第14話 生きていた梁山泊の豪傑
「上皇さまの様子は、実は燕青が見に行っております。問題無くいってれば、そろそろ会えた頃でしょう」
「金兵に変装して潜入するの?」
「ははは、燕青の得意とする所ですな」
だが俺は、大丈夫なのか?と心配になった。確かに水滸後伝には、燕青が金に捕らわれている徽宗に会いに行く話しがある。水滸後伝は読んだが、しかしイマイチ思い出せない。会う事は出来たはずだが、その後どうなったのか話しが全く思い出せないのだ。
「それで、馬鹿弟子の最期は…安らかに逝けたのでしょうか?」
「ごめんなさい。私も聞いただけで、その場には居なかったの。斡離不に射殺されたと聞いたわ。史進は手厚く弔ったから安心してね」
「斡離不…」
亡き弟子を思い、目にキラリと光るものが見えたが、その瞳の奥に憎悪の炎が灯るのも見えた。王進は既に老将だ。老い先は短い上に母も亡くし、もう失うものなど何も無いだろう。
中国人は残りの人生全てを、復讐の為に生きる事が出来る民族だ。失う恐れが無ければ、怖い物など無いと言う事だ。王進が復讐の為に、残りの人生を賭け様としている事は明白だった。
それが分かっていても、俺には王進を止める事が出来なかった。かつては俺も、史進の師となる機会があった。しかし俺は、それを王進に擦り付けて去ったのだ。だから俺には、王進の復讐を止める資格は無い。
「ところで太后は、関勝の兄貴が生きている事をご存知でしたか?」
少し厚めに切られた牛肉を手で摘んで口に頬張り、食べ終わると凌振が口を開いた。
「関勝殿が生きてるって!?」
「ええ、落馬して首の骨を折って死んだ事になってますが、高俅の奴の仕業だと察した兄貴は、何度も刺客を送られない為に死んだ事にしてやり過ごす事にしたそうです。高俅の奴が死んだので、兄貴は大名府の正兵馬総管に復職しました」
「え?大名府って…」
「そうです。ご存知の通り、金に降伏した劉豫の奴が粘没喝の画策で、今や偽斉国の皇帝となりました」
「あり得ないけど、関勝は斉にいるの?」
「居るには居るんですが、兄貴は劉豫が宋国を裏切った事に激怒し、官職の返上を申し出ました。すると劉豫の奴は怒って兄貴を斬首すると騒いだんですが、兄貴の同僚達のとりなしで死罪は免れて牢に入れられたそうです」
「何ですって!?ふざけやがって!」
「…全くその通りです。兄貴を救い出そうと大名府を攻めたんですが、この通りの有り様で情け無いやら不甲斐ないやらで、こんな自分らに腹が立って…」
そう言って凌振は、悔し涙を流した。
「分かった、私も加勢するわよ。何か策はあるの?何をしたら良い?」
「太后に手伝って頂けるなら、百人力です。では、お耳を…」
俺は王進に耳を貸して、関勝を救い出す策を聞いた。
一方その頃、北に向かった燕青は、途中偶然出会った楊林と行動を共にし、商人のフリをして大名府にいた。そこで関勝が捕らえられ連行される所を目撃し、「救い出さなければ」と意気込んだ。
「関勝が入れられている牢の警戒は厳しく、救い出すどころか潜入するのも難しい。さて、どうしたものか…」
燕青が思案していると、楊林は言った。
「悩んでいても解決しねぇ。ちょうど腹も減って来た事だし、近くにあった酒肆(居酒屋の様な小規模なお店)で一杯やりながら考えようじゃないか?」
楊林に言われると、確かに腹が減って来た。それに喉も渇いた所だと思い、楊林の案に従って付いて行く事にした。
燕青達が 酒肆に着くと、大声で偉そうに話をしている者がいた。様子を伺うと、どうやら偉そうに話している者は金国の将官の様であり、他の2人は共をしているみたいであった。
燕青と楊林は共に目で合図をし、その将官の近くに座って聴き耳を立てた。話しの内容のほとんどが自身の自慢話であり、聴くに耐えられないものであったが、何か情報の収穫があるかも知れないと、我慢して聴いていた。
しかし何の収穫も得られずに落胆していると、その将官が足元も覚束無い足取りで蹌踉めくと、木札を落とした。それに気が付かずに、共の者達と 酒肆を出て行った。
燕青はその木札を拾い、それが何なのかと探りを入れて聞き出すと、金国で通用する命令の権限証明書みたいなもので、この木札を見せられて命令されれば、断る事が出来ない。
この木札には当然、与えられている権限に限りがあるのだが、どうやらかなり高官の物らしく、徴兵や囚人の受け出しも可能だと言う。
「すげぇや。木札さえあれば、関勝の兄貴を救えるぜ」
楊林は興奮して、目を輝かせた。
「喜ぶのは、救い出してからにしよう」
燕青は冷静に言った。関勝を救い出す途中でバレてしまえば、自分達の命も危うくなるのだ。救出に成功するまでは、油断ならない。
ここは偽斉国であり、金国の傀儡政権だ。金軍には頭が上がらない。金軍は横柄でやりたい放題だったが、生き延びる為に彼らの顔色を伺って耐えていた。
燕青は金軍の使者に変装して、関勝が捕らえられている牢に向かった。楊林も、使者の側仕えのフリをした。
「関勝を引き渡せ!粘没喝様が直々に説得する。それでも頑なに拒む様であれば、その場で斬首する事になる」
木札を見せながら燕青が言うと、牢番は手を揉んで媚び、関勝を引き立てて来た。
「へへへ、どうか粘没喝様に宜しくとお伝え下さい!」
「うむ。しかと伝えよう」
関勝は燕青と楊林に気が付いて、平然を装って牢から連れ出された。
「ははは、こんなに上手く行くとはな」
楊林が喜びを露わにし、関勝は礼を言った。
「済まない、礼を言う」
「いや何、関兄貴の危機だと知って、居ても立っても居られず」
燕青らは笑って、その礼を受け流した。梁山泊の絆は海よりも深く、金剛石よりも硬い。兄弟を助けるのは当然で、別に礼を言われるほどの事では無いのだ。
関勝は厚く義理堅く頼もしい兄弟達に、感謝せずにはいられなかった。




