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第二十三話「風喰狼」

 ドンッ!!


 三度目の衝撃。


 第一結界の表面を、波紋のような光が駆け抜けた。


「南側、もう一度くるぞ!」


 結界班長の声が飛ぶ。


 俺は南側の森へ目を凝らした。


 木々の隙間を、いくつもの魔力の光が走っている。


 さっきから、存在には気づいていた。


 しかし木々に遮られ、実際に目視することはできていなかった。


 森を抜けた灰青色の獣たちが続々と姿を現し、第一結界のすぐ向こうまで迫っている。


(あれが……)


 風喰狼(かざはみおおかみ)


 普通の狼より、二回りも大きな身体。


 灰青色の毛並み。


 口元から覗く鋭い牙。


 そして、喉元の左右には特徴的な膨らみがあった。


「来るぞ!風嚢(ふうのう)を見ろ!」


 兵士が叫ぶ。


 風嚢(ふうのう)


 左右の膨らみは、そう呼ばれていた。


 一頭の風喰狼(かざはみおおかみ)が足を止める。


 喉元の風嚢(ふうのう)が膨らみ始めた。


 だが、その数秒前から、俺には変化が見えていた。


 胸部の魔力が動き、左右へ分かれ、二つの風嚢(ふうのう)に流れ込んでいた。


 淡い燐光が白銀に変わる。


 風属性への変質だ。


 同時に、風嚢(ふうのう)の中で魔力の密度が急激に上がっていく。


 圧縮。


 二つの流れが口元へ集まる。


「来ます!」


 バンッ!!


 空気が破裂した。


 圧縮された風が第一結界の壁を大きくたわませる。


「第一結界、維持!」


 魔術師たちが魔力を送り込む。


 俺は風喰狼(かざはみおおかみ)から目を離さなかった。


 もう一頭。


 同じだ。


 胸部から魔力が移動する。


 風嚢(ふうのう)へ流れ込み、白銀へ変わる。


 その後で、ようやく外から見ても分かるほど喉元が膨らみ始めた。


 風嚢(ふうのう)が膨らむよりも少し前に、攻撃の準備は始まっている。


 風喰狼(かざはみおおかみ)風嚢(ふうのう)から圧縮風を放つのは、当然領軍も知っている。


 だが、兵士が目印にしているのは風嚢(ふうのう)そのものの膨張だ。


 俺なら、その前段階が見える。


「結界班長!」


「なんですか!」


 視線を次の個体に移す。


「北側の一頭、次に打ちます!」


 結界班長がそちらを見る。


 まだ風嚢(ふうのう)は膨らみきっていない。


「第一結界、北側へ備えろ!」


 すぐに指示が飛ぶ。


 魔術師たちが北側に出力を寄せる。


 数秒遅れて、風嚢(ふうのう)が大きく膨らんだ。


 直後。


 バンッ!!


 今度は結界の厚くなった部分が、しっかり受け止める。


 結界班長が俺を見る。


「……もう一度、分かりますか?」


 次の個体は。


 いた。


「中央より少し南!あの一頭です!」


「中央南、補強!」


 バンッ!!


