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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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グレーデンの妖精姫

「……たった、それだけ?」


王太后の声は震えていた。アンネリーゼはええ、と間髪入れずに頷く。


「アーノルド叔父様の前で、グスタフ王太子が他の三兄弟を侮辱した。ノルドヴァル侵攻の理由は、それだけ」

「馬鹿な……そんな馬鹿な! お兄様はあの時侮辱なんて、」

「詳しい状況はわたくしも知りませんから、これ以上わたくしにお尋ねになっても無駄ですわ。けれど、侮辱かどうか判じるのは、発言をした側ではなく、その発言を受けた側であることはおお分かりでしょう?」


アンネリーゼはくすくすと笑う。


「ねえ、王太后殿下。誰よりも愛する故郷を滅ぼす原因を己が作ったと理解された心境は如何?」

「は、」

「だって、あなたが公衆の面前で兄を――王太子を侮辱するようなことがあったからこそ、王太子は大国グレーデンの王弟たちを侮辱したのでしょう?」


ヘレナは目を見開いた。微かに開かれた口からは、何の言葉も発されない。


「ノルドヴァルは才の優劣で地位すらも疎かにする――そんな国だからこそ、お父様も、アーノルド叔父様も計画に応じたのだから」

「は.......一王女に過ぎぬ、二十年前のことを知りもしない小娘の戯言を信じよと?」


ヘレナは気丈にも反論を続けたが、その指先は細かく震えていた。


「信じなくても結構よ。事実は揺るがないもの」

「妖精姫などと謳われるお前が、どうして政のことなど分かってか! あたくしを脅かそうとしても無駄だ!」

「あら、妖精姫の名前を王太后殿下もご存知だなんて」


恥じらうようにアンネリーゼは目を伏せる。その演技に、益々ヘレナは苛立った。


「美しいだけでもてはやされるお前は、父王の言葉を疑いもなく信じたのであろうな! あぁそうだ、自らが利益のために戦争を起こしたなどと子に伝える親はおるまいよ!」

「あら、誤解されては困りますわ。わたくし、きちんと調べは取りますもの」

「は、末の王女如きが何を言う」

「セーデルホルム侯爵家当主ダニエル、レーヴェンヒェルム伯爵家嫡男エイラート、フォッシェル伯爵家令嬢ベアトリス、アベニウス子爵家三男イェオリ、ディンケラ男爵家当主カスパル……ああ、エクマン子爵家のカリーネもおりましたわね」


ヘレナは困惑して目を瞬いた。

――なぜ今、ノルドヴァル貴族の名前が出てくる。


「証言を取らせましたわ。なかなか古い記憶ですから、思い出せない貴族もいましたけれど........殿下は日常的に兄である王太子殿下を侮辱していたのですね。王太子が鬱屈するのも道理ですわ」

「証言だと? なぜお前がノルドヴァルの貴族からの証言を得られる!」

「あら、だってわたくし妖精姫ですもの」

「ふざけ、」

「よく誤解されるのですけれど……妖精姫という名は、わたくしの美貌ゆえに周囲がつけた名ではありませんのよ? 勿論、わたくしが美しいのは事実ですけれど」


名付けたのはお父様ですの、とアンネリーゼは口角をあげる。


「妖精はどこにでもいて、人を惑わす存在だから、と」


王太后殿下、とどこまでも甘やかに、妖精姫の名に違わぬ美しさでアンネリーゼは微笑んだ。


「――わたくしが四年間、あなたに敬意を払い続けていたのは、ヴィクがあなたを敬っていたから、ただそれだけ」


ヘレナは唇を震わせた。だが言葉は何一つ出てこなかった。アンネリーゼは席を立ち、青褪め震えるヘレナの前に立った。艶然とした笑みを浮かべ、ヘレナを見下ろす。


「――そうでもなければ、反同盟派など、今頃影も形もなくなっておりますもの」



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