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第二十二話「第Ⅱ級魔獣災害」

「緊急!第Ⅱ級魔獣災害発生!」


 泥だらけの伝令が、肩で息をしながら叫んだ。


風喰狼(かざはみおおかみ)の群れを複数確認!北東、南東の二方面から接近中です!」


 その瞬間、隣を歩いていたレオンがぴたりと足を止めた。


 空気が変わった。


「詳細な位置は」


 低く、短い声。


 伝令がすぐさま姿勢を正す。


「北東は、二群が森沿いを南下しており、合流する動きを見せています!南東にも別群を確認!騎兵斥候が追跡しています!」


「村までの距離は」


「北東が最も近く、このまま進めば日没には外縁へ到達します!」


「住民の避難は」


「北東の二村では、地方守備隊が開始しています!南東方面は、まだ――」


「すぐ始めさせろ」


 レオンは即座に言った。


「第二辺境歩兵連隊へ伝達。南東方面の村にも避難命令を出せ。東街道は住民の避難を優先にしろ」


「はっ!」


「第三遊撃連隊を出動。騎兵はそのまま各群を追跡しろ。数、進行方向、群れ同士の距離を逐次報告するように」


 矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「魔術大隊は結界班を優先。衛生隊も動かせ。各避難拠点で負傷者を受け入れられるようにしておけ」


