第三十一話「特別選抜——視察団来訪」
東部合同演習から、数週間が経った。
朝食を終え、自室へ戻ろうとしていたところで、オスカーに呼び止められた。
「レイン様。レオン様がお呼びです」
「父様が?」
「はい。セレナ様も、すでにお待ちでございます」
珍しい組み合わせだった。
レオンとセレナが、朝から揃って俺を呼ぶ。
それだけで、あまり軽い話ではないことが分かる。
執務室へ入ると、レオンは机の向こうに座り、セレナは窓際に立っていた。
机の上には、一通の封書。
白い封蝋には、開いた書物とその奥にそびえる塔を意匠化した紋章が刻まれている。
封筒の表には、差出人が記されていた。
「帝国中央魔法学院……?」
「ああ」
レオンが封書をこちらへ向ける。
「三日後、学院から視察団が来る」
「視察団?」
思わず聞き返した。
まだ俺は十一歳だ。
帝国中央魔法学院の通常入学は十四歳。
特例でも、成人の儀を迎える十二歳が最年少だったはずだ。
「入学試験ではありません」
セレナが説明を引き継いだ。
「特別選抜候補に対する事前視察です。成人後、正式な審査対象へ上げるべき人物か。それを学院側が直接確認するためのものですね」
「先生も受けたんですか?」
尋ねると、なぜかセレナがオスカーへ視線を向けた。
オスカーが小さく咳払いする。
「私の場合、十歳の時に視察を受けました」
「その視察を担当したのが、当時アストリア領の行政の実務に関わっていた、私でございました」
「あ」
思わず二人を見比べた。
幼い頃のセレナとオスカー。
今では普通に話している二人だが、そういえば以前、そんな話を聞いたことがあった。
「先生、十歳の頃にオスカーと会っていたんですね」
「はい」
「セレナ様の六歳時の測定記録に、『測定上限超過・要再検査』と残されておりましてな」
オスカーが懐かしむように目を細める。
「進路を具体的に考え始める十歳になったため、再検査を兼ねた視察へ赴いたのです」
「最初は、魔力量を測られました」
「ええ。私も、それだけで終わるものと思っておりました」
オスカーの声に、少しだけ疲れた響きが混じる。
「ですが、指定した魔力操作を次々と、ほとんど誤差なくこなされましてな」
「簡単な操作でしたから」
「十歳の子供が独学で三つの魔力を別々の速度で動かし、一つだけ圧縮しながら残り二つの密度を維持することを、世間一般では簡単とは申しません」
「世間では、そうみたいですね」
「セレナ様も、普通の感覚がわかるようになられたのですな」
思わず吹き出しそうになった。
だが、オスカーの昔話はまだ終わらないらしい。
「そのうえ、初級魔法を一つ使っていただこうとしたところ、当然のように無詠唱で発動されました」
「心内詠唱です。今のレインとは違います」
「十歳としては、それでも十分異常でございます」
「……確かに」
完全無詠唱を知った後では霞んでしまうが、十歳で無詠唱を独学で身につけていた先生も十分おかしい。
「そして検査の最後には——」
オスカーがそこで、一度言葉を切った。
「私の学院時代の卒業論文を読んだことがある、と言い出されました」
「ああ」
セレナも思い出したらしい。
「水系術式の効率化についての論文ですね」
「そして、関連書物のページ数まで覚えておられました」
「二百七十三ページです」
「そこまで今も覚えておられるのですか……」
オスカーが額へ手を当てる。
「しかも、視察対象だった十歳の少女から、自分の卒業論文の改善案まで示されるとは思っておりませんでした」
「欠陥を指摘したわけではありません」
「ええ」
「共通処理を一つにまとめれば、もう少し効率化できると提案しただけです」
「それを改善案と申すのです」
「そうですね」
「そうなのです」
二人のやり取りが妙に可笑しい。
「先生、昔から本当に変わらないんですね」
つい口にすると、セレナの紫の瞳がこちらへ向いた。
「……明日の課題を増やしますよ」
「すみません」
危ない。
話を戻そう。
「でも、僕の場合は学院から直接来るんですよね?」
「少し違います」
セレナの表情から、昔話の柔らかさが消えた。
