うってつけの『依頼』
「あー、でもそうだな。一山ってほどじゃなくて小遣い程度でよけりゃ、お前らにちょうど良さそうな『依頼』があるぜ」
ゆきたちの事情――という程には大した内容ではなかったが、話を聞いた兄貴が口を開いたのは、ゆきたちがこの日の持ち込みアイテムを吟味していたときのことである。
普段もこのあたりのタイミングでアドバイスなりなんなりで口を挟んでくる兄貴ではあるが、しかし兄貴のほうから『依頼』などという話を持ち出してくることは初めてだ。
ゆきたちは、ぽかんとした顔で兄貴の竜人ヅラを並んで見上げた。
「どうだ、受けるかどうかはお前らの自由だが、聞くか」
ゆきとももは、二人で顔を見合わせてから、再び兄貴に向き直る。
「兄貴、『依頼』ってあれだよね? 特定の魔物を倒して素材を持って帰ると追加料金がもらえるやつだよね?」
「兄貴さん、私たちは魔物と戦うのは無理ですよ?」
「まあ聞け、それも『依頼』の定番ではあるが、『依頼』つーのは決して魔物討伐だけじゃねえんだよ」
ゆきともも、両者とも頭の横に小さなハテナが浮かんでいるものの、ここで兄貴の話を断る理由もない。
内容はさておき、目の前にいるドラゴン兄貴は自分たちの身を案じてくれるいい人――いや、いい竜人だということを二人は知っているし、異界についても自分たちよりもはるかに詳しいのだ。
なので、兄貴が「大丈夫」というなら大丈夫に違いないという、雑な信頼もある。
なんにせよ。女子中学生の好奇心は、兄貴が語る『依頼』内容へと真っ直ぐに引き寄せられて。
二人して、どことなくキラキラした瞳で兄貴の言葉を待つのだった。
◇ ◇ ◇
ドラゴン兄貴の語った『依頼』は、実にシンプルなものだった。
それは、ファンタジー世界ではお馴染みのミッション【薬草採集】である。
これは昔ながらのファンタジーゲームやライトノベルはもちろん、世間で流行のファンタジー系VRゲームでもお馴染みのミッションだ。もっとも、ゲームはゲーム。現実の異界ダンジョン屋でそのミッションが依頼される日がくるとはゆきたちも思ってはいなかった。
「この写真の薬草を集めればいいの? そんだけ? そんなの簡単じゃん!」
「ふーん。赤いラインが入ってて特徴的だし、わかりやすそうだね」
「ああ、そんだけの単純作業だ。たまに発注される依頼で、大体はベテランが探索の片手間にこなしちまう内容なんだが、これならお前の【直感】が役に立つだろ?」
「確かに! 私、もともと直感には自信があるからね! 選択問題とか得意だし!」
「ゆきちゃん、胸を張るところじゃないからね」
ゆきが異界において所持している特殊能力名。それは【直感】という変わった力である。
何かしらの特殊な行動が取れるわけでもなんでもなく、文字通りゆきの直感が鋭くなるというだけのものだ。第六感、虫の知らせ、勘、色々な言い方はあるが、つまりはゆきの思いつきが正解をひく確率が高くなるということである。
効果を実感し辛い能力ともいえるが、異界の森の中でどこに生えているかもわからない薬草を勘だけで見つけられるというのならば、確かにゆきの力は薬草採集向きと言えなくもない。
拍子抜けするほどに簡単そうな依頼内容に、ゆきは純粋に喜び、ももはまだ何か裏があるのではないかとドラゴン兄貴の言葉の続きを待つ。
「ただし、だ」
そしてやはり、ももの考えるとおり、それには『裏』があった。
ドラゴン兄貴は、二人に見せている薬草の写真の掲載された異界の本のページを、更にペラペラとめくっていく。緑の鱗に覆われたゴツゴツした爬虫類の指が本のページをぱらぱらとめくっていく様に、ゆきは「ほえー」となった。
「間抜け面してねえで、大事なことだからよく聞けよ。この薬草集めには注意点があるんだ。二人ともこっちのページを見てみろ」
「あれ? そっくりな葉っぱが載ってるじゃん。赤い線も一緒じゃん」
「兄貴さん、これは?」
そこに掲載されていたのは、先ほどの薬草と同じものとしか思えない植物の写真だった。
その色といい、葉や茎の形といい、そして一番特徴的な赤いラインと言い、素人目にはそれぞれの違いが全くわからない。
「こっちが厄介でなぁ。薬草と見た目が同じで育つ環境も一緒なんだが、こりゃ毒草だ。しかも厄介なのが、一緒の入れ物に入れとくだけで毒素が揮発しやがって、一緒に入れられた植物がこぞって駄目になるおまけ付きだ」
「ひええ」
「じゃあ兄貴さん、もし薬草と間違えて毒草を回収しちゃったら、採集した薬草も全部まるごと駄目になるってことですか?」
