第三十話「東部合同演習」
角笛の音が、駐屯地に響き渡った。
兵士たちが部隊ごとに分かれ、正門から続々と演習地へ出ていく。
槍と盾を持つ兵士。
負傷者役を運ぶ救護班。
食料や武器に見立てた荷を積んだ馬車。
その間を、各部隊の旗が進んでいく。
俺も護衛の兵士とともに、演習地へ出た。
演習地は、東側の街道と低い丘陵を含む広い一帯だった。
森から現れた魔獣が第一防衛線を突破した、という想定らしい。
兵士たちは避難民役と物資を守りながら後退し、丘の向こうに設けられた第二防衛線を目指す。
剣や槍は刃を潰した訓練用。
攻撃魔法を人へ向けることも禁じられている。
「レイン様はこちらへ」
担当の兵士に案内され、街道脇へ白い石灰で引かれた線の前に立つ。
俺が参加を許されているのは、最初の防壁構築だけだ。
その後は丘の上の観覧場所へ移り、演習を見ることになっている。
線の前には、俺を含めて四人の魔術兵が並んでいた。
隣に立つ男は、俺の倍以上の年齢に見える。
外套から、他領の兵士であると分かった。
厚い革手袋をはめ、杖ではなく素手を地面へ向けていた。
「レイン様と一緒に、壁を作る日が来るとは思いませんでした」
「僕のことをご存じなんですか」
「東部で知らぬ者はおりません。魔力の流れを目で見られる若君がいる、と」
男は声を潜める。
「本当は、どこまで見えるのです?」
「色と、流れる方向です。魔法によっては、圧縮されている場所も分かります」
「それは、信じられませんな」
「今日は隣で、噂が本当か確かめさせていただきます」
男が笑った。
四人で作るのは、街道を横切る一枚の防壁だ。
使うのは、中級土魔法の《岩壁》。
一人ずつ、横幅五メートル、高さ三メートルほどの区画を担当する。
四人分をつなげれば、街道とその両脇を塞ぐ、全長二十メートルほどの防壁になる。
だが、壁と壁の間に隙間ができれば、魔獣役の兵士に突破される。
逆に位置が重なりすぎても、修正に余計な魔力と時間を使うことになる。
少し離れた場所で、監督役の魔術兵が片腕を上げた。
「各員、準備!」
俺は膝をつき、右手を地面へ触れた。
胸の奥にある魔力を意識する。
無色に近い光が、身体の内側を巡り、肩から腕へ下りていく。
普段の訓練なら、このまま声を出さずに発動できる。
だが、今日は四人で発動の時機を揃えなければならない。
詠唱は、術式を組み上げるためだけのものではない。
どこまで準備が進んでいるのかを、隣の術者へ伝える合図にもなる。
「始め!」
四人の声が重なった。
「大地よ、我が声に応えよ」
腕へ集めた魔力を地面へ流す。
俺の目には、淡い琥珀色の光が土の粒の間へ広がっていくのが見えた。
広がりすぎないよう、石灰で示された区画の内側へ形を整える。
「重なり、固まり——」
地中の魔力が密度を増していく。
細かな砂と小石が引き寄せられ、互いの隙間を埋める。
足元から、低い振動が伝わってきた。
隣の術者から流れ込む光も見える。
左側は、境界を僅かに越えている。
右側は、こちらまで指二本分ほど届いていない。
それを見て、少し戸惑った。
どちらも魔法を失敗しているわけではない。
魔力制御は、安定はしている。
出力も問題ない。
だが、彼らは軍の兵士で、立派な魔術兵だ。
(それでも——)
俺の目には、その僅かなずれがはっきりと見えた。
左を狭め、余った流れを右へ回した。
四人分の琥珀色の光が、地中で一本につながる。
「立ちはだかる壁となれ!」
地面が持ち上がった。
最初に、土の稜線が一直線に現れる。
次の瞬間、それが押し上げられるように高さを増した。
土の中から灰褐色の岩がせり出す。
ばらばらだった石が重なり、圧し固められ、一枚の壁へ変わっていく。
