 気づけば手を上げていた。


「はい。アストリア君」


「研究室は、一年生でも入れますか?」


「研究室によります」


「教授へ直接お願いしても?」


「構いません。ただし、研究室側が受け入れるかは別ですよ」


「授業で扱っていない研究でもですか?」


「もちろん」


「実験設備も?」


「許可があれば」


「図書館の地下の書庫は——」


 言いかけて。


 止まる。


 教室が静かだ。


 エドガー先生が少し笑っている。


「まだありますか?」


「……あと二つくらい」


 小さな笑いが起きた。


「では、残りは説明の後で聞きましょう」


「はい」


 手を下ろす。


 隣から。


「昨日、自分で受付に聞くって言ってたのに」


 ルシアンの小声。


「先生がいるなら先生に聞いた方が早いから」


「それもそうだね」


 エドガー先生の説明へ戻る。


 少しして。


 今度はガレスが手を上げた。


「先生」


「はい、ハイゼン君」


「訓練場を放課後使うには、どう許可を取ればいいんですか?」


「利用申請をしてください。危険度の低い自主訓練であれば当日でも利用できます。ただし、危険魔法を使う場合は監督者が必要です」


「分かりました」


 ガレスが満足そうに頷く。


 横でリネットが何か書いている。


 エミールは、さっきまで読んでいた本ではなく、説明用の紙へ視線を落としていた。


 同じ話を聞いている。


 でも、気になるところは違うらしい。


(面白いな)


 授業そのものだけではない。


 同じ教室にいる学生を見るのも、少し面白かった。


 やがて。


 一通りの説明が終わる。


 エドガー先生が手元の紙を一枚めくった。


「それでは、今日の予定について最後に確認します」


 教室が少し静かになる。


 紙を見る。


「この後早速、三組は魔法実技を行います」


「お」


 前から。


 ガレスの声。


 俺も。


 思わず顔を上げた。


「初回ですので、模擬戦はしません」


 少し残念そうな声がどこかから漏れる。


「各自の現在の能力を確認します。出力、命中精度、魔力制御、発動速度など、基礎項目が中心です」


(発動速度)


 どう測る。


 術式は指定されるのか。


 詠唱は。


 属性は自由か。


 出力測定は魔力測定器を使うのか、それとも実際に——。


「なお」


 エドガー先生が続ける。


「入学試験や事前記録で高い出力が確認されている学生については、担当教師の指示を必ず守ってください」


 その瞬間。


 何人かの視線がこちらへ向いた。


「……」


 俺?


 いや。


 三十四人いる。


 高出力の学生が俺だけとは限らない。


 そう思っていると。


 前のガレスが振り返った。


 目が合う。


 すごく分かりやすい顔で笑っている。


「何?」


 小声で聞く。


「いや」


「何?」


「楽しみだなと思って」


「実技?」


「レインの魔法」


「……俺の?」


「そりゃ気になるだろ」


 近くから。


「私もちょっと気になる」


 リネット。


 エミールも斜め前の少し遠い席からこちらをさり気なく見ている。


「特別選抜だから」


 教室の他の場所を見る。


 目が合った学生が一人。


 すぐ逸らした。


(……思ってたより見られるな)


 魔法を使うこと自体は何ともない。


 でも。


 三十人以上の同年代に、一斉に見られる。


 見られるだけじゃない。


 実力を、値踏みされているところもあるだろう。


 それは、今までとは少し違う。


「アストリア君」


「はい」


 また呼ばれた。


「今の説明、聞いていましたか?」


「聞いてました」


「では、何が一番大事ですか?」


「担当教師の指示に従うこと」


「よろしい」


 エドガー先生が頷く。


 教室から小さく笑いが起きる。


「特にアストリア君は、出力について個別に指示が入る可能性があります」


「分かりました」


 今度は、はっきり俺だった。


 また視線が増える。


(やりづらいな)


 少し思う。


 でもそれ以上に、楽しみだった。


 俺だけじゃない。


 ガレス。


 リネット。


 エミール。


 ルシアン。


 教室にいる三十三人。


 総合科へ入った学生たちが。


 どんな魔法を使うのか。


「なあ」


 鐘が鳴り、エドガー先生が教室を出た直後。


 ガレスがすぐに振り返った。


「レイン」


「何?」


「本当に五属性全部使えるんだよな?」


「うん」


「じゃあ、全部見せてくれよ」


「測定内容によると思う」


「けど、五つ使う機会くらいあるだろ」


「だったら——」


 考える。


「ガレスは何使う?」


「俺?」


「うん」


「土」


 即答。


「あと身体強化」


「同時に?」


「使う時もある」


「身体強化を維持したまま土魔法を使うなら、魔力経路は分けてる? それとも途中まで同じ流れから——」


「待て待て」


 ガレスが両手を上げた。


「急に質問が多い」


「……ごめん」


「いや、いいけど」


「見たら分かる?」


「多分」


「じゃあ後で見ていい?」


「好きに見ろよ」


 簡単に言う。


 今度はリネットを見る。


「リネットは?」


「何?」


「魔法」


「……私も聞くの?」


「嫌ならいいけど」


「嫌じゃないわよ」


 少しだけ笑う。


「水と風」


「二つ同時に使う?」


「使うこともある」


「どういう——」


「ストップ」


 先に止められた。


「……分かった」


 エミールを見る。


「俺も後で」


「まだ何も聞いてない」


「顔に書いてある」


「そう?」


「かなり」


 片方だけ見える眼が、少し細くなる。


 笑ったらしい。


「遠距離が得意」


「それはさっき聞いた」


「なら十分」


「射程は?」


「後で」


「精度は?」


「後で」


「使う属性は?」


「……」


 聞きたい。


 かなり。


「レイン」


 ルシアンが呼ぶ。


「何?」


「今、すごく楽しそうだよ」


 言われて。


 少しだけ考える。


 否定する理由はなかった。


「うん」


 素直に頷く。


 学院に来て初めてのクラス。


 知らなかった名前が増えた。


 知らなかった人間と話した。


 そして次は、その人たちの魔法が見られる。


 俺は机の上の時間割へ眼を落とした。


 説明の次は、実技。


 さっきまで。


 何を話せばいいのか悩んでいたはずなのに。


 今は。


 待ち遠しくて仕方なかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想や評価をいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。


次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。


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