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転生したら、どうやら水滸伝の世界に迷い込んだみたいです  作者: 奈津輝としか


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第47話 幻魔君

 喬冽は喬道清となり、師傅 (シーフー)(お師匠様)に認められた嬉しさから、どんなに厳しい修行でも喜びを感じ、充足感で満たされていた。しかし、そんな日々も突然終わりを迎えた。


 ある日、羅真人が(やまい)で倒れた少年を連れて戻って来たのだ。


師傅 (シーフー)(お師匠様)、誰ですか?こいつは」


 羅真人は、その問いに答える事なく少年を奥の部屋に寝かせた。喬冽は甲斐甲斐しくも、死に掛けている少年の看病をした。その甲斐あって、数日後に少年は苦しそうに(うな)りながら目を覚ました。


師傅 (シーフー)(お師匠様)、目を覚ました!」


 少年の髪は闘病に耐えられず、真っ白になっていて驚いた。しかし喬冽は、更に驚く事になる。


「よくぞ目を覚ましたな。今日からお前も(わし)の弟子だ。一清(いっせい)と名乗るが良い」


 公孫勝と言う少年は、あっさりと弟子に認められて公孫一清の道号を与えられた。喬冽は、カッと頭に血が昇って熱くなった。言葉も出なかった。自分がどれほど苦労して弟子に認められ、道号を得たと思っている?それなのに、こいつは…こいつは、こんなに簡単に弟子になるなんて。俺は…絶対に認めんぞ!

 喬冽の心は、ドス黒い嫉妬と(そね)み、(ねた)みの感情で支配された。公孫勝の目を、まともに見る事が出来なくなった。こんな事なら、看病なんてするのでは無かったと後悔した。


 修行を本格的に始める前に、母に会って来いと公孫勝は言われて下山した。その後ろ姿を喬冽は、憎悪を込めて(にら)んでいた。


「お前も下山して世の中を見て来ると良い。仙術を学ぶだけが修行では無い」


 羅真人に言われて、喬冽も下山する許可が降りた。久方ぶりの下界であり、楽しみと不安な気持ちで複雑だった。喬冽は故郷の両親に会おうと考えて、西を目指した。

 西に進むと日照りが続いている地方があり、作物が実らず大勢の餓死者を出して、野晒(のざら)しにされた遺体が恨めしそうに天に手を伸ばしていた。

 周囲は(おぞ)ましいほどの腐敗臭が立ち込め、その遺体を漁りに野犬や鴉が(たか)っていた。人の肉の味を覚えた野犬は、生きた人間も襲う様になる。喬冽は適当な棒を拾い上げて、向かって来た野犬を得意の棒術で叩きのめして追い払った。


「国は、一体何をしているのだ?こんなにも苦しんでいる民を救済しないのか?」


 喬冽は、これまで考えもしなかった政治を、国の在り方を考えさせられた。国と政治に不信感を募らせ、安定州に着いた。

 その州でも旱魃(かんばつ)の影響は大きく、雨を降らせた者に三千貫の報奨金を出すと言うお触れ書きが張り出されていた。師傅 (シーフー)(お師匠様)が言った、仙術を学ぶだけが修行では無いと言う言葉の真意はこれかと思った。これまで学んだ修行の成果を、世の為に使えと言う事なのだな?と考えた。


 お触れ書きを()ぎ取ると、背後から声を掛けられた。


「そのお触れ書きをどうするんです?まさか、雨を降らせようってんじゃないですよね?」


「そのまさかですよ」


 声を掛けて来た書生は、何才と名乗った。


「役人を信じてはいけませんよ。たとえ雨を降らせる事が出来たとしても、報奨は渡さないでしょう」


「…金の為にやる訳では無い」


 羅真人の弟子が雨を降らせると聞いた役所は、喜んで祭壇を組んだ。喬道清が壇上で天に祈りを捧げると、その地方で5ヶ月ぶりの雨が降った。民は歓喜して、喬道清を生き神様だと讃えた。