ゴゴゴ、と重い音が響いた。
土煙が上がり、細かな砂が頬へ当たる。
やがて煙の向こうに、街道を横切る岩壁が現れた。
四人で作ったとは思えないほど、継ぎ目が揃っている。
「完了!」
監督役の声が響く。
少し離れた場所から、赤い布を腕へ巻いた魔獣役の兵士たちが走ってきた。
壁の正面へは衝突せず、隙間や低い箇所を探して左右へ散る。
だが、抜けられる場所はなかった。
隣の魔術兵の男が、壁の継ぎ目へ手を当てる。
「隣の魔力を見ながら、こちらの不足まで埋めていましたな」
男が感心したように岩壁を見上げる。
「噂は、本当でした」
「正しい内容だけ広めてくださいね」
「善処しましょう」
男が笑う。
俺も笑い返しながら、出来上がった岩壁を見る。
これまで俺が自分と比べてきた魔導師は、思えばセレナだけだった。
セレナには、今の俺では到底敵わない。
だから、自分はまだ大したことがないと、どこかで思っていた。
けれど——。
今隣にいたのは、訓練を受けた魔術兵だ。
彼らと比べても、俺の魔力操作は明らかに劣っていなかった。
むしろ、精度だけなら俺のほうが——。
そこで、考えるのをやめた。
一度並んだだけで、力量のすべてが分かるわけではない。
ただ。
(……俺は、思っていたより遠くまで来ているのかもしれない)
そんな考えが、初めて胸の中に落ちた。
丘の上から、次の角笛が鳴った。
防壁構築の役目は終わりだ。
俺は魔術兵たちへ頭を下げ、護衛のもとへ戻った。
***
丘の上からは、演習地の大部分を見渡せた。
レオンは軍旗の近くに立ち、各所から届く報告を聞いている。
何百人もの兵士が動いているのに、レオン自身が声を張り上げる場面はほとんどない。
届いた情報を聞き、短く命令を返す。
それだけで、離れた場所にいる部隊の進む方向が変わっていく。
避難民役は街道を西へ進み、その両側を盾を持った兵士が守っている。
物資を積んだ馬車も、その後ろに続く。
途中で、丘の中腹に立つ判定役が黄色い旗を上げた。
「東街道、通行不能!」
木材で作られた障害物が運び込まれ、先頭の道を塞ぐ。
さらに、赤い煙が上がった。
近くの草地で火災が起きた、という想定らしい。
避難民役の列が止まる。
後ろの荷馬車が詰まり、兵士たちの声が重なった。
一人の指揮官が、前方にある小さな砦へ部隊を集めようとする。
砦には物資が残されている。
そこを守れば、態勢を立て直せると考えたのだろう。
しかし、レオンは砦の放棄を命じた。
「物資も置いていくのですか」
俺の言葉に、隣の護衛が頷く。
「砦へ入れば、出口は一つになります。後ろから囲まれれば、避難民まで動けなくなるでしょう」
砦を放棄したことにして、その間に素早く避難民役と荷馬車を南の細い道へ移す。
砦も、物資も守らない。
それでも、人は前へ進んでいく。
三年前、魔獣災害で学んだ。
何もかも守れないときは、誰を、どこから助けるのかを選ばなければならない。
レオンは砦を失うことで、人が帰るための道を残していた。
南へ回った部隊が、第二防衛線へ近づく。
複数の魔術兵が横一列に並び、一斉に詠唱を始めた。
土の防壁。
その表面へ水を含ませ、崩れにくくする魔法。
赤い煙を街道から遠ざける風。
琥珀色、青、銀白。
異なる色の魔力が重なり、大きな防衛線を形作っていく。
一人の圧倒的な魔法ではない。
それぞれが自分の場所を受け持ち、全体を支えている。
避難民役の先頭が、防衛線の内側へ入った。
あと少しで、演習は終わる。
観覧場所から百メートルほど先。
丘の斜面の下には、救護班が待機する白い天幕がある。
ふと、その丘の斜面を、濃い魔力の光が走った。
次の瞬間だった。
ドンッ!
