THE・葉っぱ
「兄貴は今日の転移先は森だって言ってたね-」
「そういえばそんな風な話だったね」
五番ルームの中では、すでに兄貴が設定した転移の魔法陣がまばゆく輝いている。
一番初めのうちはこの魔法陣に飛び込むのにも勇気が必要だったものだが、今となっては慣れたもので、雑談をしながら魔法陣の発する光の中へと入っていく。
そして。
魔法陣を抜けるとそこは森林だった。
「うわっ、いきなり森の中じゃん!」
「虫除けスプレーくらいつけていけばよかったかな」
異界ダンジョン屋とは言うものの、転移先は決してダンジョンに限ったわけではない。実際に地下や古代遺跡のような『迷宮』に出る場合もあるけれど、今回のように空の広がる森や平原、ほか、異界というだけあって地球上には存在しないような様々な環境が存在する。場合によっては異界の文化圏に転移する場合もあるというから驚きだ。
そして今回は、見渡す限りの鬱蒼とした森のど真ん中だった。遠くからは鳥の声が響き、あちこちで見知らぬ虫の音が鳴り響いている。南米のジャングルとは言わないまでも、それに近い雰囲気を持つ森林だ。
ゆきはてっきり、いつものように何かしらの開けた土地に出てくるものだと思っていたのだが、いきなり視界の悪い森の中だったために少しだけびびっている。
一方、ももは冷静だ。すぐに周囲に神経を巡らせて、危険な存在がいないかどうかを確認していた。
「とりあえず、ゆきちゃん。ランタンを灯すほど暗くはないけど、視界が悪いから気をつけないとね」
「うん、気をつけよう。こういう場所ってほら、幽霊が出るしね」
「え、何の話? 魔物とかじゃなくて?」
「ほら、富士の樹海とか、幽霊でるんだよ」
「そうなんだ」
ゆきはいったい森林にどのようなイメージを持っているのだろうか。幼なじみのももですら、そこまではわからない。
さすがのももとて、ゆきが数日前に、深夜に富士の樹海のオカルト特集動画を見てトイレに行けなくなったことなど知らない。いくら幼なじみの仲とは言え、トイレにいけなかった恥ずかしい話などいちいち報告はしていないのだ。
ただ、魔物にしろ、幽霊にしろ、警戒するに越したことはない。
ももは、さっそく不安そうに腰がひけているゆきの手を取って、きゅっと握った。互いの手の温度が、二人に勇気を与えてくれる。
「あっ、でもとりあえず出発前にステータス確認しなきゃ!」
ゆきは、ももが握っていた手をさっさと手放した。
森林や幽霊への不安はどこへ消えたというのか、わくわく顔で両手を眼前に掲げ、自分のステータスウィンドウを開く動作を行っている。
ももはなんだか、釈然としない思いがこみ上げてくるのだった。
【北風ゆき 人間
身体強化率:7
潜在魔力量:22
所有スキル:直感Lv.3】
【春日もも 人間
身体強化率:12
潜在魔力量:16
所有スキル:大食らいLv.3】
空間をスライドさせるようにして、指を動かすと、そこには光のウィンドウが現れる。
情報そのものは簡素なものだが、これは、異界におけるゆきたちの『ステータス』である。
地球人は、魔力の存在する世界における自分たちの能力を把握する術をもたない。それをカバーするため、地球人たちがイメージしやすいゲーム的なウィンドウで己の能力を可視化できるようにしたのである。まさに異界技術の賜だ。
そんなステータスだけれど、見ればゆき、ももとも、前回よりも『潜在魔力量』の数値が1ずつ上昇していた。
「やった! 数字があがってるじゃん!」
「ふーん。実感はないけど、ちょっと嬉しいね」
実際のところ、二人とも『潜在魔力量』を実感したこともないし、どう変わるのかもよくわかっていない。とはいえ、普通に考えればこういう数字は高ければ高い方がいいのだ。
つい先ほどまで幽霊を恐れていたことも忘れ、ゆきはテンション高くその場でぴょんと跳ね、もももほんのり笑みを浮かべる。幸先は良さそうだ。
「よし、今日のわたしの運勢は花丸ラッキー! さっそく行ってみよう!」
「じゃあ、行き先はゆきちゃんの【直感】を頼りにしてるからね」
「まかせんしゃい! 薬草はとりつくすでごわす! たぶんこっちでごわす!」
「テンションあがるのはいいけどいきなり九州男児にならないでよ」
「はーい」
転移場所は、森。
目的地は、森のどこか。
二人とも、なんだかんだで異界ダンジョンを訪れる経験は豊富なため、いきなり見知らぬ森の中に放り出されても意外と肝は据わっている。これが令和のトンチキっ子だ。
兄貴が貸し出してくれた模擬刀を振り回して邪魔な枝や葉をばっさばっさと払いながら、ゆきの思うままに二人は森を進んでいった。
◇ ◇ ◇
木の根が絡み合うゴツゴツした地面。決して舗装などされていない木々の隙間。
