第6話 黄天蕩の戦い
兀朮は南下すると、長江を渡って鎮江の各屯所を全て攻め落とした。韓世忠は鎮江から退き、江陰を守った。
杜充は建康で金軍に降伏し、兀朮は驚異的な早さで、広徳から臨安を陥落させた。高宗は浙東へ逃れた。暴れるだけ暴れると、兀朮は金国に引き上げる為、陸路と海路を取った。宋軍の襲撃から、安全に帰国する為である。
「あなた、遂に金軍を殲滅する機会が訪れたわよ」
紅玉は夫に振り向き、悪戯っぽく微笑んだ。韓世忠は、何と賢い妻なのだろうかと思った。金国の人口は宋国よりも遥かに少ない為に、占領を善しとはしない。略奪を繰り返すだけ繰り返して、後は北に全てを持ち去ってしまう。だから北に帰る帰路を狙い、金軍を殲滅しようと言うのである。
しかし如何せん韓家軍の兵数は8000足らずであり、それに対して金軍は10万と号す大軍であった。この兵力差を埋めるには海戦しか無いと梁紅玉は考え、作戦立案のほぼ全てを彼女が立てた。
今は上元節であり、前漢時代より旧暦の1月15日に行われていた小正月だが、北宋時代の太祖によって上元節(元宵節)は1月14日から18日までの5日間に延期された。
韓世忠は妻と秀州で灯籠を掲げて宴を開き、元宵を食べていた。
中国人は元宵節に元宵を食べる習慣があり、元宵とは、もち米を原料とした団子の事である。肉まん、あん饅の様に、中の餡には様々な具が入れられ、甘いものでは砂糖、胡桃、ゴマ、小豆餡、氷砂糖などがあり、塩辛いものでは、肉や野菜で作られた具が入れられた。
これに似た物として湯圓があり、湯圓は鍋で茹でる際に、湯の中で団子が踊る姿を天に輝く満月に見立てられた。そして家庭が団園(団欒円満の意味)と音が似ている「湯」という漢字が使用された。
元宵節にも湯圓を食べる由来は、唐代の元宵節に食べられていた麺に遡り、南宋末期になると乳糖圓子と称されるようになった。
韓世忠は宴を切り上げ、韓家軍を率いて鎮江へと急行した。兵は神速を尊ぶと言う。韓世忠が名将としての地位を不動とするのは、こう言う所である。
金軍が到着した時には韓家軍は焦山寺に駐屯しており、金軍の先遣隊であった李選は寡兵であり、死よりも降伏を選んで投降した。兀朮は、使者を韓世忠に送って来た。
「あなた、兀朮の使者は何と言って来たの?」
「日を改め、一騎討ちで決着を着けようとの申し入れだ」
「ふふふ、これであなたの名声が高まるわね?」
兀朮は豪の者として知られ、この時代では天下無双だと思われていた。しかし梁紅玉は自分の夫が兀朮を相手に、遅れを取る事など微塵も思ってはいなかった。
吉日を選び、兀朮は韓世忠と一騎討ちを始めた。
「宋に韓世忠ありと聞き及んでおったが、なるほど…出来るな」
「金賊と語る口は無し!」
韓世忠は騎馬を駆け大刀を振り上げて、兀朮の頭上から振り下ろした。
「ぬうんっ!!」
青龍偃月刀では無く、方天戟を振り回して韓世忠の一撃を受けた。互いに全身全霊を込めて、一合一合打ち合った。
兀朮は韓世忠と一騎討ちをしている間、密かに配下の部隊達で長江を渡らせてしまおうと企んだ。しかし、梁紅玉は戦太鼓を打ち鳴らして艦隊に指示し、果たして金軍はこの隙に長江を渡ろうとした。
ドーンドド
ドーンドド
ドンドンドドド
ドンドドド
ドーンドド
ドーンドド
ドンドンドドド
ドンドドド
梁紅玉は巧みに艦隊を指揮して金軍を追い込み、各個撃破していった。
「夫は、あの兀朮と一騎討ちの最中よ。苦しいのは我らだけでも無く、夫だけでも無い。我が大宋国の民が、無辜の民が苦しめられている。今こそ、彼らの苦しみを解放する時よ!韓家軍の皆よ、死力を尽くすのはここぞ!」