丘から、鈍い音が響いた。
演習用の太鼓でも、魔法の音でもない。
地面そのものを、下から強く叩いたような音だった。
続いて茶色い土煙が上がる。
「崩れたぞ!」
誰かが叫んだ。
斜面が大きく崩れ、救護用の天幕が土煙の中へ消えた。
長く、低い角笛が三度鳴った。
演習中止の合図だった。
***
「全軍、演習中止!」
レオンの声が、丘陵に響いた。
「工兵と救護班は崩落地点へ! ほかの部隊は街道を空けろ!」
演習中だった兵士たちが、一斉に動きを変える。
観覧場所から崩落地点までは、百メートルほど。
崩れたのは、街道の先にある高い斜面だった。
斜面の中央が、横に広くわたって剥がれ落ちている。
流れ落ちた土砂は裾野のように広がり、斜面の下に置かれていた救護用の天幕を埋めていた。
白い布の端と、折れた支柱の先だけが土の中から突き出している。
崩れる直前。
俺は、地面の奥を走る濃い魔力の光を見た。
属性を持たない魔力。
誰かが魔法を使った様子はなく、流れも人間が扱えるものとは比べものにならないほど大きかった。
何なのかは、分からない。
だが今は、それを考えている場合ではなかった。
(助けなきゃ)
丘を駆け下りようとして、護衛の兵士に肩を掴まれた。
「レイン様、ここでお待ちください」
足が止まる。
「……すみません」
これは演習ではない。
本物の事故だ。
勝手に動いてはいけない。
でも——。
「土の中に人がいるなら、俺の魔力視が役に立ちます」
「しかし——」
「勝手には入りません。父様の許可を取ります」
兵士の制止を振り払い、道を下る。
現場へ着くと、細かな土が今も斜面から滑り落ちていた。
「天幕にいた者は!」
バルドが叫ぶ。
「救護班が四名! 物資を運んでいた兵が二名です!」
「呼びかけには!」
「六名とも返事があります! 一名が脚を挟まれています!」
全員、生きている。
工兵たちは土砂の正面へ長い棒を差し込み、埋まった天幕の位置を確かめていた。
だが、天幕の上には二メートル近い土が積もっている。
正面から掘れば、頭上の土が掘った穴へ流れ込む。
「父様」
俺が声をかけると、レオンが振り返った。
「土へ魔力を流せば、空洞や亀裂の位置を調べられます。掘る場所を決める助けになるはずです」
「ここから届くか」
「斜面の近くで、土に直接触れる必要があります」
レオンが崩れた斜面を見る。
「バルド」
「土砂の右端なら、崩れた量が少なく、足場も残っています。工兵を一人つけます」
「分かった」
レオンの視線が俺に戻る。
「レイン。指定された場所から動くな。見えたものは、必ずバルドへ伝えろ」
「はい」
工兵に案内され、土砂の右端へ回る。
埋まった天幕の中心からは、横に少し離れた位置だ。
崩れた斜面まで数メートル。
俺はそこで膝をつき、右手を地面へ押し当てた。
掌から、僅かな魔力を流す。
淡い琥珀色の光が、土の粒の間へ広がっていく。
土がつながっている場所では、光もそのまま先へ進む。
空洞にぶつかると、そこで途切れる。
石や木材に当たれば、その表面を回り込む。
地面の下に、崩れた天幕の形が浮かび上がる。
屋根の半分は押し潰されている。
だが、右側には、地面との間にわずかに空間が残っていた。
その中で、人の身体を巡る魔力が六つ、寄り集まるように感じられる。
「見えました」
バルドが隣へしゃがむ。
俺は左手の指で、目の前の地面へ天幕の形を描いた。
「天幕は、この先十メートルほどの場所です。右半分に空間が残っていて、六人ともそこにいます」
「正面から掘れるか」
「危険です」
天幕の上を走る太い影を指でなぞる。
「折れた支柱が、斜めに倒れています。その上に土が乗っています。正面から掘って支柱を動かせば、残っている空間まで潰れます」
工兵が棒を深く差し込み、手応えを確かめた。
「……あります。太い木材です」
「左側には亀裂が多いです。ですが、右側の土はまだ固まっています」
俺は描いた天幕の右端から、斜めに線を引いた。