そんな大自然のアスレチックを抜けて進んだ先で、二人は立ち止まっていた。
目の前には、赤いラインの入った植物。目的の薬草、もしくは毒草だ。
「これは――」
「これは……?」
ももが言葉をためて、ゆきがその続きを待つ。
そして。
「毒だね」
「うわあ、二連敗!!」
ももは、思いの外大きかった赤いラインの入った植物の葉をもしゃもしゃと口のなかで咀嚼して、その味を吟味している。
そう、ももは葉っぱを『食べていた』。
というのも、これが兄貴の言っていた謎かけの答えである。
もものスキル【大食らい】は、本人が大食らいになる代わりに、大体のものを食せるようになるじゃじゃ馬スキルだ。ダンジョンに入らずとも人並みはずれた大食らいのももが、ここでは更に大食らい化されており、今は食べようと思えばどんなものでも、どんな量でも食べることができるはずだ。
そしてここで重要になってくるのは、そのスキルの副次的な効果である。
「薬草のほうは甘くて意外と美味しいんだけど、毒草のほうはやっぱり渋みというか、エグ味というか、なんとも言えない刺激があるね」
「そんなの説明しなくていいよお」
「まあ、これはこれで灰汁抜きしてお浸しにでもすれば味は美味しくなるかもしれないよ」
「毒のおひたしとか食べられるのはももだけじゃん」
何でも食べられるということは、何でも味わえるということだ。
そして、スキルの副次的な効果で、ももは食べたものの安全性も感覚的に判別できるのだ。
まずゆきが目的の葉っぱを探す。そしてももは、その葉っぱを食べ、毒性の有無を確認する。
この二人は、それを繰り返すだけで、正しく薬草だけを選んで採集できるのである。
「次行こう、次! 次こそは薬草を探すぞー!」
「ゆきちゃん、まだ私が毒草食べてるでしょ? もう少し待ってね」
「あ、うん」
大食らいのももは、食にうるさい。そして、一度口に入れたものは『食事』としてしっかりと食べる。これは食に対して執着が強くなってしまう【大食らい】のデメリット、と言ってもいいだろう。
写真ではわからなかったが、キャベツの一番外の葉くらいある毒の葉を、ももは丁寧に、しゃくしゃくと。
毒は毒なりに、しっかりと味わって食べ終えるのだった。
◇ ◇ ◇
そして、少し歩いた別の場所。
二人とも、もはやどこをどう歩いて来たかは覚えていない。帰り道など分からない。
二時間で自動的に帰還する異界ダンジョン屋による探索だからいいものの、普通ならばこれは遭難者だ。
そんなことを塵とも気にせず、二人はまた、赤いラインの葉っぱの前に立っていた。
ももがシャクシャクと、大きな葉を食べ進める。
「これは――」
「これは……?」
「薬草だね。茎から切り取って持って行こうか」
「やったー!」
薬草だった。
すでにゆきの直感で赤いラインの葉っぱを見つけること6回。現在の勝率は五分五分だ。
ゆきは上機嫌で、安全が確認された薬草を兄貴の説明通りに茎から切り取って、薬草用の白い保存容器へと押し込んでいく。
「薬草はほんのり甘いよ? ゆきちゃんも食べてみる?」
「んー……じゃあ、こっちの柔らかそうな部分だけもらっちゃおうかな。ひょいパク」
ももが、自分が咀嚼していた薬草の葉をももにも差し出す。
ゆきは内心「毒だったらどうしよう」と思いつつも、興味が勝ったようで、その葉の先の方だけ千切り取って、口にいれる。
「どう?」
「んげー、葉っぱの味」
葉っぱは、葉っぱの味だった。真理と言えるだろう。
ももが言う仄かな甘みもなくはないが、しかしそれ以上に、THE・葉っぱ、というような青臭さが広がり、葉っぱの味としかいいようのない葉っぱだった。
まずくはないが、不意打ちでパクチーの塊を口内に入れられたようななんとも言えぬ気持ちがゆきの中に押し寄せてくる。
「ゆきちゃんが食べやすいように、ドレッシングも持ってきておけばよかったね」
「異界探索にはドレッシングが必要。心のメモ帳にメモしとこ。もっちりドレッシングのピザ味がいいな」
大食らいのももは、食べようと思えば周囲の薬草を食べ尽くすことなど容易いが、そんなことをする理由もメリットもないので、判別用の葉っぱ一枚で咀嚼を終了した。
しかし、一枚とは言っても葉っぱのサイズは非常に大きいの。すでに今までの分だけでも一般的なサラダ数皿分は食べているはずなのだが、ももは全く意に介していない。さすがは【大食らい】だとゆきは感心する。
だが、ゆきはすぐに首を振り、ももの胃袋についての雑念を振り払う。とりあえず今は『液体なのにもっちり伸びて、だいたいピザ味にしてくれる』が売りの、最近人気のドレッシングの購入予定を心のメモ帳に書き綴っていた。