「承知しました!」


 伝令が踵を返す。


「待て」


 レオンの声に、その足が止まった。


「討伐を焦って森へ入りすぎるな。最優先は村への進路を塞ぐこと、無事に避難を完了させることだ」


「はっ!」


 今度こそ伝令は走り去った。


 俺はその背中を見送る。


 第Ⅱ級魔獣災害。


 言葉でなら知っている。


 少数の衛兵や冒険者だけでは対応できず、領軍が本格的に動き、必要なら複数の村ごと避難させる規模の魔獣災害だ。


 授業では何度も聞いた。


 だが、眼の前の光景は教本の数行とはまるで違っていた。


 さっきまでは静かだった屋敷が、一瞬で姿を変えていく。


 廊下を兵士が駆け抜ける。


 外からは馬のいななきが聞こえ、玄関では通信兵が、離れた場所へ短い文を送る魔道具――伝信札を使って、先ほどの指示を各部隊へ送っている。


 別の兵士が、その横をすり抜けるように外へ走っていく。


「オスカー」


「こちらに」


 気がつくと、オスカーがレオンの傍らに立っていた。


「屋敷の使用人を避難支援へ回せ。空いている荷馬を確認し、水、保存食、毛布などをまとめておけ。領都の治癒院にも連絡を」


「承知いたしました」


「軍の輜重と重複するな。必要な物資は総司令部と照合してから出せ」


「では、私の方では屋敷側の支援を取りまとめます」


「ああ。頼む」


 短いやり取りだけで、オスカーも動き出した。


「厨房へ伝えてください。今夜の夕食準備は保留で、人手を非常用携行食の準備へ回すように」


「はい!」


「客間の一部も空けてください。万が一、負傷者が領都の治癒院に入り切らなかった場合に備えます」


「承知しました!」


 使用人たちが次々と散っていく。


 誰一人として立ち尽くしてはいなかった。


 兵士は兵士の仕事を。


 オスカーはオスカーの仕事を。


 料理人も、侍女も、御者も。


 それぞれが自分の役目へ走っていく。


 ふと午後の講義が頭をよぎった。


 橋。


 兵士。


 治癒院。


 机上に並べられた三枚の紙。


 あのときは、どこへ銀貨を置くかという問題だった。


 今も同じだ。


 兵をどこへ送るのか。


 誰を先に逃がすのか。


 補給をどこへ回すのか。


 一つ一つが、人の命につながっている。


 レオンは次々に届けられる報告を聞き、広げられた地図へ印を書き込みながら、迷うことなく指示を飛ばしている。


 だが、何もかも思い通りにできているわけではない。


 南東へ兵を送れば、北東へ送れる兵は少なくなる。


 領民の避難に守備兵を割けば、それだけ魔獣と戦う兵の負担が増える。


 補給の配分を誤れば、応急処置に遅れが出る。


 オスカーの言葉が蘇った。


 ――ないものは使えません。


「父様」


 人手が足りない。


 なら、俺にもなにかできることはないか。


 声をかけようとしたその時。


 レオンが近くの兵士へ顔を向けた。


「セレナ殿にも協力を頼む。研究館へ伝信を」


「はっ!」


 兵士が走り去る。


 俺は思わず目を瞬いた。


「先生も?」


「ああ」


 レオンは地図から目を離さなかった。


「この規模なら、借りられる力は借りる」


 それだけ言って、すぐに次の報告へ意識を向ける。


 ***


 ほんの数分後。


 玄関先で、風が強く吹き抜ける音がした。


 直後、扉が開く。


「状況は?」


 純白の魔導衣を翻しながら、セレナが足早に入ってきた。


 普段は持っていない、木製の杖を左手に握っている。


 研究館は、この屋敷から少し離れた場所にある。


 それなのに、伝信を出してからまだ数分しか経っていない。


 風魔法で飛んできたのか。


 いつもはきれいに整っている淡い栗色の髪が、今日は風に煽られたように大きく乱れていた。


 細い髪が頬に張り付き、前髪も普段より崩れている。


 だが、本人はまるで気にしていないようだった。


 レオンが地図を指した。


「北東と南東の二方面だ」


 セレナがその隣に立つ。


「北東では二群が合流しかけている。南東にも別群。騎兵が追っているが、まだ正確な数はでていない」


「北東の村との距離は?」


 レオンの指が地図を滑る。


「森を抜ければ平地だ。そのすぐ先に村がある。北へ回り込まれれば、村からの避難路とぶつかる」


「なるほど」


 セレナは数秒地図を見つめた。


「分かりました」


 レオンが顔を上げた。


「北東を任せても?」


「問題ありません」


 即答だった。


 俺は思わず二人の顔を見る。


(……北東を?)


 報告では、北東には二つの群れがいる。


 しかも合流しかけているという。


 それなのにレオンは、一個部隊へ命令を出すのと変わらない調子で、セレナ一人にその方面を任せようとしている。


 それだけではなかった。


「第三遊撃連隊へ変更を伝えろ」


 レオンが傍らの伝令に向き直る。


「北東へ向かわせる予定だった部隊の一部を南東へ回す。南東方面と避難路の警戒を厚くしろ」


 伝令の表情がほんの一瞬だけ動いた。


「……北東の増援を減らすのですか?」


 無理もない。


 最も危険な場所から、兵を減らすのだ。


 だが、レオンは迷わなかった。


「ああ」


 一度だけ、隣のセレナを見る。


「北東は、セレナ殿がいる」


「承知しました」


 伝令が走り出す。


 俺は地図に目を落とした。


 北東方面。


 二つの群れ。


 最も近い村。


 そこを、一人で受け持つ。


 単に「強い魔導師」という言葉では表せない。


 一人いるだけで、そこへ向かうはずだった何十人、何百人という兵を別の場所へ回せるのだ。


 レオンは、セレナをそれだけの戦力として見ている。


 そしてセレナ自身も、それを当然のように受け入れている。


(これが、帝国最高峰の魔導師……)