「ここから三メートルほど掘れば、空間の端へ出られます。支柱にも触れません」
バルドが立ち上がる。
「聞いたな! 右から斜めに掘り進め! 二人一組、交代しながら掘れ!」
「はっ!」
工兵たちが土砂の右端に集まった。
一人が小さなシャベルで土を崩し、もう一人が籠に入れて後ろへ渡す。
掘削口が少し開いたところで、魔術師が手を向けた。
「細き風よ、道をたどり、閉ざされた場所へ巡れ!」
淡い白銀の光が細い風となり、土の隙間へ流れ込んだ。
俺の魔力視には、その風が掘削口を通り、天幕の内側まで届くのが見えた。
「風は届いています」
「中の者へ伝えろ! 右側から掘り進んでいる! 支柱には触れるな!」
兵士が掘削口へ顔を近づけ、大声で呼びかける。
土の向こうから、弱い返事が聞こえた。
工兵たちが掘り進む。
穴が一メートル。
二メートル。
少しずつ、天幕の中へ近づいていく。
俺は掌を地面につけたまま、周囲の亀裂を見続けた。
掘削口の上。
細かった黒い線が、ゆっくり太くなった。
「止めてください!」
工兵たちの手が止まる。
直後、掘削口の上から小石がぱらぱらと落ちた。
「穴の右上です。亀裂が広がっています」
工兵が中を覗き込む。
「このままでは、掘った穴が潰れます。だが、木の支柱を入れるには狭すぎる」
「僕が支えを作ります」
レオンを見る。
レオンは亀裂と掘削口を確かめ、短く頷いた。
「やれ」
俺は土へ触れたまま、詠唱を始める。
「大地よ、重なり、固まり——」
亀裂の下へ琥珀色の魔力を集める。
土と石を圧し固め、掘削口の天井へ向けて斜めに伸ばす。
「その身を支える楔となれ」
ゴッ、と低い音が鳴った。
掘削口の内側に、三角形の岩がせり出す。
斜めに伸びた岩の楔が、亀裂を下から支えた。
広がりかけていた黒い線が止まる。
「今です」
「掘れ!」
工兵たちが再び動き出した。
穴を斜めへ伸ばしていく。
やがて、シャベルの先が土ではなく、白い布を突き破った。
「天幕に着いたぞ!」
工兵が穴を広げる。
破れた布の向こうから、土にまみれた手が伸びてきた。
「一人目、出ます!」
物資を運んでいた兵士が、這うように穴から出てくる。
続いて、二人目。
三人目。
穴の外へ出るたび、待機していた救護兵が肩を支え、安全な場所へ運んでいく。
五人目が救出された。
残る一人は、脚を支柱に挟まれている。
工兵が天幕の中へ入り、支柱の片側を持ち上げた。
「今だ、引け!」
救護兵が負傷者の身体を引き寄せる。
天幕から掘削口へ。
掘削口から外へ。
担架に載せられた男が、土砂の中から運び出された。
「六名、全員救出!」
周囲から歓声が上がった。
工兵たちが、掘削口を木の支柱で補強し始める。
「レイン様、もう大丈夫です!」
俺は地面から右手を離した。
土の中へ流していた琥珀色の光が消える。
ようやく肩から力が抜けた。
担架を持った四人の兵士が、斜面の右側に設けられた退避路へ向かう。
これで、六人とも助かった。
(よかった……)
直後。
地面の奥を、再び濃い魔力の光が走った。
俺が流した魔力ではない。
先ほど、斜面が崩れる直前に見えたものと同じ光だった。
「また、あの光が——」
何なのかは分からない。
だが、光が斜面の奥へ入った瞬間。
パキンッ。
乾いた音が、頭上から響いた。
斜面の上部。
最初の崩落で残っていた土の一部に、横一文字の亀裂が走る。
「上が崩れる!」
幅十メートルほどの土が、斜面から剥がれた。
その先には、退避中の担架と救護兵たちがいた。
「走れ!」
だが、負傷者を載せた担架では間に合わない。
考えるより先に、体が動いた。
俺は膝をつき、地面へ右手を叩きつけた。
詠唱する時間はない。
感知。
循環。
移動。
圧縮。
分割。
出力。
変質。
必要な魔力操作を、一つに重ねる。
琥珀色の光が掌から扇状に広がり、担架と斜面の間へ集まった。
地面が隆起する。
厚い岩壁が、斜面へ向かって傾きながらせり上がった。
担架と救護兵たちを覆い隠すように、退避路を塞ぐ。
直後。
ドンッ!