「おう、つまりはそういうことだな。だからこそ『依頼』つー形で発注されてんのさ」
「ひええ……そりゃ無理だよ。兄貴、意地悪でそんな依頼を紹介してるのー?」
仮に、ゆきの【直感】が99%で薬草を引き当てたとしても、残り1%の毒草が混ざり込むだけで全て駄目になってしまう。
それを理解したゆきは、唇を尖らせて、めっちゃ不服そうなしかめっ面を兄貴に向ける。女子中学生があまり人前でやってはいけない顔だが、兄貴はゆきの渾身の不満を見なかったことにして、スルーする。
「きちんと話を最後まで聞け。そりゃ確かに本来は、毒と薬草を区別できるベテランがうける『依頼』だが……これは間違いなく『お前ら二人』向きなんだよ」
「えー、そうなの?」
「私たち向きですか?」
「さて、ヒントはここまで。あとはお前らが考えてみな」
ここまで言うと、兄貴はクククと口の端をつり上げる。
人間と違う竜人なので今一つ表情は読み取りづらいのだが、これだけあからさまに態度に出されれば、自分たちをからかう笑いなのだということくらい、二人にも察せられた。
ゆきは兄貴の意地悪な物言いにぶーたれているが、ももは冷静に思案する。
――と、いうより。
ももは思案するまでもなくすぐに兄貴の言いたいことに行き着いた。なにせ、そこで重要になるのはもも自身の【スキル】なのだから。
「ああ、なるほど。ゆきちゃん、これは私たちにはうってつけの『依頼』だよ」
「ほう? そうなの?」
「そうだよ。まあ、ここで説明してもいいけど……百聞は一見にしかずっていうしさ。とりあえず『依頼』を受けるだけ受けてみない?」
「へー。わかった、じゃあ考えるのはももに全部任せちゃう。兄貴は意味わかんないこと言ってるけど、ももが言うなら大丈夫だね!」
ゆきは、兄貴の言いたいことも、ももの言っていることも分からないままに気軽にOKを出す。悩む素振りはそこに一切無い。
「ったく、お前も少しは考えろよな」
「えっへへ」
兄貴は何も考えていない様子のゆきに呆れているけれど、ゆきとて真面目に考えれば答えに辿り着いたはずである。脳天気で何も考えていないように見えるだけで、きちんと考える脳味噌は所有しているのだから。
ただ、今回はすでにももが答えを見つけてくれたようなので、ゆきは自分で考えるのをやめていただけなのだ。それくらいももを信用しているのだ。あとやっぱり、考えるのが面倒くさいのだ。
「まあいい。色々言いたいことはあるが、とりあえずお前らはこの『依頼』を引き受けるってことで良いな? 必要なもんは俺が今から準備しといてやるから、お前らはそこでストレッチでもして待っててくれ」
「はーい! なんか面白そうだし、やるならがんばるよー!」
ゆきは素直に頷くと、受付前のスペースでさっそくぎゅっぎゅと全身のストレッチ運動を始めている。店の方針なのか、兄貴が個人で準備してくれているのかはわからないが、フロアの壁際には腰を下ろして運動できるマットが敷いてあるので、準備運動にも困らない。
前屈、開脚、なんだかよくわからない異界のヨガマスターが広めた「脇腹と首と両脚の筋をしっかり伸ばすポーズ」などを順繰りに決めていく。さすがに育ち盛りの中学生だけあってストレッチ運動も元気いっぱいである。異界のヨガマスターのように空中浮遊はできないが、ストレッチ効果は抜群だ。スカートの下にはショートパンツを穿いているので、大きく足を開いて運動してもセーフである。
もももゆきの横に腰を下ろして、怪我をしないように、ゆきと一緒に全身の筋肉をほぐしていく。
「難しいことを考えるのは兄貴とももに任せるよ。私は直感係だしね」
「ゆきちゃんのそういう、頭空っぽで前向きなところって無敵の長所だよね」
「でしょ! 私の頭には夢詰め込んでるからね!」
「あ、うん」
頭空っぽなのは否定しないんだな、と。
ももは、異界のヨガマスターが広めた「食欲増進のポーズ」で胃腸をほぐしながら、隣でキャッキャとはしゃぐ幼なじみの姿に苦笑を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
そして、ヨガマスター直伝のポーズで全身がほぐれてきた頃に、兄貴が荷物を揃えてやってきた。
いつものように素材回収用の籠と、基本となる探索セット。武器もセットで貸し出されるようで、最低ランクの木刀より少し上に位置する、金属の模擬刀も二人分レンタルできるようだ。
そしてそれとは別に、カドが丸い白のクーラーボックスのようなものが一つ、存在感を放っていた。
