憧憬
アルファード共和国は、魔術や錬金術と言ったものに特に力を入れた国家であり、それ故か王室を持ってしても過度な干渉が行えない、独立した組織がある。
その歴史は古く、500年は昔に設立されたという由緒正しき『双樹』。
その長い歴史と魔術や錬金術の専門組織という性質上、不祥事の数は一度や二度ではない。数年単位で被害を大きく被る問題を起こしては、その都度鎮圧してきた。その中でも一番新しい十年前の事件について触れていこうと思う。
基本数年スパンで多種多様なプロジェクトを回している『双樹』が、その時行っていたのはすでに二、三十年もの間続けていた大掛かりな取り組みだった。
『ブリーディング』と呼ばれていたプロジェクトの内容は、優秀な遺伝子を人工的に作り出し最善のものになるように管理しながら組み合わせる。そしてできた子らからまた同じようにしていき、やがて至高の領域に立つ術士を作り上げようというものだった。親となるものを持たず、完全に独立した生物を誕生させるこの行為に忌避感を覚える人も少なくないだろう。
だが、術士にしてみればこの程度のことは非道のうちに入らないのが常識であり、また『双樹』では過去に何度も行われてきた、いわば伝統のようなものだった。
しかし、今に続くということはすなわち過去の全ては失敗に終わっているということに他ならなかった。そんな中、今回のプロジェクトは怖いほどにうまく進んで行く理由は前回からのスパンが十五年ほどと非常に短く、それ故一人だけとはいえプロジェクトの経験者がいたことが大きな理由だろう。
エーヴィル・エルデイハゼ、前回、過去最年少の18という年齢でプロジェクトメンバーの仲間入りを果たした、前例のない2回目の参加者。
そんな彼の部屋は多くの書籍や薬品、創作物が置かれていたが、ある程度片付けられているせいか汚部屋と言った印象はない。
そして今日もは自室の机に向かいきりで何かに取り組んでいた。そんな中に、十かそこらの少女が扉を開けて入ってくる。
「爺様。・・・・・・またガラクタを作っているのですか?」
「む、おお。もうカウンセリングの時間か。しかし、ガラクタというのは失礼な。」
「・・・本当のことでしょう?」
「しょうがないのぉ。カウンセリングついでにそこのところをあいしっかりと教え込んでやるわい。」
「いえ、結構です。・・・どうせホムンクルス相手にわざわざカウンセリングをする意味はあるのでしょうか。」
原密に言えば、この実験で生まれてくる子供らはホムンクルスではない。
ホムンクルスについては錬金術師パラケルススの著作De Natura Rerum において書かれている。
まず、蒸留器に人間の精子と数種のハーブを混ぜ40日間密閉、腐敗させてできた透明で人型の非物質が出来上がる。それに毎日人間の血を与え、馬の胎内と同じ温度で四十週間保存して出来上がるのだ。故に彼女らはホムンクルスなどではない。
しかしだが、皆便宜上人工的に作り出された人型の生命に対して使っており、それは等の本人達も使っているのである。
「ふむ・・・。そうじゃなぁ、残念ながらワシは君らとは違う。だからどう言った心境でいるのかもわからんし、わかるとも思えん。」
「それが当たり前では?」
「じゃからこれはワシの勝手な言い分じゃからの。基本的には精神的な安定がより良い成果が得られるからじゃ。」
「・・・それはわかっています。」
「とはいえ前回どころか今の今まではなかったことじゃがの。元々重要なのは遺伝子情報。いくら大本の子種にも左右されるとはいえ体外受精であればさしたる変わりはありゃせんよ。」
にべもなく、入れたコーヒを啜りながら返す。であればと、少女は続ける。
「ふむ、では無駄な時間と手間なのでは?」
「そうじゃの。機会費用はあきらかに低い行為じゃ。でも、前回の参加者であるワシの発言というのは皆鵜呑みにしてくれるからありがたい。」
「あなたが提案したのですか?この無駄なことを。」
無駄、という言葉に、彼は少し悲しそうな反応をする。
「無駄無駄とはずいぶんと淡白に育ったもんじゃな。まぁ、確かに無駄じゃの。結局はワシのわがままのような者じゃからな。でもなぁ、それを言ったらこの世全てのもの全部無駄なことだとおもうぜ?結局はワシら人がどんだけ騒いでもちっぽけな変化でしかないんじゃ。」
「・・・それを、錬金術がいうのですか?」
「錬金術じゃからよ。」
何やら哲学じみた言葉で返したエーヴィル。それに対して少女はよくわからないと言った風である。
「・・・はぁよくわかりませんがまあいいです。それより先ほどから気になっていたのですが何です?その喋り方。物語の高齢者しか使わないようなわざとらしいそれもそうですし、一人称だって。」
