第二十七話「風喰砲」
「……詳しく聞かせてください」
「はい」
俺は完成した図を指す。
「魔道具も、内部に刻まれた術式が使用者の代わりに魔力を操作するんですよね?」
「そうですね」
「なら、風嚢が行っているような変質と圧縮の機構を、魔道具の中に作ることもできるのではないですか?」
セレナは答えなかった。
紫の瞳が、図に向けられる。
二つの風嚢。
合流する流れ。
やがて、図の上を指がゆっくりと動き出した。
「……一つの機構で大量の魔力を処理するのではなく、二つに分けて負荷を散らす」
小さな声で呟く。
「層構造によって段階的に魔力を変質、圧縮して、出力直前に合流させる。……理論上は、一つの大きな術式で処理するよりも安定する可能性があります」
セレナが顔を上げた。
「試してみましょう」
「今からですか?」
「思いついたときに確かめなければ、気になって他のことができません」
セレナらしい即答だった。
魔道具の開発。
心が踊る。
「ただし、完成品を作るわけではありませんよ」
セレナは釘を刺すように言った。
「今日は、魔道具として風嚢の原理が成立するかどうかを確かめるだけです。耐久性や安全性まで確認して、初めて実用的な魔道具と言えます」
「はい」
「では、準備します」
地下室から上がる階段でのセレナの足取りは、来たときよりも少しだけ早くなっていた。
***
研究館の奥には工作室があった。
壁には様々な形の工具が掛けられており、棚には金属管や魔晶石、術式が刻み込まれた金属板などが収められている。
「先生、魔道具もつくれるんですね」
「簡単な試験器なら。実用品に仕上げるのは、専門の魔道具技師の仕事です」
セレナが棚から、俺の腕ほどの長さの金属筒を二本取り出す。
続いて、二股に分かれたY字型の管と、親指大の魔晶石。
どれも、実験用に作られた汎用部品らしい。
それらを作業台の上に並べる。
「まず、二つの筒を風嚢に見立てます」
二本の筒を並行に置き、先端を二股の管につなぐ。
「魔晶石から取り出した魔力を二つに分け、それぞれの筒で風属性に変質、圧縮する。最後に、この管の中で合流させます」
言葉にすると簡単そうだった。
セレナは更に棚から金属板を取り出し、術式の細かな線を刻み込んでいく。
一本。
二本。
さらに、その間をつなぐ小さな紋様。
迷いがない手の動きだ。
「先生は、僕の説明だけで術式を書けるんですか?」
「完全にはできません」
セレナは手を止めずに答える。
「あなたが見た魔力の流れを聞き、風嚢の構造と照合し、成立しそうな形に置き換えているだけです」
「それでも、すごいです」
「まだ動いてすらいません」
冷静な返事だった。
それでも、口元がほんの少しだけ緩んでいる。
やはり、楽しんでいるらしい。
俺も、そんなセレナを見て、少し高揚感を感じる。
「レイン」
「はい」
「魔力を流します。内部を見ていてください」
「分かりました」
セレナが術式を刻み込んだ金属板と筒を接着させ、魔晶石に指を置いた。
淡い魔力が引き出され、術式板に流れ込む。
左右の筒に入り、透明だった光が徐々に白銀へと変わっていく。
風属性への変質。
続いて、筒の内部で密度が上がり始めた。
圧縮。
風喰狼の体内で見たものと、よく似ている。
だが。
「先生、止めてください」
セレナがすぐに魔力を止めた。
白銀の光が霧散する。
「何が違いました?」
「左側の方が早いです」
「左?」
「はい。左の魔力が先に合流する場所にたどり着いて、右側から来る流れを押し返していました」
セレナは術式板に目を落とす。
一見すると、左右は全く同じだ。
「筒の内部に差がありますか?」
「右側の方が、ほんの少しだけ広がっていますね。だから、圧縮に時間がかかっているのかもしれません」
セレナは筒を見ながら答える。
左右の金属筒を一度取り出し、じっくりと内側の差を確認していた。
「加工精度の差ですね。試験用の部品ですから、完全に同じではありません」
別の筒に交換するのか。
だが、セレナは術式板に新たな線を一本加えた。
「部品に合わせて、右側の圧縮をわずかに早めます」
「筒を交換しないんですか?」
「同一の部品でなければ動かない構造は、実用品には向きません。多少の差なら、術式側で吸収できるほうが良いでしょう」
再び、魔力を流す。
一つの流れが二つに分かれる。
今度は、ほぼ同時に左右の筒を通過した。
白銀に変わり、圧縮されていく。
二つの光が、合流部に向かう。
「今度は揃っています」
「では、そのまま続けます」
さらに魔力が流れ込む。
二つの光が、管の中央でぶつかった。
その瞬間。
白銀の光が、不自然に膨れ上がる。
「先生、止めて!」
セレナが魔晶石から指を離す。
直後。
ボンッ!