「薬草だけはこっちの白い保管箱に詰め込んでってくれ。さっきも言ったが、毒草が混ざると全部駄目になっちまうから気をつけろよ」
「はーい」
「あとは……そうだな、薄暗い場所もあるからランタンをいれとくか。エナジーバーは食いたきゃ勝手に食って良い」
そう呟くと、ドラゴン兄貴はカウンターに置かれていたランタンを一つ、回収用の籠にひょいと放り込む。横の歯車部分をぐりっと回すと、中身の魔法機構が動きランタンのガラスの中に光が灯るという、なんとも不思議な逸品だ。
兄貴のサービスとして、素材回収用の箱には途中で食べられそうなカレーうどん味のエナジーバーが二袋、放り込まれているのが見えた。
「いいか、武器は木刀よりはマシな模擬刀を貸し出すが、危険な魔物が出たら迷わず逃げろよ。勝てねえ相手と無理して戦おうだなんて絶対考えるんじゃねえぞ」
「あ、やっぱり魔物は出る場所なんですね」
「もも、大丈夫! 今日の私は調子いいから、どんな危険な魔物でも一発だよ!」
「危険な魔物とは戦うなつっただろが」
ドラゴン兄貴は、相変わらず不安なことを言っているゆきにため息をつきつつ、流れ作業のように少女たちの額に判子のようなものを押しつけていく。
ゆきたちが『デコはんこ』と呼ぶこの道具を使用した儀式は、魔術的な力でそのものの魂と現在時空を紐付け、出先で何があろうとも無事に戻ってこられるようにするための、異界ダンジョンに潜るまえの重要な手順である。
もっとも、そんなことはゆきたちにはわからない。ただ、たったいま額から注入された『何か』がこれから異界へ潜る自分たちの安全を保障してくれるという漠然とした事実だけを直感的に感じ取り、二人は大人しくデコはんこを受け入れる。
「さてと。今回は『依頼』の受注つーことで、蘇生は一回ずつ設定してある。ただ、それで油断しちゃ元も子もねえからな。蘇生なんて発動させずにきちんと還ってくるんだぜ」
「うん。兄貴は心配性だなあ。甘いものでも舐めて気分を落ち着かせなよ? 飴舐める?」
「なんだよ、飴なんかくれるのか。悪ぃな」
「え、いや、私が持ってるわけじゃなくて、自分で買ってきたら? って意味だけど」
「……」
ゆきは頭にハテナを浮かべながら、無言になってしまったドラゴン兄貴を見上げる。
兄貴は竜人特有の表情の読めない顔のまま、ゆきの頭に手をあてて撫でてくれる。最初はやさしい手つきから、だんだん手の動きが乱暴になっていき、最終的には明らかに苛立ちのままにゆきの髪の毛をウサギリボンごと、わしゃわしゃとかき混ぜはじめる。
「ちょ、兄貴! 兄貴! それ私の髪の毛だから! ひゃあ、かき混ぜないでよーっ!」
「うっせえ。反省しろ」
思う存分ゆきの髪の毛をわしゃわしゃにして、兄貴はようやく溜飲を下げる。
ゆきの少女らしい柔らかい髪が、春一番でもみくちゃになった後のような惨状になるが、気にしない。
「くそー! 兄貴は髪の毛がないから、髪の毛の大切さがわからないんだ。やっぱりドラゴンはハゲなんだ」
「お前それ普通に怒る奴いるから余所じゃ絶対言うなよ? ほれ、勝手にブラッシングしとけ」
兄貴がカウンターから無造作にヘアブラシを取り出してゆきに放り投げる。髪の毛が生えていないドラゴン兄貴がいったいどうしてブラシを常備しているのかという疑問もなくもないが、ゆきは部屋の隅にあった小さな鏡の前で「まったく、もてもて少女はつらいよ」などとぼやきながら髪を整えている。
ももは一人、そんな二人の仲よさげなやりとりを呆れ顔で眺めていた。
そんなこんなで、仲良く兄貴と遊んだりしつつも準備は完了。
すぐに会話が脱線しがちなゆきたちだけれど、異界ダンジョン屋に入り浸っているだけあって、出発準備はお手の物だ。
「じゃ、部屋は5番ルームだ。無茶するんじゃねえぞ」
「はーい! お土産待っててねー」
「じゃあ兄貴さん、行ってきます」
「おう」
前時代にはカラオケボックスとして使われていた個室は、今や天井の魔法陣だけが描かれた異界と繋がる部屋へと変貌している。
ゆきたちは兄貴から部屋番号の印字された案内表を受け取り、意気揚々と案内された五番ルームへと向かっていく。
あとは、すでに室内で起動されているはずの魔法陣に入れば、ゆきたちは今回兄貴が設定した異界の森に転移しているはずだ。
「……さて。ちょうどいい、アイツにも連絡いれとくかね」
ゆきたちが部屋に入り、扉を閉めたのを確認すると。
ドラゴン兄貴はおもむろに、自分のスマホ――異界技術の集大成アイテム、スマイルホンを取り出すと、手慣れた様子でひとつの通信アプリを起動するのだった。




