第53話 童貫の凱旋
俺は呆然として何処か現実味が無く、胴を輪切りにされて地面に転がっている岳飛を見ていた。刀を振り抜いた感触はあった。一之太刀は、手加減も途中で止める事も出来なかった。殺すつもりは無かったのに、殺してしまった。中国人人気No.1の岳飛を殺した俺は、全中国人から憎悪を向けられる存在となってしまった。
「嘘でしょ…」
殺すつもりは無かったのに、殺してしまった事実を受け止められ無かった。岳家軍や韓家軍ら官軍と共に、金国と戦うと言う夢は潰えてしまった。
「大哥!(兄貴!)」
王貴が怒りの形相で飛び出すと、我を取り戻した踏白軍統制・董先、遊奕軍統制・姚政、背嵬軍統制・傳選が怒号を挙げて向かって来た。
幼なじみで義兄弟の王貴はともかく、踏白軍、遊奕軍、背嵬軍の3軍は岳飛の親衛隊である。親衛隊の意味を為さず、むざむざと岳飛を殺されてしまった恨みを、俺を斬り刻んで晴らすつもりだ。
「『毒を食らわば皿まで』だ。こうなってしまったからには、もう後には退けない。死にたくなければ、皆殺しにするしかないな…」
殺ってしまったものは仕方がない。死んだ人間は生き返らないのだ。俺は腰に下げている、もう一本の刀を手に取った。
『二天一流』
所詮、剣の道は人殺しの道だ。剣を極めるとは、殺人の技を極めると言う事だ。武士道だ何だと言うのは、己を自制するための綺麗事に過ぎない。
「この俺を、日本人を、侍を舐めるなぁ!」
王貴との間合いを瞬歩で詰め、右手で繰り出した片手袈裟斬りを矛で受け止められたが、左の刀で矛を持つ両腕を斬り落とし、その矛が両腕と共に落ちるタイミングで右の刀を一閃して王貴の首を刎ねた。
王貴の首が飛んだ刹那、その背後からキラリと反射した光が見えた。首を少し後ろに傾けて躱わすと、ほんの3㎜も後ろに下がっていなければ、鋭い切先によって鼻を削ぎ落とされていたかも知れない。
俺は躱わすと同時に刀を薙ぎ払い、姚政の首を落とした。その瞬間、背後から鋭い突きを受け腰を捩ったが、躱わし切れずに掠めて血が滲んだ。
「ふおぉぉ!」
身体を捩った反動を利用して薬丸自顕流を繰り出したが、董先は後ろに飛んで躱わそうとした。
「ぎゃあぁ!!」
董先は躱わし切れずに、両太ももから先を切断されて地面を転げ回り、辺り一面は血の海と化した。傳選は、笛を吹いて仲間に知らせた。
「貴様は終わりだ。直ぐに仲間が駆け付ける」
俺は有無を言わさず、頭上に振り上げた刀を無慈悲に振り下ろした。傳選は左肩から腹まで斬り下げられ、口から血を吹いて絶命した。
「遅かったか…」
その声に反応して振り返ると、山田であった。
「…生きてたのね?上田は…死んだの?」
「あ、あゝ。粉々に吹き飛んだんだろう。左腕と右足の一部が見つかったよ。だけど俺は、お姉さんが生きていたのが…怖いよ」
「怖い?」
「俺が知ってるお姉さんとは、まるで別人みたいだ」
「あははは。別人?そう…、別人かも…ね…」
『死者蘇生』
山田が呪文を唱えると、死んで地面に転がっていたはずの岳飛らが起き上がった。
「凄い!死んだ人も生き返らせられるの?」
「うん、お陰でもうほとんどMPが残って無いよ」
「この女ぁ!」
傳選は起き上がると同時に槍を構え、姚政ら他3人も起き上がって取り囲んで来た。
「待て!」
生き返った岳飛が起き上がり、彼らを制止した。
「花娘子、貴女の剣には殺気が無かった。何故だ?」
「…私は最初から、戦う意志は無いと言ったわ。貴方が強くて手加減出来なかったのよ」
「つまり、殺す気は無かったと?」
「そう言ってるわ」
岳飛は腕を組んで、俺の目を真っ直ぐ見つめた。岳飛の目は、透き通る様なブラウンアイだった。
「先程は、敵を探す為に城を出たと言ったな?それは、どう言う事なのだ?」
俺は皇城副司の権限で調査している時に、田虎と王慶、方臘の叛乱を予測していたと言い訳をした。先のストーリーを知っているから等と言っても、信じてもらえるはずが無いからだ。
岳飛の配下の将達は、それでも信じてくれなかったが、岳飛だけは違った。
「貴女の言葉だけでは信じられるものではないが、敵意が無い事は信じられる。貴女が言った事が本当であれば、忠臣を死なす所でした」
「大哥(兄貴)、こんな奴の言葉を信じるんですかぃ?」
「いや、そうではない。だが、ここは良く考えねばならない。皇城司は陛下直属の独立機関であり、裁く事が出来るのも陛下だけだ。それに花娘子は…、陛下の愛人だった事を知らぬ者もいない。陛下は、花娘子に逃げられたと思ってお怒りだったのだ。分かるな?」
「なるほど…この件は、痴話喧嘩と言う訳ですかぃ?」
「そう言う事だ。下手に第三者が介入したり、花娘子を処断などしようものなら、災いが己にも降り掛かる事になる」
「う~む、それでは…?」
「花娘子を裁けるのは、この世で陛下唯1人だと言う事だ」
「お前の生死は、陛下が握ってるとよ!」
姚政は吐き捨てる様に言った。そして彼らは内心思っていた。今、陛下の寵愛を一身に受けているのは李師師である。他の妃嬪達に目もくれないのは、かつての花娘子と同じだ。
陛下は、元カノである花娘子が邪魔に感じるだろう。しかし、かつての情を鑑みて、殺すには偲び無いと思われるかも知れない。花娘子が赦されるかどうかは、五分五分だと思った。
「なるほど、裁きは陛下に委ねると言う訳か?それが良いだろうな」
童貫は成都を陥とし、脱走兵である花娘子を捕らえて功績を得たとして、都に凱旋した。




