因果は廻る
お母様と呼ばれなくなったのはいつか。
息子の笑顔を見なくなったのはいつか。
公務以外の会話をすることがなくなったのはいつか。
――ヘレナは何一つ、覚えていなかった。
***
「……そ、んな、ことは、そなたに、関係ない」
「ええ、そうですね。あなたとヴィクのこれまでの母子関係について、わたくしが口を出せる領域ではありませんもの」
あれほど核心をつく質問をしておきながら、アンネリーゼはあっさりと引き下がった。王太后は僅かに当惑した雰囲気さえ見せる。
「ですが」
アンネリーゼはにっこりと微笑む。
「今後殿下には、陛下との接触をなくしていただきます」
「……何ですって?」
王太后は眉根を跳ね上げた。
「そのようなこと、陛下が許すはずがーー」
「ええ、これはわたくしの独断です。ゆえにわたくしは、あなたに自発的に王宮から去っていただきたいと思っているのですが」
「は、そのようなこと、あたくしが受け入れるとでも」
「ええ、あなたは必ずこれを受け入れます」
自信たっぷりにアンネリーゼは言う。その泰然自若ぶりを、王太后は鼻で笑った。
「随分自信がおありだこと。その高い鼻を折られて塞いでしまわなければいいけれど」
「ご心配には及びません。わたくし、あなたと違ってそれほど弱くはありませんから」
「わたくしが弱いと言うの? 王の母に対して堂々と侮辱をなさるのね」
「事実ですものーーそして、あなたの弱さが、ノルドヴァルの崩壊を招いたのですわ」
王太后は一瞬固まった。次の瞬間、立ち上がりアンネリーゼの頬を打つ。綺麗に彩られた長い爪が、アンネリーゼの頬を傷つけた。はぁはぁと、王太后は肩で息をする。
「ノルドヴァルの崩壊をあたくしが招いたですって……? 性質の悪い冗談ばかり口にするのがお上手なようね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「誰が……!」
王太后は声を荒げた。
「お前が! お前たちグレーデンがノルドヴァルを奪ったのだろう!」
王太后の面には、普段の落ち着きも美貌もない。ただ、祖国を奪われた憎しみだけが横たわっている。
「お前たちが、気紛れで我が国を蹂躙したから!」
「気紛れではないわ。先ほども言った通り、あなたの弱さがーーひいてはあなたの国の弱さが、事を招いたのよ」
「ノルドヴァルに非があったとでも言うのか! 非常識な冬の進軍を、それで理由づけようと!? 正当化だけは相変わらず上手いようだな!」
「例の少ないことではあるけれど、非常識ではないでしょう。歴史上でも、雪の最中の進軍は稀にあるわ」
「その稀なことをする理由もなかったであろうが!」
「まさか。理由なくばグ、レーデンは兵を動かさない」
パリンっ、と陶器が砕ける高い音が響く。茶器を投げた王太后は、ぜぇぜぇと荒い息を吐いていた。
「言い訳も大概にせよ! 我が身がそれほど可愛いか!」
「Som man reer, ligger man.」
「……何?」
ヘレナは顔を歪めた。
「……因果応報だと? そなた、言うことに欠いてッ……!」
「あなたの兄――先のノルドヴァル王太子は、あなたの婚儀を祝う席で、グレーデンを侮辱した」
アンネリーゼはゆったりとソファに腰掛け、ヘレナを見上げる。
「よりにもよって、王家四兄弟の中で一番性格が悪いと言わしめる、アーノルド叔父様の前で」