「私があなたの監督者になって以降、教育・監査記録は定期的に魔法省へ提出しています」
五属性の習得状況。
魔導階梯の取得段階。
魔力操作。
完全無詠唱。
魔力視。
魔力量の推移。
研究成果。
それだけではない。
三年前の第二級魔獣災害。
風喰狼の魔力の流れを観測し、その攻撃機構を明らかにしたこと。
そこから、《風喰砲》の開発へつながったこと。
そして、先日の東部合同演習。
「合同演習で起きた事故についても、領軍と他領の参加部隊から正式な報告が上がっています」
「アストリア領からは、私が自身で報告を書き提出した」
とレオン。
土砂の重さが、掌に蘇る。
地中に閉じ込められた六人。
二度目の崩落。
俺が作った岩壁。
そして——。
『助かりました』
泥だらけの兵士の声。
「重要なのは、それらがすべて別々の経路から上がった記録だということです」
セレナが続ける。
「私の監査報告。領軍の災害記録。魔導具の技術登録資料。合同演習に参加した他領からの報告」
「……全部に、僕がいる?」
「はい」
セレナが頷いた。
「しかも、書かれている内容が普通ではありません」
普通じゃないセレナに言われると、少し複雑だ。
「だから、特別選抜評議会が判断したのでしょう」
セレナの紫の瞳が、まっすぐ俺を見る。
「書類だけで評価を続ける段階ではない。一度、学院側が実際にレインを見ておくべきだ、と」
胸の奥が僅かに跳ねた。
中央魔法学院が、俺を見に来る。
セレナの報告だけを信じたわけではない。
いくつもの別々の記録を照合して、直接見る必要がある。
そう判断された。
どうしても、嬉しいと思ってしまった。
「ただし」
レオンの低い声が落ちた。
顔を上げる。
「今回は、学院の人間だけではない」
「というと?」
「軍務省と魔法省からも、一人ずつ同行する」
先ほどのセレナの「少し」違うとは、このことか。
だが、軍務省と魔法省の人間が同行すること自体は、不思議ではない。
魔法省は学院を所管している。
軍務省も、第二級魔獣災害や合同演習での記録を持っているだろう。
しかし、セレナの表情は少しだけ硬い。
「何か問題があるんですか?」
レオンとセレナが、一瞬だけ視線を交わす。
先に答えたのはレオンだった。
「軍務省から来る男は、ヴァレリウス家の分家出身だ」
「ヴァレリウス家……」
帝国三大公爵家。
ヴァレリウス家、セリウス家、メルヴィン家の一つ。
帝国の軍事を担い、軍務省の後ろ盾となっている家だ。
「もう一人は、セリウス家の推薦で魔法省に入った魔導師です」
セリウス家。
帝国の魔法を管理し、魔法省を支援している家。
セレナが続ける。
「彼は、魔導工学を専門にしています」
建国以来、帝国の軍事と魔法を支えてきた二つの大貴族。
「……僕を見に来るんですよね?」
「ああ」
「学院に入れるかを見るために?」
「学院側はな」
レオンの言葉に、僅かな引っかかりがあった。
「では、二人は?」
少しの沈黙。
「お前自身を見に来る」
今度は意味が分かった。
「……囲い込みと観察、ですか」
「言葉は悪いが、そう考えておけ。」
レオンは否定しなかった。
優秀な人間を早いうちに見つけ、恩を売り、関係を築く。
メルヴィン家が以前から行っていることと、根本は同じだ。
そこで、ふと気づいた。
「そういえば、メルヴィン家からは誰も来ないんですね」
オスカーの眉が、ほんの僅かに動いた。
レオンが短く答える。
「来る必要がないのだろう」
「え?」
「……あの家は、こういう席へ顔を出してから動く家ではない」
それだけだった。
けれど。
これまでに接触してきたメルヴィン家の人間。
母様。
セレナへ学院進学の道を用意したこと。
思い返せば、あの家はもう、ずっと前から俺たちの近くにいる。
今さら視察団に人間をねじ込む必要などない。
そういうことなのだろう。
「それで、レイン」
セレナが俺を見る。
「三日後は、実力を出しすぎないでください」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が出た。
「わざと失敗するんですか?」
「違います」