 再び風撃がぶつかる。


 結界班長の目つきが変わった。


風嚢(ふうのう)が膨らむ前から分かるのですね?」


「はい。胸部から風嚢(ふうのう)へ魔力が流れ始めるのが見えます」


「どれくらい速く?」


「見た目に現れるより、数秒早いです」


 ほんの数秒。


 平時なら、大した差ではないかもしれない。


 だが今は違う。


 攻撃を受けてから補強するのと、受ける場所が分かった状態で待ち構えるのでは、まるで意味が違うのだ。


 結界班長は周囲へ向き直った。


「レイン様が攻撃位置を知らせる!補強箇所はこちらで指示する!」


「はっ!」


 俺は小さく息を吐き、風喰狼(かざはみおおかみ)へ意識を戻した。


 やるべきことは明確だ。


 見る。


 伝える。


 それだけでいい。


「班長!」


 別の兵士が駆け寄ってくる。


「最後尾の避難列が、村を出たとのことです!」


 結界班長が振り返った。


「到着まで?」


「まもなくです!全員をこの拠点に収容した後、西側の街道から領都へ送ります!」


「増援は?」


「第三遊撃連隊がこちらへ向かっています!」


 結界班長が頷く。


「避難完了まで、第一、第二結界を可能な限り維持する!突破された場合は、第三結界を最終防衛線とする!」


「はっ!」


 終わりの見えない戦いではない。


 避難民が抜けるまで。


 増援が来るまで。


 ここを守ればいい。


 再び魔力が動く。


「南側、来ます!」


「南側、補強!」


 風撃が結界にぶつかる。


 続いて、別の個体の胸部から光が流れ出した。


「次、中央です!」


「中央へ回せ!」


 俺が攻撃位置を知らせるたび、結界班が先回りして魔力を振り分ける。


 俺は風喰狼(かざはみおおかみ)の体内を流れる魔力へ、さらに目を凝らす。


 胸部。


 左右の風嚢(ふうのう)


 口元。


 どの個体も同じ経路を辿っている。


 風嚢(ふうのう)に入った魔力が変質し、圧縮される。


 二つの流れが口元で一つになり、放たれる。


 火を吐くもの。


 身体を硬化させるもの。


 毒を生み出すもの。


 魔獣が種ごとに異なる能力を持つことは、オスカーの授業でも習っていた。


 だが、その力が体内でどのように作られているのかまでは、教本にも載っていなかった。


 俺には、それが見えている。


 この情報があれば。


「結界班長!」


「はい!」


「北東方面へ、情報をおくれますか?」


「北東へ?」


風喰狼(かざはみおおかみ)の攻撃を見分ける予兆があります。それを、セレナ先生に伝えたいんです」


 結界班長の表情が変わった。


「内容は確かですか?」


「はい。何度も同じ流れを確認しました」


 班長は一度だけ頷き、近くに控えていた通信兵に振り向く。


「北東へ送れるか?」


「本営を経由すれば送れます!」


「緊急情報だ。直ちに送れ!」


 通信兵が腰の革袋から伝信札を取り出した。


「内容を」


 俺は、見えたものを頭で整理してから述べた。


風喰狼(かざはみおおかみ)は、風嚢(ふうのう)が膨らむ数秒前に胸部から魔力を送っています。左右の風嚢(ふうのう)で変質、圧縮した後、二つの流れが口元へ集まり、直後に発射されます」


 通信兵は一度復唱すると、短い言葉にまとめた。


風喰狼(かざはみおおかみ)、発射予兆あり。胸部より魔力を左右風嚢(ふうのう)へ送る。口元で合流直後、発射――以上でよろしいですか?」


「はい。それで十分です」


 通信兵が伝信札に魔力を流す。


 淡い光が三度明滅した。


「本営へ送信!北東方面への中継を要請します!」


 すぐに届く保証はない。


 届いたとしても、セレナが戦いの最中に確認できるとは限らない。


 それでも、今の俺にできることはやった。


 俺はすぐに、第一結界へ視線を戻した。


 ***


 風喰狼(かざはみおおかみ)の攻撃は止まらなかった。


「北側です!」


「北側、補強!」


「次、中央来ます!」


「中央へ!」


 攻撃を先読みできても、魔術師たちの消耗は止まらない。


 時間が経つにつれ、その顔には疲労が滲み、呼吸も荒くなっていく。


 第一結界を流れる魔力も、最初に比べて明らかに細くなっていた。


 そのとき。


 南側で、三頭の胸部からほぼ同時に魔力が動いた。


「三頭、南端です!」


「南端へ集中!」


 結界班の魔力が一か所に集まる。


 直後。


 三つの風撃が重なった。


 ドォンッ!!


 結界が激しくたわんだ。


 ドォンッ!!


 ドォンッ!!


 連続の風撃で、第一結界の一角に細い亀裂が走る。


 ピキッ。


「南端、破断するぞ!」


 ガラスが割れたような、甲高い音が響いた。


「第一結界、破断!」


「全員、第二結界まで後退!歩兵は侵入個体を抑えろ!」


 待機していた歩兵たちが一斉に動いた。


 結界が破れた場所から、風喰狼(かざはみおおかみ)が飛び込んでくる。


 弓兵が矢を放つ。


 前に出た歩兵が長槍を並べ、第二結界へ近づかせまいと押し留める。


 一頭が矢を避けた。


 もう一頭が歩兵を飛び越える。


「来るぞ!」


 巨大な牙と爪が、第二結界に激突する。


 その一方で、少し離れた個体の胸部から、白銀の魔力が流れ出した。


「中央、風撃が来ます!」


 バンッ!!


