side story 仮面夫婦の舞踏会
「国王陛下、王妃殿下にご挨拶申し上げます」
「ご機嫌麗しく存じ上げます」
「拝謁叶いましたこと恐悦至極でございます――」
お茶会から数日後。
今年の社交シーズン初となる舞踏会が、王宮で開かれた。年が明けて初めての大きな舞踏会ということで、皆大いに盛り上がっている。楽隊の音楽も、心なしかいつもよりも弾んでいた。
ヴィクトルとアンネリーゼは、主催としてファーストダンスを踊った後、挨拶に来る大勢の貴族の相手をしていた。
「――サーリヤルヴィ公イェレミアスが国王陛下、王妃殿下にお目にかかります」
いの一番にやってきたのは、ヴィクトルの従伯父夫妻だ。数日前に火花を散らしたレベッカやその弟妹もいる。レベッカの胸には、王太后から賜ったと思しきサファイアのネックレスが輝いていた。当たり障りのない挨拶を交わしてから、それにしても、と公爵は笑みを浮かべる。
「ご成婚から一年.......吉報はまだかと、臣下一同手ぐすねを引いて待っておりますよ」
「本当に。陛下も殿下もご健勝で、お美しくていらっしゃいますもの」
ほほ、と扇で口元を隠して夫人が笑う。ただし目は笑っていない。
「おふたりの子はどんなにか美しく可愛らしい御子であろうかと、想像ばかりが膨らむことですよ」
ヴィクトルが口を開くより早く、レベッカが父母を窘めた。
「お父様、お母様、爺やのようなことを言っていては、陛下と殿下に嫌われてしまいますよ」
「おお、それはいかん」
「失礼を申し上げました、陛下、殿下。お許し遊ばせ」
「――いや、構わない」
我が娘は老骨の我が身と違って気が利くのですよ、としみじみと公爵は言う。
「親の贔屓目を差し引いても気立てのいい子でしてなぁ。妻に似て、世界で一番可愛いし」
「お父様ったら、陛下の前でなんてこと仰るの」
いや世界で一番可愛いのはアンネリーゼだ、と心の中でヴィクトルは思っていたが口には出さなかった。
「王太后殿下から賜ったというネックレスでしょうか。よく似合っていますね、レベッカ令嬢」
「ありがとうございます、王妃殿下。王太后さまもお母様もお父様も、わたくしのことを可愛い可愛いと褒めてくださるばかりなので.......王妃殿下にも太鼓判を押していただけて嬉しゅうございますわ」
レベッカは期待たっぷりの眼差しでヴィクトルを見つめる。ヴィクトルは数秒レベッカの胸元を見てから、短く答えた。
「シュヴァイツァー産だろうか」
「は?」
噴き出さなかった己を褒めてほしい、と真顔でアンネリーゼは思った。
アンネリーゼを褒める言葉はいくらでも言ってくれるのに、他のこととなるととんと無粋な人である。公爵一家も呆気に取られている。
「サーリヤルヴィ令嬢、王太后殿下の御厚意に恥じぬ振る舞いを期待している」
「は、はい」
悄然とサーリヤルヴィ一家が壇を下っていき、別の公爵家が壇を登り始める。その僅かな間に、アンネリーゼは思わず突っ込んだ。
「ねえ、ヴィク」
「なんだ」
「さっき、レベッカ令嬢はあなたに褒めてほしかったのよ?」
初めて気づいた、と言わんばかりにヴィクトルは目を見開く。
「そうか........済まないことをしてしまったな」
「ふふふ。ヴィクったら」
「リゼ以外の令嬢や夫人を見ても、美しい、可愛いとは思えなくてな.......気をつける」
「.........そういうところよ、ヴィク」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったようなヴィクトルの顔を他所に、アンネリーゼは上機嫌で次の貴族を迎えたのだった。