即答された。
「聞かれたことにだけ答えてください」
「同じでは?」
「違います」
今度は少し強く言われた。
セレナが人差し指を立てる。
「指定出力を求められたなら、指定された量だけ。五属性を求められたなら、五属性だけ。詠唱を指定されたなら、詠唱する」
「完全無詠唱は?」
「必要がなければ使わない」
「最大出力は?」
「出さない」
「複数魔法の並列操作は?」
「求められなければ見せない」
全部じゃないか。
俺の顔に出ていたらしい。
セレナが小さく息を吐く。
「レイン。能力が高いこと自体は、悪いことではありません」
紫の瞳がまっすぐ俺を見る。
「ですが、力は見せた瞬間から、あなた一人の問題ではなくなります」
その言葉に、少しだけ背筋が伸びた。
「欲しがる者が出てくる」
レオンが続ける。
「善意であっても、悪意であってもな」
軍。
魔法省。
学院。
公爵家。
これまで俺にとって魔法は、先生と研究するものであり、父様や領民を守るためのものだった。
けれど。
俺の力を、別の価値として見る人間もいる。
「分かりました」
俺は頷いた。
「必要以上には見せません」
レオンが小さく頷く。
セレナも、僅かに表情を緩めた。
この時の俺は。
その約束を、最後まで守るつもりだった。
***
三日後。
アストリア邸の正門前に、三台の馬車が止まった。
先頭の馬車から降りてきたのは、一人の女性だった。
五十代半ばほどだろうか。
灰色がかった金髪を後ろでまとめ、細い銀縁の眼鏡を掛けている。
胸の左側には、開かれた書物と塔を意匠化した銀製記章。
帝国中央魔法学院の教員章だ。
そして、その下にはもう一つ。
中央に紫銀の魔晶石が嵌められた、王冠を戴く八芒星の銀製記章。
こちらは学院のものではない。
帝国魔導師であることを示す記章だ。
「帝国中央魔法学院、術式構造学研究室主任兼、特別選抜評議会議長——マルティナ・エーベルハルトです」
女性はレオンへ一礼した。
「このたびは急な視察を受け入れていただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、遠路ご苦労だった」
レオンと挨拶を交わしたあと、マルティナの視線がセレナへ向いた。
眼鏡の奥の目が柔らかくなる。
「久しぶりですね、セレナ」
「お久しぶりです、マルティナ先生」
俺は二人を見比べた。
「知り合いなんですか?」
「セレナが学院に入学した頃、私が研究室を預かっていました」
マルティナが答える。
「知り合いというより——」
少し考え。
「授業が終わるたびに研究室へ入り浸っていた学生と、その部屋の責任者ですね」
「入り浸ってはいません」
即座にセレナが訂正する。
「研究室の使用許可は頂いていました」
「閉室時刻になっても帰らず、研究員より早く次の日も来ている学生を、世間では入り浸っていたと言うのです」
「途中だったので」
「毎回そう言っていました」
マルティナが楽しそうに笑う。
「十二歳の一年生へ研究室の机を一つ渡したのは、後にも先にもあなたくらいですよ」
「空いていたのでしょう?」
「空けたのです」
「……そうでしたか?」
「今知った顔をしないでください」
先生が僅かに視線を逸らした。
完全に押されている。
「でも、どうして一年生の先生を研究室に入れたんですか?」
俺が尋ねると、マルティナは少し考えた。
「追い出す理由がなかったからです」
「理由?」
「学院には、同じ課程を与えれば順調に伸びる学生が大勢います」
一度、セレナを見る。
「けれど、たまにいるのですよ」
口元が少し緩む。
「平均へ合わせようとすると、むしろ才能を潰してしまう学生が」
セレナが黙る。
「そういう学生には、枠を広げる方がいい」
そして今度は、マルティナの視線が俺へ向いた。
「あなたがどちらなのか。今日は、それも見に来ました」
その言葉に、わずかな高揚を感じた。
二台目の馬車から、男が一人降りてくる。
二十代後半だろうか。
柔らかな緑色の髪。
細身で、軍人というより研究者に見える。
胸には魔法省の記章。
そして、その上に王冠を戴く八芒星。
帝国魔導師だ。
