仮面夫婦の初対面
1.ヴィクトル視点
王都郊外、シェルストレームの森。
麗らかな日差しに包まれた春の午後。楽隊が高らかに曲を奏でる中、四頭立ての煌びやかな馬車が静かに進んできた。
赤いカーペットが敷かれ、扉が開けられる。騎士の手を借りて降りてきた少女を見て、一瞬、ヴィクトルは呼吸を忘れた。
雪のように白い肌。蜂蜜を思わせる濃い金色の髪。木漏れ日を浴びて輝く葉のような翠の瞳。
一言でまとめるならば、
「可愛い」
思わず口から言葉が零れ落ちていた。慌ててヴィクトルは口を手で塞ぐ。側近がえ???という目でヴィクトルを眺めていたが、気にしている余裕はなかった。
(えっ可愛い可愛いどうしよう超可愛いえっこの子が俺の妻? えっえっ?)
ヴィクトルが内心で黄色い悲鳴を上げている内に、王女は静々と近づいてきて礼をした。
「――お初お目にかかります。グレーデン国王フィリップ四世が三女、アンネリーゼ=フレイヤ・アヴ・グレンダールでございます」
「面を上げよ」
王女が顔を上げる。長身のヴィクトルと華奢な王女は、頭ひとつ以上の身長差がある。自然、上目遣いになって、その可愛さにヴィクトルは内心で悶えた。
(やばい目合った。可愛い鼻血出そう可愛い。声も可愛い所作綺麗食べたい可愛い)
「遠路遥々よくぞ参られた。ユティラ国王、ヴィクトル三世である」
「お出迎えいただきましたこと、心より感謝申し上げます」
ヴィクトルは腕を差し出した。森の中央に、小さな離宮がある。今日はそこに泊まり、明後日、王都にある大きな教会で結婚式が行われる予定であった。
ありがとうございます、と微笑みながらアンネリーゼはヴィクトルに手を委ねる。不自然な動悸が聞こえていないことを、ヴィクトルは心の底から神に願った。
離宮に着くと、母が待ち構えていた。数年前に膝を悪くしてからずっと車椅子生活で、宮殿からは滅多に出てこない。
王女は車椅子に座る母に失礼ではないよう、深く腰を折り名乗りを上げた。横顔すら可愛い。天使か何かだろうか。
そう思っていると、母が冷え冷えとした声で言った。
「あなた、随分、華奢なのね。ユティラはグレーデンよりも寒いわ。体調を崩さないか心配ね。万が一にでも病を得て、ヴィクトルに移しでもしたら大変だわ」
ヴィクトルが反論するよりも早く、微笑んだまま王女が答えた。
「お気遣いありがとうございます。わたくしは体は小さいですが、これまで風邪も滅多に引いたことがございません。王太后さまにご心配をおかけすることがないように努めます」
「――もしも王女が風邪を引いても、私が寝込む心配はないでしょう。私は王女よりもずっと頑健ですから」
ヴィクトルが補足すると、母は眉間に皺を寄せた。母はこの結婚に強硬に反対していたとはいえ、あまりにもあからさまである。
――母の心境を思えば、無理からぬことではあるが。
「――そう。なら結構」
言い捨てて母が去っていく。ヴィクトルは王女に頭を下げた。
「申し訳ありません。母が失礼を申し上げた」
「陛下は背が高くていらっしゃるから、一層小さく見えたのでしょう。王太后さまが御不安になられるのも無理のないことですわ」
飽くまで背の高さが問題である、という一点に収束させている。ありがたいことだ、とヴィクトルは目礼した。にこりと至近距離で微笑みが返ってきて、心臓が止まりかけた。
2.アンネリーゼ視点
カーペットの先に立つ人を見て、アンネリーゼは唾を飲み込んだ。
ユティラ国王、ヴィクトル三世。
太陽の光を弾く銀の髪、冴え冴えとした青い瞳。遠目からでも分かるほどに身長が高く、体格が良い。
彼が、銀の死神。
グレーデン軍の兵士から、ユティラの捕虜から幾度も聞いた。銀の髪を真紅に染めて戦場を駆け回ったという武勇を持つ人。
――イケメンね。素敵。
キリっとした顔のまま、アンネリーゼは思った。良かった。ユティラ王家もだが、グレーデン王家もまた美男美女が多い家系なので、あんまり不細工すぎたらちょっと悲しいわ、と思っていた。
――表向きは、わたくしに対して敵意をお見せにならないし、臣下も同様。一安心、かしら。
アンネリーゼは国王の前に進み出て、深々と腰を折る。
「――お初お目にかかります。グレーデン国王フィリップ四世が三女、アンネリーゼ=フレイヤ・アヴ・グレンダールでございます。国王陛下に拝謁叶い、光栄に存じます」
「面を上げよ」
静謐な声に顔を上げる。王は随分背が高いので、仰ぎ見る形になった。もう少し高いヒールを履いてくればよかった、と内心後悔する。
「遠路遥々よくぞ参られた。ユティラ国王、ヴィクトル三世である」
「お出迎えいただきましたこと、心より感謝申し上げます」
国王はすっとアンネリーゼに腕を差し出した。僅かな躊躇いを飲み込み、その手を取る。一回り大きな手は思いのほか温かい。
離宮では国王の母、王太后ヘレナが待っていた。数年前に膝を痛めて以来、車椅子に乗っているそうだ。アンネリーゼは国王と同じように深々と礼をし、名乗りを上げた。そう、あなたが。と小さく王太后は呟いた。
「王太后ヘレナ=エレオノーラ・フォン・ノルランデルよ。あなた、随分、華奢なのね。ユティラはグレーデンよりも寒いわ。体調を崩さないか心配ね。万が一にでも病を得て、ヴィクトルに移しでもしたら大変だわ」
声は冷え冷えとしており、瞳には憎悪の色が見え隠れしている。アンネリーゼは気を引き締めた。
王太后ヘレナ。彼女の祖国ノルドヴァルは、二十年近く前にグレーデンと争い、領土を奪われている。彼女にしてみればアンネリーゼは夫と祖国の一部を奪った憎き仇だ。
「お気遣いありがとうございます。わたくしは体は小さいですが、これまで風邪も滅多に引いたことがございません。王太后さまにご心配をおかけすることがないように努めます」
「――もしも王女が風邪を引いても、私が寝込む心配はないでしょう。私は王女よりもずっと頑健ですから」
思いがけず、国王が援護してくれた。すると王太后は眉間に皺を寄せる。ならば結構、と言い捨てて去って行った。国王はその後ろ姿が見えなくなってから、アンネリーゼに頭を下げた。
「申し訳ない。母が失礼を申し上げた」
「陛下は背が高くていらっしゃるから、わたくしは一層小さく見えたのでしょう。王太后さまが御不安になられるのも無理のないことですわ」
飽くまで背の高さが問題である、という一点に収束させる。結婚を前に、両国の不和を囁かれたら堪らない。
国王からの目礼に微笑みを返すと、国王は硬直した。体調不良だろうか。結婚式までに是非とも治してほしい。




