本番 前編
運動会当日。
朝からグラウンドは異様な熱気に包まれている。
開会式が始まり、俺たちはクラスの列に並んでいた。
胸の奥がなんだかソワソワする。
「……なんか、楽しみだな」
俺が小さく呟くと、隣の要がニヤッと笑った。
「そうだな。絶対勝つぞ!」
気合い十分な要の前で、朝陽は欠伸をしている。
「ん、適当に頑張る」
「おいおい、気の抜ける返事だな」
「……いや、朝陽はそのままでいい」
「何でだよ?」
「朝陽が本気だしたら、俺がモブになるから」
「……また言ってるよ。聞かなきゃ良かった」
「湊もこう言ってるし、俺の出番は午後からだし。教室で寝てていい?」
「クラスの応援はどうすんだよ?」
「面倒くさい……。要と湊が頑張れ」
「はぁー、でたよ。面倒くさいが……」
「……分かった。応援団とリレー本気でやるなら、見逃してやる」
「分かった。本気でやる!」
「よしっ!」
「『よしっ!』じゃねーよ。朝陽を本気にさせてどーすんだよ! 俺が空気になるだろ!」
要はジト目で俺を見る。
「お前のモテより、勝つ事の方が大事だろ」
「ぐぬぬ……要のクセに正論を……」
「ほら、ちゃんと前見て話聞けよ」
「急になに真面目ぶってんだよ……」
「湊、うるさい」
「朝陽まで……。もういいよ。俺は俺でモテるために頑張るから!」
「湊、うるせーぞ」
「お前らがうるせー」
そんな事をしていると、気づけば拍手が起こり、開会式は終わった。
退場すると朝陽は「じゃーな」と言って、校舎の中に入って行った。
「本気で寝るつもりだな……」
「俺達の最終兵器だからな。体力は温存しといてもらわないと」
「……確かに、最終兵器だな」
「だろ? ほら、応援するぞ」
俺達はクラスの席に移動した。
まずは1年生の徒競走が始まった。
「位置について。よーい」
パンッ!
流行りの音楽が流れ、放送委員の実況する声が聞こえる。
『白組頑張れ! 紅組頑張れ!』
一年生の方の席から歓声が湧き上がる。
「おい、白組負けてんじゃねーか!」
要が席から立ち上がり、ヤジを飛ばした。
「まぁまぁ、まだ序盤だし」
「序盤だろうが、何だろうが、俺が負けてるみたいで嫌だ」
「……いやいやいや、大丈夫だって」
「おい、田中! 絶対1位取れよ!」
「え?」
次走の準備をしている中に、田中君がいた。
田中君はこっちを見てオロオロしている。
「要、そんなプレッシャーかけてやるなよ」
俺がそう言ってると、スタートの合図が鳴った。
「いけー! 田中ー!」
要がバカデカい声で田中君を応援する。
それに釣られて、俺のクラスの女子達も「田中君、頑張れー」と応援しだした。
その時、ずざざざぁーと田中君が盛大にこけた。
「田中ーー!」
「田中君!」
えぇー!?
田中君、大丈夫かな?
あのこけ方めっちゃ痛そうなんだけど……。
田中君は起き上がると、右足を引きずりながらゆっくりとゴールした。
田中君はもちろん最下位だ。
だけど、手も膝からも血が出ていた。
田中君は列に入らずに、先生に連れられて救護テントに向かった。
要はそれを見て、走りだした。
俺も慌てて要の後を追う。
救護テントに行くと、田中君は治療を受けていた。
「田中、大丈夫か?」
要が田中君に声をかけると、田中君はビクッと体を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。
「すみません……」
「そんな事より、足大丈夫なのかよ?」
田中君は下を向いて何も答えない。
「痛いのか?」
「本当にすみません……。せっかく先輩が応援してくれたのに……」
「要の応援がプレッシャーになったんだろ?」
「おい!」
田中君は首を振って顔を上げた。
その顔は涙でグシャグシャになっていた。
「俺、嬉しかったです。憧れの先輩に応援されて……」
「え? あれ嬉しかったの? 俺にはヤジ飛ばしてる様にしか見えなかったけど」
田中君はまた首を横に振った。
「それなのに、怪我しちゃって……バク転も……せっかく練習したのに……」
「やっぱ足、捻ったのかよ?」
田中君は頷く。
「……俺、悔しいっす! 憧れの先輩達と一緒に……演舞……やりたかった……」
田中君はまたポロポロと涙を流した。
そんな田中君の肩に要は手を置いた。
田中君は驚いたように要を見た。
要は一瞬目を逸らしてから、軽く笑って言った。
「また来年一緒にやろーぜ」
「そうだな。また来年一緒にやろう!」
「……はい!」
田中君は涙を拭いながら、笑顔で返事をした。
田中君の手当てを見届けてから、俺達は救護テントを出た。
「……代わり、アイツしかいねーな」
要はそう言いながら、何か企んでいる顔で笑った。
「午後から本気出すらしいから、良いんじゃね?」
「アイツに拒否権はないな」
「……あぁー、また俺モブになるのかな?」
「お前そればっか言うけどな、見てる奴はちゃんと見てるよ」
「……奈帆ちゃんとか?」
「あぁ、そいつとか」
「……なら、頑張るか。俺の史上最高のかっこいい所見せてやる!」
「うんうん」
「……要、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる。あっ、そうだ。朝陽の代わりの旗手を探さないと!」
「……話を流されたような?」
「おい、湊! 紅組の団長の所行って、相談するぞ!」
そう言って要はまた走りだした。
「ちょ、ちょっと、待てよ!」
俺もまた、要の後を追いかけた。