「魔法省魔導具工学局、ノア・ローヴェルです」
男は軽く片手を上げた。
「よろしくお願いします」
ずいぶん気さくだ。
そして次の瞬間。
「ところで、《風喰砲》の原型機って本当に今日見せてもらえるんですよね?」
挨拶より先にそっちなのか。
「ノア」
マルティナが咎めるように名前を呼ぶ。
「分かっています。仕事もします」
そう言いながら、全然反省していない顔だった。
「《風喰砲》のことは、中央でも知られているんですか?」
俺が尋ねる。
「名前と概要だけは」
ノアが答える。
「今はまだ、セレスタ州内限定の暫定的な流通でしたよね?」
「はい、そのはずです」
俺は頷いた。
星霊花祭でも、領都の工房が花を乾かすために実際に使っていた。
「だから、正式な帝国共通規格にはまだ登録されていません」
ノアが指を一本立てる。
「新型魔導具は、基本的に、州内で一定期間の耐久試験と事故記録の確認が済んでから、現物を中央へ提出して本審査に入ることになっています」
「つまり、中央にはまだ?」
「安全試験の数値と、低出力型の簡略構造図だけです」
もう一本、指を立てる。
「しかも肝心の二重風路と合流部は、共同研究成果の権利登録が終わっていないので詳細非公開」
ノアが、にやりと笑った。
「私は資料に『二本の風路を合流』としか書かれていない図を何度見せられたと思います?」
「知りません」
「七回です」
なぜ数えた。
「領内ではもう使われているのに、中央の技術官が実物を見られない。酷い話でしょう?」
「規則どおりです」
セレナが淡々と返す。
「分かっていますよ」
ノアが肩をすくめる。
「だから、今日を楽しみにしていたんです」
どうやら、かなりの魔導具好きらしい。
そして。
最後の馬車から降りてきた男を見た瞬間。
空気が少し変わった。
ノアと同じくらいの年。
背が高い。
短く整えられた濃い銀髪。
軍服の上からでも分かるほど鍛えられた身体。
腰には、細身の黒い軍杖。
胸元には軍務省の記章。
その上には、ノアと同じ八芒星。
そして。
何より目を引いたのは、その瞳だった。
暗い紅。
燃える炎のような鮮烈さではない。
光の少ない場所で見る紅玉のような、深い赤色。
「軍務省魔導戦術局、カシウス・ヴァレリウス」
男は名乗った。
「よろしく頼む」
簡潔だった。
こちらを見る赤い瞳には、笑みがない。
俺も頭を下げる。
「レイン・アストリアです。本日はよろしくお願いします」
すると。
カシウスの視線が、俺の足元から顔へと上がった。
それだけだった。
(……あまり歓迎されてないな)
それだけは、よく分かった。
***
臨時試験は、屋敷の屋外訓練場で行われた。
最初は魔力量制御。
机の上には、透明な水晶柱。
流し込んだ魔力量によって内部の目盛りが光る。
「二十」
マルティナが言う。
水晶へ手を置く。
魔力を流す。
二十。
光が止まる。
「四十」
四十。
「七十五」
七十五。
「もう一度、二十」
二十。
マルティナが記録用紙へ何かを書き込む。
「誤差はほぼなし」
横から覗いていたノアが、感心したように口笛を吹きかけ。
マルティナに見られてやめた。
「十一歳ですよね?」
ノアが言う。
「はい」
「ミレイユ教授。普段も?」
「今日は少し緊張しています」
先生。
余計なことを言わないでほしい。
マルティナが眼鏡越しに俺を見る。
「……似ていますね」
「誰にですか?」
「十二歳の頃のセレナに」
「私はもう少し正確でしたが」
「張り合わなくていいです」
マルティナが即座に切った。
次は属性変換。
火。
水。
風。
雷。
土。
指定された順に、掌の上へ小さな魔法を作る。
すべて詠唱した。
最大出力ではない。
完全無詠唱も使わない。
要求されたことだけを、正確に。
「五属性すべて安定」
マルティナが記録する。
「属性切り替えの遅延もほとんどありませんね」
ノアは楽しそうだ。
対照的に、少し離れた場所で腕を組むカシウスは、ほとんど反応を示さなかった。
「次。連続制御」
訓練場の先へ、十枚の円形標的が並べられる。
「同一出力の《風弾》を十発。中央へ」
「はい」
一発。
二発。
