第八話:目覚めた客人は逃亡者? 少女が語る、森の異変と追手
目覚めた少女ルミナの口から語られた、帝国と王国の過酷な戦争、そして彼女が追われる理由。
マーリドによって語られる「魔王軍vs帝国vs連合国」という世界の歪んだ構図。
ルミナを匿うことは、帝国という強大な軍事力に宣戦布告することを意味する。だが、奏多は守ることを選んだ。館を最強の要塞へ変えるための、激動の物語が幕を開ける!
朝の柔らかな光が客間に差し込み、カーテンの隙間から舞う埃を銀色に輝かせていた。俺は昨夜から交代でレオたちに客間の見張りを命じていたが、ようやくその時が訪れた。
少女の長い睫毛が微かに震え、翠色の瞳がゆっくりと世界を捉え始める。
「……ここは?」
彼女は掠れた声で呟き、起き上がろうとして痛みに顔を歪めた。
その姿は、昨夜の泥だらけの状態から見違えるほどに変わっている。クモの相棒・スパイが紡いだ特殊な糸を使い、俺たちが総出で汚れを落とし、手当を施した後に着せた簡素なワンピースを纏っていた。それは絹のように滑らかで、清廉な白さを放っている。
「目が覚めたか。ここは俺の家だ。もう大丈夫だぞ」
俺がそう声をかけると、彼女は警戒心に満ちた目で周囲を鋭く見回した。しかし、足元でレオが心配そうに鼻先を寄せると、彼女の肩からふっと力が抜け、小さな溜息が漏れた。
「私を……助けてくださったのですか?」
「ああ。森で倒れていたからな。レオたちが見つけなければ、危なかった」
彼女はゆっくりと息を吐き、静かに物語り始めた。彼女の名は『ルミナ』。遥か北方に位置し、今は鋼鉄の帝国軍の執拗な侵攻によって滅びゆく『アルカディア王国』の姫君だという。
「帝国は、魔力を動力源とする機械兵器で、私たちの王国を蹂躙しました。……彼らは、私の中に流れる『魔女の血』を欲していたのです。その血を触媒にすれば、彼らの最新兵器は無限の動力を得て、さらに強力な破壊兵器へと変貌を遂げると……」
ルミナは震える拳を握りしめた。彼女の血筋は伝説的な魔力の源泉であり、科学と魔法を融合させた帝国の軍事技術には、喉から手が出るほど必要な素材だったのだ。彼女は追っ手から逃れるべく、魔力が渦巻くこの禁忌の森へ飛び込んだ。しかし、帝国の魔獣追跡部隊に包囲され、絶望的な状況の中で最後の力を振り絞り、この「魔力の奔流」を発する館にたどり着いたのだという。
「お願いします……。どうか、しばらくの間だけ匿ってください。雑用でも、何でもします。帝国に見つかれば、私は……私の国は……!」
俺は言葉に詰まり、困ったように眉を寄せた。匿うこと自体はやぶさかではない。しかし、俺にはどうしようもない制約があった。
「ルミナ、匿うのは構わない。だが、一つだけ伝えておかなければならないことがある。俺はこの屋敷の管理者だ。……そして契約の代償として、死ぬまでこの館の外へ出ることは許されていないんだ」
彼女は呆然と目を見開いた。自分が命からがら逃げ込もうとした先が、物理的な監獄でもあったとは想像もしていなかったのだろう。
その時、空間が歪み、光の粒子が集まってマーリドの姿が形作られた。
『……奏多よ。この少女の抱える火種は、お前の想像以上に巨大だ。今のままでは、数ヶ月も経たずに帝国の最新鋭探索部隊がこの館を包囲することになるだろう』
マーリドは、俺の知識不足を見越したかのように、この世界が抱える悲劇的な構図を淡々と語り始めた。
『この世界には「魔王」が存在する。古来、魔物と魔法が支配する大地であったが、数百年前、突如として科学と機械文明を誇る「鋼鉄の帝国」が出現した。今や、魔王軍、そして人間、エルフ、ドワーフ、セイレーン、エンジェル、デーモン、レプティリアン、タイタンといった多種多様な人種が住まう各国が、この巨大な帝国を相手に泥沼の戦争を繰り広げているのだ』
「……そんなことになっているのか」
俺が転生してからというもの、森の中での自給自足に終始していたため、世界がこれほどまでに混沌としているとは知らなかった。
『帝国は、ギルドを通じた傭兵や、強大な魔力を持つ個体を軍事利用している。ルミナ姫を匿えば、お前は否応なくその渦中に巻き込まれる。……たとえ今、この少女を追い出したとしても、帝国は「異常な魔力の集積地」であるこの館を、いずれ侵略対象としてマークするはずだ』
マーリドは冷徹に言い放つ。
『つまり、どちらにせよお前のスローライフは帝国の機械兵器によって蹂躙される。ならば、ルミナを保護し、この館を帝国の侵攻を阻む要塞へと変貌させる。……それが唯一の生存戦略だ』
俺はルミナを見た。彼女は怯えながらも、俺の決断を必死に待っている。
彼女を追い出せば、俺の「平穏」は少しだけ長引くかもしれない。だが、そんな臆病な平穏に何の価値がある? 守るべき者、育てる庭、愛する相棒たち。俺の大切なものを脅かす相手がいるのなら、管理人はその脅威を排除する義務がある。
「分かった。ルミナ、ここにはいればいい。ただし、俺たちはこの館を、帝国の奴らが手を出せないほどの『最強の拠点』に作り変える必要がある」
俺は拳を強く握りしめた。
「レオたちとダンジョンを攻略し、報酬と経験値を集め、俺自身のレベルを上げ、結界を強化する。……ルミナ、お前にも手伝ってもらうぞ」
ルミナは信じられないものを見るような瞳で俺を見つめ、やがて涙をこぼしながら深く頷いた。
「はい……! 私にできることなら、何でもいたします。……本当に、ありがとうございます」
館の重厚な扉が、まるで俺たちの決意に応えるかのように重々しく閉まった。
外では、帝国の無機質な機械の足音が聞こえるかもしれない。だが、ここには魔獣たちと、伝説の龍ハル、そして賢者の研究拠点としての秘密が眠っている。
管理人の仕事は、単なる掃除と修繕から、「防衛」と「反撃」という名の実戦へと、そのフェーズを変えたのだ。
第八話、いかがでしたでしょうか。
ついに世界情勢が見えてきましたね! 科学文明の帝国と、ファンタジーな魔王軍・諸国家。この世界がどれほど殺伐としているかが伝わったかと思います。
さて、ここから奏多たちは帝国に対抗する力を得るために、どのような作戦を立てるのでしょうか?
次回:
「反撃の狼煙!レオたちのダンジョン攻略と、ルミナの秘められた魔法」
お楽しみに!




