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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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兄妹、或いは為政者たち

「......男同士の話し合い、とは」


そんなに警戒なさらないでください、とフレデリクは朗らかに言う。


「リゼのこちらでの暮らしぶりを聞きたいだけですよ」

「あぁ.......」


よく分かっていそうだが、第三者からの意見が聞きたいということであろうか。

アンネリーゼの暮らし。アンネリーゼの日常。


「.......朝は弱くて」


――あと五分........


「肉料理よりも魚料理が好きで、お酒は苦手で」


――お酒って苦いから嫌いだわ。みんなホットミルクでも飲んだらいいのに。


「王妃としてどっしり構えていて」


――陛下、次の慰問についてですが。


「よく笑って」


――ねえヴィク、聞いて。今日はね。


「たまに拗ねて」


――わたくしの旦那様なのに。


「滅多に弱ったところは見せてくれなくて」


――ヴィクのばかぁ。


「いつだって可愛いです」


黙って聞いていたフレデリクは、なるほど、と言って微笑んだ。


「朝が弱いのは初耳だけれど.......きっと義弟どのに愛されているからなのでしょうね」


悪戯っぽい眼差しがリゼと似ていて、ヴィクトルは思わず口元を押さえた。


「体力がある方ではないから、ほどほどにしてやってください」

「......気をつけます」


けれど、とフレデリクは穏やかに微笑んだ。


「安心しました。リゼが仮面夫婦を選んだと聞いて、不安がなかったと言えば嘘になりますから」

「事情をご存知で?」

「詳細は存じ上げませんが、悪評は偽りだとは聞いております。もしも事前に報せがなければ、もっと早くに姉上方が義弟どのを絞めるために飛んできているでしょう」

「さ、左様ですか........」


どうやらグレーデン王家の人々も、アンネリーゼへの愛は重いらしい。


「さりとて」


声の調子が変わった。ヴィクトルは真っ直ぐにフレデリクを見つめ返す。


「この同盟に(ひび)が入るような事態になれば、我々は妹の命を惜しみません」


ヴィクトルは目を見開きそうになったのをかろうじて堪えた。

妹の切り捨てを予言する言葉は、愛情を紡いだのと同じ抑揚をしていた。


「――……そのようなことにはさせません。反同盟派の対処を、長く後回しにすることは出来ませんから」

「それは重畳」


にこり、とフレデリクは笑う。ヴィクトルは言葉を続けた。


「それに何より」


ん?と言いたげにフレデリクは首を僅かに傾げる。結えられていない肩までの金の髪が揺れた。


「――俺はもう、リゼなしでは生きられないので」


きょとんとしたフレデリクは、数秒の沈黙の後爆笑した。


「あっは、あっはっはっはっは! あははっ」


目尻に涙が浮かぶほど笑い転げたフレデリクは、涙を拭うと、(おもむろ)に手を差し出した。


「――義弟どの。リゼを、我が妹を、よろしく頼みました」


まっすぐな眼差しに見つめられ、ヴィクトルは深く頷いた。


「――はい」



***



グレーデンからの使節団は盛大に迎えられ、表向きは穏やかな空気を保ったまま、晩餐会は幕を下ろした。


「――ごきげんよう、お兄様」

「ああ、リゼ。良い夜だね」

「ほんとうに」


迎賓館のバルコニーで、フレデリクはシャンパングラスを片手に佇んでいた。


「それで、ヴィクとは随分楽しそうにお話されていましたけれど......まさか、兄妹での団欒もなしだなんて、仰いませんわよね?」

「はは、冗談はやめてくれ。可愛い妹と話をせずに帰る兄がどこにいるというんだ」

「鏡を見たら如何です?」


はは、とフレデリクは軽快な笑い声を漏らす。だが、すぐに笑みを引っ込めた。


「――さて、アンネリーゼ。弁明を聞こうか?」

「ございませんわ」


アンネリーゼは肩を竦める。へえ、とフレデリクは目を細めた。


「仮面夫婦の噂が蔓延っていることは事実.......そのせいで、王太后を中心とした反同盟派が力を増していますもの」

「ふうん? それに何の対処もせず、後手に甘んじていたと?」

「何の対処もせず、なんてひどい言い草ですこと」

「はは、全く恐ろしい。妖精姫の手腕は健在なようだね」

「おほほ、か弱い妖精姫に対して恐ろしいだなんて、お兄様もひどいことを仰るのね」

「はは、本物の妖精が聞いたら泣いてしまうだろうね――嫁ぐ前から反同盟派の貴族の弱味を握っていた妖精姫が、か弱いだなんて」


フレデリクは笑う。おほほ、とアンネリーゼも笑った。ただしお互いに目が笑っていない。


「――まあ、少なくともあと二年程度は燻ったままだろうね。先王を始め、有力貴族を複数失ったユティラが、再びグレーデンとの戦を望むとは思われない」

「王太后はそうでもないようですけれどね」

「はは。あの程度、リゼなら抑えられるだろう? 義弟どのを立てているだけで」


アンネリーゼは微笑んだまま答えない。君が女で本当によかったよ、と呟くと、フレデリクはシャンパングラスを一息に飲み干した。そして先程とは異なる、穏やかな微笑みを浮かべる。


「さ、面倒な話はここまで。部屋に入ろう」

「ええ。ねえお兄様、お父様たちは――」


難しい話を終えたら、あとは早いもので。

一年の隔たりなんてまるでないかのように、兄妹は長く語らったのであった。



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