第四十六話「見つけた」
足元から。
コン。
少し間を置いて、もう一度。
コン。
最後に、長く。
ゴン──。
「止めろ」
工兵長が右手を上げた。
掘削音が一斉に消える。
俺も息を止めた。
夕暮れの森。
風が木々を揺らしている。
それ以外は、何も聞こえない。
「……」
気のせいだったのか。
そう思いかけたとき、また地下から。
コン。
コン。
ゴン──。
「……いる」
誰かが呟いた。
工兵長が槌を取った。
「返します」
「ああ」
岩に当てる。
コン。
コン。
ゴン──。
これは、地下にいる誰かにこちらが聞いていると伝えるための音だ。
工兵長が岩に耳を当てた。
俺も動かない。
数秒。
地下から。
コン。
コン。
ゴン──。
「返ってきました」
工兵長が立ち上がる。
「この下に、誰かいます」
まさか。
「位置は」
「今の音なら、かなり近いです。ただし真下とは限りません」
工兵長が露出した岩を数か所叩く。
別の工兵も少し離れた場所で耳を当てた。
「北側が強い!」
「東は?」
「弱いです!」
工兵長が地図を見る。
地脈計から絞った範囲。
試験孔。
今の打音。
「ここから入ります」
少し北側を指した。
「分かった」
すぐに周囲を見る。
「救護班を前に。担架と保温具も持ってこい」
「はい!」
「護衛は外周を維持。魔獣が近づいても捜索区画に入れさせるな。深追いは不要だ」
「はっ!」
「通信兵」
「はい!」
「本営と東防衛線に送れ。地下から応答あり。位置を絞り込み、救出作業に移行する」
「了解!」
工兵長の声が飛ぶ。
「第一班、掘削位置を移す! 幅を取りすぎるな!」
「はい!」
「土属性術師、周囲だけ固めろ! 掘削面には触るな!」
「了解!」
工兵たちが動き始めた。
表面の土を除く。
岩が露出する。
少し削り、探査棒を差し込む。
また削る。
一度に大きくは進まない。
数十センチ進むたびに止まり、周囲を確かめる。
「カシウス様」
救護員が横に来た。
「地下水位が上がっています。地下の方が水に浸かっている可能性があります」
「何が必要だ」
「保温具。固定具。それと、意識があっても自力では歩かせません」
「分かった。必要なものは全部ここに運べ」
「承知しました」
「止めろ!」
工兵長の声。
また全員が止まる。
コン。
コン。
ゴン──。
さっきより、はっきり聞こえた。
まだ叩いている。
まだ、生きている。
「返せ」
工兵長が槌を当てる。
コン。
コン。
ゴン──。
すぐに地下から返った。
コン。
コン。
ゴン──。
「掘るぞ!」
「はい!」
作業が再開された。
***
「空間があります!」
声が上がった。
俺は掘削口に近づく。
岩の一部に、拳ほどの穴が開いていた。
その向こうは暗い。
「全員、止めろ」
工兵長が言う。
森が静まる。
俺は穴に顔を寄せた。
「レイン!」
返事はない。
「レイン! 聞こえるか!」
耳を澄ます。
何か、掠れた音。
「……カシウス……さん……?」
身体の奥から、一気に力が抜けそうになった。
いた。
間違いない。
「……ああ」
声がすぐには出なかった。
「ああ。俺だ」
穴の向こうで、息を吐く音がした。
「よかった……」
その一言に、胸が強く締めつけられた。
生きている。
本当に、生きている。
「レイン。そこを動くな」
「……はい」
それだけでいい。
「工兵長」
「右側から広げます。上は触れません」
「頼む」
「救護班、ここに一人」
「はい!」
救護員がすぐ横に膝をついた。
「レイン様。聞こえますか」
「……聞こえます」
「痛む場所は?」
「左足と……右の脇腹です」
「分かりました。こちらから出すまで動かないでください」
「はい」
工兵が掘削口の右側を削り始める。
木の支えを入れる。
周囲を固める。
また少し削る。
「上に亀裂!」
「そこは触るな! 下を広げろ!」
「はい!」
岩が一つずつ外されていく。
土。
小石。
砕けた岩。
後ろに送る。
穴が少しずつ広がる。
「見えます!」
工兵の手が止まった。
灯りを寄せる。
岩の隙間。
その奥から何かが伸びてきた。
手だった。
泥に汚れている。
指先には血が滲んでいた。
「レイン」
手を伸ばす。
掴む。
冷たい。
驚くほど冷たい。
けれど、俺の手を弱く握り返した。
「……見つけた」
声が震えた。
隠せなかった。
「カシウスさん……」
「ああ」
「もう大丈夫だ」
それだけ言った。
「救護員」
俺は、握っていた手を救護員に預けた。
「はい」
救護員が隙間から手を伸ばし、レインの手首を取る。
「脈はあります。意識も保っています。ただ、かなり冷えています」
「足は」
「ここからでは固定できません。もう少し開口部を広げてください」
「工兵長」
「聞きました。続けます」
掘削が再開される。
俺は一度だけ周囲を見た。
「護衛、状況は」
「接近個体なし!」
「北側斥候は」
「異常ありません!」
「そのまま維持しろ」
「はっ!」
「レイン」
「……はい」
返事が、さっきより小さい。
「気を保て。……もう少しだ」
「……はい」
返事がある。
それだけを確認する。
「通せます!」
工兵長が声を上げた。
開口部が、人一人を通せるほどまで広がっていた。
「救護員、先に」
「はい」
救護員が身体を低くして中に入る。
「左足を確認します!」
すぐに声が返る。
「腫れが大きい。固定します!」
「分かった」
布と固定具が中に送られる。
少しして。
「固定完了! 身体を支える帯を入れます!」
「工兵、準備!」
「はい!」
幅広の布帯が送られる。
救護員がレインの身体に通す。
「上げます! 急がず、合わせて!」
「一!」
「二!」
「三!」
少しずつ身体が引き寄せられる。
岩に当てないように。
左足を動かさないように。
工兵が受け取り、救護員が支え、また次の手に渡す。
やがて、空色の髪が見えた。
泥に汚れた顔。
閉じかけた瞼。
「レイン」
目が僅かに開いた。
「……カシウスさん」
「ああ」
工兵たちが身体を持ち上げる。
担架に載せる。
救護員がすぐに毛布を重ねた。
「呼吸、問題なし!」
「脈は?」
「弱いですが、安定しています!」
「救護所へ運びます!」
「護衛二名つけろ」
「はっ!」
「通信兵!」
「はい!」
「本営と東防衛線」
息を吸う。
「レイン・アストリアを救出。生存。意識あり」
「はい!」
伝信札に文字が走る。
担架が持ち上がる。
「カシウスさん……」
「何だ」
レインが重そうに口を開いた。
「あの魔獣……地面から魔力を吸っていた太い肢が、四本ありました」
「……」
「強くなる場所が……順番に、変わってました」
俺は一度だけ頷いた。
「分かった」
それだけでいい。
「後で詳しく聞く。今は休め」
「……はい」
瞼が閉じる。
「意識確認を続けろ」
「はい!」
救護員が担架の横につく。
そのとき。
「カシウス様!」
別の通信兵が駆けてきた。
「東防衛線からです!」
「何だ」
「魔力低下域、森林口への接近を継続!」
担架が森の外へ運ばれていく。
俺はその姿を一度だけ見た。
「救護所まで確実に送れ」
「はい!」
軍杖に手をかける。
「残りは持ち場に戻るぞ」
「はっ!」
レインは見つけた。
生きて、連れ戻した。
だが、次は。
あれを止める。
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