小さな破裂音が響いた。
管の接合部から白い煙が吹き出す。
俺とセレナの髪が、巻き起こった風に煽られた。
「…………」
「…………」
工作室に焦げたような匂いが漂う。
セレナの栗色の髪が、一房だけ真っ直ぐに上を向いていた。
だが、そんなことは気にしない様子で
「まず、失敗の原因を調べます」
と言った。
「はい!」
魔道具の開発は、一筋縄ではいかないようだ。
けれど、セレナと一緒に分からないことを考える。
それがとても楽しい。
「レイン、左右の圧力は揃っていたんですよね?」
「はい。でも……」
二つの流れは、同じ強さだった。
同じ速さで、合流点に着いた。
だから、正面からぶつかった。
「風喰狼のときとは違いました」
「どこが?」
「風喰狼の魔力は、ぶつかっていませんでした」
保存室で見た器官を思い出す。
「さっきの実験では、二つの魔力が衝突していました。でも、風喰狼の体内では、合流する時点で進む方向が揃っていたんです」
セレナが紙に線を引く。
向き合っていた二つの流れを消し、同じ方向に緩やかに曲がる線に書き換えた。
「このような感じですね」
「はい」
戦場でみた光の流れと、ほぼ同じだ。
セレナは壊れた管を取り外し、棚から別の管を持ってくる。
今度の管は、二つの入口が中心の接合部に向けて滑らかに曲がっていた。
工具で角度を調整し、術式板に線も修正する。
しばらくして。
新しい試作器が完成した。
「もう一度試します」
セレナが言った。
「先ほどより出力を下げます」
二つの金属筒。
一つの魔晶石。
先端には、新しく作り直した合流管。
その正面には、訓練用の木板が置かれている。
「始めます」
セレナが魔晶石に触れた。
光が二つに分かれる。
左右の筒に入り、白銀に変質。
圧縮。
二つの流れが、合流管に向かう。
今度はぶつからない。
斜めから入った二つの光は、同じ方向に曲がりながら重なっていく。
一本の太い流れに変わった。
「合流しました!」
白銀の光が、管の先端に集まった。
次の瞬間。
バンッ!
鋭い音とともに、圧縮された風が打ち出された。
十メートルほど先に置かれた木板が、大きく傾く。
少し遅れて。
バタンッ!