 三年間、ずっと近くで教わってきた。


 だからこそ、分かっているつもりになっていたのかもしれない。


「では、行ってきます」


 セレナが踵を返す。


 俺は少し考えてから、声をかけた。


「先生」


 セレナが振り返る。


「僕も同行できませんか?」


 レオンの視線がこちらへ向く。


 俺は続けた。


「前に出て戦うつもりはありません。ですが、僕なら、普通の人には見えない魔力の流れを確認できます」


 魔力が見えるという俺の能力は、索敵や攻撃の予兆を見るうえで役に立つ可能性がある。


「先生の近くで観察に徹すれば、何か見つけられるかもしれません」


 自分なりに、戦力として役に立つ方法を考えたつもりだった。


 レオンは即座には答えず、代わりにセレナの方を見た。


 セレナも少しだけ考えてから口を開いた。


「考え方は間違っていません」


「あなたの目が実戦で有用なのは、私も認めています」


「では――」


「ですが、今回は駄目です」


 もしかすればと期待していたが。


 セレナは地図の北東を指さした。


「私は北東方面を一人で受け持ちます。つまり、魔獣の位置、数、攻撃、村との距離、避難路への侵入可能性などを、全て同時に処理しなければなりません」


「あなたの観測能力で得られる利点より、護衛に割かなければならない注意の方が大きい。少なくとも、今はまだ、そう判断します」


 悔しいが、理屈は通っている。


 セレナの負担まで含めて、戦場では不利になるということだ。


「…分かりました」


 俺は頷いた。


「では、後方で僕にできることは何かありますか?」


 その言葉に、レオンが地図の一点を指した。


「東街道の避難拠点に行け」


「避難拠点……」


「兵士が住民を誘導している。魔術大隊の結界班も向かわせた」


 レオンは俺を見る。


「避難拠点は、避難を速やかに行うための中継所だ。住民の応急処置なども行っている」


「そこで、結界班の補助をしろ」


「避難民が通り終えるまで、結界を維持しろ。今のお前ならできる」


 地図を確認する。


 前線ではない。だが、北東と南東の間に位置し、領都へ続く避難路とつながっている。


 万一突破されれば、避難民が直接危険に晒される。


「現地では、結界班長の指示に従え」


「わかりました。魔獣との接触があった場合は?」


「追うな。結界維持と避難民の保護を優先しろ」


「はい!」


 役割は明確だ。


 なら、迷うこともない。


「行ってきます」


 レオンが一度だけ頷いた。


「俺も本営へ移る」


 近くに控えていた兵士へ視線を向ける。


「馬を用意しろ。今後の報告は領軍本営に集約する」


「はっ!」


 俺たちは玄関に向かった。


 ***


 外へ出ると、レオン用の騎馬と、俺を避難拠点まで運ぶ馬車が用意されていた。


 辺りは完全に非常時の空気に変わっている。


 兵士が行き交い、荷馬車へ物資が積まれ、遠くでは次々と馬が走り出している。


 その中に、一人だけ静かに立っている人がいた。


「母様」


 テレシアだった。


 銀色の髪を夕暮れの風に揺らしながら、玄関先で俺たちを待っていた。


 レオンが足を止める。


「テレシア」


「はい」


 それだけ。


 何か言いたいことはきっとあるはずだ。


 夫が軍を率いて出ていく。


 八歳になったばかりの息子まで、魔獣災害の現場に向かう。


 心配でないはずがない。


 だが、レオンを見つめる碧い瞳にも、俺へ向ける眼差しにも、取り乱した色は見えなかった。


 ただ静かで、まっすぐだった。


「あなた」


「ああ」


「領民のことを、お願いいたします」


 レオンは短く頷いた。


 それから、テレシアの視線が俺に移る。


「レイン」


「はい、母様」


 彼女は俺の前に来ると、乱れていた襟元をそっと整えた。


 いつものように頭を撫でることはしなかった。


「父様のお言いつけと、現地の方々の指示をよく聞くのですよ」


「はい」


「あなたにできることを、きちんとしてください」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「分かりました」


