第二十五話「魔導階梯」
翌朝。
俺は魔獣災害が起きて以降初めて、セレナの研究館を訪れていた。
レオンから、昨日伯父セヴェリンからもらった杖を、使う前に一度セレナに見てもらうよう言われているのだ。
玄関の前に立つと、セレナの父エドモンが出迎えてくれた。
「セレナは早朝からあちらの研究室にいるよ」
その言葉を元に、俺は研究館の端の方の部屋へと歩いた。
研究室の扉を開けると、いつも通り白い魔導衣を纏ったセレナが、机上にたくさんの紙を広げて、その中心で何か図のようなものを書いていた。
「おはようございます、先生」
「おはようございます、レイン」
セレナが顔を上げる。
すぐに、俺の抱えている杖に目をやった。
「それが、昨日貰った杖ですか?」
「はい。セヴェリン伯父上からいただきました」
杖を差し出す。
セレナは両手で丁寧に受け取ると、先端の魔晶石を光にかざした。
「これは……随分と良い品ですね」
「やっぱり、高いものなんですか?」
「価格については、聞かない方がよいでしょう」
そんなになのか。
思わず杖を見る目が変わる。
落としたらどうしよう。
「先端には高純度の魔晶石が嵌め込まれていますね」
そう言ってセレナが杖を傾けると、魔晶石の青銀色の光が、内部で水面のように揺れる。
「魔晶石は、こうやって光にかざしたときにどれだけ綺麗な光が映るかで、おおよその純度を知ることができます。そして――」
セレナが杖へ魔力を流す。
銀色の紋様に沿って、細い光が先端へ走った。
途中で乱れることも、外へ漏れることもない。
「これは、出力時の拡散を抑え、魔法の向きを安定させる補助杖です。今のレインが使っても問題ありません」
「よかったです」
「ただし、最初は私がいる時だけにしてください」
じとりとした視線が少し怖い。
「......分かりました」
セレナから杖を受け取る。
銀の紋様を指でなぞると、昨日より少しだけ、この杖が自分のものになった気がした。
早く使ってみたい。
うずうずしていると、セレナはそれに気づいたようで
「使ってみますか?」
と言ってくれた。
「お願いします!」
「では、外に出ましょうか」
俺たちは研究館の裏手へ続く扉を開いた。
***
裏手の試射場には、訓練用の木板が立っていた。その奥には、魔法を受け止めるための厚い土壁がある。
「《風弾》を。出力は普段の半分にしてください」
「分かりました」
杖を両手で支え、先端を木板の中央へ向ける。
「風よ、集いて弾となれ!」
唱えた瞬間、魔力の動きがいつもよりずっと滑らかなのが分かった。
腕を通った魔力が、銀の紋様に吸い寄せられていく。普段なら周囲へ滲む光が、ほとんど漏れていない。
魔力は細い一本の流れとなって杖を駆け上がり、先端の魔晶石が白銀に輝いた。
「撃ちます!」
圧縮した風を解き放つ。
パァンッ!!
木板の中央が弾けた。
まだ風弾は止まらない。
そのまま奥の土壁に突き刺さる。
ドゴォンッ!!
土が爆ぜ、茶色い粉塵が舞い上がった。
一拍遅れて、穴の空いた木板が地面へ倒れる。
パタン。
「…………」
「…………」
ぱらぱらと土が落ちる音だけが響いた。
土壁には、俺の腕が入りそうなほどの穴が空いていた。
「先生」
「何ですか?」
「半分、でしたよね?」
「そのように指示しました」
「僕も、そのつもりで撃ったんですが……」
セレナが杖を確認する。
「杖に異常はありません。今までは、発動する際に魔力の一部が外へ逃げていたのでしょう。この杖が、それを一つにまとめたのです」
今までも、魔力がわずかに散っているのは見えていた。
だが、魔法とはそういうものだと思っていた。
「やはり、試しておいて良かったですね」
「先生。もう一度、撃ってもいいですか」
「ええ。ただし、次は十分の一でやってください」
セレナが木板を立て直し、魔法で土壁の穴を塞ぐ。
もう一度、杖を構えた。
「風よ、集いて弾となれ!」
魔力が先端に集まる。
「撃ちます!」
タンッ!
