表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/32

仮面夫婦が出会う前

「寒くないか? もっと暖炉の近くに……いやでも火が毛布についたら」

「もう、ヴィクったら。心配しすぎよ。それにまだ秋なんだから、暖炉の傍に行ったら暑すぎるわ」


くすくすとアンネリーゼは笑った。兼ねてより心配性だったヴィクトルは、懐妊が分かってからというものの、輪をかけて過保護になった。軽い物であっても持ち運びは厳禁と言われ、動けなくて不満なくらいである。


「ねぇ、ヴィク。息子と娘、どちらがいい?」

「どちらでも。君と子供が無事に産まれてくれたら、それより他に望むことはない」


ヴィクトルには兄弟は愚か、男系の従兄弟さえもいない。再従兄弟にまで広げれば数人の血縁がいるが、やはり王子の誕生が望ましいことには違いないのだ。

それでも無事であれば、と本心から言い切ってくれるヴィクトルの言葉が、アンネリーゼには嬉しかった。


「……いや、でも、どちらかといえば息子がいい」

「あら、どうして?」

「娘は……娘は、いずれ嫁に行ってしまうだろう? 耐えられる気がしない」


アンネリーゼはポカンとしてから吹き出した。侍従と護衛も、肩を震わせている。


「ヴィクったら! まだ生まれてもないのに、先のことを考えすぎよ」

「そうだろうか……」

「それに、息子だって、お嫁さんを迎えたら、お父様のことなんて知ーらない、とか言うかもしれないわ」

「な、ん、だって……」


ヴィクトルの背後に、ガーンという効果音が見えるようだった。反応が可愛い人だ、とアンネリーゼはくすりと笑う。


「ほら、あなただってわたくしにメロメロでしょう?」

「ぐっ……」

「だから、未来のことはその時考えればいいの。ね?」

「……そうだな」


アンネリーゼはヴィクトルの肩に頭を預けた。ヴィクトルはアンネリーゼの手を強く握る。


「……君が嫁いでくる前は、こんなにも幸せになれるとは思ってもいなかった」

「わたくしも、少し不安だったわ。上手く出来るのか、ヴィクがわたくしのことを嫌っていないか……」


もう四年も前のことになるのか、とアンネリーゼは目を瞑る。

よねん。四年。そこまで長くはないはずなのに、どうしてか、ずっと前のことのように思える。

――四年前の春。

あの時アンネリーゼは、まだ王女だった。



***



グレーデン王国、春。

国王フィリップ四世の末娘、アンネリーゼは、婚姻の為祖国を旅立とうとしていた。

婚姻の相手は、二年前まで敵国だった隣国・ユティラの新王。これまでグレーデン軍に夥しい被害をもたらし、銀の死神と呼ばれた若き君主である。


『リゼ。どうか、元気でね』

『怪我をするんじゃないぞ。嫌なことがあったら知らせなさい』

『もう、お母様もお父様も心配性なんだから』


アンネリーゼは、瞳に涙を浮かべる家族に向かって胸を張った。


『わたくし、こんなに可愛いのですもの。ユティラ王陛下だって、イチコロですわ!』

『その自意識過剰なところ、お兄様は好きだよー』

『苦手な奴もいるからな!』

『それは見る目がないってことよ、オーロフ』

『弟に対して辛辣!!』


ぎゃんっ、と弟は吠える。その頭を笑いながら撫でた。

もうすぐ、アンネリーゼはユティラの王妃となる。こうして家族と笑い合えるのは、もう今後ないだろう。

けれど、それでいい。王女として生まれ落ちたその時から、国の為に嫁ぐことは覚悟していた。

なればこそ、家族の記憶に残る己は、美しく穏やかなものでありたかった。


『それでは、行って参ります!』


アンネリーゼは騎士の手も借りず馬車に乗り込んだ。窓から顔を覗かせれば、すぐに慣れ親しんだ王宮と家族が離れていく。


『……どうか、彼らの道に幸多からんことを』


王宮が見えなくなるまで、アンネリーゼは深く首を垂れ続けた。


『......姫様』


侍女の気づかわしげな声に顔を上げる。頬を流れた涙を指で払いのけた。

泣く理由は、ないはずだ。


「――いいえ、わたくしはもう、姫ではないわ」


ゆっくりと、アンネリーゼは頭を上げる。言葉の変化に、ハッとした様子で侍女は息を呑んだ。


「わたくしはユティラ王妃になる。あなたも言葉を改めなさい」


侍女は首を横に振る。


『ですが......相手は、銀の死神とまで呼ばれた御方。もしも姫様に何かあれば......』

「そんなことはきっと起こらないわ」


アンネリーゼはきっぱりと言い切った。侍女は涙目でアンネリーゼを見上げる。


『姫様は怖くないのですか……? 死神なのですよ』

「……怖くないと言ったら、嘘になるけれど」


指先の震えを隠すために、アンネリーゼは拳を握りしめた。


「……それでも、陛下はわたくしに危害を加えることはなさらないわ。どれほど陛下がわたくしを嫌っておられたとしても、この婚姻は講和条約の条項。違えることは許されていないのだから」


たとえ、ユティラの民に憎まれていようとも、アンネリーゼは国母となる。

――グレーデンとユティラの戦が終わってから、二年の月日が流れていた。



***



「――上の空ですね、陛下」


ユティラ国王、ヴィクトルは、側近の声を聞いて我に返った。


「......済まない。気を散じていた」

「いえ、仕方ないことでしょう――もうすぐ、花嫁をお迎えするのですから」


ヴィクトルは無言で窓の外を眺めた。

国王として即位して一年。二年前まで敵国だった隣国・グレーデンの王女が、ヴィクトルの妻となる。妖精姫と謳われ、戦争の間、傷病兵の救助やユティラ兵の捕虜の待遇改善に奔走したと伝わる。そのおかげで、一部のユティラ兵士からは好意的に受け入れられている。


「やはり、好ましくは思われませんでしたか?」

「お会いしていないから、今は何も。ただ――」


ヴィクトルはその先の言葉を飲み込んだ。

向けられた恐怖の眼差しと、引き攣った命乞いの声。肉を切り裂いた感触。目の奥に、悲鳴と血飛沫が舞って、消える。

ヴィクトルは知らず知らずのうちに拳を握っていた。

――そう、己は銀の死神とあだ名された人間だ。


「……姫は、どうお思いだろうな」


晴れ渡った青い空を、白い鳥が一羽横切った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