 俺はしっかりと頷いた。


 テレシアは小さく微笑んだ。


「では」


 一歩だけ下がる。


 レオンと俺を順番に見た。


「お二人とも、いってらっしゃいませ」


 レオンが馬に跨る。


 俺も馬車に乗り込む。


 御者が手綱を握った。


 走り出す直前、もう一度だけ振り返る。


 テレシアは玄関先に立ったまま、こちらを見送っていた。


 手を振ることもなく。


 泣くこともなく。


 アストリア家の妻として。


 そして、俺の母として。


 俺たちが役目を果たして戻ってくることを、信じて待っている。


 そんな眼差しだった。


「出します!」


 御者の声。


 馬車が動き出す。


 同時に、レオンの馬も領軍本営へ向けて駆け出した。


 俺たちは門の前で二手に分かれた。


 レオンは、領全体を守るために。


 俺は、避難拠点を守るために。


 ***


 東街道に向かう馬車の上から見る景色は、いつもの領地とはまるで違っていた。


 荷物を抱えた人が、領都へ向かって歩いている。


 荷車に家財を積んだ家族。


 泣き出した子どもを抱く母親。


 牛の手綱を引きながら何度も森を振り返る老人。


「立ち止まらないでください!」


「領都へ向かう方はこちらです!」


「荷物は後です!まずは人を!」


 道の脇には、東へ向かおうとしていた商人の荷馬車が何台も止められていた。


 そのすぐ横を、治療道具を積んだ軍の馬車が駆け抜けていく。


 橋も、兵士も、治癒院も、机上の絵ではない。


 今、眼の前で人の流れと命に変わっている。


 馬車が大きく揺れた。


「レイン様、もうすぐです!」


 街道の先。


 土嚢と木柵で囲まれた一区画と、いくつもの天幕が見えてきた。


 避難拠点だ。


 その手前には、既に大勢の人々が集まっている。


 ***


「次!こちらへ!」


「馬車は右側へ!歩けるものは道を開けろ!」


 避難拠点は、騒然としていた。


 土嚢と木柵で囲まれた広場には、避難してきた人々や荷馬車がひしめいている。


 兵士たちが人の流れを整理し、その奥では衛生兵が負傷者の応急処置をしていた。


 避難拠点の西側からは、領都へと続く街道が伸びている。


 一方、東側。


 魔獣がいる森との間には、三枚の結界が並んでいた。


 最も森に近い第一結界。


 その少し後ろに第二結界。


 そして、避難拠点のすぐ手前に、第三結界。


 それぞれが、避難拠点とその周囲を塞ぐように、緩やかな弧を描いて展開されている。


 俺が馬車から降りると、一人の男がこちらへ駆け寄ってきた。


「レイン様ですね?」


「はい」


「魔術大隊の結界班を預かっております。総司令部から話は聞いております」


 男は東の森に向けて並ぶ三枚の結界を指した。


「森側から三段の結界を展開しています。第一、第二結界で魔獣の進行を食い止め、突破された場合は第三結界で避難拠点を守ります」


 外側から順に敵を受け止め、最後の一枚だけは絶対に抜かせない。


 そういう作りのようだ。


 俺は三枚の結界に目を凝らした。


 普通なら、淡い光の壁が三枚並んでいるようにしか見えないのだろう。


 だが、俺の目には、それぞれを構成する魔力の流れまではっきりと見える。


 多くの魔力が流れ込んでいる第一、第二結界に比べて、第三結界には、まだ余裕があった。


「僕は第三結界の補助でいいですか?」


 男の返答が、わずかに遅れた。


「……ええ。その予定です」


 配置を見た限り、その役割が最も妥当だ。


 外側の二枚の結界には、すでに多くの魔術師が魔力を流している。


 そこへ俺が大量の魔力を加えれば、かえって均衡を崩しかねない。


「流量を合わせます。変化があれば指示をください」


「承知しました」


 俺は第三結界を維持している魔術師たちに加わり、手を伸ばした。


 何人もの魔術師から送り出された魔力が、横へ広がって一枚の光の壁を形作っている。


 その流れを壊さないように、自分の魔力を重ねていく。


 ゆっくりと。


 周囲と同じ速さで。


 淡かった第三結界の光が、静かに厚みを増した。


「……これほどきれいに合わせるとは」


 隣から小さな声が聞こえた。


「負荷は大丈夫ですか?」


「安定しています。このままでお願いします」


「分かりました」


 そのまま魔力を一定に保つ。


 第三結界のすぐ後ろには避難拠点がある。


 更にその向こう、西に伸びる街道では、拠点に到着した避難民が次々と領都へ送り出されていた。


 すると。


「レイン?」


 聞き覚えのある声がした。


 視線だけそちらに向ける。


 避難拠点の人混みの中に、見知った顔があった。


「ニコ?」


 東部の農家の少年、ニコ・アルバだった。


 いつもは日に焼けた顔で笑っているのに、今日は顔が青ざめている。


