侍従たちの喜び
「そう……陛下は承諾してくださったのね」
ほぅ、とマルコの主人――王太后ヘレナは溜息を吐いた。
「何か、ご不安が……?」
ゆるゆると、王太后は首を横に振る。
「嬉しいけれど……公開食事でない時にも、王妃と食事をしていないのかしらと思って」
「そのようです」
「やはり、陛下は王妃のことが気に入らないのかしら」
マルコは沈黙した。しがない伯爵家の三男坊に過ぎない自分は、王家の事情に首を出す権利を持ち合わせていない。
「グレーデンの王女以外であれば、今頃御子にも恵まれていたでしょうに」
可哀想な陛下、と王太后は囁くような声音で言う。
「他の女人に、興味を示されたこともなかったのですね?」
「私が聞き及んだ範囲では」
そう、と王太后は目を細める。
「きっと王妃に遠慮しているのでしょう。あたくしが進言してみましょう」
ふふふ、と王太后は口角をあげて嗤った。
***
国王と王太后の晩餐は常に静かであった。時折会話は交わされるが、実の母子なのか、と思うほどに義務的で、政務や昨今の情勢についての話ばかりだった。
「ーー陛下」
「はい、殿下」
二人は互いを肩書きで呼ぶ。それ以外の呼び方を、ヨナスは聞いたことがない。勤務が短いからかと思っていたけれど、カイに聞いてもそうだと言うから、多分ずっと変わらないのだろう。
「王妃と、こうして食事をすることが少ないと聞き及びました」
「左様でございますか」
国王の返答は微塵も揺らがない。表情さえも、一分も変わらない。
「王妃のことが気に入らないのですか」
「そうは申しておりません」
「陛下。あなたは先王陛下の唯一の御子なのですよ。必ずや、子を作らねばなりません」
「心得ております」
「ならば、閨が少ないという噂は偽りだと?」
「共に公務で忙しければ、閨を共にすることも減りましょう」
いやどんなに忙しくても一緒に寝てますよね、とヨナスは心の中で突っ込んだ。どちらかが先に寝ていることもあるが、兎に角二人は毎日共同寝室で寝ている。
「もう婚姻から四年も経つのですよ? 心配する貴族がどれほどいることか」
「子は授かり物といいますから」
「されど、陛下と殿下も、今後について考えるべきでしょう」
国王はカトラリーを置き、王太后を見据えた。
「傍系から後継者を選ぶか、或いは愛妾を迎えるか……」
思わずヨナスは息を呑んだ。
一夫一妻制が原則のこの国において、庶子には継承権が認められない。かつて庶子に継承権を認めるため、王妃との婚姻を無効にし、愛人を王妃に迎えた王もいるが、だいぶ強引な手段である。
「殿下。ご懸念は承知しておりますが、そういったことを考えるにはまだ早いでしょう」
国王が冷ややかな口調で言ったが、王太后は頑是ない子供を聞き分けさせるような声で言う。
「陛下。そういって先延ばしにしてきたからこそ、今の状況に陥っているのです。王妃が石女ならば、それなりの対策をせねば」
「そうと決まったわけではありますまい。何より、王妃はグレーデンの王女。愛妾など迎えれば、グレーデンの反発は必至です」
「王妃は当然の責務を果たせなかったのですよ。講和条約さえなければ、婚姻無効に至ってもおかしくありません」
或いは、グレーデンは敢えて石女とわかっていて王妃を選んだのやも、と王太后は語る。元より反同盟派の筆頭として王太后は王妃を嫌っていたが、今日は殊更あからさまである。
ヨナスの胃がキリキリしてきた。
国王は笑っているのに、目が笑っていない。すっごく不機嫌である。絶対これ、妃殿下のところに行って仕事を放棄するやつである。
「殿下ともあろう方が、軽々しくそのような言葉を口にされるべきではありません」
「陛下。あたくしは陛下を心配して、」
「ご心配には及びません――それでは執務が残っておりますので、失礼致します」
「陛下!」
国王は王太后を置いて退出する。ヨナスら侍従は、慌てて国王の後を追った。
執務が残っているので、と言って王太后の部屋を出た国王だが、自室に戻ると早々に夫婦共用の寝室に足を運んだ。荒んだ面持ちは、しかし王妃を見た途端に解ける。
「リゼ」
「あら、ヴィク。もっと遅くなるかと思っていたわ」
王妃はソファに座り、コケモモの砂糖漬けを食べていた。いつもよりやや厚手の衣装に身を包んでいる。
国王は王妃の隣に腰掛けると、ぎゅうとその体を抱きしめた。
「……切り上げてきた」
「あらあら。わたくしの悪口でも言われたの?」
「……」
国王は沈黙を貫いた。ふふ、と王妃は笑う。
「全く、仕方のない人。焼きカスタード、食べる?」
「……食べる」
国王は身を起こし、雛の餌付けのように、王妃が手にする匙から焼きカスタードを頬張る。美味しいな、と頬を緩めた国王に対し、にこやかな笑みを浮かべたまま王妃は言い放った。
「それでね、ヴィク。悲しいお知らせと嬉しいお知らせがあるのだけれど、どちらから聞きたい?」
「えっ」
国王は固まる。
「……それは、どのくらいの悲しいと、どのくらいの嬉しいだろうか」
「ううん。悲しいだけを聞いたらヴィクは暫く立ち直れないでしょうけれど、嬉しいを聞いたら……あら、嬉しいを聞いても心配しそうね」
「それは良いことなのか……?」
国王は眉尻を下げたまま唸り、悲しい方で……と何とも哀愁漂う声で言った。そんなに悲しい顔をしないで、と王妃は笑う。
「暫く、一緒に寝られないわ」
「なっ……」
国王は目を見開き、絶句した。さぁっ、と血の気が引いていく様が目に見える様である。
ヨナスはもしかして、と別の意味で目を見開いた。ベリーのパイを届けにきた時、何やら部屋が騒がしかったが、まさか――
「し、しばら、いっ、ど……」
「まぁ、ヴィクったら」
言葉にならない音を発する国王を見て、くすくすと王妃は笑う。
「お父さんになるのだから、もっとしっかりしてちょうだい」
「………………へ?」
――その日の夜、国王夫妻付きの侍従と侍医、女官、侍女及び厨房長によるささやかな宴が催されたことは、言うまでもない。