 第二結界が震える。


 第一結界で消耗した魔術師たちが、そのまま第二結界を支えている。


 疲労は消えない。


「北側、一頭来ます!」


「北を補強!」


 風撃が光の壁を叩く。


 すぐに次の魔力が動く。


「中央、もう一頭!」


「中央へ回せ!」


 休む暇がない。


 第二結界を巡る魔力は、目に見えて細くなっていった。


 背後では、避難誘導が続いている。


「最後尾、到着!」


 兵士の声が上がった。


 やっとだ。


 東側の通行口から、最後の避難民たちが駆け込んでくる。


 子供を抱えた母親。


 互いに肩を支え合う老人たち。


 荷物を投げ捨て、必死に走る人々。


「最後尾を西側へ回せ!」


「走れる者から領都方面へ!」


 あと少し。


 あの人たちが拠点を抜ければいい。


 そのとき。


 第二結界の南端が、大きく揺らいだ。


 薄い。


 そこだけ、明らかに他のところより薄くなっている。


「南端が限界です!」


 俺が叫ぶのと、結界班長の指示が重なった。


「南端を補強!」


 魔力が集まる。


 その正面で、四頭の風喰狼(かざはみおおかみ)が同時に足を止めた。


 胸部から、左右の風嚢(ふうのう)へ魔力が流れ込む。


「四頭!」


 結界班長の顔色が変わった。


「全員、南端に集中!」


 白銀の光が急速に膨らむ。


 来る。


 バンッ!


 一発。


 バンッ!


 二発。


 さらに。


 ドォンッ!!


 三発目と四発目が、ほとんど同時に突き刺さった。


 第二結界が大きく後方へ歪む。


 ひび割れが一気に広がった。


 パキィン!


「第二結界、破断!」


「第三結界へ後退!」


 兵士たちが後退しながら槍を構え、破れた口から入ろうとする風喰狼(かざはみおおかみ)を押し留める。


 魔術兵が魔法で応戦した。


 弓。


 火球。


 巻き上がる土煙。


 それでも数頭が、第二結界の内側へ入り込んでくる。


「第三結界を閉じろ!」


 最後の兵士が通行口を抜ける。


 直後、淡い光の壁が閉じ、避難拠点の東側を完全に塞いだ。


 ここで初めて。


 俺が魔力を送り続けてきた第三結界が、風喰狼(かざはみおおかみ)と避難民の間に残された最後の壁にな

 った。


「避難状況は!」


 結界班長が叫ぶ。


「あと二台! 最後の馬車を出しています!」


 二台。


 それが出れば、ここにいる住民は全員、領都へ向かう街道へ移れる。


 二台が抜けるまで。


 第三結界を持たせる。


 一頭の風喰狼(かざはみおおかみ)の胸部から、魔力が流れ出した。


「南側、来ます!」


 さらに二頭。


「三頭です!」


「南側を補強!」


 第三結界へ魔力が集まる。


 風嚢(ふうのう)が膨らんだ。


 バンッ!!


 一発目。


 壁が揺れる。


 二発目。


 足元へ振動が伝わった。


 三発目。


 ドンッ!!


