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第四十四話「届いたもの」

「セレナ様。北東森林の捜索隊から、地脈計の記録が届きました」


 日が傾き始めていた。


 東防衛線の指揮所で、私は通信兵から数枚の紙を受け取った。


 午後に北東森林へ届いた三基の地脈計は、すでに設置を終えている。


 これまで一地点ずつ移して使っていた一基は、その時点の測定地点に残した。


 追加された三基は、捜索範囲を囲むように別々の地点へ置かれている。


 地脈計そのものがここにあるわけではない。


 現地の測量員が読み取った時刻と数値を、伝信でこちらへ送り、通信兵が紙に写したものだ。


 四地点分の記録を机に並べる。


「……」


 まず目に映るのは、大きな変動だった。


 昨日から観測されている、百秒前後の間隔で起きる地脈値の揺れ。


 完全な周期ではない。


 間隔も、変化の大きさも少しずつ違っている。


 そこまでは昨夜の記録と変わらない。


 だが、つい先ほどの記録に、それまで一度もなかった変化が混じっていた。


「……これは」


 短い振れ。


 もう一度、同じくらいの振れ。


 その後に、少し長い振れ。


 昨夜からの記録を遡る。


 同じ形はない。


「ここです」


 私は追加された一基の記録を指した。


 隣の紙を見る。


「こちらにもあります」


「三地点ともですか?」


「確認します」


 時刻を合わせる。


 二基目。


 三基目。


 どちらにもある。


 完全に同時ではないが、順序は同じだった。


 短い変化が二回。


 その後に、長い変化が一回。


 昨夜から使われていた一基も、この三つの振れには弱く反応している。


「現地では、何と伝えられていますか」


「異常波形を確認した、とだけです」


「それで構いません。まだ意味は付けないでください」


「はい」


 一度だけなら、偶然かもしれない。


 地盤のずれ。


 掘削の振動。


 今の森には、地脈計を動かす要因がいくらでもある。


「カシウスさんと工兵長に照会してください」


「内容は?」


「次の測定時だけ、観測のノイズを減らすため、掘削作業を一時止められるか確認を。捜索そのものを止める必要はありません。可能かどうかは現場の判断に任せます」


「分かりました」


 通信兵が伝信札を取った。


 私は追加された三地点の記録をもう一度見る。


 短い。


 短い。


 長い。


 意図的な並びに見える。


 だが、まだ一度だ。


「セレナ様!」


 別の通信兵が声を上げた。


「北東森林から、新たな魔獣群を確認! 四十前後です!」


「進路は」


「北西です。現在のところ東防衛線には向かっていません。盆地の避難路からも外れています」


「周辺に住民は?」


「すでに避難済みです」


「なら追撃は不要です。斥候をつけて、進路が変わった場合だけ報告してください」


「はい!」


 魔獣を倒すことが目的ではない。


 人に向かってこないのなら、追い回して散らす方が危険だった。


 通信兵が次の報告へ移る。


 私は机の記録に視線を戻した。


「北東森林から返答です」


「どうですか」


「工兵長より。確認のため、全掘削を一時停止するとのことです」


「分かりました」


 時計を見る。


 待つ。


 あの小さな三つの振れが、もう一度出るか。


 数分が過ぎた。


「北側の観測点から変化!」


 通信兵が伝信を読み上げる。


「東側もです!」


「西側は」


「来ました!」


「形を」


 返答まで少し時間がかかった。


「短い変化が二回。その後、長い変化が一回です」


 二度目。


 掘削を止めた状態でも出た。


「三地点の時刻を揃えてください」


「はい」


 数字が書き込まれる。


 最初の記録と見比べる。


 僅かな時間差まで、よく似ている。


「現地の測量員にも、二回分を比較してもらってください」


「発生地点を調べるのですか」


「まだです。まず、同じ場所から来た可能性があるかを確認してもらいます」


「承知しました」


「それと、同じ現象がその後も起こるか注視してもらってください」


「了解です」


 伝信が送られる。


 自然現象かもしれない。


 二度同じ形になったからといって、あり得ないわけではない。