梁紅玉の指揮と鼓舞により、韓家軍は金軍よりも圧倒的に数で劣っていたが、操舵力が遥かに上回っており、金国の艦隊は韓家軍の前に次々と沈没させられた。
「おおぉ!韓家軍は、軍艦をまるで騎馬の様に操りおるわ!!」
金軍は梁紅玉の為に、長江を渡る事が出来なかった。
兀朮と韓世忠の一騎討ちにも変化が見えた。
「うらぁ!」
「ぬうんっ!」
大刀がしなりって風を斬り、方天戟で受け流して軌道を逸らして鋭い突きを繰り出すも、大刀を半転させて弾いた。
剛vs.剛の戦いは見る者を熱くさせ、両軍ともに息を飲んで見守った。
兀朮が繰り出した突きが左肩を掠め、肉を切らせて骨を断つとばかりにカウンターで韓世忠は首を狙うも躱わされ、兀朮の黄金の兜が飛んだ。
兀朮は強かった。だが韓世忠もまた強かった。韓世忠は、始めこそ兀朮の攻撃を凌ぐだけで精一杯の様に見えた。しかし、一合また一合と斬り結ぶ毎に、韓世忠の大刀は次第に冴えを見せ鋭さを増していった。
五十合も斬り合うと遂に韓世忠は覚醒し、目に見えて兀朮を押し始めたのだ。馬術の差も、埋め合わせてである。
「馬鹿な…信じられん。この俺が…この俺様が押されるなど、あってはならんのだぁ!」
兀朮が渾身の力を込めて放った一撃も、韓世忠は防ぎ切った。韓世忠は兀朮をも凌駕し、この時代で最強武将の座を手に入れたのだ。
そこへ金軍の早馬が、兀朮に報せた。
「報!(報告!)長江の渡河は韓家軍によって阻止されました!」
「何だと!?」
韓家軍は1万にも満た無い軍だ。対して金軍は、10万を超える。一体何をしている?どいつもこいつも俺の足を引っ張りやがると、兀朮は歯軋りして悔しがった。
韓世忠は、妻が良く支えてくれたと心の中で感謝し、また無事である事を知って安堵した。
「兀朮よ、もはや貴様らの命運は尽きた。潔く投降せよ!」
兀朮の包囲網は完成し、退路を絶ち金軍を殲滅せんとした。
「待ってくれ韓将軍、略奪した品は全て還す。どうか退路を開いてくれまいか?」
「断る!」
「では良馬を献上しようじゃないか!韓将軍には名馬を贈ろう。な?どうじゃ?」
「口説い!」
韓世忠に退路を絶たれて絶体絶命であったが、兀朮を守ろうと決死隊が韓家軍に斬り込み、兀朮は鬼神のごとき力を振り絞って血路を開いて逃げた。
この時、完顔撻辣が濰州に駐屯しており、兀朮の窮地を知って太一孛菫を援軍に送った。尚、孛菫とは、金国における部族長の事であり、名前では無い。
太一孛菫は江北に布陣し、兀朮は江南に布陣した。これに対し韓世忠は金山の下に停泊し、鉄の網に大きな鈎針を通して金軍を待ち構えた。
翌朝、深い霧の中を兀朮は、艦隊を率いて長江を渡ろうとした。しかし大軍が仇となり、韓家軍の包囲網にかかった。
梁紅玉は艦隊を二手に分け、金軍の背後に回り鈎針を引っ掛けて沈めていった。
「今こそ兀朮の首を討つ!」
梁紅玉は巧みに戦艦を操って、兀朮を追い詰めた。
「その首、貰ったぁ!」
矢を番えて放つ瞬間、船が高波で大きく跳ね、狙いが逸れて兀朮の頬を掠めた。
「チッ!何て悪運の強い奴だ。次は外さない!」
「うおっ!?何て恐ろしい女だ。退け!退け!」
兀朮は甲板から死角に隠れて、梁紅玉の矢を躱わした。
金軍は退こうとするも退路を絶たれ、殲滅するのも時間の問題であった。追い詰められた兀朮は、韓世忠との会見を求めた。
「我が朝(宋)のニ帝(徽宗と欽宗)を返し、我が領土を回復せよ。さすれば助けてやろう」
