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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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side story この座は誰にも譲らない

「そう.......陛下は興味を示されなかったのね」

「申し訳ありません」


舞踏会の一角で、王太后は悠然と椅子に腰かけていた。国王夫妻への挨拶を終えたレベッカたちが挨拶に伺い、レベッカひとりが引き留められた。そこで先程の顛末を説明すると、王太后は深々と溜息を吐いたのだった。


「あなただけが頼りなのですよ。ユティラ王家の血を色濃く引く、王妃に相応しい人材。そのようなことでは困ります」

「はい。必ずやこの地位にふさわしい振る舞いをいたします」

「そうなさい」


レベッカは並みの公爵令嬢ではない。父は歴史ある公爵家の当主で、祖母は先々王の姉。ならば、嫁ぎ先も並みではありえない。

自国の王太子であるヴィクトルは、年齢も容姿も優れていた。事実、婚約が内定しそうになったこともあるのだ。その後の戦争で、呆気なく流れてしまったけれど。

どうにか別の嫁ぎ先を見つけなければならなかったが、年齢や容姿、身分が揃った人がおらず、婚約者選びは難航していた。

その矢先、国王夫妻の不仲という噂を聞いた。

我が国を始め、近隣諸国は正教に基づく一夫一妻制が基本だ。しかし、宗教戦争における度重なる敗北の影響で、正教の勢力は弱まっている。数年前にはとうとう、ある国で、嫡子がいない王の後を襲って庶子が王位についた。

だからこそ、王太后にその話を持ち掛けられたとき、レベッカは悪くないと思ったのだ。

グレーデンとの和平条約の条項のひとつだが、王族が愛人を持つのは、普遍的なことでもある。レベッカの父だって、婚外子こそいないものの、一時期は同時に三人の女性を囲っていたそうだ。

――けれど。

シュヴァイツァー産だな、と言った国王の(まなこ)を思い出す。何の曇りもない瞳だからこそ、余計にレベッカを令嬢として見ていないことがわかってしまった。


「どうかしたのですか、レベッカ」

「.......陛下は、女性に興味がおありなのでしょうか?」

「........口の利き方に気をつけなさい、レベッカ」


鋭い声音にも、レベッカは怯まなかった。


「わたくしは、これまで陛下が特定の令嬢に寵愛を与えたという話を聞いたことがございません」

「そうでしょうね。陛下は真面目ですから」

「ですが、陛下はもう21歳におなりです。浮いた噂のひとつやふたつ、あってもおかしくないはずですのに」


国王の一挙手一投足は逐一噂になる。にも関わらず、メイドに手を出したこともなければ、美しい令嬢を見ても表情を動かすことがなかったのだ。仮面夫婦と噂される夫妻の閨は、月に片手で数えられるほどしかないともいう。

とどめに、シュヴァイツァー産だな、である。


「一度、その手の玄人をお呼びしてもいいのでは........」

「己の力不足を陛下の所為にするというのですか」

「ですが、どなたにも興味を示さないというのは、年頃の青年として如何なものかと」


ぐっと王太后は押し黙る。


「........検討しましょう。されど、王妃に求められる資質のひとつに、努力があるということを、忘れないように」

「肝に銘じます、王太后殿下」


レベッカは再び頭を下げ、王太后の前を辞した。王のはとこという立場なだけあって、ダンスに誘ってくる人は多い。けれど、どうしても踊る気分になれなくて、ワイングラスを片手に壁の花になっていた。

ぼんやりと、先程のやりとりを反芻する。


「シュヴァイツァー産って........」


可愛い、と言ってもらえると思っていたのに。

美しいでも似合っているでもなく、宝石の産地だなんて。

流石に、返す言葉が思いつかなかった。


「はぁ……」

「――溜息とは、らしくないですね」


静かな声に顔を上げ、レベッカはぎょっとした。


「お、王妃殿下」

「ごきげんよう、レベッカ令嬢」


王妃アンネリーゼが立っていた。



***



「春とはいえ、まだ冷えますね」

「え、ええ........やはり室内に戻った方が」

「いいえ。あなたとはお話しておきたいことがあるのです」


王妃はレベッカを庭園に誘った。進む足取りに迷いはない。


「――レベッカ令嬢。陛下のことは諦めなさい」

「な」


レベッカは絶句した。

他でもなく、仮面夫婦と名高いこの方からその言葉を聞くとは、思ってもみなかった。


「.......何を仰っているのでしょう。諦めるだなんて、一体わたくしが何を望んでいると?」

「陛下の隣に立ちたいのでしょう?」


王妃の言葉には、社交界特有の回りくどさがない。だからこそ何を狙っているのかが分からず、混乱した。


「まあ、とんでもないことですわ。一曲お誘いしようかと、それは考えておりましたけれど........」

「陛下は、朴念仁よ。あなたが可愛いか問うたのに、宝石の産地を答えてしまわれるんだから」

「少し、驚きましたわ。王太后さまから賜ったネックレスをお褒めいただけたら、王太后さまもお喜びになるかと思ったのですけれど.......」

「許して差し上げて。陛下は、唯一の例外を除いては、女心に疎くていらっしゃるから」

「例外、ですって?」


ええ、と王妃は笑う。


「わたくし」


失笑しようとしたが、声が出なかった。あまりにも自信に満ち溢れた姿は、妙な不安を搔き立てた。


「わたくしたちは和平条約で結ばれた夫婦。もし、わたくしに子が出来なければ、グレーデン王家はまた別の王女か、それに準ずる立場の公女を送るでしょう。それが同盟であり、長きに亘る緊張状態を解くための第一歩なのだから」

「.......それをわたくしに告げて、何をなさりたいのですか。わたくしはただ、従妹姫として、陛下を家族のように思っているだけですわ」

「花の盛りは短いわ」


言って王妃は足を止める。アーチを潜ると視界が開けた。


「わぁ........」


思わず感嘆の息が漏れた。赤、白、ピンク、オレンジ、黄色。色とりどりの薔薇が、今を盛りと咲き誇っている。


「見事でしょう? 今が一番綺麗なの」

「ええ......絶景ですわね」


思わず素直に頷いてしまった。直後、この場所に連れてこられた意味を悟る。


「レベッカ令嬢。あなたほどの令嬢が、公にならない立場で過ごすのはもったいないと、わたくしは思うの」


レベッカは王妃の横顔を見つめた。王妃はレベッカの視線に気づいてか、こちらを振り向く。

そして、悪戯っぽく笑った。


「だから、陛下のことは諦めて」


サーリヤルヴィ公長女レベッカは、後にユティラ国内の公爵家嫡男に嫁いだ。

そして後年、国王夫婦の仮面が剥がれた時、「やっぱり……」と呟いたとか呟かなかったとか。



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