 その横には、父ヨハンと母親、そして小さな女の子がいる。


「レイン様……」


 ニコがぎこちなく頭を下げた。


「みんな大丈夫?」


「ああ……俺たちは」


 ニコが東の方角を振り返る。


「兵隊の人が来て、すぐ逃げろって……」


 声が震えている。


「家も、畑も、全部置いてきた」


 何を言えばいいのか、一瞬迷った。


 大丈夫だと。


 そういうのは簡単だ。


 でも、本当に大丈夫かどうかは、俺にはわからない。


 だから。


「ここは守る」


 それだけ言った。


 ニコが俺を見る。


「皆が逃げるまで、この結界は必ず持たせる」


 ニコはしばらく俺をみたあと、小さく頷いた。


「......頼む」


 ***


 少しずつ、空が暗くなってきた。


 日が沈み、東の森は既に黒い塊のように見える。


 その向こうで。


 ドォンッ。


 轟音が響いた。


 避難拠点にいた何人かが、北東の空を見上げる。


 俺もそちらへ視線を向けた。


「何か……飛んでる?」


「いや…何も見えないぞ…」


 俺には見えた。


 暗い空に。


 眩いばかりの魔力の光が浮いている。


「……先生」


 肉眼では、黒い小さな点にしか見えない。


 だが、白銀の風の魔力が激しく渦巻くその中心。


 セレナ自身から溢れる膨大な魔力が、夕闇の中で一つの光源のように輝いていた。


 普段は精密に抑え込まれている魔力。


 それが今は、惜しみなく戦闘へ回されている。


 空中でセレナが杖を振った。


 蒼い魔力が地上へ落ちる。


 その直後。


 ドォンッ。


 森の手前から巨大な氷壁がせり上がった。


「なんだ…あれ」


 隣の魔術師が呟く。


 今度は白銀の刃。


 一本。


 二本。


 三本。


 離れた場所に、ほとんど同時に振り下ろされる。


「北東方面、突破なし!」


 馬を飛ばしてきた伝令の声が響いた。


風喰狼(かざはみおおかみ)二群、合流、進行を阻止されています!」


「味方の損害は!」


「現在確認なし!」


 周囲の兵士たちから、どよめきが上がった。


 セレナ一人が、一方面を受け持っている。


 本当に一人で、部隊の代わりを担っている。


 規格外すぎる。


 思わず、そんな感想が浮かんだ。


 俺は強くなった。


 三年前とは比べものにならないほど。


 けれど、あれを見て、今の自分が同じ場所に立てるとは、全く思わなかった。


 だからこそ。


 俺は視線を戻す。


 今の俺には、ここでやるべき仕事がある。


 第一結界。


 第二結界。


 第三結界。


 まずは、ここを持たせる。


 セレナにはセレナの仕事がある。


 俺には俺の仕事がある。


 それでいい。


 そう考えた、そのときだった。


 ふと、森の中で魔力の影が高速で移動するのが見えた。


 ドンッ!!


 腹の底まで響く衝撃。


 第一結界が、大きく歪んだ。


「来たぞ!」


 結界班の一人が叫ぶ。


 淡い光の結界が、弓なりにこちらへ押し込まれる。


 避難拠点から悲鳴が上がった。


「何頭だ!?」


「正面じゃない!」


 見張りの兵士が南を指す。


「南側!森沿いを回り込んできた!」


 すぐにそちらを見る。


 木々の間を、灰青色の影が、魔力の光を纏いながら走っている。


 一頭。


 二頭。


 その後ろにもいる。


 結界班長の顔色が変わった。


「北東の群れじゃない。南側から回り込んだ群れだ!」



 ドンッ!!


 二度目の衝撃。


 第一結界が激しく揺れる。


 そして俺の目には、その衝撃が一か所に集中しているのが見えた。


「南側の部分が崩れ始めています!」


 俺が声を上げる。


 結界班長が即座に反応した。


「第一結界、南側を補強!」


 魔術師たちが魔力を送り込む。


 乱れていた光が持ち直す。


 だが。


 森の中から、更にいくつもの灰青色の影が姿を現した。


 まだ避難は終わっていない。


 俺達のすぐ後ろでは、子どもを抱いた親や、荷物を背負った老人たちが、領都へ向かっている。


 ここを抜かれれば。


 次に魔獣の前に立つのは、あの人たちだ。


 セレナは北東を守っている。


 レオンは戦場全体を指揮している。


 そしてここは。


 俺たちが守る場所だ。


 ドンッ!!


 結界に、三度目の衝撃が叩きつけられた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想や評価などをいただけるととても励みになります。お気軽にお寄せください。


次話もお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

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