「あ、不満だったか。個人的には気に入っていたんだけどねぇ。」
「はっきり言って気持ち悪いです。いくら歳が逝ってるとはいえ痛いです。」
「ひっどい!」
そう傷ついた素振りの言葉とは裏腹にの顔は暖かい笑みを浮かべていた。実際そういうツッコミを待ってわざわざあんな喋り方をしていたのだろう。ずいぶんとユニークなご老人だ。ずっと変わらず表情を変えない少女とはえらい違いである。
さて、これはいつかの出来事であるが、次に取り上げる事もまたいつかの話であり、先ほどからもう少し、具体的に言うと一年ほど今に近い頃の出来事であった。
この日はホムンクルス達の定期検査の日だった。定期検査といっても人間ドックと言うよりは運動テストに近い、成長具合を見るものである。そしてこの部屋にいるのもエーヴィルと先程の少女。
「お疲れ様、これで全部終了だ。ついでに君で最後だから俺もやっと休める。」
「はぁ、そんな世界一いらない情報はどうでもいいです。」
相変わらず、この少女の態度は冷たかった。実際誰もエーヴィルの休憩情報なんてどうでも良いとしか思わないのでその通りなのはその通りなのだが。
「つれないなぁ。もうちょっと人間味のある性格してもいいんじゃないのか?」
「人ではないのですからそれが当たり前なのでは?」
「そういうけどなぁ、他の子達はもっと表情豊かだし、無駄話や何やらだって良くしてるぞ?」
エーヴィルの報告に、不思議そうに首を傾げる。発言から察するに、本人は自分たちのことを実験用のモルモットと同等程度にしか思っていないらしい。だから、他のホムンクルスたちが駄弁っていることが不思議なのだ。
だがすぐに、別にだからと言って自分が変わる必要はないと少女は結論を出してしまう。
「?まぁ別にいいです。今から身につけたとしても意味のないことですから。あったところで私自身の性能が上がるわけでもありませんし。」
「そういうとこを言ってるんだがなぁ。そんなんじゃ生きててつまらないだろうに。」
心底哀しそうに、エーヴィルはため息をつく。彼としてはもっと感受性豊かに育って欲しかったようだ。確かにこれは第三者から見てもひどい。その模様は次の言葉にも現れていた。
「最終的に廃棄処分されるのに、わざわざ娯楽を求める意味がありません。そもそも貴方の立場からすればそんなことする意味が無いと言う方なのでは?」
「そうじゃねーのよ。理屈じゃないんだが・・・今のお前さんにいってもわからねぇか。」
「・・・なんですかその残念なものを見るような目は。大体、人間味、と言うのなら貴方は逆にありすぎでは?明らかに錬金術師には向いていませんよね。」
そう言われたエーヴィルは、あ〜と声を出して頭を振っている。どうやら何度も色々なところで言われてきたらしい。
「痛いところを突いてくれるな。まぁ、それはよく言われるし自分でもわかってるさ。」
「でしたらなぜ錬金術師になろうと?確かそう言った家系の出ではありませんでしたよね。いつか聞きもしていないのに聞かされた覚えがあります。」
このお喋りな老人が、一人で自分語りしているところは容易に想像できる。きっとその時の少女の顔は引きつっていたに違いないだろうし、おそらく耳にタコができるくらい聞かされたに違いない。
「あぁ、そういや昔話したっけか。うちの両親はどっちもただの商人だよ。どっちもとっくの昔に他界してるがね。」
そう言って、懐かしむように焦点を遠くにやり、かつての自分の記憶を口に紡ぐ。
「昔、まだ記憶も朧げにしか覚えていないから、俺が3、4歳の頃、だろうな。一つの絵本に出会ったんだ。それは一つの物語を簡略化してたものだったし、そもそも本当に小さいころだったから理解もしていなかった、だから内容なんて覚えちゃいなかったよ。ただ、その絵本が好きで何度も何度も読み返したことは覚えてる。」
「それから5、6年ぐらい後だったな。学校の図書館で、見覚えのある題名の本が目に入った。流れでわかると思うが、あの絵本の原作・・・といっても写本だがね。」
「そうしてあの時の俺は懐かしくなってその本を取って読んでみた。内容は、とある錬金術師の男が巨悪を倒して伝説となる、よくある英雄譚だったよ。でもな、その時物語の主人公の男に憧れたんだ。俺ももっとこんな風に、勧善懲悪のヒーローになりたいってな。」
「この国で術士というのは高い地位を持つ。だから、俺が錬金術師になりたいって言ったら両親は喜んんだ。幸い、うちはそこそこ裕福だったし、それに君と同じで俺も才能だけはあった。錬金術師になる事も、それから登っていく事も難しい話じゃなかった。」