滑り落ちた土砂が、岩壁へ激突した。
地面が大きく揺れる。
岩壁の上から土と小石が噴き上がり、周囲へ降り注いだ。
壁の表面へ細い亀裂が走る。
まだだ。
崩れれば、人が死ぬ。
魔力を無理やり流し込む。
腕が焼けるように痛い。
それでも——。
岩壁がさらに大きく、厚くなる。
低く軋んだ。
だが——崩れなかった。
「担架を下げろ!」
バルドの声が飛ぶ。
兵士たちが担架へ集まる。
全員で、斜面から離れた安全な場所まで退く。
最後の一人が離れた直後、壁の向こうで土砂がもう一度崩れた。
重い音が響く。
周囲が静まり返る。
朝、一緒に《岩壁》を作った魔術兵が、俺の手元を見ていた。
「今の魔法……詠唱をしていませんでしたな」
「……はい」
「頭の中では?」
「……心内詠唱もしていません。魔力操作を直接実行しました」
男の目が見開かれる。
「噂の、完全無詠唱……」
バルドが、土砂を受け止めた岩壁を見上げる。
「東部の噂が、また一つ増えそうですな」
「できれば、正しい内容でお願いします」
「今見たままを話しても、誰も信じないでしょう」
周囲から、小さな笑いが漏れた。
張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
担架の上の兵士が、泥だらけの顔をこちらへ向けた。
「レイン様」
掠れた声だった。
「助かりました」
俺は軽く頷いた。
「無事で、よかったです」
本当によかった。
心の底からそう思った。
けれど、兵士から目を離した後。
自分が作った巨大な岩壁に、もう一度視線が向いた。
(……俺、こんなのできたんだな)
もし、俺がここにいなかったら。
兵士たちは、助かっていたのだろうか。
***
日が傾く頃には、崩落現場の周囲に立入禁止の杭が打たれていた。
調査した魔術兵によれば、地脈の活性化で地中の魔力が急に高まり、その流れが浅い地層を押し動かしたらしい。
俺が見た、斜面が崩れる直前に通った二度の魔力の光は地脈の魔力だったのだ。
脚を挟まれていた兵士は骨にひびが入っていたが、命に別状はないという。
演習の参加者たちは駐屯地へ戻り、中央広場に集まった。
勝敗の発表はなかった。
本物の事故が起きた時点で、演習は終わっていたからだ。
他領の指揮官たちも、レオンの周囲へ集まっている。
「救助できたのは、現場にいた者がそれぞれの役目を果たしたからだ」
レオンは、並んだ兵士たちへ言った。
「崩落を知らせた者。風を送った者。土を掘った者。負傷者を受け取った者。どれが欠けても、全員は帰らなかった」
バルドが一歩前へ出る。
「加えて、レイン様が空洞と亀裂を見つけ、二度目の崩落を止めてくださいました。誤った場所を掘っていれば、結果は大きく違っていたでしょう」
兵士たちの視線が、俺へ集まった。
少し居心地が悪い。
だが、目を逸らさずに立っていると、救出に加わった工兵が拳を胸へ当てた。
隣の兵士も同じ動きをする。
一緒に《岩壁》を作った他領の兵士も。
救助に加わった者たちが、一人、また一人と拳を胸に当てていく。
金属の胸当てを叩く、低い音が重なる。
胸の奥が熱くなった。
俺も右の拳を胸へ当て、頭を下げた。
報告が終わり、兵士たちが片づけに散っていく。
俺は軍旗のそばに立つレオンへ近づいた。
「父様。今日の演習は、失敗だったのでしょうか」
砦は捨てた。
事故も起きた。
予定していた最後の工程まで、演習は進んでいない。
レオンは、負傷者を乗せた馬車が門を出ていくのを見送った。
「演習は、崩落が起きた時点で終わった」
風が吹き、頭上の軍旗が揺れる。
「あそこから先に、勝ちも負けもない」
レオンが旗を見上げた。
「大事なのは、必ずしも勝つことではない。互いに背を預け、助け合い、一人でも多くの兵士と領民を無事に帰すことだ」
命令を決める者。
現場で動く者。
それぞれが互いを信じ、自分の役割を果たす。
レオンの言うとおりだった。
俺一人では、六人を助けられなかっただろう。
土の中が見えても、掘る工兵がいなければ意味がない。
空気を送る魔術兵も、負傷者を運ぶ救護兵も必要だった。
一人でできることには限界がある。
——でも。
それなら、逆にこうも言えるんじゃないか。
俺がいなければ。
土の下の空間も、支柱も、二度目の崩落も、あれほど早くは分からなかった。
今日、皆がそれぞれの力を持ち寄ったから六人を助けられた。
それは間違いない。
なら。
その中の一人が、今より多くのことをできたなら。
救えるものも、もっと増えるんじゃないだろうか。
頭上では、軍旗が大きく翻っている。
駐屯地の柵の向こうでは、鮮やかな赤の星霊花が夕日を受けて静かに揺れていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。