 身体が後ろへ押される。


 第三結界が大きくたわんだ。


 それでも、光は途切れていない。


「持っているぞ!」


 誰かが叫ぶ。


 俺は南側を流れる魔力を確かめた。


 薄い。


 同じ場所へ、もう一度受ければ危ない。


 魔力を南へ寄せる。


「あと一台!」


 あと一台。


 前を見る。


 南端で、三頭の風喰狼(かざはみおおかみ)が足を止めた。


 胸部から流れ出した魔力が、左右の風嚢(ふうのう)へ入り始める。


「三頭、南端!」


「全員、南端へ!」


 結界班長の指示に従い、魔術師たちが出力を南へ寄せる。


 三頭の風嚢(ふうのう)が大きく膨らんでいく。


 誰が見ても、次に攻撃が来るのは南端だ。


 だが。


 違う。


 南の三頭は、まだ風嚢(ふうのう)の中で魔力を圧縮している。


 口元へは集まりきっていない。


 その一方で、中央の奥。


 群れの中でも一回り大きな個体の口元に、すでに白銀の光が集まっていた。


 風嚢(ふうのう)の膨らみは小さい。


 見た目では、まだ攻撃準備を始めたばかりにしか見えない。


 だが、体内を流れる魔力は、南の三頭よりはるかに先まで進んでいる。


「違います!」


 俺は叫んだ。


「中央です! 中央の一頭が先に撃ちます!」


 結界班長が振り返る。


「中央?」


「南の三頭は、まだ圧縮が終わっていません!先に来るのは中央です!」


 結界班長の視線が、南端と中央の間を揺れた。


 南では、三つの風嚢(ふうのう)が今にも破裂しそうなほど膨らんでいる。


 対して中央の一頭には、目立った変化がない。


 俺が間違っていれば。


 第三結界の南端が破られる。


 その向こうでは、最後の馬車がまだ街道へ出ていない。


 ほんの一瞬の迷い。


「――中央へ集中!」


 結界班長が叫んだ。


 魔術師たちが出力を切り替える。


 第三結界を流れる光が、南端から中央へ走った。


 直後。


 中央の風喰狼(かざはみおおかみ)が口を開く。


 ドォンッ!!


 これまでで最も激しい轟音が響いた。


 光の壁が大きく押し込まれる。


 足元が揺れ、身体が後ろへ持っていかれそうになる。


 それでも、厚く補強された中央部は砕けなかった。


 受け止めた。


 だが、終わっていない。


 南を見る。


 三頭の風嚢(ふうのう)の中で、白銀の魔力が一気に収束する。


「今度は南端です!」


「南へ戻せ!」


 魔力が結界の表面を走った。


 しかし、遅い。


 中央の一撃を受け止めたばかりの魔術師たちは、すぐには出力を切り替えられない。


 一発目。


 バンッ!!


 南端が大きくたわむ。


 二発目。


 光の壁に、細い亀裂が走った。


 三発目が来る。


 間に合わない。


 俺は第三結界へ広く流していた自分の魔力を引き戻し、亀裂へ集中させた。


 ただ注ぎ込むだけでは駄目だ。


 多すぎれば、周囲との均衡が崩れる。


 少なければ、途切れかけた流れをつなげられない。


 結界を走る無数の光の中から、切れかけている一本を探す。


 あった。


 魔力を移動させる。


 量を調整する。


 細く束ね、密度を上げる。


 これまで何度も繰り返してきた操作。


 それを、亀裂へ押し込む。


「――っ!」


 腕に、鈍い痛みが走った。


 三発目。


 ドンッ!!


