第58話 頭領達の死
金国は突如、宋国に約束通り譲渡した燕雲十六州へと攻め込んだ。約束を守らなかった宋国への嫌がらせの意味もある。戦争とは、相手の嫌がる事や痛い所を突き続けるものだ。軍事や政治に直接関係の無い一般人を虐殺するのは、抵抗の意思を失くさせて降伏への世論を高めさせるのが目的である。
金国は何も無い土地からは、何も生まないと言う信念の下、攻め取った領土に住む人間とその財産を全て攫っていた。略奪農法の極地である。事実、遼を滅ぼして宋に燕雲十六州のうち七州を返還したが(宋国は金国に十六州全ての返還を希望したが、宋金共同で遼を攻めるはずが、ほぼ金国だけで戦った為に阿骨打は全州返還を渋ったのだ)、確かに土地を宋国に譲渡はしたが、住んでいた民と財産などの全てを持ち去った後からである。それにも関わらず、譲渡した七州から得られたはずの租税を宋国に毎年求めたのだ。
莫大な歳幣を支払う約束を宋国はしたが支払えるはずも無く、初めから守る事の出来ない約束をした事に問題があった。蔡京らは新興国に過ぎない金国を侮り、燕雲十六州を取り戻して国力を増強した後で、金国との約束を反故にするつもりだった。
「何?金国が燕雲十六州に攻め込んだだと?」
童貫は陝西・河東・河北宣撫使に任命され、軍事を統轄した。実は宋国には、まだ切り札があった。宋国最強と謳われた西兵軍団である。西兵軍団は西夏国や青唐吐蕃の侵犯を抑える要として西に配置されていた為、北の遼国や金国との戦いには参加していなかった。金国さえもその存在には警戒しており、童貫は宣撫使となるにあたって西兵軍団を召集した。
しかし西兵軍団が到着するまでには、まだ時がかかる。時間を稼ぐ必要があった。
「1つ、良策が御座います…」
「ほう?高太尉。どの様な良策があると言うのだ?」
「はい、先の遼国との戦いに於いて、功績を残した梁山泊に金国を討伐させて、西兵軍団が到着する時間を稼ぐのです」
「それは良い。」
高俅が徽宗皇帝に進言し、蔡京が同意して実現した。遼国の討伐で失敗した借刀殺人の計を、今度は金国を相手に実現しようと企んだのである。
梁山泊は勅命によって断る事も出来ず、金国の討伐軍を起こした。
「申し訳御座いません。私はこれで失礼致します」
そう言って暇を乞うて来たのは、公孫勝であった。年老いた母が1人で世話をする者が無く心配である事と、羅真人による修行がまだ終わっていない事を理由に梁山泊を離れると告げられた。
中国に於いては、「孝」の精神は何よりも尊く、場合によっては死刑すらも免除される事もあった。こうして水滸伝に於けるチート能力者は去って行った。
公孫勝が去ると、もう1人のチート能力者も去ると言い出した。喬冽である。親友の孫安が病気で亡くなり、更には再び羅真人の下で修行をする事が許されたのが理由だ。喬冽は、弟子の馬霊を連れて梁山泊を去ってしまった。
金国は電撃作戦によって、既に太原府を陥していた。梁山泊軍は、徐寧と郝思文を偵察隊として派遣した。
「おい!見ろよ徐寧。不用心にも北門が開いてるぜ?」
「待て!罠かも知れん」
しかし北門には、守備兵どころか見守り兵の姿さえ確認出来なかった。
「ふ~む、不思議だ。よし、まずは俺が何とかして忍び込んでやろう。もし俺に何かあれば、救おうと思わず直ぐに逃げるんだ。報告出来なければ、俺の死が犬死にとなる」
郝思文は、徐寧に言われて頷いた。
「分かったよ。お前を犬死にさせるものか」
徐寧は用心深く周囲を見回して、素早く北門を抜けようとした。
「ぐわぁ!!」
何処からとも無く飛んで来た矢が首を射抜き、徐寧は直ぐに矢を引き抜いたが血を吐いて倒れた。鏃には毒が塗ってあったのだ。
「あぁ!じょ、徐寧!!」
郝思文は、突然倒れた徐寧を心配して駆け付け様とした。しかし何処に隠れていたのか、金軍に包囲されて捕らえられた。
「無念…」
郝思文は直ぐに斬首され、その首は見せしめの為に城門に掛けられた。
「た、大変です!偵察に出ていた徐寧、郝思文の二頭領が討たれ、郝頭領の首が城門に晒されております」
「何だと!?」
水軍頭領の張順は報告を聞くと、堀の中の水中に潜んで城壁を登ろうとした所、金軍の城兵にバレて弓矢の一斉掃射を受け、城壁から落ちて堀の底に沈んだ。
「退け!退け!」
先遣隊である偵察部隊は壊滅され、奇しくもこれが梁山泊軍にとって初めて頭領の戦死者を出したのである。梁山泊軍は血の涙を流して、仇を討つと誓った。
「哥哥(義兄)!すまねぇ、しくじっちまった。決して俺の様にはなるなよ…」
郝思文の義兄弟である関勝は、大名府から北上して河間府を目指すルートを通っていた。太原府へ攻め込んだはずの郝思文が枕元に立ち、嫌な予感がした。そこへ早馬で郝思文、徐寧らの戦死の報告を受けた。
「おぉぉぉ…。 义弟(義弟)よ、我らは生きるも死ぬも時を同じくせん!と誓い合った仲では無いか!!何故、お前だけ先に逝く…」
関勝は人目も憚らず号泣し、復讐を誓った。
「我が隊は太原へ向かう!」
怒りで我を失った関勝は先走って太原へと向かったが、河間府攻めを指揮する盧俊義も関勝の後を追って太原に向かった。




