第60話 金の脅威と退却
副元帥・ 斡離不は太祖・阿骨打の次男であり、常に父の側近として側に仕えていた。遼国の天祚帝の大軍を僅か千騎で奇襲して打ち破って潰走させる大功を立てた。阿骨打が病死した後は太宗・呉乞買に従って遼国を攻め、天祚帝を捕えて遼国滅亡の軍功を挙げた。金国が誇る名将である。
斡離不は飛射の名手で、どの様な体勢から矢を放っても百発百中の腕前であった。史進は副将の陳達や楊春と共に金軍を退ける活躍を見せていたが、ここに斡離不が脚の速い騎馬百騎ほど率いて突入して来た。
騎馬を駆けながら矢を3本番えて放ち史進は、ほとんど同時に飛んで来たうちの2本は槍棒で落としたが、3本目は落とす事も払う事も出来ず、喉を射抜かれた。史進はそれでも怯む事無く首に刺さった矢を引き抜き、斡離不に向かって行った。しかし容赦無く引き絞られた矢は、史進の左胸に突き立った。
「ごふっ」
立て続け様に、寸分の狂いもなく2本、3本と左胸に矢が突き立ち、史進は絶命して落馬した。「史進!」と吼えながら向かって来た石秀に矢を放つと、朴刀で払われた。
「ほう?どいつもやりおるわ。皆、最初の1矢は躱わしよる」
梁山泊の頭領の名は伊達では無いなと感心して、更に矢を番えた。
ヒューン
風を切る音と共に、その矢も払って見せた石秀だったが、矢に隠れた影羽が胸の中心を射抜いていた。
「ぐふっ…、これは…花栄の…」
梁山泊が、いや宋国が誇る弓の名手である花栄が、最も得意とした技と同じであった。
斡離不は石秀を倒すと、陳達、楊春、李忠を1矢で射殺し、薛永に弓で反撃されるも矢を矢で射落とす神技を見せ、遂には射殺した。
欧鵬は槍を扱いて突撃し、斡離不と一騎討ちで優勢となると逃げ出したので後を追った。斡離不は逃げながら振り向き様に矢を放つと、欧鵬はそれを予測しており、なんと矢を素手で掴み取る神技を見せた。しかし体勢を崩してしまい、そこへ放たれた第2矢が胸に命中して絶命した。梁山泊の頭領達は、斡離不の為に7人も討ち取られた。
更にその頃別の戦場では、阿骨打の側室が生んだ庶長子である斡本が郁保四を討ち取り、救出に来た張青に飛刀を投げ、額を貫いて殺した。
「あんたぁ!お前、よくもウチの亭主を」
孫二娘が包丁を閃かせると、斡本の愛馬は骨となって崩れ落ちた。
「うおっ!」
斡本は落馬と同時に飛刀を投げ付け、受け身を取って地面を転がり、地面に叩き付けられる威力を相殺した。瞬時に体勢を整えて起き上がり構えると、飛刀は孫二娘の左胸を貫いていた。
「あんた…」
孫二娘は張青に向かって這いずり、手を伸ばした。しかし、あと数センチで手が届くと言う所で力尽きた。斡本は「美しい夫婦愛だ」と言って、その手を重ねてやった。
「どおりゃあぁぁ!!」
「ずうぉりゃあぁぁぁ!」
四太子・兀朮は、秦明に進路を阻まれて一騎討ちの様相となっていた。
互いに騎馬を走らせて交差した。青龍偃月刀と狼牙棒の重い一撃は弾かれ合ったが、秦明は僅かにバランスを崩した。馬首を巡らせて、再び両者は激突した。今度は交差せず、お互いが真っ向勝負となり、正面から激しく打ちあった。
しかし徐々に、兀朮が秦明を押し始めた。武勇の腕は刹那ほどの差であっただろう。しかし金の将である兀朮は、騎馬民族である。馬術の差が、ここに来て大きく開いて来たのだ。
「くっ…なるほど…索超の奴に勝つ訳だ…」
秦明が嘆息した次の瞬間、兀朮の青龍偃月刀が首を刎ねていた。
「秦明…遅かったか…」
血で濡れた青龍偃月刀を振り、地面に血を撒いて拭っていた兀朮が声の主に向き直った。そこへ豹子頭・林冲と青面獣・楊志が駆け付け、兀朮に斬りかかった。
林冲が鋭い突きを繰り出し、楊志は吹毛剣で飛燕の斬撃を繰り出したが、兀朮は青龍偃月刀でいなして見せた。林冲と兀朮はやや互角だったが、それに楊志が加わっても兀朮を倒せなかった。それはまるで呂布相手に張飛と関羽が、打ち掛かっているかの様であった。兀朮は紛れもなく、金が生んだ怪物だった。
2人が苦戦していると、花栄が数百人の兵を連れて援軍に来たが金軍は多く、花栄は林冲と楊志を守って退却した。兀朮は逃すものかと追って来た。
花栄は矢を放って兀朮を牽制し、騎馬が入りにくい森林に入った。それでもお構いなく兀朮が追撃して来ると、ジャーンジャーンと銅鑼が鳴り響いて矢が降って来た。
兀朮は、金国が得意とする偽退却で誘引し、埋伏させた伏兵で殲滅すると言う計略を真似されたと思い、慌てて退却した。その計略の恐ろしさを知り尽くしていたからだ。島津家で言う所の「釣野伏」は、寡兵(少数の兵)で衆(大軍)を圧倒する計略であり、計略が決まれば相手に致命的なダメージを与えられる。
しかし実は、花栄がその様に見せかけただけであり、この時に潜ませていた梁山泊兵は数十人しかいなかった。
「報!(報告!)兀朮、太祖が…」
「何だと!?全軍、退却!!」
兀朮は本国からの報せを受けて、顔色を変えて慌てて退いた。
「助かった…のか…」
林冲は心労と疲労からか、高熱を出して倒れた。金軍は兀朮だけでなく、全軍が本国へと引き上げていった。金の太祖・阿骨打が、病いの為に崩御したとの報せを受けたからだ。