 だから、もう一度確認すべきだ。


 ***


「セレナ様。現地からです」


 返答が届いた。


「一度目と二度目、三地点での振れ方がほぼ一致しています。同じ方向から伝わった可能性が高いとのことです」


「分かりました」


 私は紙を机に置いた。


 レインには、同じ条件で何度も確かめるように教えてきた。


 一度だけ見て決めつけない。


 同じことが起きるか確かめる。


 今度は。


 私がそれをする番だ。


「三回目を待ちます」


「はい」


 時間が過ぎる。


 途中、結界班から東側の出力低下が報告された。


 予備術者を一人回す。


 北側から別の魔獣が一頭接近したが、守備隊が処理した。


 指揮所には次々に報告が入る。


「来ました!」


 通信兵の声。


「一地点目!」


 すぐに二地点目。


 少し遅れて三地点目。


「形は」


 紙が渡される。


 見る。


 短い。


 短い。


 長い。


 三度目だった。


「……」


 偶然として扱うには、もう無理がある。


「人為的な変化である可能性が高いと、現地に伝えてください」


「レイン様ですか?」


「そこまでは分かりません」


 すぐに答えた。


 発信者は見えていない。


 レインだと確認したわけでもない。


「ですが、レインである可能性を最優先に調べます」


「はい!」


「三地点の記録を使って、発生源の推定範囲を出せるか測量員に確認してください」


「掘削も再開してもらってください」


 通信兵が伝信を送る。


 もし、これがレインなら。


 地下から、何かを伝えようとしているなら。


 今度は私たちが、それを見落とさない。


 ***


「推定範囲が出ました!」


 しばらくして、通信兵が紙を持って駆け込んできた。


 広げる。


 崩落地の地図。


 追加された三基の位置が記されている。


 その中央より少し北側。


 一つの範囲が線で囲まれていた。


「これは」


「三地点で変化が始まった時刻と、振れ幅を比較した結果です。現地の測量員によれば、この変化の発生源はこの範囲にある可能性が高いと」


「誤差は」


「まだあります。ただ、工兵が次の試験孔を決められる程度まで絞れたそうです」


「カシウスさんと工兵長に任せてください」


「はい」


「こちらから掘削位置は指定しません。地盤を確認した上で、現場で決めてもらいます」


「承知しました」


 通信兵が走る。


 私は地図を見る。


 まだ、レインを見つけたわけではない。


 絞れたのは。


 あの規則的な変化の、発生源とみられる範囲だけだ。


 それでも。


 昨日までとは違う。


 百メートルを超える崩落地を探していた捜索隊に、次に確かめる場所ができた。


 もしかしたら。


── そこにレインが。


 いや、まだだめだ。


 願望は、観測を誤らせる。


 今はただ、送られてくる記録を、精一杯分析するしかない。


「待ってください」


 別の紙が目に入った。


「これは何ですか」


「地下水位の記録です」


 推定範囲に近い試験孔。


 その二本で、午後から地下水位が上がっている。


「この時間」


「はい。直近の測定では、上昇が速くなっています」


「推定範囲の地下と繋がっているかは」


「まだ確認できていません」


「分かりました」


 繋がっているとは限らない。


 だが。


 繋がっていないとも言えない。


「カシウスさんと工兵長にすぐ送ってください。地下水位上昇。救護員にも共有を。浸水と低体温を想定して準備してもらってください」


「はい!」


 伝信札に文字が走る。


 私はもう一度、地図に囲まれた範囲を見る。


 規則的な変化の発生源は絞れた。


 そこにレインがいるかは、まだ分からない。


 そして。


 推定範囲に近い試験孔では。


 今も、水位が上がり続けていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想や評価をいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。


次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。


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