第百二十二話:聖域の休日! 巨大パンダ・ササマルと行く、森のピクニック!
スマートフォンが世界を駆け巡り、情報革命の波が大陸を揺らす中、聖域の館には相変わらず穏やかな時間が流れていた。
王族や貴族、一部の富裕層の間で「魔法の通信機」としての地位を確立しつつあるスマートフォン。その裏側では、転移魔法を応用した物流革命の芽や、錬金術による素材の代替研究といった、歴史を動かす巨大な歯車が回り始めている。
だが、そんな大仰な話は一旦横へ置いておこう。今日は空も高く澄み渡り、心地よい風が聖域を吹き抜けている。
管理人の俺は、日々の喧騒を忘れ、もっとも「人間味」のある仕事――愛する魔獣たちとのピクニックを計画することにした。
スマートフォンが世界各地に流通し、王族や貴族、そして富める商人や一流の冒険者たちのステータスシンボルとして定着し始めてから、いくつかの季節が過ぎた。
大陸の至る所では、転移魔法を応用した物流革命を企てる企業や、スマートフォンを構成する希少素材を錬金術で再現しようと躍起になる国家プロジェクトが乱立している。世界は今、帝国の支配とは異なる潮流――「情報の解放」という名の巨大な奔流に飲み込まれようとしていた。
しかし、そんな騒がしい時代の波は、この聖域の結界には届かない。
館の契約者である俺は、魔力の消費をほとんど実感することなく、今日も今日とて愛しい魔獣たちとの穏やかな一日を迎えていた。管理人の特権か、あるいは異世界魔獣召喚スキルの加護か。
「マーリド、これだけ毎日スマートフォンをいじっていても、魔力が減る気配がないな」
肩に宿る光の精霊は、ふわりと浮かびながら優雅に答えた。
『まぁ、館の契約をしている以上、お前がその程度の魔導具を使い続けることは造作もない。それに、私は魔神としてのお前との契約を完遂しているし、お前には私の真の力を引き出す『魔神解放』のスキルがある。多少の魔力消費など、海に水を一滴垂らすようなものだ』
「それもそうだな。……よし、今日は難しい技術論は忘れて、皆とゆっくり過ごすとしよう」
館の敷地内は、相変わらず平和そのものだ。いや、むしろ賑やかさを増していると言った方が正しいかもしれない。
庭先では、ゴーレムのアイギスが微動だにせず警備を続けている。その無骨な肩や頭の上は、今や鳥たちの憩いの場と化していた。レイ率いるカラスの群れ、ポポ率いるハトの群れ、インコのピー、オウギワシのオウギ、そしてペリカンのペリ。彼らはアイギスを巨大な止まり木と勘違いしているのか、思い思いのポーズで羽根を休めている。
ヴィオラはというと、今日も今日とて生態調査に余念がない。彼女の現在の標的は、庭の一角に設営された洞窟スタイルの小屋に住まう、コウ率いるナミチスイコウモリの群れだ。熱心にメモを取る彼女の姿は、さながら学者のようである。
館の廊下からは、リリアとエーリエの美しい歌声が聞こえてくる。その調べを聞きながら、かつては暴れん坊だったドラゴンのハルが、今はすっかり安心しきって深い眠りに就いていた。その大きな頭の上では、幼虫姿のプシューケーが、微睡みの中で『コノウタ、スキ……』と小さな光の粒を飛ばしながら添い寝をしている。
一方、運動場のような広場では、エリスが馬のクロに騎乗する練習を始めていた。しかし、そもそもこの世界には『馬』という概念が乏しく、移動手段としての乗馬など未経験の彼女だ。案の定、揺れる背中で四苦八苦している様子が遠目にもよくわかる。
プールでは、ルミナがセラ率いるドクターフィッシュたちのツンツンとした刺激に身を委ねて癒やしの時間を過ごし、シルヴィアは木陰で古い書物を読みながら、猫のミケと無邪気な遊びを繰り広げていた。
肉食メンバーのレオやルナ率いるオオカミ、トラのキング、ヒグマのグリズ、ホッキョクグマのシロ、ワニのクロコ、そしてゴング率いるゴリラたち(唯一の草食だが、単純に暴れたい気分のようだ)は、館のストックを潤すべく魔物狩りへと出かけている。
そんな中、俺は一つの変化に気づいた。
パンダのササマルが、最近よく敷地内の日当たりのいい場所に座り込み、どこか遠くを眺めているのだ。
「……ササマル、ちょっと退屈しているのか?」
巨大なパンダの丸い背中を見ていると、ふと、彼にも「休日」が必要なのではないかと思えてきた。俺は館の敷地内から外へは出られない契約だが、広大な敷地内にはまだ誰も知らない、最高に静かな木漏れ日のスポットがある。
「決めた。今日はササマルを招待して、ピクニックにするぞ!」
俺は腕まくりをして、館のキッチンへと向かった。特製の山盛りおにぎり、魔力野菜をふんだんに使ったピクルス、そしてササマルが何よりも愛してやまない、最高級の笹の葉を籠に詰め込む。
ピクニックの場所に選んだのは、敷地の奥深く、高くそびえる大樹が作る木漏れ日の絨毯が敷かれた一角だ。ササマルを誘い出すと、彼はのっそりと立ち上がり、期待に満ちた目で俺の足元についてきた。
「さあ、ここが今日の特等席だ」
シートを広げると、ササマルは待っていましたとばかりに身体を預け、バリバリと笹をかじり始める。俺はその横で、同じようにおにぎりを頬張った。
風の音、遠くで聞こえるリリアたちの歌声、そして隣で笹を食べるササマルの温もり。情報の波に飲み込まれそうなこの時代において、これほど贅沢な時間は他にない。
「美味いか、ササマル?」
そう問いかけると、ササマルは笹をくわえたまま、ふにゃりと目を細めた。
争いも、開発も、帝国の策略も――今はすべて忘れていい。ただパンダと昼寝をするだけの、平和な一日がそこに流れていた。
第百二十二話、いかがでしたでしょうか。
技術革新で世界が揺れる中、聖域は変わらず平和な時間を刻んでいます。
ササマルと一緒に過ごす穏やかな昼下がり。たまにはこんな休日もいいですよね。
さて、次回はさらにのんびり! 聖域の住人たちが織りなす、ちょっとおかしな日常回です!
次回:
「聖域の日常! アイギスとカラスたちの、不思議な会議!?」
お楽しみに!




