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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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32/32

国王夫妻は仮面を被る

雪が深く降り積もる冬の最中。

ニコ・パルヴァは緊張した面持ちで先輩となる侍従の後を歩いていた。冷静に、冷静に、と一歩一歩心の中で数えながら歩いていたけれど、何もないところで転んだ。大丈夫ですか、と先輩が膝をついて心配そうにこちらを見遣る。


「し、失礼しました……! だっだい大丈夫です!」

「緊張しなくても大丈夫ですよ……といっても、初めてでは緊張してしまいますよね」


先輩は困った、と言わんばかりに微笑む。

ここはユティラ王国王宮。

ニコは今日から、国王陛下つきの侍従見習いとなるのであった。


「陛下の前では決して失態は犯しませんので……!」

「そんなに青褪めなくても平気ですよ。陛下はさほど厳しいお方ではありませんから」

「そ、そうなのですか?」


思わず声が上擦った。おや、と先輩は眉根を寄せた。


「陛下について、何か噂を?」

「いえ、その、えっと……」


タジタジになるニコに対して、先輩は話して下さい、と笑顔で言う。笑顔なのに怖い。どうしてだ。


「あ、あの、三年前の事件で、下手人たちに恐ろしい罰を下したと……」


三年前、毒殺未遂にあった国王は、関与した者たちを厳罰に処した。

下手人である料理人イスモは既に亡くなっていたが、その死体は葬られることなく、市街にて晒された。

監督不届きとして、女料理人ソニヤと厨房長は王宮から追放された。厨房長は名誉爵位を賜っていたが、これを自ら返上した。

指示役であるキヴィランタ伯爵家三男・マルコは斬首に処され、マルコの兄であり、当主であるキヴィランタ伯爵は枢密院顧問の職を辞し、数年にわたる宮廷への出仕停止が命じられた。

ーーそして黒幕と見られる王太后は、最北の地・エテラヴオリ離宮に幽閉された。

のみならず、反同盟派の貴族たちの不正や汚職を一気に検挙し、粛清の嵐が吹き荒れたのだ。

毒の後遺症で醜く爛れた顔を隠す為に仮面を纏う国王は、銀の戦神いう噂と相まって、ひどく恐れられている。


「それは確かですが、法に則った正当な処分ですよ。悪事を犯さなければ、何も恐れることはありません」

「そうなのでしょうか……」

「勿論です」

「で、では、仮面が気に入らず、作った職人を切り捨てたというのは」

「根も葉もない噂です」

「そ、そうなんですね……じゃ、じゃあ、仮面をつけているときは常にお怒りだというのは……」

「全くのデタラメです」


笑顔で言い切った先輩は、続く言葉で硬直した。


「で、では、寝室から毎夜遅くまで悲鳴が聞こえるという噂は……」

「……ふむ」


ふむって何!? どういうこと!? とニコは心の中で盛大に悲鳴をあげる。


「お、王子殿下を睨みつけているという噂も……」

「……うぅん」

「現在第二子を懐妊中の王妃殿下を監禁しているという噂は……!?」


あはは、と先輩は空笑いする。ニコの背筋に冷や汗が流れた。


「ほ、本当なんですか!?」

「どうでしょうねー」


棒読みやめてくれないかな超怖い!


「お、ヨナス」


と、いくつか年上と思しき別の侍従が、書類を片手に声をかけてきた。カイ先輩、と先輩はパッと笑みを浮かべる。


「新人指導か。はー、お前も年をとったな」

「やめてくださいよ、独り身に染みますから」

「ははっ、悪いな。俺は一足先に、嫁さんもらっちゃったからな」

「ううー、ずるいですよ先輩」

「なはは、悔しければお前も可愛い嫁さんを捕まえるんだな!」


じゃーな、と手を振った侍従が遠ざかっていく。全く、と溜息を吐きながらも、先輩は笑みを浮かべていた。


「ーーこほん。話を戻しますと。常に仮面をつけていらっしゃるのは事実ですから、お考えを読み取るのは難しいですが……すぐに慣れますよ」

「はあ......」


本当に本当だろうか、とニコは先輩を見上げるが、先輩は微笑むばかりで何の答えも返してはくれないのだった。


「さて、今日はやることがいっぱいありますからね。頑張ってついてきてください」

「は、はいっ!」



***



カチャカチャと、カトラリーを動かす音だけが響いている。

――いや噂ってどこまでほんとなの!? ねぇ誰か教えて!?