三発。
十発。
中心へ、小さな痕が十個並ぶ。
マルティナが確認する。
「出力差は極小。着弾もほぼ中央」
「綺麗ですねえ」
ノアが感心する。
その時。
「射撃場なら、だろう」
低い声が落ちた。
カシウスだった。
マルティナが振り返る。
「カシウス魔導師」
紅の瞳と、視線が一瞬だけ合う。
やはりこの人は、俺を高く評価していない。
なぜなのか。
少しだけ気になった。
***
最後は、研究に関する聞き取りだった。
屋敷の研究用の小部屋に移動する。
机の上には、《風喰砲》の原型機。
現在、領内で使われている低出力型より無骨で、大きい。
扉を開けた瞬間。
「おお……」
ノアの声が漏れた。
完全に目が輝いている。
「これが……」
原型機へ近づく。
「触っていいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
さっきまでより声が一段明るい。
管の接合。
魔晶石。
内部風路。
横から覗き、しゃがみ、反対側へ回る。
「本当に二本ある……」
その呟きに、妙な感動がこもっている。
「資料では、合流部とか大事な部分が黒塗りだったんですよ」
「権利審査中なので」
セレナが答える。
「分かってます」
ノアがこちらを向く。
「だから今日まで我慢しました」
大人が言う台詞なのだろうか。
「最初から、この角度だったんですか?」
二本の風路を指す。
「いえ」
首を横へ振る。
「最初は正面からぶつけました」
「結果は?」
「壊れました」
一瞬、ノアが止まる。
それから。
「最高ですね」
「壊れたんですけど」
「それがいいんですよ」
満面の笑みだった。
「壊れた原因を調べ、次の試作で構造を変えた。研究記録としては、最初から成功しましたより百倍信用できます」
「百倍は言いすぎでは?」
「気分としてはそのくらいです」
ちょっとおちゃらけている。
でも、装置を見る目は本気だった。
「では、なぜこの角度に?」
「風喰狼の風嚢を観察した時、左右の流れが正面から衝突していなかったからです」
俺は紙を取り、簡単な図を描く。
「二本とも一度、同じ方向へ曲がってから合流していました」
「だから先に流れの向きを揃えた」
「はい」
ノアの表情が変わる。
さっきまでの軽い笑みが消え。
図へ顔を近づけた。
「……なるほど」
数秒。
俺を見る。
「マルティナ教授」
「何です?」
「この子、本当に十一歳?」
「戸籍上は」
「そういう意味じゃないです」
俺も少し笑う。
その時だった。
「それが何になる」
低い声が落ちた。
カシウスだった。
「魔導具として価値があることは認める」
壁から身体を離し、こちらへ歩いてくる。
「制御も優秀だ。五属性も扱える」
俺の前で止まる。
「だが、軍は綺麗な数値だけでは兵を帰せない」
ノアの眉が僅かに上がった。
「またそれ?」
「またとは何だ」
「学院時代から変わらないなと思って」
二人の距離感が、少し分かった気がした。
カシウスは俺を見る。
「第二級魔獣災害」
「東部合同演習の事故」
「報告書には、お前が実戦で大きな働きをしたとある」
「事実です」
セレナの声が冷える。
「疑ってはいない」
カシウスは答えた。
そして。
赤い瞳が少し細くなる。
「ただ一つ。報告書を読んでも、俺にはまだ信じきれないものがある」
「何ですか?」
「魔力が見える、という話だ」
胸の奥が僅かに動いた。
「見えているそうだな」
「はい」
「魔力の流れまで?」
「見えます」
「……そうか」
短い返事。
けれど。
その目にはまだ、疑いが残っていた。
やがて、カシウスは腰の黒い軍杖へ手を置いた。
「なら——」
低い声が、研究室へ落ちる。
「俺と一度、戦ってみろ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
感想や評価などをいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。
次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。




