第56話 朝議へ乗り込む
婚姻を結んでからと言うもの毎夜、徽宗皇帝は長春宮に通って来る様になった。俺は宮殿にいた時は、徽宗皇帝に呼ばれて夜伽をしていたので目新しい女ではないが、それでも新しい妻を娶ったのだ、久しぶりに焼けボックリに火が付いたのだろう。
俺が戻るまで寵愛を一身に受けていた李師師は気にも留めて無いようだったが、他の妃嬪達からの刺す様な視線が痛かった。ある時は、食事に毒が盛られていた事もあった。食べても毒無効のスキルで死なないのだが、頭の中に毒を摂取した事を報せるアラームが鳴り響くのが鬱陶しい。
またある時は、長春宮の入口に置かれた箱の中にネズミの死骸が詰められていた事もあった。俺は「子供かっ!」と笑ったが、それを見た侍女が気を失って今も寝たきりである為、ただの嫌がらせと笑って流す訳にもいかなくなった。
しかし、そんな事よりも気になって仕方がない事がある。成都が陥落し、方臘の一味は捕らえられたが、梁山泊へ遠征していた本隊はまだ健在だ。あれからどうなったのか尋ねたが、「女が政治に口を出すでない」と一蹴された。
「娘娘(淑妃様)、3日後の巳の刻(10時頃)に石宝らは斬首されるとの事です」
「何だって!?」
俺は石宝らについて、調べさせていた。
「こうしては居られない」
間も無く朝議が始まる。俺は慌てて朝堂に向かった。
「花淑妃娘娘(淑妃様)、ここから先は妃嬪の方は陛下に呼ばれない限りお進み出来ません!」
「そこを退いて!私は淑妃としてでは無く、皇城副司として重大な進言があって来たのよ!」
そう言って、腰に下げていた皇城副司の玉佩を見せた。左右に控えた護衛の禁軍も俺とは顔見知りである。禁軍も皇城司も陛下直属であると言う点で立場は同じである。彼らは、左右でクロスさせた槍を直して道を開けてくれた。
「有難う、礼を言うわ」
俺が朝堂に現れると、呉大監は「ギョッ」として驚いた。
「し、淑妃の、おな~りぃ~!」
朝堂に会した朝臣達は驚いて、一斉に振り向いて俺を見た。
「花淑妃、何しに来た?ここは妃嬪の来る場では無い!」
徽宗皇帝は俺の姿を見るなり、叱りつけた。
「皇上に拝謁致します」
全く困った奴だと、徽宗皇帝は呆れた表情をしたが、俺が何を話しに来たのか気になったみたいで、口を開く事を許された。
「皇上、本日参りましたのは淑妃としてでは無く、皇城副司として参りました」
そう言って俺は、皇城副司の玉佩を取り出して掲げた。
「控えられよ花淑妃娘娘(淑妃様)。皇城副司であるならば、尚の事である。正規の手続きを踏まれてから朝議に参られよ!」
高俅が進み出て、俺の言葉を遮った。
「まぁまぁ、花淑妃娘娘(淑妃様)が何を語られるおつもりで参られたか興味深い。聞くだけなら大した事でも無いでしょう?高大尉殿」
高俅は童貫に諭されて、押し黙った。自分よりも身分が上である童貫の顔を立てたのだ。童貫に「さぁ、どうぞ」と救いの手を差し伸べられて、俺は口を開いた。
「どうか、石宝らの処刑を取り止め下さい」
朝堂が騒めいた。石宝は、叛乱の首謀者である方臘の右腕とも言われる重鎮である。叛乱の首謀者は凌遅刑と決まっているが、その右腕的存在である石宝を斬首で楽に死なせてやるのだ。それだけでも朝廷の温情に感謝しろと言うものである。
「血迷うのも大概にしなされ、花淑妃!」
俺に怒鳴りつけた後に、ゴホゴホと咳き込んだのは蔡京であった。俺は童貫の一味と思われており、その童貫は蔡京の派閥である。それなのに、蔡京が俺に対して敵対的なのには理由がある。蔡京の娘は貴妃であり、俺と徽宗皇帝の寵愛を争う者同士であるからだ。
蔡京は勿論、俺の後ろ盾が童貫である事は知っており、それとこれとは話しは別だと暗に釘を刺したのである。これで童貫は、俺の味方を出来なくなった。俺は高俅が、ニヤリと笑ったのを見逃さなかった。
「皇上、良くお考え下さい。今、金国が遼国を滅ぼして南下の動きを見せております。金国は、宋国の内乱に付け込んで、攻めて来るのも時間の問題で御座います。金国は精強であり、金国に南下されれば亡国の憂き目に合いましょう。石宝は梁山泊の豪傑達にも勝るとも劣らない豪の者。どうか、功で罪を償う機会を与えられます様に」
「ははははは。花淑妃は、やはり女性ですな?」
女だと見くびられて聴く耳を持たない朝臣達に、頭に血が昇って真っ赤になった。
「花淑妃、この大宋国に人無しと言われるのか?」
蔡京は、お前はもう終わりだとばかりに憐れみの笑みを込めて言った。その態度が更に俺の怒りを誘った。挑発とも気付かずに。
「皇上!確かに金国相手に引けを取らない者もおりましょう。名を挙げさせて頂くならば、岳飛や韓世忠らの事です。しかし彼らは軍閥ではあれども宋国での地位が低過ぎて大軍を率いる事が出来ません。どうか彼らを重用し、皇上の恩徳によって石宝らをお赦し下さい。梁山泊の招安が実現した様に、彼らも皇上に威徳を感じて今後は忠誠を誓いましょう」
「なりませんぞ、陛下!梁山泊も表向きは招安に応じたとは言え、腹の底では何を考えているか分からぬ者達で御座います。何卒これ以上、火中の栗を拾う事はおやめ下さい!」
高俅は蔡京に乗っかって、俺の反対意見に回った。
「花淑妃、石宝らの処刑は決まった事じゃ。下がるが良い!」
「皇上!お願いです。お聞き頂ければ、どの様な罰も承ります」
「ならぬ、下がれ!」
「皇上!お聞き頂け無いのであれば、柱に頭を打つけて命を絶って二心無きを証明致します!」
「お前、朕を脅すつもりか!?」
「皇上、どうかお聞き届け下さい!」
「まだ言うか、花娘子!!」
徽宗皇帝はカッとなり、立ち上がって茶器を俺の足元に投げつけ、砕けた破片が飛び散った。蔡京や童貫らを始めとする朝臣達は床に平伏し、額を床に擦り付けた。
「皇上、どうかお願いします。石宝を殺さないで…」
「おのれ、まだ言うか!ええい、誰か!この女を捕らえよ!!」
遂に徽宗皇帝は激怒して、衛兵に俺を捕らえさせた。俺は引き摺り出されながらも、まだ石宝を殺すなと叫んでいた。