 しかし何才が言った通り、役所は報奨金を渡そうとしなかった。話が通じる役人がいるから自分が掛け合ってみようと言ってくれた。喬道清と共に役所に行き、何才は中に入り喬道清は外で待っていた。暫くして何才が戻って来た。


「すまない。旱魃(かんばつ)以来、この州では租税の入りが悪くて払いたくとも払えないのが現状だそうだ。そこで、作物が実るまで報奨金は預けている形にして欲しいとの事だ」


 喬道清は、元々金の為にやった事では無いし、それに報奨金は旱魃(かんばつ)で食うに困っている民に配るつもりだった。しかし、何だか釈然としないものを感じていた。


「まぁ、何だ。報奨金を払わぬと言っていないのだから、必要な時に取りに行けば良い」


「そうだな」


 確かに雨は降らせたが、まだ作物が実るまでは時を要する。作物が実らなければ、民は食う物も無く租税も払えない。租税が入らなければ、役所も報奨金を払えないと言うのは道理だ。喬冽は、金の為にやった事では無いと自分に言い聞かせた。


「州を代表して…と言うのはおこがましいが、民の代わりにお礼をさせて欲しい」


 何才は、「安月給だから贅沢は出来んがね」と言って居酒屋に誘った。喬冽は、「喜んで、ご馳走になろう」と言って酒を()み交わした。


 安定州で数日過ごしたが、故郷に戻る旅の途中だったのだ。ずっとこの州に留まる訳にはいかない。何才を探して預けた事にしている報奨金の一部を貰い、路銀にしようと考えたのだが、何処を探しても何才が見つからない。

 仕方ないので、1人で役所に行って訴えた。喬道清が姿を見せると、役所は露骨に嫌な顔をした。


「今は出納(すいとう)役が居ないのだ。またにしてくれ。だが、何才から何も聞かされていないのか?」


「私は故郷に戻る途中だったのです。州の事情は理解しています。なので預かりの証文と、少しばかりの路銀に報奨金の一部を受け取りたいのです」


 役人は腕を組み、眉を(しか)めて(ふところ)から投げて寄越した。それは三貫の銭であった。


「確かにあんたには助けられた。今、役所が出せる銭はそれだけだ。有り(がた)く受け取って、帰ってくれ」


 喬冽は、握り締めた(こぶし)をブルブルと震わせたが、金の為にやった事では無いと何度も自分に言い聞かせて納得させた。

 三貫あれば酒の一杯くらいは飲める。このムシャクシャした気持ちを、酒でも飲んで憂さ晴らししようと大通りに出た。すると、何才と出納役が肩を並べて赤い顔をして妓楼から出て来たのだ。


「あっ!」


 何才は喬道清に驚いて逃げようとしたが、酔って足がもつれて転んだ。その瞬間、喬冽は全てを察した。何才が出納役を丸め込んで、報奨金を山分けしたに違いない。


「下郎、貴様らに術を使うまでも無いわ!」


 怒りで我を失くした喬冽は、酔ってまともに動けない2人に殴りかかった。何度も何度も殴り、拳は血に染まった。2人が息絶えた後も殴り続けていた。


 ふと、ボロを(まと)った老人の言葉を思い出した。


「力を欲するならば、力を授けよう!」


 喬冽は、天に向かって両手を広げた。


「我に力を!この腐り切った世を壊す力が欲しい!我に力を授けよ!!」


 喬冽が天に向かって叫ぶと、それまでの晴天が嘘の様に曇り、黒雲が太陽を(おお)った。みるみるうちに豪雨となり、雷鳴が轟いた。


「ふはははは!」


 人々が突然の豪雨に驚き逃げ惑い、大混乱となった横で喬冽は、雨に濡れる事無く立っていた。純粋な心を持ち世の中を正そうとした喬道清は、人間の欲望の醜さを知って絶望し、世の中を正す前に人間を正すべきであると暗黒面(ダークサイド)()ちた。


 こうして喬道清は、幻魔君と名乗った。公孫勝にとっては兄弟子にあたり、羅真人を除くと最強の妖術使いである。

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