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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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王妃と王太后

国王暗殺未遂事件から五日。

王太后の側仕えが捕らえられ、政情は不安定さを増していた。国王の容態も落ち着かぬ中、アンネリーゼは王太后の宮殿を訪ねた。


「歓迎いただき感謝いたします、王太后殿下」

「先触れもなしにいらっしゃるとは、随分王の母を軽んじているようね」

「それは失礼いたしました。今まで先触れをしてから訪問すると、殿下が他所にお出かけになることが多かったものですから」


アンネリーゼは素知らぬ顔で紅茶を口に含む。王太后は眉根を寄せた。


「……いつから、あたくしを騙していた」

「なんのことです?」

「陛下とそなたが、なぜ閨でもないのに共にいたのだ! あれほど冷え切った夫婦と噂されていたのに……!」

「あら、まぁ。噂だけで真贋を見極めてしまうなんて、王太后殿下は素晴らしい慧眼の持ち主なのですね」

「あたくしを馬鹿にしているのか」

「とんでもない」


くすくすとアンネリーゼは笑う。カチャリ、とソーサーに置いたティーカップが静かな音を立てた。


「それで、如何お考えでしたか?」

「……何?」

「忌まわしきグレーデンの王女が、あなたの息子と相思相愛であると理解して、どのような気分だったかとお聞きしているのです」


王太后の瞳に焔が燃え上がった。


「……さぞや愉快だったでしょうね。噂に踊らされる貴族やあたくしたちの姿を眺めるのは」

「ええ、本当に。皆様見る目がないものだと思っておりましたわ。よくよくヴィクを見れば、分かることでしょうに」


ヴィクは演技が下手ですもの、ともはや愛称呼びを隠そうともせずにアンネリーゼは宣う。相思相愛、という言葉を聞いていたにも関わらず、王太后は目を見開いた。


「ーーもう良い。何の為にわざわざあたくしのところまで来たのか、聞かせなさい」

「お話が早くて大変結構ですわ」


アンネリーゼは優雅に微笑んだ。


「わたくしは今、妊娠しております。あなたの孫となる、ユティラ王家が待ち望んだ、直系長子ですわ」

「……えぇ、そうね」

「けれど、殿下が選んだ毒は、わたくしをーーひいてはわたくしのお腹に宿る子をも確実に葬るためのものでしたわね」

「は、何を根拠にあたくしが毒を盛ったなど」

「キヴィランタ侍従が自白しましたわ」


笑顔で言い切ると、王太后はみるみる顔を険しくした。


「キヴィランタが責任逃れであたくしの名を出したのでしょう。あのような侍従を召し抱えていた己の無能さが悔やまれること」

今は(・・)罪を問うつもりはございませんーー殿下。わたくしはお聞きしたいのです」


アンネリーゼはしかと王太后を見据えた。ヴィクトルと同じ、深い青の瞳がアンネリーゼを捉えて歪む。


「あなたは、孫の生誕を阻むほどに、わたくしを――グレーデン王女を、許せませんでしたか。あなたの故郷を踏み躙ったグレーデンを、憎くお思いでしたか」


沈黙は、数秒だった。わなわなと王太后の唇が震える。


「当たり前、でしょう」


憎悪も顕に顔を歪める様は、普段の冷静な王太后の様子とは似ても似つかない。


「そなたが、グレーデンが我が国(・・・)を滅ぼさなければ……そうすれば、すべては平穏のうちに終わったのに!」


口角から泡を飛ばし捲し立てる王太后を見て、アンネリーゼは目を細めた。


「我が夫が死にさえしなければ、ユティラはグレーデンを攻め滅ぼせていたのに……! よりにもよって、講和を選ぶなど! あたくしは何度も何度も反対したのに! こんな危険な国との結びつきは、不利益にしかならないと!」


部屋を震わせるような罵声に、隅で聞いていた侍従が身を縮こめた。されどアンネリーゼは身じろぎひとつしない。


「卑怯で野蛮なグレーデンを、どうして許すことができようか!」

「ーー王太后殿下。あなたはひとつ、思い違いをしていらっしゃる」

「なんですって!?」

「わたくしはグレーデン王女ではなく、ユティラの王妃です。そしてあなたもまた、もはやノルドヴァル王女ではあり得ない」


王太后はふざけないでちょうだい、と声を荒げる。


「あたくしがノルドヴァル王女ではないですって!? よくもそんなことを……! そなたのように容易く国を裏切る売国奴と一緒にしないでちょうだい!」

「婚約を受け入れた段階で、もはや我々と祖国は切り離された。それはわたくしだけでなく、国としての理解です。にも関わらず、なぜその立場にしがみつくのですか。なぜ、新たな国で生きようとなさらないのですか」


あなたはヴィクを産み育てた、と臆せずにアンネリーゼは言う。


「なのにどうして、あなたはヴィクトルの母になろうとなさらなかったのですか」


わなわなと、ヘレナの唇が震えている。アンネリーゼは言葉を続けた。

ずっとずっと、疑問だった。不思議でたまらなかった。


「なぜ、我が子への愛までも、祖国への忠誠心で覆い隠そうとするのですか」




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