韓世忠がそう言うと、兀朮は返答に詰まって何も言えなかった。兀朮1人で決められる事では無かったからだ。韓世忠もそれが分かっており、そう言ったのである。つまり、最初から兀朮を助けるつもりなど無かったのだ。
この時、急な嵐となり兀朮は、命からがら逃げのびる事が出来た。何と悪運の強い男である。
しかし兀朮の包囲網は完成し、最早逃れる事は出来なかった。再び会見を求めたが、またもや韓世忠にあしらわれたので頭に来た兀朮が暴言を吐き、今度は韓世忠が怒って弓を取り矢を射ようと構えたので慌てて逃げ去った。
韓世忠は金山の龍王廟に100人ほど埋伏させ、更に岸辺に100人ほど伏兵させていた。そこへ金兵5騎が龍王廟に現れた為、廟に埋伏させていた韓家軍が戦鼓を叩き、その合図で岸辺の伏兵が廟に突入して金兵を挟撃した。
すると5騎中2騎を取り押さえ、3騎に逃げられた。逃げられた者の中には、緋色の袍に玉帯の装束をした者がいた。捕らえた者を拷問して自白させると、果たしてその者は兀朮であった。あと一歩の所で、兀朮に逃げられてしまった。
命からがら逃げ切った兀朮は、「南宋軍の舟繰りは馬術の様だ。このままでは北に帰れぬ。どうすれば良いか?」と諸将に問うた。
「冶城の西南隅にある葦原の地に、大運河を掘って長江口に接すれば、韓家軍の上流に出る事が出来ます」
その様にある将は進言し、またある者は別の進言をした。
「船に土を積んで板で覆い、船板に穴を開けて櫓を通します。風が止んだ時に出撃し、風がある時は決して出撃しません様に」
土を積むのは船を重くして揺れを少なくし安定させる為であり、軍艦は無風時には動けない為である。
兀朮は良策だとして採用し、一晩で密かに30里もの水路を掘った。そして方士が、必勝を祈願して儀式を行った。白馬を生贄にし、婦人の心臓を抉り出して天を祀った。
翌朝風が止むと、金軍は小船を出して建康に向かった。
「何!?金軍が我が軍の上流に出てるだと!!」
韓世忠は、ようやく死地に追い込んだ兀朮を逃すものかと慌てて出陣した。
「ダメよ、待ってあなた!!」
焦る韓世忠は、梁紅玉の制止も聞かずに飛び出して行った。梁紅玉も慌てて夫の後を追った。
軍艦の帆は無風の為に無力化されて動けず、そこへ金軍が小船を漕いで火箭で射た。成す術なく韓家軍の軍艦は燃え上がり、火攻めにあった。
「それ!ここが正念場だ!死に物狂いで射ろ!」
兀朮自ら火矢を射り、雨の様に火矢を撃ち込んだ。
「うっ!」
「ぐおっ!」
この金軍の襲撃で、韓家軍の孫世詢と厳允が火矢を全身に受けて戦死した。混乱に乗じ、金軍は長江を渡って遂に脱出した。
「おのれ、あと一歩で兀朮の首が取れたものを…」
韓世忠は悔しがった。これら一連の戦いを「黄天蕩の戦い」と言い、この戦いで名を挙げたのは兀朮を凌駕してこの時代最強となった韓世忠でも無く、僅か8000の韓家軍が10万を超える金軍を打ち破って見せた梁紅玉であった。
後世の歴史家達は驚愕した。何故なら男尊女卑が根強い中国に於いて、女性である梁紅玉が指揮を執って金軍を圧倒したと正史に書かれていたからだ。
梁紅玉が成し遂げた功績を後の世に伝える為に高宗が、わざわざ正史に記載させたのだ。これは驚異的な事である。
智勇に優れた女将軍が活躍すると言った話のほとんどが創作であり、花木蘭も穆桂英も架空の人物である。
だが梁紅玉の智勇は物語などでは無く、本物であった。この時代最高の軍師は、梁紅玉であっただろう。彼女の亡き祖父と父が、この娘が男子であったなら家督を譲ったものをと嘆いたと言うが、見事それに応えて見せた。
この時代最強の韓世忠に、この時代最高の軍師である梁紅玉。韓家軍が強かったのも頷けると言うものだ。




