第一話「異世界転生」
何かが聞こえる。
遠くから響く、か細い声。
――赤ん坊の泣き声だ。
(そうか……よかった)
あの線路に落ちた赤ん坊は、助かったのだろう。
暗闇の中で、胸の奥に小さな安堵が広がった。
だが、すぐに違和感が追いかけてくる。
(……待て)
俺は、電車にはねられたはずだ。
あの距離で助かるなんてあり得るのか。
手足を動かそうとする。
動かない。
というより、思った通りに力が入らない。
身体全体が何か柔らかいものに包まれている。重い瞼を開こうとすると、白い光が差し込み、反射的に目を閉じた。
コンクリートの冷たさもない。
血の匂いもしない。
あるのは、ぬるい温もりと、騒がしく行き交う人の気配だけだった。
(病院……?)
いや、違う。
耳に入ってくる声の響きも、空気の匂いも、何もかもが妙だった。
「奥様、旦那様! 元気な男の子ですよ! 無事に産声をあげられました!」
若い女性の弾んだ声が響く。
続いて、すぐ近くから低い男の声がした。
「よく頑張った、テレシア……! ありがとう。本当に……!」
(奥様……旦那様……?)
何を言っているんだ。
産声?
男の子?
頭が追いつかない。
その時だった。
喉が勝手に震えた。
「おぎゃああぁっ、おぎゃああぁっ……!」
(……は?)
驚いて声を止めようとする。
止まらない。
短い腕がばたばたと動き、視界の端に小さな手が映った。
指も、手のひらも、信じられないほど小さい。
さっきから聞こえていた赤ん坊の泣き声。
その発生源は――俺だった。
「まあ。こんなに元気に泣いて」
柔らかな声とともに、身体がそっと持ち上げられる。
布に包まれたまま、温かな胸元へ抱き寄せられた。
ようやく薄く開いた視界に、一人の女性の顔が映る。
疲れ切った顔をしているのに、彼女は泣きそうなほど幸せそうに笑っていた。
その横には、大柄な男が立っている。
二人とも、俺を見ていた。
電車にはねられたはずの俺。
何者にもなれないまま、あの人生を終えたはずの俺。
なのに今、俺は赤ん坊の身体で泣いている。
どう考えても、まともな状況ではない。
それでも、目の前の現実が一つの答えを突きつけていた。
俺は――。
まったく別の世界で、もう一度生を受けたのだ。
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