新人侍従の受難
「ええと、この後はイソメッツァ伯爵との御面会.......」
ヨナスは手帳を片手に王宮内の回廊を早足で歩いていた。今日は侍従が二人病欠したため、いつにも増して忙しなかった。昼ご飯を食べる暇もなく、書類を運び、明日の公開晩餐会に向けた調整を行い、急遽申し込まれた謁見の手配にと、東奔西走していたのである。
今日の予定の一番最後にある一文を見て、思わずヨナスは頬を緩めた。
――王妃殿下と御夕食。
最近、有力貴族との晩餐が続いていたので、夫婦お二人での夕食は久しぶりだ。最近ようやくいちゃいちゃに耐性がつき始めたので、今日はどんな風に妃殿下が陛下を揶揄われるのか、いっそ楽しみですらあった。
「――ランデル侍従」
「ひゃい」
突然後ろから呼び止められ、ヨナスは驚いて手帳を取り落とした。振り向くと、どこかで見たような面持ちの侍従が立っている。
「あぁ、驚かせて済まないな。私は王太后殿下付きの侍従、キヴィランタ伯爵家のマルコ=オイヴァだ。何度か顔を合わせていたが、名乗るのは初めてか」
「あっ、は、はい! 国王陛下付きの侍従、ランデル男爵家のヨナスと申します!」
「よろしく頼む――王太后殿下からの御伝言をお預かりしているんだ。陛下にお伝え願えるか?」
「か、畏まりました!」
「急で申し訳ないが、今夜、御夕食を共にしたいと仰せだ。可能だろうか」
ヨナスは思わず目を瞠った。するとマルコは、何かご予定が? と首を傾げる。肩まで伸ばされた髪がさらりと揺れた。
「いえ……陛下に確認して参りますので、お待ちいただけますでしょうか」
「勿論――ところで」
つと、マルコは目を細めた。
「陛下と王妃殿下は、近頃お食事を共にされておられないのか?」
「公開食事が続いておりますから、ご一緒に……」
「あぁいや、公開食事以外で、だ」
ヨナスは無言で首を横に振る。
公開食事以外の場合、基本的に国王夫妻は食事を共にするが、内密のことである。表向きは、二人とも自室でバラバラに食事を取っていることになっている――その二つの部屋が繋がっていることは、国王夫妻と侍従しか知らないのだ。
マルコはわざとらしく溜息を吐いた。
「そうか……実は、王太后殿下はお二人のことをひどく心配なさっているのだ。ご結婚から四年、そろそろ吉報が聞こえてもいい頃であろうに、と」
「……そうですね」
ヨナスは俯いた。顔を上げると、表情から何か情報を奪われそうだった。
「このままでは、お二人にとって不幸な結末になるのでは、と王太后殿下は憂慮されている。君の目から見てどうだ? 陛下と殿下はやはり仲を深めることは難しそうだろうか」
「新参者の自分には、測りかねます」
「新人だからこそ、見える物があると思うのだが」
「うーん……どうなのでしょう」
言葉を濁していると、マルコの背後からニュッと手が生えた。
「キヴィランタ侍従じゃないですか。どうしたんです、うちの新人捕まえて」
「……エーゲシュトラント侍従」
にこやかな笑みを浮かべてマルコに声を掛けたのは、別の仕事をしていたカイだ。顔馴染みなのか、マルコは苦々しい顔をする。
「王太后殿下からの言伝を伝えていたところだ」
「もしかして晩餐のお誘いとかですか?」
「……あぁ」
「今日なら使節との予定もないですから、大丈夫だと思いますけど……ヨナス、一応確認してこい」
「あっ、はい! では、お先に失礼します」
ヨナスは一礼して、慌てて国王の執務室に向かった。王太后からの伝言を伝えると、国王はキュッと眉根を寄せ、海より深く溜息を吐き、分かった、と短く答えた。
「……で、では、王太后殿下と妃殿下にお伝えして参ります」
「あぁ……いや、リゼにはお菓子も持っていってくれ。ご機嫌斜めになるだろうから」
「了解しました! ベリーのパイで宜しいですか?」
「あぁ」
元々甘い物を好んでいた王妃だが、ここ一ヶ月ほどは食事よりも甘味を食べたがり、閨の前に国王と共にお菓子を食べるのが習慣となりつつあった。
「それでは行って参ります」
執務室をでると、カイと鉢合わせた。
「おっ、ヨナス」
「カイ先輩、ちょうどよかった……キヴィランタ侍従に了承の言付けをお願いできますか?」
「いいぞ〜」
からりとカイは笑い、次いで声を潜めた。
「お前、あいつのこと苦手なんだろ」
「うっ」
図星をさされ、思わずヨナスはぎくりと肩を強張らせた。
「はは、分かるぜ。目が笑ってないし、隙あらば情報抜こうとしてくるからな」
「やっぱり……」
「ま、こういうのは年と経験が物を言うからな。俺に任せとけ」
「ありがとうございます……!」
「じゃ、また後でな」
ヨナスはカイと別れると、厨房に足を運び、ベリーのパイを片手に王妃の居室に急いだ。
***
「……全く、お前は油断も隙もないな」
ヨナスを見送ると、マルコは忌々しげにカイを見やる。ははっ、とカイは軽快な笑い声を漏らした。
「あんたにゃ言われたくないな。この前、妃殿下付きの女官に言い寄ってたの、あんただろ?」
「彼女の見た目が好みだったのでな」
「よく言うぜ。この前言い寄ってた料理人とは、だいぶタイプが違うじゃねえか。ソニヤとかいったか」
「他人の私生活に口を出すとは、子爵家の次男坊如きが偉くなったものだな」
「こりゃ失礼」
マルコは眉根を寄せた。
「……お前はこちら側だろう。なぜ許せる」
「お互い、父親が死んだのは戦争のせいで、グレーデンに全責任があるわけじゃないだろ。講和を恨んでる貴族ばっかりと思うなよ」
カイは口の端を吊り上げた。
「俺の親父殿を殺したのは、確かにグレーデンの兵士だ――けど、数多の兵を無駄死にさせるような策を立てたのは、我が国の公爵閣下だぞ」
マルコは血相を変える。カイは一転して真面目な顔をした。
「それでは、業務に戻りますので失礼します」
後ろから聞こえた舌打ちは、聞こえなかったふりをしてやった。