夕食の時間である。延臣たちが見守る公開食事、部屋の隅に控えたニコは心の中で悲鳴を上げていた。

顔の上半分に仮面をつけた国王は、火傷のような痕が覗く口元に、黙々と料理を運んでいる。同じように仮面をつけた王妃はーー彼女は毒を盛られたわけではないが、常に国王と揃いの仮面をつけているーー夫の方を一度も見ず、時折息子の面倒を見て笑みを溢した。そういうとき、国王がじいっと王妃と王子の方を見ているのが、ニコには恐ろしくて堪らない。


「陛下は相変わらずか」「王子殿下も災難だな……」「ここまでとなると、ねぇ?」


密やかに落ちた声に、ニコはぴくりと体を強張らせた。貴族たちは、何やら同情たっぷりの眼差しで王子と王妃を見ている。


「王妃」

「はい、陛下」


と、国王が口を開いた。ニコは知らず、重ねた手に力を込めた。

一体、どんなことを仰るのかと注視するが、国王は変わらず手元の料理を見ている。王妃は一瞬顔を上げたが、すぐに視線を落とした。


「……王子をそう甘やかすな。次代を担う王太子として、自立心を身につけさせねば」

「はい、陛下」


温度のない冷ややかな国王の発言に対しても、王妃の声は微塵も揺らがない。寧ろ、どこか面白がっている雰囲気すらあった。王子は王子で、父王にしらーっとした視線を向けている。


「王妃として、また王子として、威儀ある振る舞いを」

「……はい、陛下」


王妃は俯いた。国王は王妃を一瞥もせず、黙々と食事を続けている。

噂の真偽を早くも確信して、ニコの背につーっと冷や汗が流れた。



***



「噂って本当なんですね」

「ええ? どの噂ですか?」

「妃殿下を監禁してるとか、王子殿下を睨むとか……俺、晩餐会の間ですら、ピリピリした空気に耐えられないと思いましたもん」

「うーん」


先輩はニコの発言を聞くと、困ったように眉根を寄せた。


「すべてを見てから物を言ったほうがいいと思いますよ」

「え、でも」

「さぁ、早く陛下のお部屋に行きましょう。今日はこの後、妃殿下と王子殿下との団欒のお時間ですよ」

「ええっ、団欒!?」


団欒なんて出来るのか、とニコは本気で心配した。まぁまぁ、と先輩に宥められ、恐々と部屋に向かう。


「パルヴァ侍従」

「は、はい」


部屋に入る直前、改めて名を呼ばれて、ニコは背筋を正した。先輩は口角を釣り上げる。


「――驚かないでくださいね」

「はい?」


困惑するニコに構わず、先輩は扉を開けた。


途端、目を見開いた。


「ねえヴィク、次のお休みはアレクも連れて遊びに行きましょうよ」

「いい考えだな」


――国王ヴィクトルは、王妃アンネリーゼと寄り添い座っていた。仮面を外した王妃の膝の上では、第一王子アレクシスが安らかに寝息を立てている。


「どこがいいかしら。城下だと大袈裟になってしまう気もするけれど……王宮内だけだと退屈よね」

「少し離れたところなら、アレクも退屈しないのではないか」

「うーん、ヴィクはどっちがいいと思う?」

「安全面から考えると、王宮内の方が望ましいな」

「そうよね。この子もいるし……あぁ、そういえば、エテラヴオリからアレクとあなた宛に贈り物が届いたんですって?」

「……あぁ。長い手紙付きでな」

「読んで差し上げたら?」

「……考えておく」


王妃は国王の顔に手を添わせた。そして何の躊躇いもなく、仮面に手をかける。

思わずひ、と声が漏れそうになった。国王の顔には、火傷のような醜い痕が残っている。けれど王妃は顔色ひとつ変えず、国王の頬を指でなぞった。国王は目を細めた。


「どうした」

「大好きだなって思っているだけよ」

「俺の方が君を愛している」

「あら、わたくしだってあなたのことが世界で一番大好きよ」

「いや、俺の方が」


漫才のようなやりとりを打ち切ったのは、王子の泣き声だった。王妃はあらあら、と言いながら、膝の上の王子を抱きかかえる。


「嫌な夢でも見たの? 大丈夫よ、アレク。お父様とお母様はここにいるわ」

「アレク、どうした。大丈夫か」

「ふえええん」


夫婦はなんとか息子を泣き止ませようと奮闘している。その姿からは、家庭崩壊状態という噂の欠片も見当たらない。


「え、な、え......!?」

「ね、言ったでしょう?」


混乱するニコに向かって、先輩はにこりと笑った。


「驚かないでくださいって」

「........無理がありませんか!?」


慌てるニコの眼前で、国王夫妻は泣き止んだ王子を抱きしめている。


「ねえヴィク、次の子はあなたに似るかしら、それともアレクと同じでわたくしに似るかしら」

「どちらにしても絶対に可愛いことは間違いない」

「ふふ、それもそうね」


国王夫妻は唇を重ねた。暗く寒い冬なのに、なぜかこの部屋だけ温度が高いような気がするのは――気のせいだろうか。

ぽん、と先輩がニコの肩を叩く。


「いいことを教えてあげましょう」

「な、なんでしょうか、ランデル侍従」

「我々侍従に大切なことは――慣れと、甘い空間への忍耐です」


悟りきった様子に、ニコは先輩のこれまでと自分のこれからを思い、涙を禁じえなかった。






これにて完結となります。ここまでお読みくださりありがとうございました。悲劇続きだった私の作品で、こんなにも愛が重いバカップルを書けて嬉しかったです。

それでは、またいつか別の作品でお会いできましたら幸いです。

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