木板が前後に揺れた。
狙った中央には、浅い窪みが残っている。
今度は貫通していない。
「……これくらいか」
セレナが、木板の窪みを触る。
「今の感覚を覚えておいてください」
「初級魔法なら、そのくらいの威力で十分です」
***
研究室へ戻る途中、先日の戦場が頭をよぎった。
「先生」
「何ですか?」
「この杖を使えば、先生がこの前使っていたような魔法も使えるようになるんですか?」
「杖を持っただけでは使えません」
即答だった。
「その魔法が普通のときに使えないなら、杖を持ったところで使えません。魔法の杖は、魔力の拡散を抑えたり、魔法の指向を安定させたりはしてくれますが、使用者の魔力量や制御技術まで高めてくれるものではありません」
なるほど。
使える魔法の威力は上がるが、使えない魔法には関係ないということらしい。
セレナが扉を開ける。
「それと、先生が先日使っていた魔法は、どのくらいのものだったんですか?」
「どのくらい、とは?」
「魔法には、初級や中級といった区分がありますよね」
「魔導階梯のことですか?」
「魔導階梯?」
「魔法そのものの難度や規模を分類したものです」
セレナは近くにあった紙に、七つの言葉を書き並べた。
初級。
中級。
上級。
特級。
聖級。
神級。
創生級。
「魔導階梯は、この七段階に分けられています」
「創生級……」
最後の文字に目が留まる。
創生の魔導師、フィーネ。
その名を思い出さずにはいられなかった。
「聖級以上は、国家でも扱えるものが限られる領域です。創生級に至っては、二千年前フィーネが使ったとされるため形式的に用意されているだけで、実際そんな魔法が存在するかも怪しいですね。神話上の魔法です」
神話上の魔法。
その言葉に心が踊った。
「では、先生が使ったのは?」
「上級魔法が中心です。群れの進路を完全に遮断した際、特級魔法を一度だけ使いました」
特級は、あの氷の壁か。
あれほど圧倒的に見えた戦いでも、常に大きな魔法を放っていたわけではないらしい。
「全部を特級魔法で倒したほうが、早いのでは?」
「必要以上の魔法は、必要以上の魔力を浪費するだけです」
セレナは淡々と答えた。
「実戦では、上級魔法が特級魔法以上の効果を発揮することもあります」
「重要なのは、地形、環境、相手の特徴、自分の残存魔力量などを総合的に判断して、もっとも効果的な魔法を選択することです」
「いつかレインにも、それを学ぶ機会があるでしょう」
規格外の実力を誇るセレナの口から出た言葉だからこそ、重みがある。
それでも、特級魔法という響きには、好奇心が抑えられない。
「では、先生は特級魔導師ということですか?」
「違います」
また即答だった。
「特級は、魔法の分類です。魔導師は、理論や技術、実績を認められたものに与えられる資格名です」
「全く別のものなんですか?」
「はい。私は帝国魔導師の資格を持っています。そして、先日の魔法は特級に分類される。そういうことです」
「先生も、初級魔法を使うんですか?」
「当然です」
セレナは部屋の照明を指さした。
「灯りをつけるために特級魔法を使えば、研究館がなくなります」
「……それは、困りますね」
「非常に困ります」
真顔で返された。
冗談なのか、本気なのか分からない。
ただ、先ほど魔導階梯の話を聞いてから、ずっと気になっていることがあった。
「最後に、一つだけ聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「先生は、何級の魔法まで使えるんですか?」
帝国最高峰の魔導師、セレナ・ミレイユ。
その最大値は、どこまで届いているのか。
聖級だろうか。
それとも、神級にさえ――。
「内緒です」
あっさりそう言われてしまった。
「なぜですか?」
「国家機密だからです」
予想外の言葉に、思わず目を瞬く。
「聖級以上の魔法は、ただ脅威というわけではありません。使い方によっては、大惨事を引き起こしかねません。一国の存亡さえ左右し得る力です」
大惨事。
一国の存亡。
その言葉だけで、先程までの無邪気な好奇心が萎んでいく。
「そのため、帝国魔導師は、自らが聖級以上を扱えるかどうか公言することを禁じられています」
「使える場合だけではなく?」
「使えない場合もです」
セレナが頷く。
「誰が、どの属性の魔法を、どの階梯まで扱えるのか。正確な情報を与えないこと自体が、他国への牽制になりますから」
なるほど。
使えると言えば警戒される。
使えないと明かせば、不在を前提に攻め込まれる可能性がある。
どちらにせよ、個人の実力だけで済む話ではないのだ。
「……すみません。軽々しく聞くようなことではありませんでした」
「知らなかったのですから、仕方がありません」
セレナはいつもと同じ口調で言った。
「ただし、今後は他の魔導師に同じ質問をしてはいけません」
「はい。覚えておきます」
先日使われた特級魔法でさえ、あれほどの規模だった。
そのさらに上。
知りたいという好奇心は、どうしても消しきれない。
けれど、その力が人へ向けられたときのことを想像すると――。
無邪気に胸を躍らせることはできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、新しい杖の試し撃ちと、魔導階梯についてのお話でした。
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