第8話 富兵の戦い
粘没喝は、完顔訛里朶に指示して宋軍を攻めさせた。 訛里朶は太祖・阿骨打の五男で、兀朮の腹違いの弟である。
訛里朶は完顔婁室を右翼に、山東から増援してきた兀朮を急遽左翼に据えて、富平(現在の陝西省)の攻撃を開始した。しかし、東奔西走する兀朮のフットワークが軽くて驚かされる。
対する劉光世は、張浚(中興四将の張俊とは別人)の指示を受けて富平へ兵を進めた。張浚や張俊など、その他四路より富平に向けて進軍した。金軍を五路より攻めて、包囲殲滅する作戦である。
張浚は川陝諸路宣撫使と知枢密院事を兼任し、文官でありながら軍を指揮する立場にあった。宋では武官よりも文官の方が地位が高く、文官は武官を見下していた。中には彼や宗沢の様に、人格的に優れた文官もいたが…。
軍司令官の1人であった為、張俊と名前が似ていて混同してしまう為、これ以降、張浚は名を呼ばずに字を加えて張徳遠と記す。
張徳遠は諸将らに指示する立場にあり、劉光世、張俊、韓世忠、楊沂中、岳飛らの上官に当たる。そして、流星の如く現れるこの時代を語るに外せない人物がいる。
後に岳飛が処刑され、韓世忠が罷免されて兵権を奪われても南宋が滅ぶ事は無かった。それは、この2人に匹敵する俊傑がいたからだ。
その男の名は、劉錡と言う。容姿端麗で弓術に優れ、声は鐘の様に響いた。ある時、陣営の門前に水を満たした水甕が有り、劉錡が矢を放つと水甕を射抜き、矢を抜くと水が勢いよく流れ出た。劉錡は続けてもう1度矢を放ち、先ほどの矢で出来た穴を矢で塞ぐと言う神技を見せ、そこにいた人々を驚かせた。
彼の才能に目を付けたのは、何と高俅であった。自分の手駒が欲しかったのか分からないが、見る目だけは確かだった様である。朝廷は高俅の推薦を受けて採用し、特例で閤門祗候に任じた。
劉錡は涇原軍を率いて、この富平の戦いに参加した。兀朮が率いる金軍の左翼に当たったのは、劉錡であった。
金軍の動きが早く、宋軍は準備を整えて金軍と対峙した訳ではなかった。慌てて迎撃し、後手に回った為に指揮系統は混乱していた。
張徳遠の思惑とは違い、劉光世らは五路より独自で迎撃し、横の連携が全く取れていなかったのだ。と言うより、そんな余裕も無いほど金軍の攻撃は苛烈であった。
「劉錡様、兀朮の大軍が現れました」
「よし、皆落ち着いて作戦通りに包囲せよ!」
劉錡は、寡兵を大軍に見せ掛ける偽兵の計で兀朮の勢いを殺した。
「四太子、宋軍に囲まれています!」
「何?馬鹿な、宋にこれほどの軍勢がいるはずも無い。いや、待てよ?」
宋の軍勢を掻き集めれば、不可能では無い。右翼を捨て、金軍の要である俺から仕留める策であるならば、それも有り得る。だとしたら、宋軍も思い切った事をしたものだと感心した。
(ちぃと、殺し過ぎたか?)
宋将を何人葬ったかもはや数えきれない。恨まれているのも当然だ。だからこそ兀朮は、偽兵の計にかかった。
「敵が大軍であるならば、ここは慎重に攻めるべきである!」
そう兀朮は指示し、みだりに攻めるなと厳命した。しかしその間も金軍の将である赤盞暉が、精鋭騎兵を率いて劉錡の本陣に向かって突撃すると、泥濘にハマって身動き出来なくなった。
「それ、今だ!撃てー!!」
宋軍は矢を雨の様に降らし、金兵は抵抗も出来ずに矢を浴びて死んだ。赤盞暉は泥濘から脱出し生き延びたが、配下のほとんどを失った。
ヒューン
「うぐあっ!」
金の勇将である韓常は、不運にも流れ矢が右目に突き立った。さすがに夏侯惇の様に、矢を引き抜いて自分の目玉を食べたりはしなかった。
「退け!退け!」
両軍共に半日に亘って激戦を繰り広げ、劉錡の活躍もあったが勝敗は決しなかった。
「おう、そこに見えるは金の四太子か?」
「如何にも。貴様は?」
「隴右都護・劉錡!」
そう言うや、矢を番えて放った。
「おおっ!」
矢は、兀朮の兜の飾りを射落としていた。
「何て腕だ。斡離不に勝るとも劣らぬわ」
兀朮は恐れを成して、劉錡から逃げた。劉錡は、騎射を得意とする金軍をも圧倒する弓術を見せた。初めこそ劉錡を討ち取ろうと群がった金軍であったが、劉錡の姿を見て逃げ惑う様になった。
劉錡が率いる宋軍が金軍を押し始めていたのに、右翼では環慶経略使・趙哲が金軍に恐れを成して兵を捨てて逃げ出した為に前線は崩壊し、これが呼び水となって宋軍は五路の全てで潰走した。
こうして富平の戦いは、宋軍の惨敗で終わった。