 第三結界が激しく震える。


 亀裂が一気に広がった。


 俺がつないだ場所だけを残して。


 光が、ぎりぎりのところで踏みとどまる。


 ここが切れれば、すべてが崩れる。


 指先の震えが、腕まで広がっていく。


 息がうまく吸えない。


 視界の端がかすかに揺れた。


 それでも、魔力を離さない。


 まだだ。


 まだ、最後の馬車が――


 西側から、車輪の音が遠ざかっていく。


「最後の馬車、街道へ出ました!」


 兵士の声が響いた。


「全避難民、退避完了!」


 間に合った。


 そう思った瞬間、膝から力が抜けかける。


 だが、結界への供給は止めない。


 まだ風喰狼(かざはみおおかみ)は目の前にいる。


「第三結界を維持!」


 結界班長が叫ぶ。


「増援が来るまで、ここで止める!」


 その直後。


 南西から、地面を震わせる蹄の音が聞こえてきた。


 一頭や二頭ではない。


 数百の蹄が地面を叩き、振動が足元から伝わってくる。


「増援!」


 兵士が叫んだ。


 街道の向こうから騎兵が姿を現す。


 その後ろには、槍を携えた歩兵の列。


「第三遊撃連隊、到着!」


 先頭の兵が声を張り上げた。


「総司令部命令! 南側防衛へ増援する!」


 来た。


 屋敷でレオンが下していた命令を思い出す。


 北東をセレナへ任せる。


 そこで浮いた兵力を南へ回す。


 あの判断が。


 最も必要な瞬間に、最も必要な場所へ届いた。


「第三結界前へ展開! 追撃はするな!」


 遊撃隊の指揮官が叫ぶ。


「目的は避難路の確保だ! 森へ逃げる個体は放置しろ!」


 兵士たちが素早く広がる。


 弓兵が矢を放つ。


 長槍が並ぶ。


 魔術兵の放った火球が、夜の森を赤く照らした。


 数で押された風喰狼(かざはみおおかみ)が、じりじりと後退していく。


 一頭が踵を返した。


 続いて二頭。


 やがて、群れ全体が森へ向かって走り始める。


「追うな!」


 遊撃隊はその場に留まり、避難路と結界の周囲を固めていく。


 灰青色の影が、一頭、また一頭と森へ消えていった。


「……退きました」


 結界班長が大きく息を吐く。


 俺も第三結界へ送っていた魔力を、ゆっくりと弱めた。


 今度こそ、終わったらしい。


 手を見る。


 指先が震えていた。


 怖かった。


 もし、中央への攻撃を見落としていたら。


 もし、結界班長が俺を信じてくれなかったら。


 もし、最後の亀裂をつなげられなかったら。


 第三結界は破られていた。


「レイン様!」


 伝信札を持った兵士が、こちらへ駆けてくる。


「北東方面より連絡です! 風喰狼(かざはみおおかみ)の群れは森へ後退。セレナ殿より、観測情報が有効だったとのことです!」


「……分かりました」


 短く答え、北東の空へ目を向ける。


 ここからでは、先生の姿は見えない。


 それでも。


 俺が見つけたものは、確かに届いた。


 西側を振り返る。


 避難拠点には、もう住民の姿は残っていない。


 全員、領都へ向かう街道へ出た。


 結界を支えた魔術師たち。


 魔獣を押し留めた兵士たち。


 避難を導いた人たち。


 増援を間に合わせた父様。


 そして、俺が見つけた魔力の流れ。


 そのすべてがつながって、ここを守った。


 その実感が、遅れて胸の奥へ広がっていった。


 ***


 辺りが完全に暗くなった頃。


 領都の本営には、北東方面も完全に鎮圧されたという報告が届いた。


 残った風喰狼(かざはみおおかみ)は森へと後退。


 領軍は深追いせず、村と街道の安全確認に移っている。


 避難所には魔導灯が並べられ、負傷した兵士や領民の治療が続いていた。


 戦いは終わった。


 だが、景色はすぐには元に戻らない。


 街道脇の柵は何か所も壊れている。


 踏み荒らされた畑。


 横倒しになった荷車。


 腕を負傷し、血の滲んだ布を巻いている兵士。


 逃がせなかった家畜について語る農民。


「レイン様」


 声に振り返った。


 ニコと、その家族が立っていた。


 父ヨハンが深く頭を下げる。


「先程は、ありがとうございました」


「いえ。僕だけじゃありません」


 結界班がいた。


 兵士がいた。


 北東では、セレナが戦っていた。


 レオンが兵を動かし、増援を間に合わせた。


 誰か一人が、守ったわけじゃない。


「それでも」


 ニコが言う。


「あの結界、レインも守ってたんだろ」


「うん」


 ニコの隣りにいた小さな妹が、ヨハンの服を掴みながら俺を見る。


「ありがとう、レインさま」


「……うん」


 五歳のとき。


 初めて使った魔法は暴走した。


 屋敷で火事を起こし、家族を心配させた。


 自分には大きすぎる力だった。


 でも。


 今日は。


 その力で。


 みんなが逃げるための時間が作れた。


 俺の目で見つけたものが、戦いの役に立った。


 自分の力が、命を救った。


 その事実が、素直に嬉しかった。


 もっと強くなりたい。


 今日よりも、もっと。


 もっと強くなって、もっとたくさんの人を守りたい。


 俺は、そう思った。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想や評価などをいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。


次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。


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