第52話 岳飛の最期
ガラガラ…。
瓦礫を押し除けると、廃城と化した天守閣から姿を現したのは、この俺、花娘子だった。
「ふぅ、身体は吹き飛んだはずだが、『不死』のスキルのお陰だな。しかし…全裸なのは、ちょっとどうにかならないのか?」
“主様の持つ生活魔法の中に、装備するスキルがあります”
「わぁ!!びっくりした。いきなり声を掛けられたら、心臓が止まるわ!」
毎度毎度、頭の中に響く声…ガイドとか言ったか?本当、心臓に悪いわ。
『衣装替』
女性の服が咄嗟に思い当たらず、今の見た目が16歳の女子高生だった事を思い出して、ブレザーを着た。この時代では明らかに浮く。しかもこの時代では、はしたない格好に見えるであろうミニスカートだ。
「次に衣装替する時は、セーラー服にしてやろう。そしてその次は、ナースに…」
まるでコスプレみたいだと思い、笑えた。周囲には人の気配は無く、俺が死んで生き返るまでに、何日経ったのか気になった。
「ここって成都なんだよな。俺だって歴史好きで、三国志演義も好きだ。蜀漢の首都である成都に来られて、テンションも上がるってものだ」
そう思い城内を一通り歩くと、「グゥっ」とお腹が鳴ったので、食べ物を探しに城下に出た。避難の為か、城内では人の気配がしなかった蜀も、城下は賑わいを見せていた。露店が建ち並び、中国ドラマで良く見かける光景が広がっていた。
「ひゃあ!」
その露店の1つで蠍の串揚げを見て、腰を抜かすほど驚いた。
「えぇ!?成都でもサソリを食べるの?」
今の中国では、河南省でサソリを食べる文化があり、主に薬膳料理として好まれている。また、北京の王府井の屋台では、観光客向けにサソリの串揚げを売っていたりする。その他の地域では、山東省の斉南や遼寧省の高級レストランでもサソリ料理を提供している。広州では、市場で生きたサソリを売っていて、それを市民は買って調理して食べるのだと言う。しかし、ここ四川省でもサソリ料理があるとは知らなかった。
その味はエビやカニに似て香ばしく、サクッとパリッとした食感で、スナック菓子の感覚で食べられており、女性にも大人気だと言う。食文化なので、とやかく言う資格は無いが、筆者は虫を食べるなど悍ましくて到底無理である。
屋台のお兄さんが、「1本オマケするから買って行ってよ」とサソリの串揚げを突き出して来たので、首を高速で横に振って断った。
少し歩くと、今度は焼鳥の食欲をそそる匂いがして、その香りに釣られて歩いた。
「 這是什麼食物?(これはどんな食べ物ですか?)」
「 烤鴨串(鴨の串焼きだよ)」
1本に鳥の唐揚げほどの大きさの鴨肉が、5個も刺してある串焼きだ。それを5本頼んだので、お土産だと間違われて袋を2本ずつに分けられ、1本は手に取らせてくれた。
香ばしくて美味しそうな匂いに堪らず、ガブっと食い付いた。口の中に肉汁がジュワッと広がり、香ばしく甘辛いタレの匂いが鼻を突き抜けた。
「美味しい!」
お腹が空いてたので、夢中で齧り付いて、あっという間に1本目を平らげた。そして袋の中の2本目に手を伸ばすと、周囲に視線を感じて、薄ら笑いを浮かべられている事に気が付いた。
「全く…、こっちは腹が減ってるんだから、豪快に食いたいよ」
この時代だけで無く、中国では男尊女卑が長く続き、女性が軽視される傾向にあった。女性がはしたなく外で物を食べること自体が、奇異に見えるのだろう。視線が気になって恥ずかしくなり、路地裏を探して走り込んだ。
「はぁ、はぁ…。ここなら落ち着いて食べられる…」
また人に出会す前に慌てて2本目を平らげ、3本目も飲み込む様にして食べると、喉に詰まって呼吸が出来ず、飲み物を探したが路地裏にあるはずもなく、胸を叩いて苦しんだ。
すると、瓢箪の入れ物を渡されたので、勢いよくゴクゴクと飲んだ。
「ゴホッ、ゲホッ…こ、これ…お酒…」
アルコール度数が高い酒だったので、胸につかえた鴨肉は胃に流し込めたが、却って咽せた。
「ゲホっゲホっ、あ、ありがとう…」
「礼には及ばない」
顔を上げて見ると、お酒が入った瓢箪を渡して来たのは、何と岳飛だった。
「えっ!?岳飛!!」
岳飛が左手を挙げて合図すると、岳家軍の兵士に取り囲まれた。
「大人しく縛につけ!」
「分かったわよ、抵抗しないから。あと2本残ってる」
そう言って4本目を口にすると、馬鹿にされたと思ったのか、前後の3人が斬りかかって来た。俺は慌てて肉を頬張り、剣筋を見切って躱わした。
口をモグモグさせて食べながら攻撃を避け、その間も肉を食らい串だけになると、串に内功の氣を流して剣を受けた。
「えいっ!」
「ぎゃあ!」
剣を握る手の甲に串を刺すと、悲鳴を上げて剣を落とした。
「えいっ!」
「ギャ!」
2人目も無力化し、3人目に反撃しようとすると、岳飛が斬り込んで来た。
「待ってよ、戦う気は無いってば!」
「それなら大人しく縛に付けと言った」
「私は皇城副司なのよ!」
「すでに罷免されている事を知らないのか?お前は、天下の大罪人だ!」
「何でよ!私は招安前の梁山泊討伐軍に加わったし、遼国とも戦ったわ。倭人の私が宋国の為に。城を出たのは逃げたんじゃない、敵を探す為よ」
「申開きがあるなら、陛下の前でしろ!もっとも、それまで首が繋がってる保証は無いがな?」
岳飛と斬り結び、力と速さは自分が上回っているのに岳飛には受け流されて、その技量に感嘆した。
「強いな。退け!さもなくば斬る!」
言ってみたかった台詞だと思うと、笑いが込み上げて来た。命のやり取りをしているのに、ふざける余裕が俺にはあった。刀の束に手を掛け、居合いの構えを取った。
『鹿島新當流・一之太刀』
剣聖・塚原卜伝が編み出したと言われる一之太刀。一之太刀で完結し、相手は必ず死ぬ為にニ之太刀は存在しない。塚原卜伝は生涯不敗を誇り、死合で212人を斬って擦り傷一つ受ける事は無かった伝説の剣豪である。
俺はジリジリとにじり寄って間合いを詰め、一刀で斬り捨てられる必殺の間合いに入ろうとした。岳飛も間合いを見切り、後退りして間合いに入らせ無かった。
「殺したく無い。退いてくれないかしら?」
この間合いでも飛び込めば、刃は岳飛に届く。しかし盡忠報國をモットーにする岳飛が、退くはずも無い。南北朝時代の顔之儀が、「国に忠義を尽くし、国からの恩に報いる」事が忠臣であると諌めた故事が由来の四字熟語だ。
岳飛の母は、この言葉を骨髄に至るまで沁み渡らせなさいと、岳飛の背中に「盡忠報國」と入れ墨した。岳飛は死ぬまで、この言葉に従った。
岳飛は気合いと共に、矛を突いて来た。
「やはり、退いてはくれないのね」
二之太刀は無い。必ず岳飛は死ぬ。俺は瞬歩で間合いを詰め、抜刀した。
「一之太刀!」