その言葉通り、術士というのは栄誉ある職である。が、代わりに特段家柄もない一般家庭からというのは非常に少ない。勉学にお金がかかるだけでなく、よほどの才能がなければ家系には勝てない、というのが周知の常識なのだ。実際、今まで一般市民から名を上げたものなど片手で数えるほどしかいない。
「ま、でも性分的に合ってなかったみたいだけどね。物語と現実は色々と違うって話さ。」
最後は、暗い話はやめやめと声のトーンを明るくして茶化すように終わらせる。本人としてはあまり重く受け取って欲しくないのだろう。それがつたわったのか少女の返した言葉も砕けている。
「思ったより純粋な理由でむかつきますね。もっと給料がいいからとかそんなしょうもない答えを期待したのですが。」
「今思ったんだが感情云々ってかただ毒舌なだけでは?」
何やら重大なことに気づいたかもしれないが、それは今関係のない話なので語りはしない。
そしてさらにそこから半年ほど経った頃である。この日この時、少女はエーヴィルの部屋で何やら作業をしていた。
魔法陣の描かれた紙を机に敷き、その上には複数のよくわからないものが置かれている。おそらく専門アイテムで、そうだとするならば乱雑に配置されたそれらは、計算されて置かれているのかもしれない。
乱雑に置かれたそこに、数滴の液体と、なにかをすりつぶしてできた粉末をかけて小さく何かを唱える。
すると描かれた魔法陣は淡く光だし、そこに最後の薬品をかけた。置かれた物体は一人でに動き集まりだし、なにかしらの物を形成しだす。
やがて出来上がったそれは陶器製のティーカップで、見たところこれといった特徴のないありふれた粗品だった。
「!成功です。」
「おぉ、説明後の一発で成功するとは思わなんだ。さすがとしか言いようがないな。」
「できたのはいいのですが、・・・それでこれは一体何なのですか?使用した術式も見たことのないものでしたし。見た目は・・・ただのティーカップのようですね。」
「それは触れたら手にくっついて二度と離れなくなるティーカップだ。もちろん成功していたらの話だけども。」
ようは全く役に立たない、いや、むしろあって害しかないひどい代物であるということだ。何のために作ったのかも謎だし、何のために造られたのかも謎である。
そして、そんなものを作らされたとあれば、誰だって怒る。もちろんこの少女だってそうだ。
「つまり私はゴミを作らされたというわけですね。」
「ゴミじゃねぇさ。こうやって色々試してようやっといいものが出来上がるんだからな。・・・ほら、これなんかはいい例だ。」
そう言って取り出して見せたのはアイリスの花が描かれたマグカップだった。
マグカップを受け取った少女が、一応確認するが、やはり特段変わったところのない陶器である。
「今度はマグカップですか・・・。それでこれにはどんな機能が?」
「それに注いだスープは注いだ人が懐かしいと思う味になるって代物だ。お前さんも何度か使ってるやつだぜ?」
そう言われてみるとどこか見覚えがあるようなデザインをしている。頻繁にではないにせよ時折り使用していた気もする。それで中身を入れるにはいつもエーヴィルだったから、スープを出された、舌で感じた味はきっと彼が懐かしいと感じる物だったのだろう。おふくろの味か、もしくはかつて愛した相手からのものか。そこのところは定かではないが、ただ確かにそれはエーヴィルという人物にとって懐かしむものだったことに変わりはない。
「学術的には特に意味はありませんが・・・悪くはないですね。」
「おぉ、そう言ってくれるだけ、お前さんも成長したんだなぁ。俺もこれは気に入ってるんだ。他の奴らが見たら無意味って一瞥されるだけなのが悲しいがねぇ。あいつらには浪漫ってものがない。」
「浪漫・・・ですか。」
復唱した少女の声に、頷きを持って返す。
「人というのは、どれだけ才に見放され貧困に悩まされても、浪漫を持ち続けているだけで強く生きられるものなんだ。浪漫は人を輝かせる。満ち溢れた人っていうのは、本当に尊くて美しいものだよ。」
「・・・それは、あったほうがいいものなのでしょうか。」
「それを決めるのは俺じゃない。それに、誰かに教えを乞うてわかるようなものでもない。ただ、一緒に探すことぐらいはできるさ。ま、こんなところでできることなんてたかが知れてるけどね。」
「・・・時間が空いて無駄になるくらいだったら、やってみても良いかもしれませんね。」
「お、そうかそうか。それならいつでも来ると良い。俺も基本暇してるしな。」
「・・・後でサボっていたと言っておきますね。」
「!?」




