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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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3/32

新人侍従の受難

「ええと、この後はイソメッツァ伯爵との御面会.......」


ヨナスは手帳を片手に王宮内の回廊を早足で歩いていた。今日は侍従が二人病欠したため、いつにも増して忙しなかった。昼ご飯を食べる暇もなく、書類を運び、明日の公開晩餐会に向けた調整を行い、急遽申し込まれた謁見の手配にと、東奔西走していたのである。

今日の予定の一番最後にある一文を見て、思わずヨナスは頬を緩めた。

――王妃殿下と御夕食。

最近、有力貴族との晩餐が続いていたので、夫婦お二人での夕食は久しぶりだ。最近ようやくいちゃいちゃに耐性がつき始めたので、今日はどんな風に妃殿下が陛下を揶揄われるのか、いっそ楽しみですらあった。


「――ランデル侍従」

「ひゃい」


突然後ろから呼び止められ、ヨナスは驚いて手帳を取り落とした。振り向くと、どこかで見たような面持ちの侍従が立っている。


「あぁ、驚かせて済まないな。私は王太后殿下付きの侍従、キヴィランタ伯爵家のマルコ=オイヴァだ。何度か顔を合わせていたが、名乗るのは初めてか」

「あっ、は、はい! 国王陛下付きの侍従、ランデル男爵家のヨナスと申します!」

「よろしく頼む――王太后殿下からの御伝言をお預かりしているんだ。陛下にお伝え願えるか?」

「か、畏まりました!」

「急で申し訳ないが、今夜、御夕食を共にしたいと仰せだ。可能だろうか」


ヨナスは思わず目を瞠った。するとマルコは、何かご予定が? と首を傾げる。肩まで伸ばされた髪がさらりと揺れた。


「いえ……陛下に確認して参りますので、お待ちいただけますでしょうか」

「勿論――ところで」


つと、マルコは目を細めた。


「陛下と王妃殿下は、近頃お食事を共にされておられないのか?」

「公開食事が続いておりますから、ご一緒に……」

「あぁいや、公開食事以外で、だ」


ヨナスは無言で首を横に振る。

公開食事以外の場合、基本的に国王夫妻は食事を共にするが、内密のことである。表向きは、二人とも自室でバラバラに食事を取っていることになっている――その二つの部屋が繋がっていることは、国王夫妻と侍従しか知らないのだ。

マルコはわざとらしく溜息を吐いた。


「そうか……実は、王太后殿下はお二人のことをひどく心配なさっているのだ。ご結婚から四年、そろそろ吉報が聞こえてもいい頃であろうに、と」

「……そうですね」


ヨナスは俯いた。顔を上げると、表情から何か情報を奪われそうだった。


「このままでは、お二人にとって不幸な結末になるのでは、と王太后殿下は憂慮されている。君の目から見てどうだ? 陛下と殿下はやはり仲を深めることは難しそうだろうか」

「新参者の自分には、測りかねます」

「新人だからこそ、見える物があると思うのだが」

「うーん……どうなのでしょう」


言葉を濁していると、マルコの背後からニュッと手が生えた。


「キヴィランタ侍従じゃないですか。どうしたんです、うちの新人捕まえて」

「……エーゲシュトラント侍従」


にこやかな笑みを浮かべてマルコに声を掛けたのは、別の仕事をしていたカイだ。顔馴染みなのか、マルコは苦々しい顔をする。


「王太后殿下からの言伝を伝えていたところだ」

「もしかして晩餐のお誘いとかですか?」

「……あぁ」

「今日なら使節との予定もないですから、大丈夫だと思いますけど……ヨナス、一応確認してこい」

「あっ、はい! では、お先に失礼します」


ヨナスは一礼して、慌てて国王の執務室に向かった。王太后からの伝言を伝えると、国王はキュッと眉根を寄せ、海より深く溜息を吐き、分かった、と短く答えた。


「……で、では、王太后殿下と妃殿下にお伝えして参ります」

「あぁ……いや、リゼにはお菓子も持っていってくれ。ご機嫌斜めになるだろうから」

「了解しました! ベリーのパイで宜しいですか?」

「あぁ」


元々甘い物を好んでいた王妃だが、ここ一ヶ月ほどは食事よりも甘味を食べたがり、閨の前に国王と共にお菓子を食べるのが習慣となりつつあった。


「それでは行って参ります」


執務室をでると、カイと鉢合わせた。


「おっ、ヨナス」

「カイ先輩、ちょうどよかった……キヴィランタ侍従に了承の言付けをお願いできますか?」

「いいぞ〜」


からりとカイは笑い、次いで声を潜めた。


「お前、あいつのこと苦手なんだろ」

「うっ」


図星をさされ、思わずヨナスはぎくりと肩を強張らせた。


「はは、分かるぜ。目が笑ってないし、隙あらば情報抜こうとしてくるからな」

「やっぱり……」

「ま、こういうのは年と経験が物を言うからな。俺に任せとけ」

「ありがとうございます……!」

「じゃ、また後でな」


ヨナスはカイと別れると、厨房に足を運び、ベリーのパイを片手に王妃の居室に急いだ。



***



「……全く、お前は油断も隙もないな」


ヨナスを見送ると、マルコは忌々しげにカイを見やる。ははっ、とカイは軽快な笑い声を漏らした。


「あんたにゃ言われたくないな。この前、妃殿下付きの女官に言い寄ってたの、あんただろ?」

「彼女の見た目が好みだったのでな」

「よく言うぜ。この前言い寄ってた料理人とは、だいぶタイプが違うじゃねえか。ソニヤとかいったか」

「他人の私生活に口を出すとは、子爵家の次男坊如きが偉くなったものだな」

「こりゃ失礼」


マルコは眉根を寄せた。


「……お前はこちら側だろう。なぜ許せる」

「お互い、父親が死んだのは戦争のせいで、グレーデンに全責任があるわけじゃないだろ。講和を恨んでる貴族ばっかりと思うなよ」


カイは口の端を吊り上げた。


「俺の親父殿を殺したのは、確かにグレーデンの兵士だ――けど、数多の兵を無駄死にさせるような策を立てたのは、我が国の公爵閣下だぞ」


マルコは血相を変える。カイは一転して真面目な顔をした。


「それでは、業務に戻りますので失礼します」


後ろから聞こえた舌打ちは、聞こえなかったふりをしてやった。




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