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愛しの仮面夫婦  作者: 結塚 まつり


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13/32

side story不穏なお茶会

暫く本編と直接は関係しない話が続きますが、地味に後々本編と絡むはずなので、お付き合いくださると嬉しいです〜

厳しい冬が過ぎ、花々が蕾を開き始めた春。

ユティラ王宮南の第三庭園にて、茶会が催されていた。令嬢や夫人は話に花を咲かせている。

その中心、一際賑やかな場所があった。


「王太后さまにご挨拶申し上げます」

「今年に入って初めてお会いできましたわ、嬉しゅうございます」

「本日の衣装もお美しいこと」


王太后を讃える言葉は、小鳥の囀りのように辺りを埋め尽くす。王太后と同じ、反グレーデン派の夫人や令嬢たちは、アンネリーゼなど目にも入らぬと言わんばかりに王太后との話を続けた。


「王太后さま、久しぶりにお会いできて嬉しゅうございます」

「レベッカ、よく来たわね」


王太后は青い衣装を纏う令嬢—―サーリヤルヴィ公爵令嬢・レベッカに向けて柔らかく微笑んだ。


「冬の間、あなたに会えなくて寂しかったわ。元気にしていたかしら?」

「はい。健やかに過ごしておりました。ですが.......」


レベッカは憂い気に目を伏せた。見事な赤の巻き髪が頼りなく揺れる。どうかしたの、と王太后は心配そうに眉根を寄せる。


「王太后さまと長くお会いできず、身を引き裂かれるような思いでしたわ........」

「まあ、レベッカったら。あたくしを喜ばせるのが得意なようね」

「本当のことですのよ? 今日を指折り数えて待っておりましたもの」


そうですわ、とレベッカは手を叩いた。侍従に目配せして、小さな箱を持ってこさせる。


「我がサーリヤルヴィ領に流れ着いた琥珀をブローチにしたものでございますわ。どうぞお納めくださいませ」

「まあ!」


琥珀は、三国に共通して面しているグランヴィーク海に流れ着く化石だ。太陽の涙、凍った樹脂などという別名を持っている。


「どう? 似合うかしら?」


王太后のベージュ色のドレスに、琥珀はよく映えた。とてもお似合いですわ、とレベッカのみならず、同じ机を囲む人々が賞賛の声を上げる。アンネリーゼも儀礼的に微笑み、王太后さまの栄光に相応しいですわ、と短く述べた。


