第十五話「正解を知る者」
一度できたからといって、急に完璧になったわけではなかった。
次の一回は、速すぎた。
その次は、切り分けた量が多すぎた。
ボフッ。
指先から少し魔力が漏れる。
「あ、止めるのが遅い」
すぐに分かった。
今度は早めに減速する。
胸元から肩へ。
肘。
手首。
指先。
ぴたり。
「よし」
もう一度。
今度は途中で光がわずかに膨らんだ。
「量が増えてる……」
修正する。
何度か繰り返すうちに、十回やれば八回ほどは形になるようになった。
もちろん、先生の見本と比べれば粗い。
止まった位置も、量も、毎回少しずつ違う。
それでも、最初の十回とは比べものにならない。
「一度休憩しましょう」
先生が俺の左手を離した。
その瞬間、どっと疲れが出た。
「ふぅ……」
その場へ座り込む。
額には汗が浮かび、服が背中に張りついている。
ほんの少量の魔力を動かしていただけなのに、集中するだけでかなり疲れるらしい。
「お疲れさまでした」
先生は俺を見下ろし、それからいつものように顎へ指を添えた。
目を閉じる。
また考え始めた。
しばらくして、紫の瞳が開く。
「レイン。移動の基礎については、ひとまず今の方法で進めましょう」
「はい」
「ただ、一つ分かったことがあります」
声が、教師より研究者のものへ変わる。
「あなたの成長が速い理由です」
「僕の?」
「正確には、失敗した後の修正が速い理由ですね」
先生は俺の右手を指した。
「先ほど失敗した時、何が悪かったか考えましたか?」
「考えたというか……見えました」
「そうでしょうね」
先生が頷く。
「普通の初学者は、失敗しても原因が分かりません」
先生は指を一本立てた。
「動かす量が多かったのか。速度が速かったのか。途中で意識が乱れたのか。止めるタイミングが悪かったのか。感覚が育っていない段階では、どれが原因なのかを一つずつ探す必要があります」
「先生でもですか?」
「複雑な術式になれば、当然です」
少しも迷わず答える。
「魔法研究の大半は、失敗の原因を切り分ける作業と言ってもいいくらいです。仮説を立て、条件を変え、また試す」
なるほど。
前世の実験や仕事にも似ている。
結果がおかしくても、どこが原因か分からなければ直せない。
「ですが、レインは違う」
先生の視線が、俺の目へ向く。
「あなたは、ずれた場所そのものを見られる」
言われて、さっきの失敗を思い返す。
速すぎた。
大きすぎた。
止めるのが遅かった。
どれも、見た瞬間に分かっていた。
「さらに重要なのは、正解も見えていることです」
「先生の魔力?」
「はい」
先生が右手を上げる。
胸元から、さっきと寸分違わない量の光が指先まで移動した。
「普通の人は、教師の魔力操作を外から見ることができません。説明を聞き、自分の感覚の中で正解へ近づくしかない」
俺には、その正解が見える。
自分の失敗と、先生の成功を並べられる。
「つまり、原因を探すための試行錯誤が大幅に減る」
先生が言った。
「失敗を一回するたび、あなたは一回分以上の情報を得ているんです」
「……そういうことか」
ようやく、魔力視の利点がはっきり形になった。
ただ見えるから便利なのではない。
正解と間違いを、自分の目で比べられる。
「もう一つ」
先生は続ける。
「視覚と感覚を同時に使い続ければ、いずれ見なくても同じ操作ができるようになる可能性があります」
「身体が覚える?」
「そうです。今は仮説ですが」
先生は少し考えたあと、静かに言う。
「この成長速度がそのまま続くなら、魔力制御だけを見れば、十年を待たずに魔導師級へ届いても不思議ではありません」
「十年……」
途方もないようで、魔導師という言葉を考えれば短いのだろう。
少し前の俺なら、『自分はやっぱり選ばれた存在なんだ』と浮かれていたかもしれない。
でも今は、目の前に先生がいる。
さっき見せてもらった何十もの魔力を同時に揃える精度。
百メートル先まで小さな魔力を保つ技術。
俺には、まだできないことばかりだ。
「先生は、何年かかったんですか?」
「何にです?」
「先生くらい扱えるようになるまで」
セレナ先生は少し考えた。
「今も勉強中です」
意外な答えだった。
「え?」
「魔導師になれば終わりだと思いましたか?」
半眼で見られる。
「魔法は、そんなに狭い学問ではありません」
その言葉が、妙に心へ残った。
俺の能力がどれだけ珍しくても、この世界の魔法すべてを知っているわけではない。
むしろ、何も知らない。
そして先生自身も、まだ先を見ている。
それが少し嬉しかった。
「これから、一緒に確かめていきましょう」
先生が手を差し出した。
「まずは移動を身体に覚え込ませる。その次は圧縮です」
「……もう休憩終わりですか?」
「十分休みました」
「まだ五分くらいじゃないですか?」
「五分も、です。時間は、有限ですよ」
俺は苦笑しながら、その手を取った。
「分かりました」
立ち上がる。
次は圧縮。
まだ魔法そのものを使う許可は出ていない。
それでも、不思議と焦りはなかった。
見えるだけだった光が、少しずつ意味を持ち始めている。
それが、何より面白かった。
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