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第一話:プロローグ「森の果ての亡霊屋敷」

孤独な森で拾った「巨大な空き家」。

そこに召喚されたのは、かつて現世で愛したはずの犬と猫だった。

魔獣として現界した彼らと共に、奏多は人間社会から隔絶されたこの場所で、ひっそりと、しかし最高に充実した「スローライフ」を始める。

しかし、その屋敷は単なる廃墟ではなかった――。

「はぁ……結局、俺はこうなるんだな」

湿り気を帯びた吐息が、深い森の淀んだ空気の中に白く溶けていく。

俺、風間奏多かざま かなたの足取りは、まるで死刑台へ向かう罪人のように重かった。足元で腐葉土がねっとりと靴底に絡みつき、この森全体が異物である俺を拒絶しているかのような錯覚を覚える。

俺の人生は、いつだってこうだ。

何をやっても空回り。努力すればするほど周囲との溝は深まり、誰からも理解されず、ただそこに「居るだけ」の存在だった。実家の農家で家畜の世話をし、母親が働く動物園で獣たちの温もりを感じている時だけが、俺にとっての唯一の安らぎだった。人間という冷たい言葉を投げつける生き物よりも、何も言わずに寄り添ってくれる彼らの方が、ずっと純粋で美しかった。

――だが、世界は俺にそれを許さなかった。

「動物とばかり話して、まるで子供だな。本当に気味悪いよ」

「そうよね、奏多っていつも湿っぽくて。もっと明るくできないの?」

脳裏に焼き付いて離れない、あの笑顔。

陽キャの塊だった幼馴染の佐藤蓮さとう れんと、かつて俺が秘かに恋心を抱いていた高橋凛たかはし りん。二人の嘲笑う顔と、蔑むような冷ややかな視線が、走馬灯のように脳裏をよぎる。

彼らにとって、俺は単なる格好の遊び道具でしかなかった。俺が必死に守ろうとしていた「動物好き」という個性を、彼らは泥靴で踏みにじるように笑い飛ばした。俺の孤独は、彼らの優越感を満たすためのスパイスに過ぎなかったのだ。

そして、運命のあの日。

修学旅行の最中、バスは制御を失い、凄まじい衝撃と共に崖下へと転落した。

視界が真っ赤に染まり、悲鳴と金属の軋む音が交錯する。ああ、これでやっと終わるんだ。誰にも必要とされず、誰の記憶にも残ることのない俺の空虚な人生が、ようやく幕を閉じる。

――そう思っていたのに。

意識が戻った時、そこには眩い光に包まれた異空間が広がっていた。

神か、あるいは超越者か。何者かが無機質な声で告げた。

『お前たちは選ばれた。未知なる世界へ転生し、新たな命を得るのだ。その身に授けし能力を活かし、英雄として生きよ』

俺以外のクラスメイトたちは、王都へ向かうための特別な加護と武器を授けられた。眩い光の中で、彼らは笑っていた。新しい世界での冒険に胸を高鳴らせ、まるで自分たちが選ばれし勇者であるかのように。

だが、俺に下された裁定はあまりにも冷酷だった。

「貴様は動物が好きだったな? ならば、その知識が活きる森の中で暮らしていればいい」

誰かの嘲笑混じりの声。

俺は能力の詳細を説明されることもなく、ただ一言、追放の宣告を受けた。

空間が裂け、俺はその暗闇の奔流に突き落とされた。人間を拒絶し、人間からも拒絶された俺に与えられた場所は、魔獣が跋扈ばっこする死の森。俺に残されたのは、ただ「孤独」という名の錆びついた牢獄だけだ。

どれくらい歩いただろうか。

森の木々は鬱蒼と茂り、数百年もの間、太陽の光さえも拒んでいるかのように薄暗い。この世界の獣は凶暴だ。牙は鋭く、爪は鋼よりも硬い。何度も命の危険を感じた。そのたびに俺は、震える手で――生き残るためだけに覚えた魔法を使い――泥水をすすって生き延びてきた。

心臓が締め付けられる。呼吸をするたびに、肺に冷たい湿気が溜まっていく。

ああ、もう歩けない。

このまま森の養分になって消えてしまいたい。

そんな自棄に近い思考が頭を支配しかけた、その時だった。

目の前の視界が、不自然なほど急激に開けた。

そして俺は、息を呑んだ。

「……なんだ、これは」

そこには、忘れ去られたかのように建つ、巨大な空き家が佇んでいた。

三階建ての古びた洋館。壁を覆い尽くす蔦は、まるで屋敷そのものを縛り付けているかのように太く、屋根の瓦の一部は無残に崩れ落ちている。

誰もいない。数百年もの間、ただの一度も人の気配などなかったかのような、重苦しい静寂。

なのに、その屋敷は俺を呼んでいた。

まるで、世界の端っこでずっと俺の到着を待っていたかのような、奇妙な運命的な引力を感じたのだ。

俺はふらふらと、重い足取りで玄関扉に歩み寄った。

鍵などかかっているはずもない。錆びついた取っ手に手をかけ、体重を預ける。

――ギィィィィィィィィィィ……。

耳を塞ぎたくなるような、長い軋み音を立てて扉が開いた。

ホコリと古い紙の匂い。

ここだ。ここなら、誰も俺を馬鹿にしない。誰も俺の「好き」を否定しない。

俺は崩れ落ちるようにリュックを下ろした。膝から力が抜け、そのまま床に座り込む。

その瞬間だった。

『……クゥン』

『……ニャア』

心臓が跳ね上がった。

背筋に冷たい電流が走る。振り返る。そこには誰もいない。はずだった。

しかし、視界の隅、森の闇が渦巻く玄関口から、二つの影がゆっくりと俺の元へ歩み寄ってくる。

一匹はゴールデンレトリバー。もう一匹は、見慣れた三毛猫。

現世で死ぬ間際まで眺めていた、あの優しい瞳をした動物たち。なぜ、ここにいる?

俺の全身の血液が、熱を帯びて駆け巡る。

脳内に、奔流のように奇妙な感覚が流れ込んできた。それは、この世界へ叩き落とされた時に、俺が心の底で無意識に縋り付いた「能力」の正体だった。

【異世界魔獣召喚】。

俺の記憶にある、俺が愛した者たちをこの世界へ具現化する力。

彼らは俺が望んだ「家族」であり、この世界では『未知なる魔獣』として定義される存在だ。

「お前たち……俺のところに、来てくれたのか?」

俺が震える手で差し出すと、ゴールデンレトリバーがその鼻先を、温かく俺の掌に押し付けてきた。三毛猫は喉をゴロゴロと鳴らし、俺の足元に体を擦り寄せる。

温かい。

現世で冷え切り、凍りついていた俺の心が、音を立てて溶け出していくのがわかった。

巨大な空き家。そして、俺だけが唯一の主人となれる魔獣たち。

陽キャたちの英雄譚など、もうどうでもいい。

彼らがどんな伝説を作ろうと、どんな功績を挙げようと、俺には関係のないことだ。

俺はこの場所で、彼らと静かに生きていくんだ。

誰にも邪魔されず、誰にも笑われない。

――俺だけの理想郷を、今、ここで築くために。

執筆開始、第一話目です。

ついに森の巨大空き家へ辿り着いた奏多と、愛しき魔獣たちの邂逅までを描きました。

次回のテーマは「屋敷の探索と、魔獣たちの隠された力」です。

ただの犬と猫ではない彼らの「意外な才能」が、奏多の生活をどう変えていくのか。そして、屋敷に潜む「先住者」の影とは……?

次回もぜひ、温かい目で見守ってください!

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