「何かお礼をしなくてはね」

「そんな、滅相もないことですわ」

「これほど嬉しい贈り物をもらったのだもの。何か欲しいものはない?」


悩んだ様子を見せたレベッカは、それでは、とすぐに華やかな笑みを浮かべた。


「王太后さまがお使いになっていない装飾品がございましたら、それを頂きたく思います」


同じテーブルを囲む夫人たちは、まあ、と言って口元を隠す。

王太后が特定の貴族令嬢に己の物を賜うというのは、格別な寵愛の証である。未だ王太后が一定の権力を握る王宮において、最上位の贈り物といっても過言ではない。


「あら、そんなものでいいの?」

「敬愛する王太后さまがお使いになられたものを頂けるのなら、この身に余る光栄ですわ」

「可愛らしいこと。ならばすぐに用意させるわ」

「ありがとうございます、王太后さま」

「そうね、ブローチとサファイアのネックレス.......真珠の耳飾りでどうかしら。ああ、ガーネットの指輪も似合いそうね」

「まあ、そんなにいただくわけには参りませんわ」

「いいのよ、あなたはあたくしにとっても可愛い従姉姪ですもの」


レベッカの祖母は、先々王グスタフ五世の妹である。そのためグレーデンとの講和条約が結ばれる前、ヴィクトルの妃候補として最上位に名を連ねていたという。


「それでは、お言葉に甘えまして........本当に嬉しゅうございますわ」

「次の舞踏会では、ネックレスをつけてきてちょうだい。あたくしの瞳と同じ、深い青色なのよ」

「まあ、そうなのですね」


ですがそれは恐れ多いことですわ、とレベッカは頬に手を当てて悩まし気に眉を寄せる。


「あら、どうして?」

「王太后さまの瞳の色ということは、陛下の瞳の色とも同じということでございましょう?」


レベッカはわざとらしくアンネリーゼを見た。アンネリーゼは素知らぬ顔で紅茶を啜る。


「殿下と陛下と同じ色だなんて.......」

「あら、気にすることはないわ」


王太后は朗らかに笑う。


「従妹姪のあなたが同じ色を纏っていたら、きっと陛下も嬉しく思われるでしょう」


王太后さまがそう仰るなら、とレベッカは満面の笑みを浮かべる。同じテーブルを囲む人は、アンネリーゼとレベッカを見比べてくすくすと笑みを漏らした。

仮面夫婦の噂が広まって半年。昨年の社交シーズンにはあまり感じなかった、アンネリーゼを軽視する風潮は、早くも広まり始めているらしい。

陰口にも嫌がらせにも慣れている。対処の仕方も心得ている。けれど。

――あぁ、ヴィクに膝枕して貰いたいわ。

初日くらい、良い気分で終わりたかった、とアンネリーゼは扇の陰でそっと溜息をついた。



***



「王妃殿下」

「サーリヤルヴィ令嬢」


ほぼ発言しないままお茶会が終わった。自室に戻ろうと侍女を従え歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、レベッカが立っている。長身が多いユティラ王家の血を引くためか、女性にしては背が高く、見上げる形になった。


「今日は申し訳ありません、わたくしばかり王太后さまとお話してしまって......王妃殿下にお気遣いすべきでしたわ」


公爵令嬢が王妃を気遣うとは、何の冗談であろうか。

アンネリーゼはにっこり笑った。


「お気遣いありがとうございます。けれどわたくしは王太后さまとお話する機会も多くございますから、今日は久しぶりに王太后さまとお会いする皆さまが心行くまでお話できればと思っておりました」

「あら、そうでしたのね。知らぬ間に王妃殿下にお気遣いいただいていたとは、気づきませんでしたわ。お礼申し上げます」

「お気になさらないで。皆さまが心地よいひと時を過ごすことが出来たのなら、嬉しく思いますわ」

「まあ、王妃殿下はとても謙虚で穏やかいらっしゃるのね」


くすり、とレベッカは笑う。


「わたくしがヴィクトル様(・・・・・・)の瞳と同じ色のドレスを纏っていても、何もお思いにならないようですし」


ぴくり、とアンネリーゼの眉が動いた。まさかお怒りではないですよね、とレベッカはわざとらしく眉根を寄せ、首を傾げる。


「――......ええ、何も思っておりませんよ」

「ああよかった。王妃殿下に嫌われてしまったかと思」

「だって」


アンネリーゼはレベッカの言葉を遮った。


「そのドレス、陛下の瞳の色よりも淡い色ですもの。陛下と顔を合わせることがなかなかおありでないから、間違えてしまったのでしょう?」


レベッカの顔から一瞬、表情が抜け落ちた。勿論、すぐに取り繕われたけれど。


「王太后さまから賜るネックレスを見て、同じ色のドレスを仕立てられるといいと思いますわ」


それでは失礼、とアンネリーゼは踵を返した。



***



「......リゼ」

「なぁに、ヴィク」

「......今日差し入れたお菓子が気に入らなかったか? それとも、昨夜、無理をさせすぎたか? それとも.......」


アンネリーゼは抱き枕にしていた枕を離してヴィクトルを見つめた。ヴィクトルは寝台横のソファに座り、冷や汗を浮かべている。


「いきなりどうしたの?」

「......ずっとふくれっ面だ」


あら、と言ってアンネリーゼは己の頬に手を当てた。そっぽを向いたまま、質問を口にする。


「.......ねえ、ヴィク。サーリヤルヴィ令嬢とは、仲がいいの?」


ヴィクトルはぱちぱちと目を瞬いた。今日、王太后主催のお茶会があることは、彼も聞き及んでいた。とはいえ、茶会の内容までは把握していない。


「いや、幼少期に時々顔を合わせていたくらいだが........それがどうか?」

「彼女、ヴィクトル様って呼んだわ」

「は?」


ぎゅう、とアンネリーゼは枕を強く抱きしめる。


「わたくしの旦那さまなのに........」


ヴィクトルはぽかんとし、次いで破顔した。ソファから降りて、寝台の上に乗り上げる。むくれたアンネリーゼの頬に手を添えた。


「ああ。この名はリゼにしか呼ばせない」

「.......ほんとう? 次に会った時、注意しても構わない?」

「勿論だ。許した覚えもないのだから」


こつん、とヴィクトルはアンネリーゼの額に己の額を合わせた。


「この心は、すべてリゼのものだ」

「.......半分は民にあげてって、言えない王妃でごめんなさい」


アンネリーゼは枕を手放す。ヴィクトルは笑って口づけを受け入れた。


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