床へ倒れた。
「……できた」
声が漏れる。
喜びが込み上げてきた。
セレナは、試験器と倒れた木板を何度も見比べている。
やがて、魔晶石を取り外し、光へかざした。
「消費も少ない」
「成功ですか?」
思わず尋ねる。
「原理の実証には、成功しました」
「ですが、まだ耐久試験もしていませんし、出力も不安定です。連続して行えば、先ほどのように接合部が破裂するかもしれません」
「では、完成ではない?」
「試験器としては完成です」
そう言って、倒れた木板に目を向ける。
「しかし、想定以上の効率ですね」
「なにかに使えるでしょうか?」
「出力を抑え、風を連続させれば、煙や有毒な空気を換気したり、災害現場で瓦礫の隙間に空気を送ることもできるでしょう」
昨日見た、倒壊した家々が頭に浮かぶ。
「出力を上げれば、瓦礫を動かす補助にも使えますか?」
「ええ、ですが――」
「人に向ければ、武器になる。ですね」
「そのとおりです」
そもそも、風喰狼が使っていた仕組みなのだ。
同じ力でも、使い方によって意味が変わる。
「どう使うかは、考えないといけませんね」
「ええ。作れることと、作ってよいことは別です」
セレナは試験器に視線を戻した。
「今回は、救助・土木工事用の出力に制限して研究を続けます。実用品にするなら、専門の魔道具技師にも協力してもらわなければなりません」
「分かりました」
これで終わりかと思うと、セレナは新たな記録紙を取り出した。
上部に日付を書き込む。
次に、少し考えてから題名を記した。
『双流式風圧器・第一次試験』
「双流式風圧器……」
「二つの流れを利用する風圧器です」
「なんだか、そのままの名前ですね」
セレナのペンが止まった。
「では、レインには何かよい名称がありますか?」
いい名称。
元になったのは、風喰狼の風嚢だ。
「……風喰砲、とか?」
「……」
「先生?」
「双流式風圧器でいきましょう」
「えっ」
悩んだわりに、結論は容赦がなかった。
「『風喰砲』、そんなに駄目ですか?」
「駄目とは言っていません」
「由来は分かりやすいですし、この魔道具の特徴も表しています」
「じゃあ、悪くないですよね?」
「……そうですね」
「なら、風喰砲で」
「少し待ってください」
セレナが記録紙へ目を落とす。
『双流式風圧器・第一次試験』
しばらくその文字を見つめた後、もう一度試験器を見る。
「双流式風圧器の方が、構造は正確にあらわしています」
「でも、覚えにくいですよ」
「研究道具に覚えやすさは必要でしょうか」
「名前なんですから、必要じゃないですか?」
「……」
また黙った。
どうやら本気で悩んでいるらしい。
「……分かりました」
セレナが小さく息を吐いた。
「風喰砲にしましょう」
「本当に採用するんですか?」
「レインがそこまで言うのであれば」
そこまで強くは言ってないのだが。
セレナは題名に一本の線を引いた。
そして、その上に新しい文字を書き込む。
『風喰砲・第一次試験』
二人で、しばらくそれを見る。
「……」
「……」
「悪くないですね」
「ですよね?」
「少しだけです」
命名については、俺の方に分があったらしい。
セレナが記録紙へ目を戻す。
そして、題名の下に新たな文字を書き加えた。
『共同研究者――レイン・アストリア』
まさか。
「僕が共同研究者なんですか?」
「この試験器は、レインが魔力の流れを見つけなければ作れませんでした」
セレナは当然のことのように言った。
「私は、あなたが見たものを術式へ置き換えただけです」
「でも、僕一人では作れませんでした」
「私一人でも作れませんでした」
紫の瞳が、まっすぐ俺を見る。
「だから、共同研究です」
その言葉が、とても嬉しかった。
俺が見つける。
先生が形にする。
一人では作れなかったものを、二人で作る。
これまで研究館で何度も繰り返してきたことが、初めて一つの道具になった。
セレナは記録紙に試験結果を書き込み始める。
俺も手伝おうと、金属筒へ手を伸ばした。
そのとき。
「ただし、レイン」
セレナの声が落ちた。
「はい?」
「風喰狼について、まだ一つ分かっていないことがあります」
セレナは、机に置かれた観察記録に目を向けた。
「なぜ、あれほど多くの群れが、同時に森を出たのか」
手が止まる。
確かに。
俺たちは風喰狼の攻撃を防ぎ、領民を守った。
だが、魔獣災害が起きた理由までは分かっていない。
「保存してある個体の足を確認しました」
セレナが、観察記録の一部を指す。
そこには、風喰狼の前脚と後脚が描かれていた。
「肉球が擦り切れ、爪も何本か欠けています。戦闘によるものだけではありません」
「長い距離を移動してきた?」
「ええ。その可能性があります。少なくとも、近くの縄張りから偶然現れたとは考えにくい」
現在調査隊が、群れの移動してきた方角を調べているという。
「何かから逃げてきた、とか?」
「まだ、何とも言えません」
セレナは静かに答えた。
「ですが、風喰狼は理由もなく縄張りを捨てる魔獣ではありません」
机の上では、二本の筒を持つ試験器が沈黙している。
俺たちは、風喰狼の力がどのように生まれるのかを知った。
けれど。
あの群れが、何から逃げるように人里まで現れたのかは――まだ誰も知らなかった。
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