第16話 太后の策
「何だと!?関勝を奪われただと!」
劉豫は息子からの報告を受け、木札で騙されて関勝夫婦が堂々と脱獄したと聞いて激怒した。
「許せん!この俺様…よくも朕を欺きおったな!!」
劉豫は、張信と畢豊に命じて飲馬川を攻めさせた。
「報!(報告!)偽斉国が攻めて参りました!」
あれだけコケにすれば、怒って攻めてくるだろうとは思っていた。
「打って出て殺すのは容易い。しかし劉猊を捕らえ、劉豫を引っ張り出すには怒らせるのが1番だ。ここは籠城の一択だな」
張信と畢豊が攻め寄せたが相手にせず、攻城して来ると火矢を撃ち込んで撃退した。
「よし、殺さぬ程度に蹴散らしてやれ!」
楊林と関勝が打って出ると、散々に蹴散らされて逃げて行った。
「ははは、何と無様な!皆、笑ってやれ!」
宋軍に嘲笑われ、張信と畢豊は歯軋りして悔しがり、大名府に戻ると劉猊に訴えた。
「うぬぬぬ、許せん!俺をコケにするとは、父上の顔に泥を塗るも同じ事。皮を剥ぎその肉を喰らわねば、この怒りは収まらぬ」
劉猊は顔を真っ赤にして怒ったが、禿魯が諭した。
「ここは一つ良く考えましょう。勢いがあると言っても飲馬川の兵は、我らに比べれば寡兵で御座います。大王(劉猊の事)が大軍を率いて飲馬川を取り囲めば、奴らなど終わりです。しかし窮鼠猫を噛むと申しますし、大王の寛容さを見せるべく、先ずは降伏勧告の使者を送られて見ては如何でしょうか?奴らは涙を流して、大王の寛大さに感謝する事でしょう」
「ははは、それは良い」
劉猊は張保を使者として遣わせた。
「使者が来ただと?」
「どうしますか?太后」
「ふふふ、使者を労って歓迎して上げましょう。劉猊が痺れを切らせて、攻めて来るまでね。あははは」
初め、張保を粗末な食事を用意した部屋に案内させた。
(何と、私は斉国の正式な使者であるぞ。この様な侮辱を受けるとは、降伏するつもりなど無いらしいな?)
張保は内心、憤った。そこへ俺が現れて、粗末なもてなしを見て怒鳴った。
「何だこれは!?我らは斉国に降伏すると決めたのだ!その御使者殿に対して、このもてなしとは何たる有様だ!主簿と女官長を斬れ!」
俺が激怒して側仕えにキレた為、張保は「私は気にしていませんから、何卒穏便に…」と主簿らを庇った。
(ほう?なかなか優しい心根を持っていると見える)
当然全ては芝居であるが、ここで主簿らを見殺しにする者であれば、躊躇わずに殺すつもりであった。王進に目配せを送り、(命拾いしたな?)と王進が目で語っていた。
「さぁ、さぁ、一献どうぞ。斉に帰属する祝い酒ですぞ。これで我らも斉国の一員ですな。張保殿には、これからお世話になる。お近づきの印に…どうかこれからも宜しくお願い致します」
関勝はそう言うと、手を叩いてお盆に乗せた銀子を積み上げた。
「こ、これは…」
「どうか遠慮なさらずに。これからも、我らをお引き立て下さい」
「う、うむ…」
張保は驚き、そして平静を装っていたが、明らかに内心は有頂天で抑え切れない笑みが溢れていた。美女達にお酌をさせ、満更でも無い張保は完全に警戒を緩めた。
そうして、次の日も次の日も張保を歓待し、「あいつと酒が飲めても、俺とは飲めないのか?」と人を変えて、張保を宴会漬けにして飲馬川に引き留め続けた。
「遅い!遅過ぎる!何をしているのだ張保の奴は…」
劉猊は全く音沙汰の無い張保に対して、イライラを募らせていた。そこへ飲馬川に潜入させていた間者から報告を受けた。
「何?張保が寝返っただと?」
張保に従っていた供の者らに、「張保は我らに降った。もはや斉には戻らぬ」と言われて追い返されたと言うのだ。
「許せん!張保の奴、八つ裂きにしてくれるわ!!」
激怒した劉猊は、禿魯が諌めるのも聴かず飲馬川へ攻め寄せた。
「くくく…貴様らの行動は、全て太后様のお見通しよ。それ!」
楊林軍が劉猊軍の右側面を突くと、頃合いを見計らって今度は、左側面から燕青軍が突撃して来た。左右から挟撃されて混乱する劉猊軍に、トドメとばかりに正門が開いて関勝が討って出た。
劉猊には混乱を収める能力は無く、散々に追い散らされた。劉猊は命からがら逃げ万慶寺跡まで撤退して来ると、突然、地面が爆発した。音に驚いた騎馬が混乱し、恐慌状態となった所に次々と地雷が爆発して、張信と畢豊は巻き込まれて戦死した。しかし、劉猊と禿魯に逃げられた。
「太后様、我が軍の勝利ですぞ!」
「太后の神算鬼謀に恐れ入りました。いつの間にこの様な策を?」
「ははは。いや何、項羽と范増を離間させた稀代の謀将・陳平の離間の策を真似ただけよ。それにしても…こんなに上手くいくとは、自分でも驚いたわ」
張保は、普通なら首を刎ねる所だが、根っからの悪人では無かったので、命までは取らずに牢に入れた。
「さあ皆んな!すぐにでも劉猊が、大軍を連れて来るわよ。今度こそ本気の軍が。この塞には兵は少なく、持ち堪えるのは困難だわ」
俺は塞を焼き払い、南に駐屯する軍と合流する為に、飲馬川を脱出して南方へと向かった。




