第百三十一話:交渉成立! 酔いどれマスターと、深まる霧の中の謀略!
スマートフォンが世界を駆け巡り、情報の嵐が大陸を席巻する今、聖域という閉ざされた箱庭は、皮肉にもその「平穏」ゆえに注目を集め始めていた。
帝国が支配を広げ、かつての王国が次々と歴史の頁から消えていく中、森の深淵に隠されたこの聖域は、迷い込んだ者にとっての最後の安息地――あるいは、命がけの迷宮となる。
ガルドランディアでの激闘と交渉を終え、一行は聖域へと帰還した。商人ガルドスの手には、貿易の未来を切り開く「スマートフォン」と「フルーツビール」の契約が握られている。しかし、同時に彼らが持ち帰ったのは、世界を揺るがす勇者たちの歪みという重い荷物だった。
聖域の入り口に、見慣れたシルエットが帰ってきた。
トラのキングは優雅に森を歩き、オウギワシのオウギは上空から鋭い鳴き声を響かせながら旋回し、エリスの駆る馬のクロは誇らしげに嘶いている。
「ワンワンッ!」
館の番犬、レオが尻尾を激しく振って彼らを出迎える。
「おかえり! みんな、無事だったみたいだな」
俺は館のテラスから手を振り、彼らのレンタル契約の終了を確認する。だが、その背後に見覚えのない若者たちの姿があった。エリスの後ろに寄り添う、どこか疲れの色が見える勇者一行だ。
「……おかえり。うん、ちゃんと無傷に返却できているから、これでレンタル契約は終了……と言いたいが、何があったんだ? ガルドスの顔色がこれまでにないほど悪いぞ」
二日酔いのガルドスは、顔を青ざめさせながらフラフラと歩み寄ってきた。
「……飲みすぎた……。だが、おかげで取引は成立だ。ドワーフが作り上げた新型の輸送船での貿易ルートが確保できた。これで大陸中へスマートフォンとフルーツビールを送り合うことになった……。勘弁してくれ、二日酔いの頭に森の木漏れ日が突き刺さる……」
俺は苦笑しつつ、同行していた青年たちに目を向けた。
「……で、そちらは?」
青年は深々と頭を下げた。
「僕はアルト。旅をしている勇者です」
「……勇者? ……アイツ以外にもいたのか!?」
エリスが溜息をつきながら補足する。
「世界に佐藤蓮というあの『勇者』と、彼らのような者を含めても100人しかいない。そして、彼らのような真っ当な勇者は、魔王討伐の『道具』として帝国に目をつけられているようだ」
「……あっそう。興味ないな」
俺のあまりに素っ気ない反応に、アルトは一瞬だけ驚いたように瞳を見開いた。
「……興味、ないんですか?」
「うん、興味ない。佐藤蓮たちとは絶縁状態のようなものだし、こっちもわざわざアイツらを助ける義理なんてないからね。悪いが、ここはただの避難所だ」
アルトは悲しげに瞳を伏せた。
「そうですか。ですが、僕たちにとって佐藤蓮たちは、もう無視できない存在なんです。僕たち勇者のイメージを悪くしたのもアイツらだし、以前も会ったことがあるけど、二度と会いたくないと思わせるほどの傲慢さだった。表向きには魔王を倒す希望の英雄候補として注目されているけど、影では評判が最悪なんですよ」
俺は懐からスマートフォンを取り出し、画面をスクロールして見せた。
「だろうなぁ。このスマートフォンに導入されている、特定の限られた人間しか入れない『閉鎖掲示板』には、こんな書き込みが溢れているよ」
画面には、佐藤蓮一行の不祥事が書き連ねられたスレッドが映っていた。
『バカにされた』『態度が悪すぎて、商談すら成立しない』『宿に泊まっているのに、隣の部屋から夜通し女の喘ぎ声が聞こえて寝れない』『遠くから見てしまったけど、新入り10人に対する扱いが奴隷のように酷い』……。
「管理人が、勇者の悪口を言っているとバレないように徹底的に監視しているみたいだけどな。俺はエリスたちが向かっている間、独自にその掲示板を見つけていたから、アイツらの実態は筒抜けだよ」
アルトは目を大きく見開いた。
「スマートフォンですか! 実は僕も持っているんですけど……帰る前にドワーフがやってきて、『本物の純粋な勇者なら特別にくれてやる』と、半ば強引に押し付けられたんです。使い方がよくわからなくて……」
「……俺は本来、人間不信なんだ。勇者なんて尚更、信用する気にはなれない。だが……話を聞いた感じ、お前らは俺と同じ被害者みたいだな」
霧の中の謀略。帝国のスパイ、佐藤蓮の傲慢、そして歪められた勇者の概念。
聖域の門は、今、かつてないほど緊迫した空気へと飲み込まれていこうとしていた。アルトの純粋な眼差しと、俺の冷めた視線。似たもの同士のような、しかし決定的に違う歩みを持つ者たちが、ここで交差したのだ。
第百三十一話、いかがでしたでしょうか。
ガルドスの交渉は大成功、しかしアルトたちを巡る状況は泥沼化。
そして佐藤蓮一派に潜入する帝国の「新入り10人」とは、一体何者なのか。
次回:
「管理人と勇者! 似たもの同士が導き出す、真実への鍵!」
お楽しみに!




