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第二話:屋敷の住人、あるいは先住の守護者

謎の精霊「マーリド」との対峙。

奏多は屋敷に住むための条件として、精霊との「契約」を余儀なくされる。

それは、魔獣たちと共に館を守り、この世界の魔法を学ぶという、スローライフとは程遠い(?)試練の始まりだった。

奏多の、魔獣たちと送る「最強の管理人」生活がいま、幕を開ける!

冷え切っていた心が、温かな毛並みの感触で少しずつ、確かに溶けていく。

俺、風間奏多は、玄関の床にへたり込んだまま、ゴールデンレトリバーの首元を撫で続けた。

「……信じられない。本当に、お前たちなんだな」

俺の問いかけに答えるように、レトリバーは喉を鳴らし、三毛猫は俺の膝に飛び乗って小さく丸まった。

現世の記憶にある、あの穏やかな日常の断片。しかし、今俺たちがいるのは魔獣が跋扈ばっこする異世界の森の中だ。この二匹の犬と猫は、現世の姿のまま、この世界のことわりに干渉する俺のスキル――『異世界魔獣召喚』によって顕現しているのだ。

彼らの温もりを確かめるように抱きしめたあと、俺は重い腰を上げた。

空腹は限界に近く、外は刻一刻と夜の帳が下りようとしている。森の夜は、昼間よりも遥かに危険だ。この屋敷がどれほど崩れかけていようとも、今夜を越すための唯一の砦であることに変わりはない。

「……まずは、この屋敷の中を調べよう」

俺は魔法で小さな光の球を掌に灯し、屋敷の奥へと踏み出した。

埃の舞う廊下には、かつて誰かが住んでいた痕跡がうっすらと残っている。しかし、ただの古びた洋館ではない。壁や天井には、複雑な幾何学模様の紋様が刻み込まれていた。見たこともない、重厚な魔法文字だ。

俺の足元で、三毛猫がふと足を止め、鋭い瞳で闇を見据えた。

『……ニャン』

猫が低く鳴いたかと思うと、周囲の空気が揺らぎ、俺の視界の中で「空間」が歪んだ。

猫が前足を空中に掲げると、そこから青白い炎がほとばしった。炎は松明に飛び火し、館の廊下を明るく照らし出した。

「……お前、そんな魔法まで使えるのか?」

現世の猫とは比べものにならない、圧倒的な魔力操作。

ゴールデンレトリバーもまた、俺の背後で鋭い唸り声を上げ、結界のような光の盾を出現させた。彼らは単なる動物ではない。召喚されたことでこの世界の魔素と融合し、魔獣としての驚異的な才能を覚醒させていたのだ。

探索を進めるうち、館の中心にある広間へとたどり着いた。

そこは、他の部屋とは明らかに異質な空気が流れていた。天井は高く、中央には巨大な銀の鏡が鎮座している。いや、鏡ではない。それは、次元の境界そのものだった。

その時、館の空気がピンと張り詰めた。

背筋に冷や汗が流れる。侵入者を拒むような、神聖で、それでいて触れれば焼き尽くされるような威圧感。

鏡のような空間が波紋を広げ、そこから一人の影が浮かび上がった。

それは人型をしていたが、輪郭は淡い光に包まれていて、性別も属性も定かではない。ただ、直感的に悟る。こいつは人間ではない。この館の真の主、あるいは守護者だ。

「……何者だ」

俺の声が震えた。逃げ出したい。だが、愛しい犬と猫を連れた俺は、もう一人ではない。

影は音もなく浮遊しながら、俺の正面に降り立った。眩い光に、目が焼けそうになる。

『……長く、眠っていた』

声は頭の中に直接響く。性別を感じさせない、清涼な響き。

『この館は、聖なる静寂を守るためにある。土足で踏み入る無礼な魂よ。お前は何者だ。なぜ、この神聖な領域に足を踏み入れた』

冷徹な問いかけに、俺は拳を握りしめ、自分を奮い立たせた。

ここで怯えれば、終わりだ。

「俺は、風間奏多かざま かなた。……行き場を失い、この森に追放された者だ。だが、ここが俺の居場所だと感じた。だから、ここに住むことを決めた」

光の精霊は、俺の言葉を吟味するかのように沈黙した。

背後で犬が唸り、猫が弓なりに背を立てて威嚇する。精霊はそれを見て、小さくわらった。

『風間奏多か。……面白い魂だ。絶望の淵にいながら、その瞳には未だ温かな情を残している』

精霊はゆっくりと俺に歩み寄る。光の霧の中から、その存在感がさらに強まった。それは美しさという概念そのものを体現したかのような、言葉にできない存在だった。

精霊は自らを『マーリド』と名乗った。

『私はこの館の守護精霊、マーリド。この館に棲まうこと、その資格を問う。お前がこの場所で命を繋ぐには、相応の代償が必要となる』

「代償……?」

『そうだ。私と契約を交わせ。この館の魔力を管理し、結界を維持する術者となること。それができなければ、今すぐお前を森の果てまで追い出し、館は再び闇へと閉ざす』

マーリドが指を鳴らすと、空中に光の紋章が浮かび上がった。

それは、俺のスキル『異世界魔獣召喚』の刻印と共鳴している。

『契約は単純だ。お前の召喚する魔獣たちと共に、この館を磨き、守り、魔力を循環させろ。お前が望む静寂を、私と共に維持するのだ』

俺は、傍らに寄り添う犬と猫を見下ろした。

彼らは俺を信じてくれている。俺も、このマーリドという謎の存在と手を組むことで、ようやく自分だけの「居場所」を完成させられるのかもしれない。

「……分かった。契約する。俺はこの屋敷の主として、ここを守り抜く」

俺が光の紋章に手を重ねた瞬間、館全体が眩い光に包まれた。

数百年放置されていた館が、まるで呼吸を始めたかのように息を吹き返す。床の汚れが消え、朽ちていた屋根が魔力によって修復されていく。

契約の完了を告げるかのように、マーリドが俺の肩に光の羽を触れさせた。

『……契約は成立した。今日よりお前は、この館の管理者だ、奏多』

マーリドの影が薄れ、再び光の粒子となって館の奥へと消えていく。

俺は大きく息を吐き出した。

巨大な空き家、特殊な能力を持つ魔獣たち、そして謎多き守護精霊。

俺の、誰も邪魔しない新しい生活が、今この瞬間から本当の意味で始まったのだ。

第二話、いかがでしたでしょうか。

無機質な館に、少しずつ賑わい(?)と魔力が戻ってきました。

マーリドという存在が登場したことで、奏多の日常は少しだけ「魔法的」に忙しくなりそうです。

次回:

「管理人の責務!魔獣と挑む、数百年分の亡霊屋敷大掃除」

お楽しみに!

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