先輩侍従の受難
静寂な王宮に、夜の日差しが差し込んでいる。
白夜である。
ヨナスが勤務を終えて部屋を出た途端、声をかけられた。
「お、ヨナス」
「カイ先輩」
先輩侍従――カイ・エーゲシュトラントである。ほら、と菓子を投げて渡され、慌てて受け取る。
「どうだ、そろそろ慣れたか?」
「いえ、いや、はい」
「どっちだよ」
「その、仕事には慣れたんですけど、空間に慣れなくて......」
「ああー」
確かに俺も最初は慣れなかったな、とカイは腕組みして唸る。
そう、国王夫妻の激甘な寝室でのやりとりは、独り身には堪えるものがあるのだ。ヨナスも奥さんが欲しくなってきた。
それから、とヨナスは小さく零した。
「公開食事の時とか、すごく腹が立ってしまって――普段のご様子を、外でも見せられたらいいんじゃないかと思ってしまうんです。だって、陛下が妃殿下と仲が悪いことは、同盟を考えたらよくないこと、なんですよね? なら、むしろ仲睦まじく振る舞った方が......」
「それは、俺も思う時があるけどな。まあ、実際には難しいんだろう。結婚当初から、外ではあんな風だし」
「え、カイ先輩は結婚されたばかりのおふたりにもお仕えを?」
「ああ。出仕し始めたのは、ちょうどおふたりがご結婚された直後でな」
カイは懐かしむように目を細める。
「今とは少し違ったけど、温度差で風邪を引きそうだったのは同じだ」
***
寝台の上で、一組の男女が見つめ合っている。
「.......っ、リゼ」
国王は息も絶え絶えに王妃の名を呼ぶ。国王の腹の上に跨った王妃は、だめよ、と冷たく言い放った。
「まだ、だめ」
「これ以上は、耐えられない」
「できるはずよ」
「リゼ......!」
何を見せられているのだろう、と部屋の隅に控えていたカイは真剣に思った。
国王が目を閉じ、ちょっとヴィク、と王妃は頬を膨らませる。
「目を瞑ったら意味がないじゃないの!」
「もう無理だ!」
「これは練習なのよ! あなた、わたくしと目が合うと、公の場でも顔が赤くなって口ごもってしまうんだから」
「分かっている、分かっているが......! 君が可愛すぎるからいけない」
「あなたはわたくしの旦那様なのだから、わたくしの可愛さに慣れないとだめよ」
「毎日可愛さが増しているのに、どうやって慣れろというんだ!」
王妃は目をぱちくりさせる。顔を覆った国王は、しかし耳まで赤い。
「ヴィクったら。嬉しいことを言うのね」
王妃はふうわりと微笑み、そして国王の手をみしりと剥がしにかかった。国王は上擦った声を上げる。
「でもだめよ。せめて目を合わせるか名前で呼ぶか、どちらかはできるようになってちょうだい」
「無茶だ......!」
「やればできるわ! ほら、練習よ!」
「~~っ!」
この時の侍従の心はきっと一致していたと、カイは確信している。
――何してるんだこのバカップル、である。
***
「そ、そんなことが……」
カイは遠い目をしている。ヨナスは心の底からカイに同情した。
「あぁ。けどな、この練習は割とすぐに終わったんだ」
「え、な、なぜ」
「考えてみろよ。練習が上手くいってたら、陛下たちは外でも仲良し夫婦だぜ?」
「あ……」
確かにその通りだ。けれど今では、冷え切っている、を通り越して、仮面夫婦とまで囁かれている始末である。
「俺も、詳細までは分からん。昼の勤務が続いて、ようやく夜の勤務になったと思ったら、あの練習も無くなってた」
「それは……」
どうしてなのでしょう、と率直に問うことが躊躇われて、ヨナスは言い淀んだ。
「俺には、不仲であることの利点とか、政のことはよくわからん。でもきっと、何かしらの思惑があって、陛下たちはああなさってるんだろう」
「あ……反同盟派、でしたっけ」
そうそう、とカイは頷く。
講和条約は結ばれたものの、いまだに元敵国であるグレーデンに良い感情を抱いていない貴族も多い。ランデル家も弱小貴族だが、当主である父も、兵士を従えて戦場に赴いていた。
――父上は死ななかったし、グレーデンに対して何も仰らなかったから、特に悪感情はないけど.......そうもいかない人も多いだろうな。
「わからんでもないけどな。俺の親父殿も先の戦で死んでるし」
「.......え゛っ!?」
「あ、気にすんなよ? もう兄貴が子爵位を継いでるし、出陣が決まった時点で、覚悟はしてたからさ」
カイは笑う。その屈託のない笑みは、嘘偽りなんて見えない。
「.......恨みとか、は。ないんですか?」
「んー、親父殿を殺した奴の顔面を殴りたいとは思うけど、かといって国丸ごとは恨まないし、妃殿下に矛先を向けるのも違うだろ。そもそも宣戦布告をしたのはうちの国なわけで」
「それは、そうですけど........」
「もう、辛気臭え顔すんな。とうに吹っ切れたし、今、あのお二人を間近で見ていて、毎日楽しんでんだから」
カイはパン、と太ももを叩いて立ち上がった。
「俺ら侍従に出来ることは大してない。お守りするのは護衛の役割だし、家政を担うのは執事だ。けどな、公務以外の場で快適に過ごしていただくように勤めるのは、俺たちにしかできない」
ヨナスは真剣にカイの話に耳を傾けた。
「だから、俺たちで守ろうぜ。愛すべきお二人の、仮面を」
「っ、はい!」
「だから声がでかいっつーの」
弾けるような笑い声が二つ、回廊に響いた。




